第108話 ファイナル

【最強対決!】 神聖! 佐藤直史総合スレ part531 【そして伝説へ】


108 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 うおお、やっと落ち着いてきたか


109 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 実況ここでやってたやるタヒね


110 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 いやもう語ること多すぎたからな


111 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 世界最強投手対決……


112 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 一応は大サトーの勝利ってことでいいのかね?


113 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 うちのとーちゃんが泣いてるんだけど

 上杉ってそこまでのピッチャーなんかいね?


114 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ニワカ乙

 今の日本の野球のレベルが上がってるの

 ほとんど上杉の功績やぞ


115 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 やっと落ち着いてきたけど上杉の情報は出てる?


116 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 スターズのSNS関連でも何も言われてない


117 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 故障は間違いないけど、まだ復帰出来るか?


118 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 いや、もう、さすがに休ませたれ……


119 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 パトラッシュ、僕はもう疲れたよ


120 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ワイも疲れた

 昨日からずっとここに張り付いてるしwww


121 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 寝ろ!


122 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 まあこれでレックスのファイナルステージ進出は決まったな


123 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 上杉心配やで

 直前も155km/hとか出てたから深刻なものじゃないことを祈る


124 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 肘やなくて肩やろ?

 一回やってるしもう年齢的に限界だろ


125 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 どっちが上だったんだ……


126 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 試合後のインタビューでも大サトー心配してたからな


127 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 大サトーの年齢だと直接甲子園で上杉のピッチング見てたんかいな?


128 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 本を読め


129 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 白い軌跡の名場面の一つやな

 つーかあれ本当に全部実話なんかいなw


130 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 書いたことは全て事実だけど事実を全て書いたわけじゃない


131 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 10回までパーフェクトだったのにな……


132 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 そういや緒方は大丈夫なんか?

 あいつおらんと勝率下がるぞ


133 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ノーアウトからランナー出て動揺の全くない大サトーワロス


134 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ランナー出ても進まないのよな……


135 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ノーヒットノーラン達成してもなんか騒ぎになってないな


136 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 早いわい


137 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 上杉が故障せんかったら多分引き分けやったんやろな


138 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 話題がネガティブなものなだけで進行自体はめっちゃ早い


139 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 上杉引退か……


140 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 発表されるとしても日本シリーズ終わってからやろ


141 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 まだ昨日の今日やから検査結果とか出てないんじゃね?


142 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 少なくとも軽いものじゃないな

 軽かったらすぐに発表されてるやろ


143 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 10回まで両者パーフェクトっておかしいやろ


144 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 緒方が粘ったからってのが大きいのかな?

 あいつ一人で20球以上投げさせてたやろ


145 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 緒方も頑張ったけどエラーもそれのせいやろ


146 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 緒方出られんかったらまずいぞ

 さすがに大サトーをここで連投させるわけにはいかん


147 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 上杉の件は発表したらスターズの士気が下がるからやろな


148 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 投げられる状態で上杉が降りるわけがない

 もう限界だったんだよ


149 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 緒方にグッジョブとはちょっと言いにくいな……


150 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 勝負のために全力を尽くした

 お互いにな……


151 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 勝ったのにお通夜に近いな


152 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 大サトーも100球投げさせられたからな


153 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 ファイナルステージ第一戦に投げてくるかな?

 中三日やろ?


