第95話 一夜明けて

 ライガースとの二連戦、両チーム共にエースクラスのピッチャーを出してくる。

 レックスは三島、ライガースは畑である。

 単純な勝敗だけを見れば、畑は17勝5敗、三島は15勝4敗とおおよそ同じぐらいの実力と思えるだろうか。

 だが三島は完投をする能力があり、畑は打線の援護が大きい。

 両方のピッチャーに言えることは、リリーフによって勝ち星を消されたことはそれなりに多いが、リリーフのおかげで負け星を消してもらったことはほとんどない、ということである。


 この試合の勝敗も、ペナントレースの制覇を大きく左右する。

 それが分かっていても、この試合はレックスが有利だと言えるだろう。

 昨日の試合の空気は、まだ神宮に残っている。

 この空気は間違いなくレックスを後押しし、ライガースを拘束する。

 しかしそれを打ち砕く、絶好の手段が存在する。

 ライガースは昨日に続いて、今日もまた大介を一番に出してきたのである。


 直史ははっきりと、この意図を理解している。

 大介のバッティングで、ライガースを縛り付けている、敗北の枷から脱出させようというのだろう。

 本気で考えているのか、それは微妙なところである。

 だが今日もベンチに入っている直史は、充分にありうることだなと考えている。

 目的としても明白で、そして大介にならそれは可能だ。

 申告敬遠をレックスが選ばないのなら。


「申告敬遠?」

 監督である貞本の表情は、とても信じられないと言っているようにも思えた。

 彼は確かに、直史の試合勘を必要と認めていた。

 だが一回のこの場面で申告敬遠など、さすがにありえないことだ。

「たとえ打たれても、まだ一点だ」

「ただの一点じゃありませんけど」

 貞本の勘の鈍さに、直史は呆れるだけであった。

 昨日の自分のピッチングを、表層的にしか捉えていないのだ。




 ならばなぜ自分を、ベンチに入れているのだ。

 直史はそう思ったが、これは直史にも比較的原因がある。

 確かに首脳陣は、直史のアドバイスとでもいうものを必要としていた。

 だが直史はそれに対し、消極的に尋ねられたことにしか答えていない。

 それはもちろん、直史が考えるようなピッチングなどは、直史以外には出来ない、という明白な理由があったからだが。

 なのにここで、先頭打者の大介を敬遠しろと言う。

 信頼関係を築けなかった直史にも、責任がないわけでもない。


 どのみち最終的な取捨選択は、監督の貞本に権限がある。

 ここで説得できなければ、昨日の試合で直史がやったことが、無駄になってしまうかもしれない。

 しかしもう、直史はモチベーションを失いかけている。

 自分がやらなければいけないことを、忘れているわけではない。

 だがそれは自分の次の登板でやればいい、とも思う。


 この試合に負けたら、残る試合の全てを勝つ必要が出てくる。

 その中にはライガース戦もあり、そこで直史は投げることになるだろう。

 シーズン終盤にきて調子のいいカップスと、上杉が投げてくるかもしれないスターズ。

 これらの全てに勝つよりは、ここで大介に反撃の砲声を打たせないことの方が重要。

 結果的に失点したとしても、その方が絶対にいいのだ。


 なんだか自分は、困難な道ばかりを歩かされているな、と直史は思ったりする。

 大介の進んでいる道は、間違いなく王道だ。

 自分も本当なら、あっちを歩きたいのだが。

 それは野球に一度ならず背中を向けた、自分には許されないことなのだろう。

(せめて迫水が上手くリード出来れば)

 初球には大介は反応しない。




 大介が狙っているのは、迫水も気づいている。

 直史が常に警戒していたのは、彼と悟ぐらいであったからだ。

(先頭打者ホームラン)

 いまだにライガースのベンチの空気は重そうだが、それを吹き飛ばすぐらいのパフォーマンスを発揮出来るのは、大介だけしかいない。

 そしてこの打順をやってくる、ライガースとレックスとでは、首脳陣の勝負師としての強さがまったく違う。


 初球のお決まりのアウトローには、全く反応しなかった。

 ボール球であったが、大介ならば打ってもおかしくなかった。

 ただその打球は、スタンドまでは届かなかったと思うが。

(単打なら上出来、長打でもホームランでさえなければ)

