第115話 地平線
ゾーンのボールであるのに、大介がミスショットをする。
それはチームメイトにとっても、信じられないものであった。
いや、もちろん大介も人間であるので、間違いはいくらでもある。
ただこの状況で打ち取られるというのは、さすがに予想外であったと言うべきか。
一番深いところまで運んだので、紙一重の敗北であるのかもしれないが。
当たり前だがピッチャーはバッターより優位なのだ。
三割打てば合格なのがバッターで、ホームランとなればさらにそこからどれだけの確率となるか。
第一打席の大介は、普通にヒットを狙っていってもよかったのだ。
現在までのライガースの、レックス相手の、正確には直史相手の対戦成績を考えれば、とりあえずノーヒットノーランを消すというのでも、意味はあるのだと思う。
ただ、それを大介に求めてしまっては、ライガースらしさがなくなってしまうと言ったところか。
おそらくここで目の前の勝利だけを望んでは、日本シリーズで勝てない。
それがライガース首脳陣の意図である。
直史を攻略してはじめて、その先で勝つことが出来る。
パはどちらが上がってくるかまだ分からないが、直史以上のピッチャーはいない。
その直史と対戦することによって、そして勝利することによって、精神的な優位に立つ。
狙いは分かるが、そもそも直史を打てていない。
続くバッターも打ち取られていく。
大介との対決で、奇襲というか奇策というか、変わったこともやってきた。
つまりもう直史にも、それほどの余裕はないということだ。
パーフェクトの時にはやっていた空振り三振が、最近は外野フライにまでなってきている。
それだけもう余裕がなくなってきているということのはずだ。
まず最初の関門を突破。
その後のバッターも打ち取って、ベンチに戻ってくる直史。
水分を補給した後、頼んでいたものを手にする。
昔懐かしの駄菓子屋で置いてあったが、実はいまでも現役のラムネである。
糖分を脳に回すのは、これが一番だと教えてもらったのだ。
投げれば投げるほど、肉体を削っていっているのが分かる。
単純にエネルギーを消費するのではなく、脳がカロリーを要求しているのだ。
野球は、ピッチングというものは、直史にとっては頭脳労働のうちであるらしい。
次のイニングは、四番から始まる。
このままずっと、相手のバッターを抑え続けるのか。
それも不可能ではないが、可能と言ってしまうことも出来ない。
可能性がどれぐらいあるか、という問題になるのだろう。
大介を相手に、確実に抑えられるかな、と確信できるのはせいぜい一打席。
あとはもう、博打のようなものになる。
一人でもランナーが出れば、大介には第四打席が回ってくる。
それも踏まえて考えて、どうすれば試合に勝つことが出来るか。
そして試合に勝った上で、ライガース打線の勢いをどう止めるか。
もっとも昨日の試合は、おおよそライガース打線も沈黙していた。
それなのに大介の力によって、勝ってしまったのだ。
ライガースの力ではない。
ほぼ大介一人の力である。
その大介の心を、どうやったら折れるのか。
少なくとも直史は、野球の勝負に負けた大介が、そのまま立ち直れない姿などは見たことがない。
心理戦自体はまったく届かないというわけではないが、盤外戦術は直史の道徳的にアウトである。
大介が折れるのが先か、直史が壊れるのが先か、結局は最後は、精神力の勝負になってしまうのかもしれない。
勝負勘の必要な試合になってきた。
第一戦のような無茶な試合ではないにしても、まだ点差が充分とは言えない。
レックスの首脳陣は迷っている。
ある程度の点差がつけば、直史を降ろして他のピッチャーで勝たなければいけない。
たとえパーフェクトを継続中でも、点差があって残り3イニングぐらいになれば、直史は温存しなければいけないのだ。
いくらなんでも中一日でフルイニングを投げさせるわけにはいかない。
今はもう昭和ではないのだから。
根性だけでどうにかなるわけではない。
だが精神力を否定するのも馬鹿なことではある。
精神力というのはつまるところ、集中力だと直史は思っている。
集中力の重要さは、あらゆるスポーツに共通のものだ。
これを根性論と混同すると、また問題になるのだ。
直史は根性論や精神論を否定してきた。
それは旧来のそういったものが、真に精神力を高めるものではないと思っていたからだ。
とにかく篩にかけて、残った者を鍛えればいい。
そんな雑な教育になることを、最も恐れていたと言っていい。
重要なのは対応策を考えるインテリジェンスだ。
様々な場面を想像し、それに対応する手段も考えておく。
それによって無駄なプレッシャーからは解放されることが出来る。
プレッシャーすらも楽しむというのは、それだけのバックボーンがないといけない。
