第88話 カウントダウン

 第一戦はライガースがレックスに勝った。

 そしてその翌日、雨で第二戦は流れる。

 当然のように直史の登板は、後ろへとスライド。

 対戦相手はスターズであるが、あちらの先発は上杉ではない。

 すると当然のように、ここは勝ち星が拾えると計算する。

 直史としてもこれで、中六日の登板間隔となる。

 単純に個人成績を考えるなら、これは好都合であった。

 ただここから最後までのローテーションを考えると、果たしてどうであるのか。


 ここでライガースとの試合が成立していなかったことは、後で困ったことになるのでは、と直史は試合日程を見ていて考える。

 ライガースは残り六試合。

 そのうちの三試合が、レックス戦となるのだ。

 さらに見てみると、この甲子園での試合が流れたせいで、最終盤に移動も含めてライガースとの試合が押し込まれた。


 現時点でライガースは89勝48敗で残り試合が6試合。

 対してレックスは82勝49敗で残り試合が12試合。

 一応はまだ、ペナントレースの勝者は決まったわけではない。

 直接対決が三試合あれば、ライガースを51敗まで負かすことが出来る。

 ただそれを大前提とした場合、レックスはもう12試合のうちライガースに三勝し、残る9試合も7勝しないといけない。


 まさにこれこそ、あの時代のレックスだったらな、と直史が思うところである。

 別に直史だけではなく、あの時代に選手としていた豊田、緒方などは、普通にそれが可能であったと思う。

 完全に勝敗が同じであれば、直接対決で上回る、レックスが優勝するのだから。

 しかし今のレックスではどうなのか。

「難しいな……」

 直史の言葉は、現実をとても控えめに表現している。

 今日の試合は、どうしても勝たなければいけなかったのだ。

 だからこそ大介は、直史の投げる第二戦が流れることも考え、死んだ振りをやめたのであろう。




 日程を見たところ、直史に二試合を投げてもらうことは、どうにか可能そうだ。

 あと一試合は、他のピッチャーでどうにか勝つことが出来るだろうか。

 ローテの順番を考えれば、今日の試合を比較的少ない球数で終えてしまった三島を、中三日あたりでどこかで使う。

 そして三島かオーガスを先発として、ライガースに当てるのだ。

 ただそこまでやっても、まだライガースの圧倒的な有利は間違いない。

 スターズ戦が残っているが、おそらくそこで上杉は投げてくるローテではない。

 対してレックスは、おそらく上杉になるであろうスターズ戦を残している。

 そこに直史を当てると、ライガース戦を直史以外で戦わないといけない。


 上杉との投げ合いで、おそらく勝てるだろうと思えるピッチャーは直史しかいない。

 もちろん他のピッチャー相手でも、今年の上杉は負けている。

 だがそれでも安定感は凄まじい。

 それにスターズもタイタンズとのクライマックスシリーズ進出争いが、最後までもつれこみそうな気配があるのだ。

 上杉の投げる試合では、もう負けるはずがないと考えているかもしれない。


 ここから全勝したら、確かにライガース戦にも全勝するので、逆転優勝はある。

 樋口のいた頃のレックスであれば、確かに12連勝もあったし、8連勝や9連勝を普通にしていた。

 だが今のレックスの戦力では、どこまでが現実的なのか。

 ライガース戦をせめて、2勝1敗で乗り切る。

 その場合は残る試合を全勝しなければいけない。


 さすがに無理だな、と考えるのが当然である。 

 口には出せないが、ほぼライガースの優勝で決まりである。

 この可能性をここまで口にしなかったのは、大介の不調という要因が、ライガースの力を落としていると思ったからだ。

 だが大介は復活した。




 現実的に考えるならば、もうクライマックスシリーズの下克上を考えるべきだろう。

 しかしこれは散々検討されてきたが、ライガースの打線を相手にすると、直史以外では勝率が安定しない、ということになる。

 アドバンテージまでをも考えれば、ライガースを負かして日本シリーズに進出するのは難しい。

 ただ、逆に敵である大介だけは、その可能性を考えていた。


 クライマックスシリーズのアドバンテージは一勝。

 六試合のうち四試合を、レックスは勝つ必要が出てくる。

 それ以前にファーストステージを、必ず勝ち残れるとも限らないのだが。

「さすがに無理だと思うけど、過去に似たようなことしてるからなあ」

 ミーティングにおいて、おそらく優勝出来るだろう、という空気の中で大介は言ったのだ。

「プロ入り一年目、日本シリーズで一人で四勝してるし」

 中三日、中二日、そして連投という登板間隔であった。


 佐藤直史のための日本シリーズ、とでも言えばよかったのだろうか。