 迫水のそこの判断は正しい。

 ベンチから出ているサインも、勝負は避けろというものである。


 内角に、当たってもいいぐらいのボールをインローに。

 この迫水のサインに対しても、三島は迷いなく頷く。

 三島は比較的、大介にホームランを打たれていないピッチャーであるが、あの怪物じみたホームランの量産体制には引いている。

 何をどうすれば、あんな生物が誕生するのか分からない。

 ここまで68本もホームランを打っていながら、まだNPBでのキャリアハイには届かないのだから。

(全盛期は四割を打ってたってのも、納得するよな)


 三島は際どいところさえ突かず、ボール球をしっかりと投げている。

 インローのボールなども、大介は足を引いて避けた。

(申告敬遠より屈辱的だぞ)

 貞本はピッチャーの気持ちが分かっていないのか、と直史は想像する。




 育成型の監督は、この決戦では不向きであった。

 それを貞本自身が分かっていたからこそ、直史をたくさんベンチに入れるようにしたのだろうに。

 あくまでも貞本の心理に立って考えるなら、ここで三島に経験を積ませたい、といったところだろうか。

 確かにここで大介を抑えれば、一気に経験値が上がる。

 しかしそんな甘ったれた育成が、成功すると思っているのか。


 迫水は歩かせることを選択し、三島もそれに従っている。

 大介と勝負する時は、最悪でもホームランを打たれて、まだ同点になる場面。

 だが大介のホームランは、一気に勢いをつけて流れを変えてしまう。

(そこからもう一歩、どうして踏み込めないんだ)