ただ負荷をかけるだけでは、飛びぬけた人間だけしか育たないことになる。
それでいいと思ってしまえるなら、それは育成の完全な失敗だ。
(戦力自体は充分なんだけどな)
初回以降、なかなか点差がつかない。
三回の裏が終わる。
序盤が終了し、スコアは2-0のまま。
三回で31球を投げ、奪三振は四つ。
おおよそ第一戦と似たような展開であろうか。
わずかに球数は多くなっているが。
被安打0の無四球無失策で、ここまではパーフェクトに抑えている。
甲子園球場の応援も、さすがにこの事態ではおとなしくならざるをえない。
味方をも野次るというライガース応援団であるが、もうこのパフォーマンスを見ていては何も言えない。
全くランナーが出ないという状況が、どれだけ続いているのか。
直史のピッチングの恐ろしさは、もうはっきりと分かっている。
過去に完全に前例のないピッチャーであるのだ。
とんでもない剛速球投手や、魔球とさえ呼ばれる変化球を投げるピッチャーはいた。
だが直史のやっていることは、そういったものとは世界が違う。
ピッチャーという存在の、新たな地平を切り開いたのだ。
もっとも今のところ、その後を続く者は一人もいないが。
四回の表のレックスの攻撃は、大原から一点の追加点を得ることに成功。
これで三点差となり、直史にとってはおおよその安全圏。
首脳陣も継投の可能性を、考慮するようになってくる。
重要なのは大介の打席をどうやって防ぐかということだ。
もう完全に敬遠し、そこからは確実にアウトを取っていくのでもいいのではないか。
一点までは許容範囲内と割り切る。
直史に相談でもしたら、頷くような合理的思考である。
大介の勝負強さというのは、ポストシーズンでは圧倒的なものがある。
高校時代などは地方大会でも甲子園でも、打率などは変わらなかったぐらいだ。
大舞台になると圧倒的に強い。
だから直史も、消耗していたとはいえ一度は負けているのだ。
勝負しなければ、あるいは負けてもいい場面でなければ、勝負はしないにこしたことはない。
そしてこの四回の表である。
先頭打者として大介が出てくるので、塁に出てしまったら失点の確率が上がる。
ただ3-0なので、一点ぐらいはくれてやっても構わない。
四打席目が回ってくることになってしまうが、それぐらいは許容するべきか。
(もう一点あれば、どうにかなるか)
七回まで二点以内で投げれば、残り2イニングぐらいは一点までに抑えてくれるだろうか。
とにかく今の体力では、完投をしても次までに回復出来ない。
味方が直史以外のピッチャーでも、勝てなくはないと昨日の試合で分かってはいる。
ロースコアゲームに持ち込めば、ライガース相手にも勝てるのだ。
ただそれに加えて、先取点から常に主導権を握り続けるという必要もある。
大介の一発から始まってしまったため、負けたと言えなくもない。
(最初の大介は敬遠するべきだったんだな)
そう思うが、それは後から考えれば、というものである。
今の目の前の大介には、直史が対応するしかないのだ。
3-0というスコアは、直史相手にはかなり絶望的なものである。
大介であっても、直史からホームランを打てる確率は低い。
他のピッチャーと違って、バットの届く範囲で勝負してくれているのに、だ。
だがそれでも、この世界で一番、直史からホームランを打っているのが大介である。
ここからどうすべきか、大介は考える。
先頭打者であるのだから、塁に出るという選択もある。
ただランナーになっても、直史を揺さぶるのは無理であろう。
もちろんある程度のプレッシャーは与えられるし、それで精神を削っていくことも出来るかもしれないが。
大介を打ち取る。
この状況ではその必要性は、やや薄い。
点差から考えても、とにかく点にさえならなければいい。
ただフォアボールで歩かせるつもりはない。
(申告敬遠を出してもいいんだが)
どうやらベンチは出すつもりはないらしい。
まあ直史の責任になる真っ向勝負に任せれば、結果がどうであろうと批難は少ないであろう。
直史が監督でもやっていれば、平然と申告敬遠をしていたかもしれない。
ただそれは、チームをしっかりと把握していないと出来ない。
今の直史が、首脳陣に求めても、怖がってしまうだろうか。
勝利を追及するということと、観客が満足する試合を見せるということ。
両方をやらなければいけないというのが、なんとも辛いことであろう。
このあたり高校野球であれば、もっと勝利にこだわったりも出来る。
そのくせ敬遠などをすれば、高校生らしくない、などと言われるのだ。
直史はチームのためでもなくファンのためでもなく、今は自分のために投げている。
そうすることが一番、結局は全てを喜ばせるだけだと信じて。
(ホームランだけは打たせない!)