154 名前:代打名無し@実況は野球ch板で

 昭和の野球なら平然とやってたやろけどな




 衝撃の夜の翌日も、世界は普通に回っている。

 忘れてはいけないのだ。何が起こっても世界全体は、それほどの影響を受けているわけではないのだと。

 ほとんどの人間にとっては、漠然と明日はあるものだと感じられる。

 もっともイリヤが殺された時のニュースは、さすがに世界中の音楽業界で大きな話題となっていたらしいが。

 直史は第二戦も、ベンチには入っている。

 中三日でライガース戦の先発で投げる予定であるが、状況によっては1イニングぐらい投げてもいい。


 もっともレックスベンチは、絶対に今日で終わらせるつもりである。

 スターズはあの、クローザー上杉という無茶がもう出来ない。

 ベンチ入りメンバーに、上杉の名前がなかったのだ。

 野球は何が起こるか分からない。

 だがそれと同時に、試合が開始される前に、既におおよそは分かっているものなのだ。

 事前の準備でおおよそ終わるのは、野球に限ったことでもない。


 レックスの先発はオーガス。

 今年は直史に次ぐ、勝ち星を稼いだ外国人助っ人である。

 初回から三者凡退に抑えて、幸先のいいスタート。

 だが対戦してみれば分かる。

 スターズ打線は、昨日の試合で既に、もう戦意を失っているのだと。

 直史に抑えられたのと、上杉を失ったのと。

 ここから果たして、勝つために何か作戦が立てられるのか。


 全てもう終わっている、と直史は思った。

 そしてそれはおおよそ事実であると、レックスのベンチは感じている。

 上杉の投げた試合で負けた。

 自責点は上杉についているので、上杉の負けである。

 だが本当に上杉は負けたのか、と多くの人間が思っている。

 これは記録ではなく、主観と記憶の問題なので仕方がない。

 直史自身が、勝ったとは思っていないのであるから。




 試合は淡々と進んだ。

 レックスは淡々と点を取り、スターズは凡退を重ねる。

 それでもわずかに、スターズ打線はヒットを打つ。

 野球というのはそういうスポーツなのだ。

 だが昨日の直史と上杉を見ていれば、奇跡は人間が起こすものなのだと、正しく理解していたであろう。

 もう二度とない、完璧でありながら完璧でない試合。

 人間が文明を失わない限り、永遠に続く記録である。


 油断はしない直史であるが、この試合に限ってはさすがに、勝てるだろうなと楽観視している。

 実際にポンポンと、レックスは点を取っていったのだ。

 終盤に入ったところで五点のリード。

 双方のチームの間に、それほどの実力差はないはずであるのに。

(スターズは再建が大変だろうな)

 とは言っても、スターズも戦力は若返っているのだ。


 もう試合の流れが、レックスが勝つ方向にしかいかない。

 勢いも必要なく、純粋に普通の攻撃で点が取れる。

 こんな楽な試合は、レギュラーシーズンでもなかったものだ。

 ただそんな不甲斐ないスターズに対しても、遠征で応援に来たスターズファンから罵声や野次が飛ぶことはない。

 無理もない、と思っているのだ。

 上杉で負けたのだから、もう終わりだ。

 それ以上に上杉の故障というのが、時代の終わりを感じさせている。


 対戦しているレックスの方にまで、その気配が感じられるのだ。

 上杉という比類なき巨星が、ついに落ちたのだということを。

 直史は正確なことを知っている。

 当の上杉自身が、それを理解していたのだ。

 もう一度あの治療法が使えるのか、と直史はセイバーに尋ねたが、そもそもあれは失敗の確率が高いものであったのだ。

 上杉が一度復活しただけでも、充分な結果であったと言えよう。




 レックスの打線も、普通に打っていく。

 だがいまいちビッグイニングというのは出来ない。

 しかしスターズの守備も、破綻というところまではいかない。

 またレックスの打線も、それほど連打するわけではないのだ。

 着実に点を取っていって、終盤まで無失点。

 今季完投のないオーガスは、そのまま球数に余裕のある状況でリリーフにつなげる。


 リリーフ陣もしっかりと休んでいた。

 昨日は直史が投げて、さすがに延長に入ったときは、出番があるかもしれないと思ったが。

 直史に故障がなかったとしても、ピッチャー強襲などで負傷することはあるのだ。

 それでも試合では投げなかったことで、充分に休めたと言える。

 ここからは負ける方が難しい。

 事実、レックスは得点を許さなかった。


 6-0という一方的なスコアで、レックスは二勝目を手に入れた。

 そしてこれで、ファイナルステージ進出もレックスと決まった。

 誰が見てもどうなるか、分かっているような試合であったと言えるだろう。

 様々なことが全て、スターズが敗北する流れを作っていた。

 それをひっくり返すようなピッチャーは、それこそ上杉だったのだろう。


 これで一日を休んで、次の日に移動。

 そして甲子園で、クライマックスシリーズのファイナルステージの開幕である。

 おそらく今年は、日本シリーズもセ・リーグが制する。

 それこそ直史がライガース相手に、勝利と引き換えに負傷でもしない限りは。

(終わらせるか……いや、違うな)