 おまけにその一番苦しいはずの第七戦では、パーフェクトまで達成している。

「けどあれは、移動日が休めたからだろ」

 大原の言うことも、間違ってはいない。

 あれは日本シリーズだから、三日と二日の登板間隔を作ることが出来たのだ。

 クライマックスシリーズは移動がなく、完全に六連戦となる。

 だから大丈夫、とは大介も思いたいのだが。




 六連戦となると、直史で四勝するためには、中一日、中一日、連投ということになる。

 こんなものが出来るわけがない、と思ってはいけない。普通のチームが相手なら、これぐらいはやっていたのが直史だ。

 もちろん若い頃とは、体力も回復力も耐久力も違う。

 だが目的さえ達成してしまえば、己の肉体を破壊してでも、やらないでもないのが直史なのだ。

 長く続けることに、意味を持っていない直史。

 ならば完全に壊れてでも、勝利を目指してくるかもしれない。

 一応は沢村賞を獲得すれば、もう戦う理由などないはずなのだが。


 ただ完全に自由になった直史は、あとは何を考えるだろうか。

 もう目の前の勝利だけに、全力を捧げるのではなかろうか。

 リミッターを解除し、勝利のためだけに投げる直史。

 せめて真田レベルのピッチャーがいれば、引き分けを一つ挟みもっと楽になれたかもしれない。

 だが真田はあれでやはり、歴代屈指のピッチャーであるのだ。


 短期決戦はピッチャー重視。

 しかしそれにも、限度があると思いたい。 

 参考にすべきは、MLBの二年目であろうか。

 あれもまた、直史以外のピッチャーを粉砕し、最終的に直史に連投をさせた。

 さらに連投の二試合目は、14回まで投げさせて、それで体力を削りきったところを打ったのだ。

 そこまでやらないと勝てない、という時点でかなりおかしい。


 当時は現役だった監督の山田も、あの頃の記憶はしっかりと残っている。

 同じピッチャーではあったが、とても同じ人間とは思えなかったものだ。

 あれから直史も年を取って衰えた……はずであった。

 だが今年、いまだに一度も敗北なし。

 ホームラン以外では点の取れないピッチャーなど、常識ではもちろん、人間の範囲の非常識でも、存在していてはいけないはずだ。




 だがそんな非常識、あるいは奇跡を否定できないのが、直史のピッチングである。

 一応は一度勝利したことのある大介だが、あれはこちらも武史という、日米通算300勝投手を抱えていたから出来たことだ。

 また武史は、ある意味では直史以上の完投能力を持っていて、耐久力は直史よりも高かった。

 それでも紙一重の勝利であったのだから、今のライガースで確実に勝てる保障はない。


 おかしな話だ。

 ほぼ確実に、ペナントレースを制することが出来るだろう、という会話をしていたはずだ。

 それがクライマックスシリーズ、圧倒的有利なはずのファイナルステージで、本当に直史を打てるのかを考えている。

 もちろん直史以外のピッチャーが、脅威でないというわけでもない。

 実際にライガースの投手陣を考えれば、点の取り合いになって負けることも充分に考えられる。

 それでも具体的な脅威が、直史であったりするのだ。


 ライガースの残り試合の日程は、なんと最後にレックス戦が三試合集中する日程になってしまった。

 とはいえ神宮で二試合、その後に三日を空けてから、甲子園で対戦ということになったのだが。

 投げようと思えば、中四日で直史が二試合には投げられる。

 この二試合に確実に勝てる、などとは誰も思わない。

 現実的に考えれば、他のピッチャーのところで勝つか、他のチームを相手に勝つかという方が現実的だ。


 またレックスの対戦相手を見ていて、大介はやはり気づいた。

 スターズが上杉を使ってくる試合と、一試合は確実に当たる。

 直史以外のピッチャーで当たるので、おそらくここで一つは負ける。

 他のチームに頼るようではあるが、これでライガースのペナントレース制覇には、かなりの援護となってくる。

 スターズとしても、直史以外のレックスであれば、それなりの確率で無難に勝てると判断しているであろう。




 ほぼ確定だな、と直史も判断している。

 どうしても直史の投げる試合に、味方も注意がいってしまうらしいが、この三島で落とした試合は、かなり致命的なものであった。

 勝ったとしてもまだ、ライガース有利ではあったろうが。

 冷静に考えれば分かるはずなのだが、どうしても直史と大介の対決に、注意がいっていたということだろうか。


 実際に直史も、完膚なきまでにライガース打線を叩いて、戦意喪失させるつもりではあったのだ。

 さすがに大介を完封するのは、難しいだろうと思っていたが。

(無理をしてもペナントレースを制するのは無理そうだな)