 直史はそう思うが、実のところは彼の判断こそが、NPBにおいては異端である。

 そもそも自分自身は、大介を歩かせていないではないか。


 直史も一度は負けているのだ。

 だから他人に、勝負を避けることを強制することなど出来ない。

 だがこれでまた、ライガースの脅威度は上がる。

 大介はあれだけの力を持ちながら、一介の兵士としての領分にある。

 ただ真っ先に駆け抜けるその姿は、まさに人間ですらなく、放たれた矢のよう。

 迫水が要求し、三島もしっかりと投げた、充分に高く外れた球。

 しかし大介はバットを、わずかに寝かせるスイングにしていた。


 角度を合わせる。

 そしてそこから鞭のように、バットを巻き込んで振りぬく。

 体の回転よりもずっと遅く、バットのヘッドが出てきた。

 それでも高めの球を、はっきりと認識して打っていた。

 とてもホームランなど打てないような、そんなスイングであった。

 しかし打球は、はるか彼方に飛んでいく。

 角度はついていなかったが、それでも充分。

 レフトに着弾し、先制の69号ホームランとなったのである。




 覚悟が中途半端であった。

 申告敬遠をしないなら、勝負させた方がまだ良かった。

 ここで判断出来なかったことを、ずっと後悔するのかもしれない。

 だが直史としては、もうこれは自分の責任ではない。

 自分は昨日、レックスが勝つための道を作った。

 そこを無警戒に歩いて、転んで死に掛けているのが今のレックスだ。


 バッテリーはマウンドに集まり、何か話し合っている。

 だが直史としては、ベンチの動きが問題だ。

「ブルペンはもう動いてるんですか?」

 平坦な直史の声に、ようやく首脳陣が動き出す。

 最悪の想定をした上で、あくまでも楽観的にも考えなくてはいけない。

 畑からならば、何点かは取れるはずなのだ。

 またライガースは、勝ちパターンのリリーフはそこまで強くはない。


 数字上は不利かもしれないが、ライガースとの殴り合いに突入することを覚悟しておいた方がいい。

 ただ問題はここにもある。

 ここで勝ちパターンのリリーフを使ってしまうと次のカップスとの連戦を含めて、三連投になる可能性がある。

 さらにその翌日は一日の試合間隔があるが。


 何が正しいのか、というのは分からない。

 あるいはどれを選んでも、間違っているのかもしれない。

 だがそれでも、何かを選択しなければいけない。

 野球に限らず人生というのは、結局そういうものである。

 そして人生だけではなく、人類の歴史まで見渡してもそうであろう。

 直史は波乱万丈の人生の中で、それを実感している。

 だから言った。

「ブルペンに入りましょうか?」

 昨日パーフェクトをやったピッチャーが、そんなことを言ったのである。




 馬鹿なことを、とベンチの中の誰もが思った。

 ただ今日はブルペンに入っている青砥が聞けば、戦慄しながらも納得したであろう。

 直史はそういうピッチャーなのだ。 

 勝利のためには全力で戦い、そして奇跡をもたらしてしまう。

 だが残念ながら、同じような理解者の緒方も、今は守備についている。

 化物を見るような視線が、直史に向けられる。

 ただ何人かは、直史ならやってしまうのだろうな、と納得していた。


 貞本は混乱しながらも、首を横に振った。

 この先、ポストシーズンを戦っていく中でも、直史の離脱は致命的だ。

 負けている試合で、直史を投げさせるという選択はない。

 せめて一点でも勝っていて、終盤であり、さらにクローザーのオースティンまで使っていたなら、そういう選択もあったのだろうが。

 前提条件が厳しすぎる。


 ベンチに座って直史は、試合の続きを見る。

(この試合に負けたとしたら、またレックスの黒星が増える)

 残るライガース戦に勝利し、さらにカップス戦とスターズ戦、要するに全てに勝利しなければいけないのだ。

 本当にもう、追い詰められてきた。

 ただ直史がやることは、もう決まったと言ってもいい。


 ライガースとの最終戦。

 決戦の舞台となる甲子園で、直史は勝つ以外にもうやらなければいけないことは何もない。

 もっともここで負けて、カップス戦でも一つでも落としたら、ライガース戦でも直史は投げることなく、温存されるだろう。

 クライマックスシリーズファーストステージ。

 そこが次なる決戦の舞台となる。

 そしてペナントレースを負けたとすると、レックスが日本シリーズに進出する可能性は一気に低くなるのだ。




 ライガースの打線は息を吹き返したようである。

 だが三島も先頭打者ホームランから、どうにか立ち直ってくれている。

 初回はどうにか一失点で抑えた。

 だが爆発した火山の被害は、ここから断続的に起こるだろう。

 一回の裏に早々に一点を返せるか。

 殴り合いになりそうなこの試合においては、まず重要なポイントだ。


 ライガースもエースを投入している。

 そしてライガースの有利な点は、この試合を終えてしまえば、三日間の休みがあることだ。

 レックスと違ってライガースは、もうレックスとの試合しか残っていない。

 ここで全ての投手戦力を投入してしまっても、次の試合までには回復する。

 それこそ三日もあるなら、この畑をも短いイニングで投入してしまうだろう。

 二つのチームの間には、それぐらいの有利不利の差がある。


 育成型の首脳陣が、たまたま勝てるシーズンを率いてしまったのが悪かったとでも言えばいいのか。

 だがブランクのある直史に、かつてのレックスよりもはるかに弱い投手陣、扇の要のキャッチャーもシーズン前までは固定されず、今もかつてほどの絶対的安定感はない。

 この年に優勝争いをするというのは、さすがに想像していなかったであろう。

 それでもここまでの展開となれば、思考をどうにか切り替えないといけないのだろうに。

 それが無理だから直史をベンチに呼んだのなら、もっとその意見を取り入れるべきであった。


 さらなるランナーは出したものの、追加点は許さずにベンチに戻ってきたバッテリーは、早くも疲れている。

 直史としては当たり前のフォローをするしかない。

「ライガースは無失点で試合を終えることは少ないチームだ」

 畑なども防御率から換算すれば、リリーフに継投するまでに、平均で二点ぐらいは取られている。

「点を取られても、ビッグイニングを作らないことが大切だぞ」

 当たり前のことであるが、これは誰が言うかによって説得力が変わるのだ。




 直史はこの先のことも考える。

 もしこの試合で負けてしまったら、もうレックスは全勝する以外にペナントレースを制覇する道はない。

 四連勝というのは珍しくないが、その中にライガースがある。

 直史が中四日で投げて、点は取られても試合には勝つ、という方向でなんとか勝つことは可能ではないかと計算する。

 ただ最終戦がこれまた、問題となってくるのだ。


 今のところクライマックスシリーズ進出をかけて、スターズとタイタンズの壮絶な三位争いも行われている。

 正確にはタイタンズの方は、比較的残っている試合は少ないのだが。

 つまりスターズが、今のレックスと似たような立場だ。

 このスターズとの試合が、レックスの最終戦となっている。

 スターズもそれと同じであって、もし三位決定の試合がここまでずれると、上杉が中四日で投げてくる可能性がある。

 ほとんど直史と同じような日程だが、直史は前日のライガース戦に投げる必要があるのだ。


 この試合で負けることは非常にまずい。

 だが二打席目は歩かされた大介が、ホームを踏んでこれで二点差。

(最初から歩かせていればよかったのに)