 ここからが本当の勝負だ。

 ライガース相手に、今年の直史は全勝してはいるが、あまりそれは関係ない。




 この数日の動きは激動的であった。

 もちろんポストシーズンは特別であるが、直史と上杉の投げ合いが決定してから、そして上杉の降板。

 故障は間違いなく、それがどの程度であるのかが注目される。

 だが、軽いものであるなら発表できるだろうと、普通の考えに至るのだ。

 上杉がマウンドに戻ってくるとしたら、それは引退試合であろう。

 いや、それが可能になるまで、肩が治るのかどうか。


 敗北してなお、上杉は注目されている。

 ただ今年のクライマックスシリーズは、直史と大介の対決。

 MLBではポストシーズンで、四回の対戦がある。

 しかしNPBでは直史のプロ入り一年目にしかそれはなかった。

 ポストシーズンに入れば、大介のOPSは2を上回るまでに上昇する。

 つまりもう、盗塁のことを考えないのなら、全て敬遠した方が、得点の期待値は下がるのである。


 そんな大介を相手にしても、直史は勝負していく。

 実際にほとんどの場合、直史が勝っている。

 特に試合の勝敗だけを問題にするなら、一度しか負けていない。

 二人が揃ったときは、国際大会でも勝率は100%。

 だが高校時代は、二年生までは負けているのだ。


 完全に無名であった学校が、正確には進学校としてのみ有名だった学校が、この二人を主力として最強のチームへと至った。

 もっとも正確には、他にも戦力になった者は大勢いる。

 この二人と同じ学年でも岩崎が、その下からはもう無数に出てくる。

 それこそスターズにも、そして対戦した多くの選手が、プロに入ってきたし、メジャーリーガーにもなった。

 上杉が最初の一歩であったとしたら、それに続いて巨大な道を敷設していったのが二人と言えるだろうか。

 もっとも直史の場合は、大学野球での圧倒的なピッチングの方が、多くの大学野球ファンの記憶には残っているだろうが。

 高校野球史上最強というなら、直史はやや疑問を持たれるのだ。

 しかし大学野球なら、ほぼ誰もが一番に挙げる。




 直史は社会人野球にも少し出たので、およそ全ジャンルを網羅した。

 日本代表にもなっていて、U-18の主力ともなって、日本の初優勝に貢献した。

 ただあの大会は、大介が全てを持っていったが。

 単純なプロとしてのキャリアは大介の方が上だが、様々なキャリアという点では直史の方が多いであろう。

 回り道に思えるそれが、実は力を付ける過程であった、と思えなくもない。


 少なくとも直史は、単純な野球選手ではない。

 複雑で奇妙で、そしてなんともおかしな人生を送ってきた。

 色々なことをやってきたことは間違いなく、そういった野球以外のものから、野球への力を持ってきたのかもしれない。

 準備を終えてホテルを出る。

 ここからは甲子園で六連戦。

 ただ負けてしまえば、その前に終わってしまうかもしれない。


 第一戦で直史は投げる。

 中三日で投げて大丈夫なのか、という声もある。

 直史からしてみれば、日数はさほど問題ではない。

 重要なのはその内容であるのだ。

 上杉との投げ合いで、100球を投げた。

 ただの100球ではない。


 自分の限界がどこにあるのか、肉体はおおよそ把握している。

 だが精神、頭脳の限界はどこにあるのか。

 また肉体にしても、どれだけ耐久力が残っているのか。

 上杉は壊れるまでずっと投げ続けた。

 直史はそこまでチームに対して献身的にはなれない。

 だが大介との勝負には、ちゃんと決着をつけたい。

 果たして明確な勝利など、存在するのかさえ分からないが。




 関西には新幹線で移動する。

 あるいはホテルに戻ってくるのは、もう次が最後であるかもしれない。

 互角の条件で戦えるならともかく、アドバンテージの分が痛いのだ。

 部屋に入ると、夜までは柔軟体操などをする。

 またセイバーから知らされた、酸素カプセルにも入ったりした。


 どれだけ消耗しているのかが、自分で分かっていない。