初球はツーシームを、アウトローに少し外す。
だがそのボール球を、大介は振ってきた。
バットはほぼボールをミートしたが、その打球はポールの左方向。
かろうじて球威が上回り、ファールとなってくれた。
ボール球であっても、やはりあの程度は打ってしまう。
しかしもっと外せば、さすがに振ってこない。
(上下の揺さぶりを使っていかないと、結局は勝てないか)
内外の揺さぶりは、あくまでも見せていくのみである。
ストライクカウントを一つ稼ぐことが出来た。
たった一つではあるが、上手い布石にはなった。
次はスピードのあるカーブを投げるが、これはボール球である。
平行カウントにしつつ、三球目もまたもツーシーム。
アジャストしたはずの大介であったが、打球は初球と同じように左に切れていった。
それも今度はフライ性のボールで。
大介は首を傾げるが、浮かぶタイプのツーシームであったということだろう。
ツーシームなら普通は少し沈むのだが、回転の仕方によってはほぼ落ちない。
普通に使えば打たれるだけなのだが、最初のツーシームと使い分ければこういうことが出来る。
ただ空振りが取れるほどではないので、カウントを稼ぐことしか出来ない。
この場合は空振りが取れるということが、重要であるのだが。
先にツーストライクにしてしまうことで、ここから使えるコンビネーションは格段に多くなる。
ボール球を振らせる、という技術が使いやすい。
もっとも大介の場合、際どいところはカットしてしますだろう。
大きなスライダーなども、左打者なのでカットしてしまう。
やはり上下の変化で打ち取るしかない。
わずかな変化の差で、大きな結果の差へとつながるだろう。
最後はストレートを使いたい。
ただ普通のストレートであれば、もって行かれる可能性が高い。
フライ性の打球でも、次はスタンドに運ばれる。
(統計と確率に従って、ここはホームラン以外に抑えればいい)
点差を考えれば、順当なところだろう。
さすがにもうライガースの打線陣を完全に折るのは難しい。
変化球を二つ、ボール球で投げている。
(どういう狙いかは知らないけど、最後はストレートっぽいか……)
そう思っていると、実はスルーやスルーチェンジを投げてくるのが直史であるのだが。
大介の直感が、ここはストレートだと囁いている。
この直感がそれなりによく当たるので、普段はそのままに従っている。
おそらくは経験の蓄積から、無意識に計算しているものであるのだ。
直史はそれを上回って裏を書いてくる。
リリースから球種の見極めまでに、どれだけの余裕があるか。
大介はゾーンに入って、直史の球種を考える。
カーブなら投げた瞬間に分かる。
やはり難しいのは、チェンジアップだ。
ピッチトンネルを通った時点からも、失速していくスルーチェンジ。
さほど球速差もないが、あれが一番魔球に近いのでは、と大介は考えている。
ここではそれを使ってくるのか。
直史の五球目は、リリースの瞬間にカーブではないと分かる。
次の一瞬には、シンカーやスライダーでもないと分かる。
速球系か、チェンジアップ。
チェンジアップでもない。
(ストレート!)