 そうすればおそらく、ライガースの打線に火はつかなかった。

 首脳陣の選択の失敗であるが、最初に歩かせたとしても、おそらく大介は足でかき回してきただろう。

 未来は誰にも分からないから、後からならば好き放題に言える。




 レックスもここから同点に追いついた。

 2-2のまま終盤ならば、レックスにわずかに有利と言えるだろうか。

 だがライガースは六回にまた一点を追加して勝ち越し。

 ここからの判断も、首脳陣の難しい選択である。

 しかしここは直史の判断と同じであった。

 ビハインド展開ながら、勝ちパターンのリリーフを投入。

 リリーフの安定性が、そこまで強くないライガース相手に、同点から逆転を狙っていくのだ。


 レックスのリリーフ陣、特に勝ちパターンのピッチャーは、ランナーがいる状態からでも安定して投げられる。

 そして大介の打席が回ってきても、もう敬遠することに躊躇のない首脳陣である。

 本当にもう、最初からしておけと言いたいが、一度だけで懲りただけ、まだマシだと言えるのだろうか。

 愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶと言うが、おそらく愚者以下の人間は相当に多いであろう。


 直史も自分の判断は、それなりに直感に頼ったところはある。

 だが甲子園ではなく神宮で、大介を敬遠することのリスクはそれほど高くなかったはずだ。

 甲子園だったらグラウンドに物が投げ込まれて、試合が一時中止になったりしたかもしれないが。

 偏見ではなく、ライガースだけでもなく、普通に昔からある光景ではある。

 アレクから聞いた、ブラジルのサッカーの試合などは、もっとひどいものが色々とあったものだが。


 ともあれこの終盤、レックスはどれだけのチャンスを活かせるかが、重要となってくる。

 ただライガースも、リリーフ陣は完全に全力投入。

 どんどんとピッチャーが代わっていって、レックスのバッターに狙いを絞らせない。

 一方のレックスも、代打をどんどんと使っていくのだが。

 混沌とした終盤になった。




 ライガースは逃げ切りを目指し、レックスは追いつくことを目指す。

 そういえば追いついたとしてもそのまま同点で決着したらどうなるのだろう、などと直史は確認する。

 勝ち星と負け星が完全に等しければ勝率も等しくなるが、この場合はまず勝ち星の多いチームが優勝となる。

 ただ今年の場合は首位争いのレックスとライガースであるので、勝ち星の数も等しくなるわけだ。

 そのため次の条件の、同率一位のチーム間のお互い相手の勝率となる。

 この条件があるため、勝率が同じであれば、レックスが優勝となる。


 他のチームとの対決で引き分けがあったら、全試合の消化時に、お互いの勝率に変化がある。

 しかし直接対決であれば、勝率は変わらない。勝ち星の数も変化はない。

 レックスはこの試合、引き分けでも別にいい。

 ただ引き分けるために、リリーフピッチャーをどんどんと投入していく必要がある。

 これがあるために、レックスが引き分けは不利といったところか。


 今年は妙に引き分けが一度もなかった。

 それはライガースも同じであるが、レックスの優勝の条件は厳しい。

 ライガースとの最終戦を勝ったとしても、他の試合で引き分けてしまえば、勝率がライガースよりも低くなる。

 つまり勝つしかない。

 この試合にもし負ければ、引き分けすら許されず、全て勝つしかないのだ。


 ライガースとの25回戦も問題になるが、スターズとの25回戦も重要となる。

 スターズが上杉を出してくる状況になるかどうか。

 それが最後には、ペナントレースを決める要素となるかもしれない。

 そこまでにスターズかタイタンズ、どちらかの三位が決定していれば、クライマックスシリーズに向けて投げてこないかもしれないが。

 中四日で上杉を投げさせて、無理に勝ち星を一つ加えたとしても、四位が確定しているならもう意味がない。

 最終戦で決まる時のみ、上杉は投げてくるだろう。

  



