第2話 魔王も部屋干ししてやった

「ふわはははははは」


 さて、花ヶ前さんにも帰ってもらったし、夕飯まで寝ようかな。


「勇者よ! われが帰ってきたぁぁあ!」


 母さんに夕飯のおかず聞いてみようかな。


おののくが良い!」


 やっぱ、辞めようかな。


「我が名はエリガノラ……」

「うるさい!!」


 おっと、いけない。

 俺の座右の銘は常在冷静じょうざいれいせいなのだ。


 せっかくどうにかこうにかして無視してやろうと思ったのに、つい条件反射で【空間操作】を発動させてしまった。


 魔王はほんとにしぶとい生き物である。

 次元の狭間に閉じ込めてやったはずなのに、まさか気づいたら目の前で高笑いしていた。


「ちょっ!! なにをすんだ!!」

「ただの部屋干しだ」

「ヘヤボシとはなんだ!? 我はまだファーストネームしか名乗ってないぞ!!」

「名乗らんでいい。貴女は今日からただのエリガノラだ」

「それは我をただの女の子として見てくれるってこ……ちょっ、いきなりきつくしないで!!」


 貴女こそきつい冗談はやめてくれ。


 宿命と運命を吐き違えるのはよくない。

 履き違えていいのは靴下くらいだ。


 もっとも、異世界に靴下の概念はなかったから、走る度に靴との摩擦で足がすり減ってた。

 その度に俺の心もすり減っていった。


「ちょっと、早く解いてよ! 我との最終決戦はまだこれからだろう!」


 最終決戦もなにも、三つ目の街に到達したあたりから、俺の物語はもう終わっている。


 『うわはは、俺についてこい!!』みたいなノリを辞めてから、俺は『沈黙の勇者』と勝手に呼ばれ始めた。

 沈黙も何も、ただ疲れて喋りたくなかっただけなのにね。


 黙ってた方がかっこいいと思われるパフォーマンス的な問題で、人間の街にも魔物の街にも、足を踏み入れたらが最後、『沈黙の勇者が来たぁぁあ!!』と叫ばれるようになった。

 余計に疲れた……。


 これが俺の冒険の旅での一番の苦痛だった。


 だいたい、エリガノラさんよ。

 貴女のその服装どう見ても部屋干しされたそうにしてるぞ?


 異世界では当たり前だったから気が付かなかったけど、そんな露出度の高いボンデージは日本では使ったらさっさと洗濯するものだ。

 俺に部屋干しされてちょうどよかったな。

 

「我をこの宇宙の太陽系に飛ばしたのが運の尽きだったな! 第三惑星であるこの地球を見つけるのはたやすかったのだ!」


 よしっ、明日金星あたりを破壊してこよう。

 お前のせいで、俺は魔王に特定されてしまった。


 そういえば、異世界の姫様もよく俺を特定していたな。


 勇者を辞めたくて、何度逃げ出したことか。

 その度、あの手でこの手で俺を見つける姫様って正直トラウマだ。


 にしても、魔王を倒さない限り日本に帰れないとかまじでデスゲームじゃん。

 最初は、勇者っぽいとわくわくして夜も眠れなかったもんだ。


 魔王は全然怖くないけど、遠征が聞いて呆れるくらいの距離を歩かされる度に、死ぬかと思った。

 なんで最初馬車を見かけた時にテンションが上がっていたのだろう。


 電車のほうが全然マシだ。

 なんなら飛行機があれば、それで魔王城に行きたいものだ。


 姫様も仲間たちもとにかくうるさい。

 モンスターを倒す度に歓声を上げてくる。


 モンスター何匹いると思ってるの?

 何十万匹もいるぞ?


 毎日歓声という名の罰ゲームに晒されて、ほんとに鼓膜もうダメかと思った。

 

 姫様に『素敵』と褒められるのは五回目で飽きた。

 というか、『素敵』が褒め言葉だと思えなくなった……。


 トドメに魔王を次元の狭間、もとい、太陽系に飛ばしたあと、姫様と仲間たちが胴上げしようとしてくる。

 まじでやめてくれ。50キロ歩いたあと、内臓を揺さぶられるのはほんとに死ぬって。


 だから、やつらを辺境の街に飛ばした。

 王都までの距離は俺が召喚された街から魔王城までの距離と同じくらいだ


 お前らはもう一度冒険の旅をしてくるといい。

 俺の気持ちがきっと分かるから。


 今頃、国王は姫様の捜索状と俺の逮捕状を出しているころだろう。

 なんなら、手配書が出回っていてもおかしくないころだ。


 テレビで異世界もののアニメが流れる度に、感心したもんだ。

 そんな献身的な勇者は見たことがない。


 しかも、姫様と恋に落ちるなんてほんとにすごい。

 俺なんて二ヶ月目で姫様の顔を見飽きた。


 なんなら平常心で彼女のまつ毛を数えられるようになった。

 それを俺が彼女に惚れていると誤解されて、どれだけ大変なことになったことか……。


 追いかけられるわ。追いかけられるわ。

 しまいに、寝てる隙に手を縛られたりするようになって、魔王軍の襲撃より身内を警戒する日々が始まった。


 ほんと、疲れた……。


「ちょっ、そろそろ降ろして! まじでで、出る……」

「【地獄より来たる永遠の業火エターナル・ファイアー】か?」

「貴様!! なぜ我の必殺わ……ちょっ、ほんとに出るって!!」

「【地獄より来たる永遠の業火エターナル・ファイアー】じゃないなら大丈夫」

「【地獄より来たる永遠の業火エターナル・ファイアー】よりヤバいやつでもか……」

「【地獄より来たる永遠の業火エターナル・ファイアー】よりヤバいやつ?」

「……お○っこ」


 どうやら、魔王を部屋干ししたらお漏らしするらしい。

 

 俺は【空間操作】を解除してエリガノラさんを降ろした。

 すると、エリガノラさんは俺に目もくれずトイレに駆け込んだ。


 なぜ魔王を解放したのかって?

 それは、俺が花ヶ前さんの洪水で汚れた床を拭くのに、もう疲れたからだ……。


―――――――――――――――――――――

こちらの作品も続きが書きたくなって、更新しました!!


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※加筆修正したので、投稿し直しました。

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