第4話 間違われた魂

 執務室では、数人の人影が業務に追われていた。

 各々美しい装飾が施された衣を身に纏っており、いかにもこの世の人物達とは思えない。


 ここは現世と常世(天国とも言われている)との境目の空間にある神界の一部。人間が亡くなった後に身体から離れた魂を、適切な場所へ導く案内をしている中継都市が天空に浮かんでいる。

 それは小さな神殿が点在するだけの島となっており、宇宙ステーションや航空機、人工衛星、宇宙用シャトル等から科学的に見つける事は出来ない次元に存在していた。


 ただ、家族や親しい者を亡くした人間が、亡き人に想いを馳せて空を見上げる時、一瞬だけその島は姿を現す事があるという。


 そこに日々亡くなる人間の大量の魂が集まり導かれている。

 魂の番人と言われる者たちは振り分け業務に勤しむこととなる。


 彼らはそれぞれに与えられた担当の鏡の前に座っていた。

 鏡は大きな水晶玉の形をしている。そこには様々な人間の様子が映り込んでおり、各鏡の周辺には人物名や状況説明のテロップが浮かび上がっている。彼らは鏡の表面を指で撫でる様にスライドさせて、次々に別の人物を映し出して処理をして行く。


 人には病死や事故死、老衰死など様々な死に方があるが、中には殺人や自殺なども含まれる。そういった魂の現世での憂いや悔恨を洗い流し、健やかな状態で常世に送り出さねばならない。それら大量の魂を、浄化させる器に万遍なく振り分けて行くのがここにいる者達の仕事だ。


「有給短縮して貰えませんか?いくらボスでも長いですよ…え?そりゃあ俺達優秀と言われればまあ、そうですよ?処理だって速いし」

 執務室の責任者が通信玉に向かって文句を言っている。

「でもこの案件はボスに直接見てもらった方が…あ、ちょっと待ってくださいよ…は?こっちはそれどころじゃない?有給中なのに?…え、切れた…」

 責任者は唖然としている。どうやら通信を相手に一方的に切られたらしい。

「どうしたんですか?架室かむろ様」


 自分の担当の鏡に向かい直して舌打ちをした責任者に対し、隣にいた輪我りんがが聞く。

「いや、ボスだったんだが…あの神様、数千年働き詰めだったからって八十年程有給取ってるだろ?」

「ああ…はい」

「まあ権利だからそこは仕方がないんだけど、ちょっと聞かないといけない案件があってさ。ほら、これ。本人が死んでいないのに魂が登録されてる人が出てるだろ?」

「え?」

 架室が指を差した鏡に映った女性は、病院のベッドの上に横たわっているようだ。氏名には『篠塚亜由美×』と記されている。


「あ。本当だ。名前の横にバツが付いてますね。集魂の包み布は勝手に収拾して来るから分かりづらいですね」

 周りの者も集まってくる。

「どうしたんですか?」

「この人死んでいないんですか」

「でもこれ『精魂傀儡せいこんくぐつ』にもう入ってるみたいですよ?」

 その内の一人が言った。


「そうなんだよなあ。これ、俺達では取り出せないんだよ。傀儡の持ち主の神に、中身をよく確かめずに包み布を渡してしまった様でな。このまま精魂の儀に入らせたら傀儡が壊れるから、ボスに指示を仰ぎたかったんだけどな…」

 架室が腕を組んで難しい顔をして続ける。

「この傀儡、前回も不完全な魂が入ってしまっていてな。水難事故に遭った人間だったんだけど、どういう訳か魂の一部だけだった様で、儀式の後に壊れて石化してしまってさ。でも盟約で使用回数が決まっているからもう一度だけ使う事になったんだ」


「それ、どの神の傀儡なんです?」

 番人の中の一人が聞いた。黒髪の美しい、背の高い女性だ。漢服をアレンジした艶やかで柔らかな衣が凛とした仕草に沿って靡く。

「なんだ六華むつか、興味があるのか?これは…ああ、『水神』の水姫だな…珍しい事なんだけど『狭霧』という人間傀儡で、今回無事に精魂の儀を越えられたら神族に昇格する事が決まってるんだよ」

「狭霧?」

 六華の目が光った。それを見て慌てて輪我が言う。

「ダメですよ架室様!その名前!」

「あっ」


 次の瞬間、六華が声高く笑い出した。

「アハハハ!そうか狭霧か!精魂の儀は今夜ですよね?私が立会人になりますよ。ついでに今から迎えに行こうかしら。『丁重』にね。どうせ彼は今晩死ぬんでしょうけど!」

 そう叫ぶと彼女は豪という疾風を残して消え去った。

「あ!六華…」

「おーい、仕事放って行くなよぉ…」

 周りの者も呆気に取られていた。


「架室様ヤバいですよ、俺追い掛けます。あいつ狭霧を恨んでいるから」

 輪我が慌てて用意をしながら言う。

「下手したらその場で殺して食うかも」

「しまった、そりゃまずい。しかし間に合うか?六華程脚が速いヤツは…」

「それでも行かないと」

「…そうだな、俺が責任を取るから止めてくれ。それと、これを」

 架室は輪我に何かを渡した。

少彦名すくなひこな堂の救命玉だ。もしもの時に使え」

 輪我は受け取って頷くと、執務室から出て行った。

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