 直史が思い出したのは、あの上杉との投げ合いである。

 直史がこれまでに達成した、どのパーフェクトゲームよりも、最もパーフェクトゲームと呼ぶに相応しい参考パーフェクト。

 直史と上杉が、共に12回まで一人のランナーも出さなかった試合である。

 ただ直史は、前日のライガース戦に投げなければいけない。

 いくらなんでも、連投はない。他のチームならまだしも、ライガース相手に投げた後で連投はない。


 そんな無理をしたら、たとえ勝ったとしても、クライマックスシリーズで投げられない可能性がある。

 だが試合の終盤でリードしていれば、クローザーとしての出番はあるかもしれない。

 耐久力がなくなったとは言っても、昔はやっていたことなのだ。

 球界のお偉方が、おそらく直史を嫌ってはいても批判はまずしないのは、この直史の無茶なスケジュールをこなす姿勢にあると思う。

 直史は昭和の人間以上に昭和的である。


 上杉は衰えた。それは間違いない。

 今の直史なら、まず勝つことは出来る。そう思っていた。

 だが大介を封じる上杉の力を見れば、そうとも限らないのが分かる。

 あれが上杉の本当の力だ。

 それでも直史との対決なら、スターズ打線の力ならば、直史が勝つことは出来るだろう。

 しかしそれは直史も、万全に近い状態であればのことだ。


 果たしてどの選択が正しいのか。

 直史には分からないし、他の誰にも分からない。

 試合中にはピッチングの中で、全てを悟った感触を得ることもある。

 だがさすがに、試合が終わった未来のことまでは、予想することも出来ない。




 試合自体の進行は、混沌としたように見えながらも、どちらも全力を尽くしている。

 レックスはとにかくランナーを出し、まずは一点を取ることを目標とする。

 リリーフ陣は点を取られないことを重要視する。

 打線はとにかく追いつこうとする。

 それはライガースも同じで、ライガースの打撃力とレックスの投手力の勝負になるはずであった。

 だが結局、それは拮抗してしまう。


 試合が終わる。

 双方がほぼ、総力戦となっている、このレックスとの第二戦。

 3-2のままスコアは変わらない。

 そして試合が終わる。

 九回の裏、レックスは代打攻勢を行うが、そこでもまだライガースはしぶとい。

 ランナーは毎回出ているのに、ホームにまでは返さない。

 さほど強くないはずの、ライガースのリリーフ陣。

 しかしそれが、必死にレックスを抑えていく。


 ライガースの打線の、さらなる援護はない。

 だが今年のライガースは、あまりにも打線に頼りすぎであったと言える。

 それはあらゆるところで言われることだが、ここでは完全に意地を見せた。

 ライガースの首脳陣でさえも、それは予想外であったかもしれない。

 しかしライガースのリリーフ陣は、畑から託された一点のリードを、見事に守りきったのである。


 レックスの三島も、六回を三失点と仕事はした。

 だがそれでも、負け星は彼についてしまう。

 しかし文句は言えないであろう。

 直史であれば、一失点以内に抑えて、勝ってしまったであろうからだ。

(ともあれこれで、一つも負けられなくなったわけだ)