見切った大介がスイングする。
バットに当たった感覚は、ジャストミートではない。
打球が上がらず、わずかに押されていた。
ショート方向、速いバウンドの内野ゴロ。
この打球速度なら抜けるか、と思いながらも左右田が追いつくのが視界の片隅で見えた。
(くそ!)
打球速度が速すぎるため、深い位置に守っていたショートでも、タイミング的には絶対にアウト。
だが大介は走る。送球ミスというのは多いことなのだ。
そしてファーストベースを駆け抜けて、アウトのコールがないことに気づいた。
ボールは投げられることなく、左右田が持っていたのだ。
タイムがかけられる。
キャッチした左右田は、すぐにファーストに投げる体勢に入った。
打球速度が速いが充分に追いつき、そして深いところからでもアウトのタイミングだった。
しかしグラブの中からボールを取り出す時に、失敗してしまった。
いやこれは、失敗というのとは違うかもしれないが。
ボールが右手で上手く取れなかった。
そしてそこでうずくまる。
タイムがかかるが、左の手首が血流でどくどくと痛みを発している。
(バウンドした打球だったのにこれか)
治療のために一度ベンチへ。
だがすぐに判断はつく。
「今日は無理だな」
それどころか、今季はもう無理ではないか。
否定することは出来ない。
そういえば大介は今季、何人もの野手をその打球で壊している。
破壊神と呼ぶのに相応しいのだ。
ここから守備位置をどうするか。
レックス首脳陣も、少し考えないといけない。
「緒方をセカンドからショートに」
そしてセカンドには控えをベンチから出す。
これによって守備力はもちろん落ちたが、重要なのは攻撃の方だ。
左右田が先頭打者から外れてしまうとなると、一番バッターをどうするべきなのか。
もっともそれは、明日以降の課題である。
左右田が抜けてしまって、大介がノーアウトの一塁にいて、そしてスタメン以外がセカンドの守備につく。
得点力も問題になるが、やはり重要なのは守備力だろうか。
負担の大きなショートを守るのが、また緒方に戻ってきた。
確かに経験は充分なのだが、ややブランクはある。
そしてセンターラインの守備力は低下し、得点力も落ちる。
(まさに消耗戦だな)
直史がやらなければいけないのは、この回を0で封じることである。
判定はエラーである。
左右田がすぐに送球出来ていたら、確かにアウトのタイミングではあったのだ。
強襲安打にならなかったので、ノーヒットノーランは継続中。
ただ日本の場合は使われないが、MLBにはノーヒッターという言葉がある。
つまり一つのヒットもホームランも打たれないというものだ。
MLBの場合はエラーやフォアボールがらみで点を取られても、ヒットさえ打たれなければノーヒッターとして記録される。
これは公式な記録にも残っていて、直史自身もMLBでは達成している。
ノーヒットノーランの可能性は残っている。
だが重要なのは、守備力が落ちている状態で、大介がノーアウトのランナーとしていることである。
ダブルプレイで消すことが出来たら最高だが、それは高望みにすぎるというものであろう。
一つ一つアウトを取っていく。
その中で何かの偶然で、一点が入っても仕方がない。
(盗塁はしかけてくるかな?)