 リミッターを外してしまってから、それがもう一度装着できなくなってしまった。

 限界を見極めるよりも、よりその限界を引き上げる方に、肉体が動いてしまっているのだろう。

 若い頃でも、投げすぎて壊れるピッチャーというのは、それこそ高校野球では大量にいたものだ。

 今の直史は、それに比べても回復力などにおいて、はるかに劣る40歳。

 現役のアスリートとしては限界であろう。


 ここまでやってこれただけでも、充分にすごいことだ。

 パーフェクトを二回連続でやった後、ノーヒットノーランを達成。

 それ以前にもサトーとノーヒットノーランはやっているのだ。

 九月に入ってからの直史は、働きすぎである。

 それ以前からの問題である、とも言えるが。


 もういつ壊れてもおかしくはない。

 そしてそれでも本望である。

 ただ避けたいのは、試合に勝って日本シリーズ進出が決定した時点で壊れること。

 どうせ壊れてしまうなら、その壊れ方にも美学を持ちたい。

 直史らしくはないが、それを上杉のピッチングは教えてくれた。

 エースとして、最後まで投げ続けよう。

 最後の瞬間には、チームに勝利を。

 それがエースとしての使命であると思うのだ。




 上杉の引退に関しては、直史は瑞希にだけは伝えた。

 彼女は情報の発表のタイミングに関しては、専門家であるのだ。

 アメリカに来て驚いたのは、あちこちでこの極東の試合が見られたこと。

 直史と上杉の圧倒的なピッチングを、まだアメリカの人々は憶えていたのだ。

 昔のことではない。少なくとも大介は、去年はまだアメリカで活躍していたのだから。

 その大介との対戦相手がどうなるのか、それは気になるのだろう。

 大介はリトルスーパーマンで、子供たちのヒーローであったのだから。


 その前哨戦として、最強のピッチャー対決は思われていたのか。

 だが100マイル超えを連発する上杉のピッチングは、MLBの常識からしても信じられなかっただろう。

 フルイニングを投げてどちらの一人のランナーも出さない。

 そして直史が先にランナーを許したものの、そこから全く隙を見せなかった。

 そんな試合を、MLBファンも見たことはなかっただろう。


 上杉の降板は、瑞希の目から見ても限界であった。

 あの姿を見て、アメリカの人々はどう思ったのだろうか。

 日本とアメリカの野球は、文化的なものが相当に違う。

 そもそも高校生の野球、甲子園の文化を生徒への虐待と言ってしまう人間が多い。

 まあ、間違いとは言い切れないかな、と瑞希も思ったりはする。

 だが単純に否定するには、彼女は内情を知りすぎている。


 日本人選手は、だから短期決戦に強い、などとも言われたりする。

 実際に一発勝負のトーナメント戦では、日本は強いと言われたりする。

 しかし逆に、プレッシャーに弱い日本人選手も多い、などと言われたりすることもあった。

 現在のMLBにおける日本人ピッチャーの代表となれば、やはり武史になるのだろう。

 八年連続を含む九回のサイ・ヤング賞の受賞。

 さすがに最近は落ちてきているが、上杉のような大きな故障はなかった。

 おそらく日米通算で、武史も400勝を超えるだろう。




 色々と知っている武史は、今年は少し日本への帰国を遅らせている。

 チームがポストシーズンに進めなかったので、例年ならすぐに日本に戻って奥さんといちゃいちゃする。

 だが今年は直史がやってくるまで、ニューヨークに残る。

 手術の予定はまだそこそこ先で、11月となっている。

 日本シリーズが終われば、すぐに直史はやってくる。

 そこまでは検査もあるが、手術のスケジュールが詰まっているのだ。


「お父さんは大丈夫かな」

 明史の当然の心配を、笑い飛ばすのが武史である。

「兄貴に関しては深刻になってたら損するぞ」

 武史は絶対的に、兄のことを信頼している。

 ただ直史でも、故障をする時はすると、分かっている人間でもある。

(もうこれで、終わらせるんだろうな)