 直史は、もう中四日の後の試合を考えている。

 ライガースとの、本当の最終決戦を。




 直史の提案は、おそらく正しかった。

 大介は69号のホームランを打ち、その後の打席は歩かされるばかり。

 ホームゲームであったのだから、全打席敬遠か、少なくとも勝っている場面のみでの勝負で良かったのだ。

 そのあたりの勝負師としての判断力が、貞本にはやはり備わっていない。

 だが適性の問題であって、彼に全部の責任を課すのは酷であろう。

 少なくとも彼は、失敗の要因を誰かのせいにしたりはしていないのだ。


 ともあれ、これでレックスは、残りの試合を全勝するしかなくなった。

 逆に言うと、全部勝つだけだ、という単純な状況にもなったわけだが。

 最初から最後まで全部勝つ、というのはトーナメントなら当たり前のことである。

 またその試合の中に、ライガースが残っている。

 分かりやすい状況であるのは間違いない。 

 一つも負けられないというのは、甲子園を目指していた高校球児がほとんどの日本においては、とっても分かりやすいのだ。


 外国人助っ人においては、理解が難しいかもしれない。

 だがMLBにおいても、ポストシーズンではピッチャーに無理をさせる。

 ポストシーズンで勝つためにこそ、レギュラーシーズンではローテを守らせる、という見方すらあるのだ。

 引き分けうんぬんは、どうせここまで一試合も引き分けがないという奇妙なことを考えれば、特段気にすることでもないだろう。


 カップス戦二試合、ライガース戦、スターズ戦。

 この中ではスターズ戦の重要度が、どうなるかが心配である。

 最後の試合までペナントレースの行方と、クライマックスシリーズ進出が決まらない。

 これはちょっと、直史としても今までに経験したことがない。

 直史はプロにおいては、おおよそポストシーズンに進むのに、全く苦労をしていないからだ。

 MLB三年目のシーズンは、ちょっと別であったが。




 ライガース戦の翌日、レックスの選手団は広島に移動する。

 そして到着して一日の休みもなく、そのまま試合である。

 もうただ自分の成績にだけこだわればいい、カップスの選手たちはフレッシュである。

 対してレックスの選手は、昨日の試合で疲労が残っている。

 シーズンの終盤に、これだけ連戦が残っているのは、確かに不利ではある。

 さらにせっかく直史が作った勢いを、次の日には敗戦で止めてしまっている。


 首脳陣批判を直史はしない。

 するのであれば直接、他の誰かがいないところで話す。

 ただ直史は対戦相手のバッターの分析は散々に行ってきたが、味方の首脳陣への理解は薄かった。

 こういう根回しについては、樋口が上手かったのだ。

 もっとも理論的な樋口に比べて、坂本はさらにそのあたり、人間の心理を悪い意味でもつかんでいた気はするが。


 果たしてレックスは残りを全勝出来るのか。

 アドバンテージがなければ、クライマックスシリーズでは直史の投げないところで、日本シリーズ進出が決まるような気もする。

 六連戦で四勝しなければいけないというのは、常識で考えなくても不可能だと思える。

 昔の権藤博でも、そこまでの無茶はしていないのではないか。


 直史の限界となると、やはり日本シリーズの伝説の四勝と言えるだろう。

 ただ連日のパフォーマンスというなら、高校三年次の、15回をパーフェクトに抑えた翌日に、九回を完封したことだろうか。

 あの時の大阪光陰打線には、後にプロ入りするバッターが何人もいたのだ。




 人間の耐久力には限界がある。

 そして回復力も同じように、年齢を重ねると衰える。

 直史が今年、念入りに故障しないように投げていたのは、あのパーフェクトの試合を見ていても分かった。

 その直史をどれぐらいの間隔で投げさせるべきなのか。

 40歳となっていて、年齢的にはもう引退していてもおかしくない。

 だがこれからまあ記録を作っていく気配はしっかり感じる。


 貞本ぐらいの年代であると、まだ「真っ白な灰に燃え尽きる」という美学が通用したりする。

 だが直史にはその手の美意識はないはずだ。

 あくまでも計算で奇跡を起こす。

 それが分析力に劣る、レックス首脳陣の考えである。

 まったくもって洞察力が不足している。

 直史はもう二度と投げない理由のためなら、右腕をマウンドに埋めてもいいのだ。


 直史からすると、最悪でもクライマックスシリーズ、ファイナルステージで中一日で投げるつもりはある。

 ただそれでも、誰か一人は一勝してくれなくては勝てないのだが。

(スターズ戦、先発はないにしても、リリーフの用意はしておいた方がいいかもな)

 もっともその前に、今日と明日のカップス戦、両方を勝たなくてはいけないのだが。


 第一戦は百目鬼が先発で、青砥をすぐにでもリリーフ出来るように準備させておく。

 そして第二戦はオーガスが先発で、ここは正攻法で勝つつもりだ。

 もっとも翌日が移動で一日空くため、ここも全ピッチャーを投入するつもりであったりする。

 完全に総力戦だ。

 そしてこの一日の後に、いよいよ甲子園決戦が行われる。

 中四日であるが、直史に全てが任される。

 まったくもって一人のエースにどれだけ託すのか、と思わないでもない。

 だが直史はエースですらなく、無敵のジョーカー。

 一枚しかない、本物の切り札である。



×××



 次話「前座」

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