リードは小さいが、大介であればやってきてもおかしくはない。
盗塁を成功させるポイントというのを、かつて大介は説明したものだ。
最初は全部「勘」で済ませていてジンとセイバーがそれを言語化させたものだが。
おかげで直史はそのポイントを、全て外して投げることが出来る。
とにかく最初の始動をランナーに悟られないこと。これが一番重要である。
ランナーは逆に、タイミングが遅れたと思ったら、もう走らずに戻った方がいい。
球速はそれほど重要ではないが、変化球などをキャッチするなら、その体勢からどう投げるかなどが重要になってくる。
しかし大介は、ピッチャーのピッチングの始動を見抜けるかどうかが一番重要だと言っていた。
なので直史はずっと、セットポジションからスムーズにクイックで投げることを意識していた。
普段からクイックでもある程度投げて、球威に差がつかないように気をつけたりもしていた。
大介としても、直史から盗塁をしようとは思わない。
(今年は盗塁をさせていなかったか)
MLBでも盗ませていたのは、ほとんどなかった。
大量点差で向こうが必死になっている時は、バッター集中で盗ませたこともあったはずだが。
直史の背中から発する気配は、大介に向けられている。
そしてその気配を維持したまま、全くこちらを見ずに、バッターへと投げた。
完全に牽制の気配すらない。
マウンドの上の静かな支配者。
大介は直史が、マウンドの上にいる時は、グラウンドの中の全てを把握していると思っている。
おそらくそれは大介の思い込みではない。
直史が牽制でランナーを刺すときは、ほんの一瞬の油断がランナーにあるからだ。
その瞬間、直史はランナーの方などは見ていない。
牽制の瞬間も、直史の気配は変わらないのだろう。
だからランナーは、視覚で確認した瞬間に、すぐに戻れる距離しかリードを取れない。
大介としても直史相手に、走力を使うならバットにボールが当たってからだろうと思っている。
あるいはボールをリリースした瞬間か。
単純にワンナウトを取るたびに進んでいっても、三塁までしか進めない。
そして直史ならおそらく、どこかで三振かフライを打たせて、進塁を止めるだろう。
大介がホームに帰るのは難しい。
それは間違いないが、少しでも勝算を高めていくしかない。
点差があるこの試合自体は、おそらく落としてしまう。
だがこの先にもまだ、試合は残っている。
(削るってのは、なんだかなあ)
そこまでしないと勝てないというのが、既に半ば負けている。
ノーアウトのランナーは、大切に使いたいだろう。
ただ点差を考えれば、送りバントなどはやってこない。
もししたとしても、無難にアウトを取っていけばいい。
内野は中間守備より、ほんの少し深め。
クリーンヒット以外は、基本的にバッターでアウトを取ることが優先。
もっとも何事も、思い通りにはいかないことが多い。
直史は二番に入っている和田に、内野フライを打たせることに成功した。
球数もさほど使っておらず、大介が進塁することも出来ない。
和田は悔しがっていたが、丁度いいぐらいの打球になってくれた。
ただ本来であれば、ここは三振を取りたかったのだ。
(体にあまり力が入らない)
だからこそストレートの伸びがなく、それを計算に入れて、大介に上がらない打球を打たせはしたのだが。
結果的にこれは、失敗であったかもしれない。
まだ残っている試合はあるが、左右田はおそらくもうスタメン出場は出来ないだろう。
最悪守備固めには使われるかもしれないが、レックスは得点力を落としてしまった。
(これでまさか、シーズンが終わったとか)
直史以外が投げる試合では、ある程度の点の取り合いになる。
その考えが正しければ、左右田の離脱は大きい。
直史はあの選択が、間違っていたとは思わない。
ただ選択にはやはり、本当の正解などはない。
正解は存在するのではなく、後から正解だと判定される。
素直にホームランを打たれた一点と、左右田の離脱。
この時点でもまだ、それはどちらが正解なのか、分かっていないのだ。
大介は二塁に進むことも出来なかった。
博打になってでも盗塁のスタートを切るべきか、とも思ったりはしたのだが。
ギャンブルをしたらおそらく、直史には勝てない。
それでもいつかは、どこかで勝負をかけなければいけないのだろう。
野球は確率のスポーツであるのだから、直史でも届かない領域はあるのだ。
そう思って守備に就く大介だが、向こうのベンチの直史は、かなり消耗しているように見える。
直史は弱っていても、なかなかそれを見せない。
高校二年の大阪光陰戦など、よくもまあ投げられたものだ、という指の状態で延長までを投げ続けた。