 武史のキャリアも、おそらくもう長くない。


 大介と違って武史は、キャリアの最後を日本で終わらせるというつもりはない。

 ぎりぎりまでMLBで投げて、通用しなくなったらさっさと日本へ戻りたい。

 アメリカ人のアッパークラスのノリには、どうにも馴染みにくい。

 去年まではパーティーなどがあっても、ツインズのどちらかにパートナーになってもらって参加していたのだが。


 アメリカの文化には馴染めない。

 どこでも馴染めそうな武史であるが、なんだかんだいって芯のぶれない直史や大介の方が、本質的には向いているのだろう。

 ただ今年もサイ・ヤング賞の候補になるほどの16勝を上げてしまった。

 勝ち星を重視しないサイ・ヤング賞の評価基準だが、いまだに奪三振率の高さやイニングイーターっぷりはトップクラスなのだ。




 武史が見る限りでは、明史の顔からは死相が消えている。

 己を呪うかのような、暗い雰囲気がないのだ。

 さすがは、としか弟としては思うしかない。

 直史のやっていることは偉大な記録とか、そういうレベルではない。

 簡潔に言ってしまうと、ただの奇跡である。


 あの春休みの、センバツ甲子園。

 完全な敗北の中から、直史は力強く立ち上がったのだ。

 人間は下積みと言うか、上手く行かないことをたくさん経験しなければ、その本質を理解出来ない。

 直史は中学時代の敗北や、夏の決勝の敗北、それに秋のスタミナ切れなどから、それぞれ敗北している。


 武史が結局、直史や上杉に及ばないと感じるのは、及ばないのを悔しいと思わないからであろう。

 才能だけなら、とよく言われることだ。

 才能だけなら兄よりも上で、上杉よりも幅が広いと。

 ただピッチャーの本質的な部分で、二人には大きく劣っている。

 そして今さら、そこを埋めようとは思わない。

 武史も既に、スタイルを変える時期は過ぎてしまっている。

 直史のように今も変化し、進化し続けているのが異常なのだ。


 ここから先、クライマックスシリーズもファイナルステージへと至る。

 そこでどのようなピッチングをし、どのような試合となるのか。

 ライガースが有利なのは、甲子園というホームでやること、アドバンテージがあるから明らかであるのだ。

 ただそれを覆すとしたら、あの兄しかいないであろうとも、武史は思っていた。




 関西に到着したレックスメンバーは、ホテルに荷物を置く。

 ここから最低でも三戦はすることになる。

 ストレートで負けることはないであろう。

 ただ直史をどう使うかは、首脳陣としても悩みどころである。

 上杉が故障するのを目の前で見た首脳陣としては、ここで直史が壊れてしまえば、どれだけ批判が集中するかが怖い。

 もっともスターズ首脳陣は、それほど叩かれていなかったが。


 上杉の状態がまだ公表されていないということの他に、上杉ならばあの終わり方でも本望だろうと、そんなことを考えていたのだ。

 上杉というのは、悲劇の中で輝くピッチャーであった。

 しかしもちろん直史はそうはいかない。

 もっとも直史は直史で、敗北をねじ伏せるというようなピッチャーではある。

 芸術的側面から見たら、上杉の方が美しいのかもしれない。


 この直史が、第一戦で投げる。

 中三日というスケジュールは、充分な休養とは言えない。

 100球しか投げていないとは言っても、上杉を相手に点を取られてはいけない試合を投げたのだ。

 その疲労が残っているのは間違いないはずである。

 しかし直史は、ホテルにチェックインした後、一度ホテルを出て行ったが。

 このあたりは、庭とまでは言わないが活動範囲である。


 そしてまた、いつも通りの店を訪れる。

 個室を用意した店で、密会する相手は大介である。

 もっとも今回は、特に問題のある会話をするわけではない。

