第3話 姫様に部屋干しされてしまった
「降ろせ……」
「いやです♡」
「二度は言わない。降ろせ」
「勇者様はやはりすごいです!」
「なにがだ」
「二度は言わないって言っておきながら二度も『降ろせ』って言ったところはさすがです! ルールを破るために生きてるような男ですね!♡」
「……」
何を言っても無駄というのは分かったから、口を噤んだ。
スタミナと体力は貴重だ。
異世界は日本のようにどこにでもコンビニがあるわけではない。
お腹が空いた時におにぎりすら食べられない苦痛を味わったから、余計なことはしないようにした。
武器防具アイテム全部捨てて身体とカバンを軽量化し、食糧を詰め込んだ。
水は重たいから、【空間操作】で王都から持ってきている。
そのせいで王都は水不足になりかけたが、知ったことではない。
炎天下で何百キロも歩かせる国王のが悪い。
それはもはや死にたいとすら思ってしまうような拷問の類だ。
モンスターにやられたことはないが、メンタルはやられた。
世界の平和が俺の肩にかかっているという責任感も正義感も王都から出発して三日目でなくなった。
昔の生活の不満を言ったことについて心底から謝った。
ちゃんと勉強するから、もう歩かせないでくれ。
おやつは我慢するから、熱中症で倒れた姫様のおんぶは仲間の戦士がやってくれ。
『いやいや、俺なんざが姫様をおんぶするなんて恐縮だ。勇者様じゃないと姫様に釣り合わない』
そんなことを言われた時は、背中の
38キロもある荷物を押し付けるんじゃない。
「なんで俺の【空間操作】が使える?」
「それは勇者様がよく私を遠い場所に飛ばすんじゃないですかぁ。だから、勇者様が【空間操作】しそうだなと思ったら、我が国の秘宝【反転の宝玉】を使いましたぁ」
使いましたぁ、じゃないよ!!
あれはお前の世界のバランスを維持するためのものだろうが!!
水を浄化して、元の状態に戻すとかそういう生活基盤を維持するために必須なアイテムだぞ!?
おっと、いけない。
俺は『沈黙の勇者』だ。
どんな困難が立ち向かおうとだんまりを決めてやる。
会話は最小限で必要な情報だけを収集する。
心の中でも簡潔で平坦な物言いを心がける。
『沈黙の勇者』の名が聞いて呆れるような絶叫はしない。
何事も有効活用が大事。
呪いと思われたこの『沈黙の勇者』の称号に俺の進むべき道を示してもらった。
でないと、心の平穏が保てないのだ。
お母さんとの会話でも『沈黙』という言葉が出てくる度に、手が震えて箸を床に落としたもんだ。
心的外傷に対抗するには、俺は『沈黙の勇者』のいいところを探すのに必死だった。
『沈黙の勇者』のどこがいいのか必死に勉強した。
ある日悟りが開いたかのように、俺は黙るために生まれてきたと感じた。
世界の騒音と戦うために生きてるのだと思った。
だからさっさと降ろせ。
「ヤンガココ・……下の名前なんだっけ」
「私は―――」
「もう大丈夫。言わんでいい」
「もう思い出したのですね!」
「しんどい……」
これも全部、ヤンガココ姫がしんどい冗談を言うからだ。
彼女のファミリーネームは覚えていない。
というか、覚えたくない。
俺が召喚された国の名前と同じファミリーネームなんて覚える価値すらない。
俺はあの国が嫌いだ。
敵は魔物だけじゃない。
俺に懸賞金を掛けた組織もあった。
勇者の首を取ることで名を挙げたいやつらは、こぞって襲いかかってきた。
まあ、人間不信になったものだ。
勇者が愛される時代は終わった。
愛されてるのはこの姫様だけだ。
アイドルかなにかかな?
『勇者を殺したら俺と結婚してくれ』なんて
にしても、さっさと降ろせ。
「勇者様ぁ! なんで私をあのような村に飛ばしたのですか? そんなに私に追いかけられたいのですか?」
違う!!
そうじゃない!!
……おっと、いけない。
座右の銘を忘れてるぞ?
姫様はほんとにしつこい生き物である。
辺境の村まで飛ばしたのに、気づいたらこうやって目の前で俺を狂気な目で見つめている。
トイレから戻ってきた魔王を再び宇宙の彼方に飛ばしたら、目の前に見たくもない姫様が現れた。
◇
「勇者様! 会いたかったですぅ!!」
「なぜ居る?」
「召喚魔法を逆に行使したら来れました! こうやって活用できるんですよ?」
ですよ、じゃないんだ!!
なに魔法界の研究がひっくり返るようなことを平気で行ってるんだ!!
俺だって【空間操作】がなければ空間魔法が使えないってのに!!
おっと、いけない。
なぜかこの姫様を前にすると平穏が保てない。
だから、【部屋干し】しようとして【空間操作】を発動させた。
結果はご覧の通り、俺が吊るされた。
てか、さっさと解除しろ。
◇
「なぜ俺の【空間操作】が解けない?」
「【反転の宝玉】で反転したものはこの宝玉でしか解除できません♡」
「今すぐ解除しろ」
「あーもぅ、また心にも思ってないことを言うんですね♡」
心の中では三万回くらい言ってるが?
お前と再会してから、むしろこのことしか思ってないし、思いたくもない。
誰が好きで【部屋干し】されるんだ。
お前のような変態と一緒にするな。
だから、絶対に……。
「そんなところも素敵ですぅ!」
「やめろぉぉぉおお!!」
聞きたくない!!
そんな言葉聞きたくない!!
やめて!!
マジでやめてくれ!!
心が抉られる……。
辛い……。
どうやら、姫様を【部屋干し】しようとしたら、【部屋干し】されるらしい。
こうやって、俺のトラウマは再び上書きされていった……。
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まさかこの作品も2話でフォロワー200、☆90を超えるとは思いませんでした。
ほんとにありがとうございます!!
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更新の原動力になるので!
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