もっとも慌てているような様子を見せて、ちゃっかり牽制アウトを取ってしまったりもするので、下手に判断するのは危険である。
あの疲れは擬態か否か。
(あいつにとって野球は頭脳戦なんだよな)
大介も決して、全く頭脳を使っていないどころか、相当に考えてプレイはしているのだが。
第一戦に比べると、直史は球数が増えて奪三振も増えている。
ただそれもまだ、誤差に近いようなペースであろう。
だが第一戦と決定的に違うのは、試合開始時点で残っているスタミナの量だ。
充電が完了していない。
それでもこの試合だけなら、最後までは投げきることが出来るだろう。
問題はさらにこの先にある。
明日の試合でライガースが勝ってしまえば、2勝2敗でリーチがかかってしまう。
つくづくアドバンテージが大きいが、昔の直史であればどこまでの無理が出来ただろう。
加齢による体力の衰えというのは、本当にどうしようもないものだ。
それでも大介のように、ずっと第一線にいたならまだしも、直史はブランクがあったのだ。
ここまではやってきたが、この先はどうなのか。
途中で交代したい。
なんとかあと一点ぐらい取れば、リリーフに託すことも出来るだろう。
強打のライガースと言っても、リリーフ陣を全開にしたレックスから、その点差を逆転することは難しい。
そう、当初から継投で勝てるのが一番いいと、そういう話はしていたのだ。
しかし左右田の負傷が起こってしまった。
守備力の低下と攻撃力の低下。
これはこの試合ではなく、次の試合にも関わってくる。
(打たせて取る、のが仇となったな)
大介に投げたボールは、打たれても上がらないものであった。
内野の間を抜いていくぐらいはあると思ったが、それでもおそらくは単打まで。
それなのにより悪い結果である。
完封さえ、いや勝てれば完投でなくても良かった。
この左右田の離脱が、果たしてどれぐらいの影響になるか。
医務室で診てもらった後、左右田は詳細を確認するため、病院に向かっている。
だが送球できないほどの痛みがあったとするなら、捻挫以上であると考えるべきだ。
するとテーピングをしても、バッティングは不可能。
守備の方も危険で、せいぜいが代走といったところか。
左右田は足があるのとスタートが早いので、まだ出番はあるかもしれない。
それでも想定外の戦力離脱。
リードオフマンを失った打線というのは、かなり攻撃の発端を作るのが難しい。
ましてレックスなどは、かなり出塁からの得点パターンを考えている。
打率もかなりいいし、それ以上に出塁率の高い左右田は、貴重な戦力であり、欠いては困るピースであったのだ。
あとはこれで、大介に四打席目が回ってくることとなった。
ただ逆に三打席目などは、ツーアウトという状況から回ってくる可能性が高い。
ランナーとして出しても、その状況からならあまり怖くはない。
もっともそこまで、誰もランナーに出さないというのも、都合の良すぎる設定であろうが。
レックスの追加点がなかなか入らない。
大原はここまで三失点で、スロースターターなことを考えると、充分な働きであろう。
対戦したピッチャーが悪かっただけである。
そして六回の裏が回ってくる。
この回はツーアウトから大介に打順が回ってくる計算だ。
もっとも大原のところには、当然ながら代打が出てくるだろうが。
そこでランナーが出たりすると、ホームランを打たれると困ることになる。
3-0というスコアは、グランドスラム一発で逆転されるスコアでもあるのだ。
ランナー一人ではまだ3-2までにしかならないが、それでも大介にはあと一打席確実に回ってくる。
もしツーアウトを取れたなら、大介は申告敬遠した方がいい。
ツーアウトからのランナー大介は怖くない、とは先ほども直史が思っていたことだ。
そもそも大介はMLBでは、満塁で押し出しでも敬遠されることがあったのだ。
それを考えれば全打席敬遠というのも、ポストシーズンでは間違っていない。
出来ないのは野球が、興行であるからだ。
六回の裏、まずは一人をアウトにする。
そして当然のように代打が出てきた。
大原は結局、六回を三点のクオリティスタートに成功していた。
今年も負け星が先行したが、そのあたりまでは投げることが多かったのだ。
ただ今年のライガースは、そこから攻防どちらも点が入ることが多かった。
そのため勝ち負け両方の星が付きにくかった。
代打をあっさりとアウトにして、三打席目の対決。
しかし腰の重いレックスベンチがようやく動いた。
申告敬遠である。
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