 上杉と直接に会った直史に、その容態を確認するだけである。

 もちろん密会自体が色々と、問題にされる可能性もないではないのだが。

 そこで直史は、上杉の引退を伝えた。




 上杉は大介にとって、巨大な目標であった。

 高校時代、相性とかを別にすれば、大介が本当に手も足も出なかったピッチャーは、上杉しかいない。

 プロ入りする時などは上杉と勝負するために、スターズ以外を希望したぐらいだ。

 MLBに行ったのも、当初は上杉の故障が絶望的と言われたからだ。

 その後は問題の風化と、直史がMLBに行ったことによって、野球を楽しむことが出来た。


 今年でキャリアを終わらせるつもりはないが、戻ってきた理由はもちろん直史との対決のためだ。

 そしてもう一つは、上杉との対決のため。

 そろそろ引退ではないか、とはこの数年囁かれていたのだ。

 実際にその時が来てしまったわけだが。

 それも自分とは全く無関係のところで。


 今年の上杉との対戦は、20打数の8安打で4ホームラン。

 平均と比べれば上杉相手でさえ、大介はもう勝てるバッターとなっていたのだ。

 ただそこに疑問符がつくのは、試合自体はスターズが、全て勝ってしまっていたからである。

 上杉は大介との対戦を避けることなく、確かにホームランも打たれているが、試合を決めるようなバッティングは一度も許さなかった。

 ピッチャーとバッターの勝敗を決めるには、まだこれだけでは足りないだろう。


 MLB移籍後は、上杉とほんのわずかにチームメイトになったこともあった。

 そして国際試合では、常にエースと主砲という関係であったのだ。

 その激闘の記録を、後世はどう評価するであろうか。

 もちろん後世のことなどどうでもよくて、大介は自分の主観で考えるのだが。




「それで、お前には他に何か言ったのか?」

「まあ、少しは」

 大介としては最強と最高のピッチャーの間に、どんな会話がなされたのか、それには興味がある。

 だが直史としては、今の大介には教えるつもりはない。教えられないものもあるし。

 上杉は大人物ではあっても、病的に清廉潔白というわけではないのだ。

 それほど無茶なことを言われたわけでもなく、そもそも大介には関係のないことが多いのだ。


 ファイナルステージが始まる前に、どうもテンションが落ちる状態になってしまった。

 もっともそれは大介だけで、直史の方は冷静でいられる。

 上杉は、失われてしまった。

 だがそれは野球選手としての、ピッチャーとしての上杉である。

 直史にとって上杉は、まず第一に人間である。

 世の中はあまりにも、上杉を神格化しすぎている。

 同じように、自分のこともそうだとは思うが。


 スターズは上杉の背番号を、間違いなく永久欠番にするだろうな、という程度のことは思った。

 一方で直史は、自分の背番号に関しては、本当にどうでもいい。

 シーズンが始まる前に、ほぼ冗談で期待されていた23勝は、軽くクリアしてしまった。

 今年一年だけでも、色々な記録を残したことは間違いない。

 ただ直史はもう、そういったことはどうでもいいのだ。

「今はもう、目の前の試合のことしか考えていないぞ」

 大介はまだ、上杉のことを引きずっているのか。


 上杉は確かに、少し寂しそうであった。

 だが最後の対戦相手は、望ましい存在であったろう。

 上杉とは全くタイプの違う、それでも圧倒的な力を持つピッチャー。

 そして上杉を倒して、最強のバッターの待つ舞台へと。

 甲子園で決戦が行われるというのは、上杉であればおそらくは感傷的になったはずだ。

 もっとも直史でも、この場所だけは特別ではあるが。

 ここから、終焉のシーズンが始まる。

 


×××



 次話「甲子園決戦」

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