 いくら直史が無理をしても、中四日で投げるのが精一杯だろうか。

 それでもまだ、勝ち星を計算するのは難しい。


 エース一人で野球は出来ない。

 試合一つを制圧するなら、直史や上杉が何度もやっている。

 しかしシーズンの中での試合は、やはりエース一人で勝てるものではないのだ。

 19世紀の野球であれば、一人のピッチャーが70試合も投げて、シーズンを決めていたのであろうが。

 直史が完全に、壊れることを恐れずに投げていれば、果たしてどうなっていたであろうか。


 現実的に考えて、クライマックスシリーズの方に、意識は移した方がいいのかもしれない。

 確かにレックスは優勝は難しいが、逆に三位以上になるのは決まっているのだ。

 三位になる可能性も少なく、ほぼ二位が決まっている。

(そういえば前には、レックスがペナントレースでは勝っても、クライマックスシリーズでライガースに逆転されてたりもしたな)

 直史のプロ入りの前の話である。




 かつてのレックスの話である。

 樋口は入団初年から、昨年Bクラスであったレックスを、Aクラスに上げることには成功した。

 翌年には武史が入ってきたこともあって、ペナントレースを制しただけではなく、日本シリーズも制して日本一になっている。

 だがその後の二年間、ペナントレースには優勝しても、クライマックスシリーズで逆転を許している。

 相手は二年ともライガースであり、武史に加えて金原佐竹といった強力投手陣は、既にほぼ完成していたのだ。

 それでも直史が入ってようやく、完全にライガースに勝つことが出来た。


 シーズンの勝敗が108勝34敗1分というのは、今から見てもおかしな数字だ。

 普通の年なら今年のレックスの勝率で、充分に優勝しているのだ。

 直史は一年目から、ペナントレースに優勝して、クライマックスシリーズでもライガースを降している。

 だが直史は二勝しただけで、武史も一勝している。

 アドバンテージがあったからこそ、勝てたものだと言える。

 今度はそれが、逆の立場になるのだ。


 六連戦、普通に考えれば中四日で二回を投げるのが限界であろう。実際にプロ入り一年目、直史はその間隔で投げている。

 そして続く日本シリーズでは、その限界を簡単に乗り越えて、直史はジャガースを粉砕した。

 日本一の決定戦でパーフェクトをやるというのも、またえげつない話である。


 直史はそういう、伝説としか思えないことを散々にやっているので、全く油断が出来ないのである。それが大介から見た印象だ。

 そして直史がいるのに負けたというのは、ほとんどが直史が投げていない、あるいは投げられない試合となっている。

 体力切れで交代し、その後に負けた玉縄との対戦。

 またマメを潰して投げられなかった、春日山との対戦。

 とにかく体力を削っていくか、そもそも投げさせないことでしか、まともに勝てる手段が見つからない。




 直史には覚悟が必要である。

 だがその覚悟を、どこで行使するかも問題である。

 ペナントレースで逆転するのは、ほぼ不可能である。

 チーム全体を圧倒的に鼓舞するような、そんな選手がいれば別だ。

 確か上杉などは、終盤のクローザーコンバートで、こんな状況から優勝を果たしたはずである。

(あれからもう、20年以上か)

 自分は上杉ではないし、樋口ほどにチーム全体を把握しているわけでもない。


 まずは目の前の、スターズ戦に勝利するだけである。

 残り12試合のうち、なんと5試合がスターズ戦。

 その中には上杉の登板予定の試合もあり、そこで勝つことは難しい。

 だからこそ他は、絶対に勝っておかないといけない。

 ペナントレースは二位を許容し、クライマックスシリーズへの調整に変更してもいいのかもしれないが。


 このあたりの割り切りをどうすべきか。

 六連戦となるクライマックスシリーズで、ライガースと対戦した場合、誰をどう運用して勝っていくか。

 直史が限界に挑戦するべきか。

(こんなブランクのあるロートルを、拾ってもらった恩はあるしな)

 自分の目的を最優先はしたが、そこさえ達成してしまえば、あとは誠実に行動すべきだ。 

 たとえ自分の選手生命を賭けても。


 ペナントレースを捨てた場合、ファーストステージで、タイタンズかスターズと対戦する。

 上杉相手に勝てるなら、スターズ戦の方が楽だ。

 だがタイタンズ戦ならば、直史が確実に一勝を確保する。

 そのあたりも判断基準となるが、三位争いも熾烈なものではあるのだ。




 関東に戻ってきて、スターズとの試合。

 この後が地獄なのは、次のフェニックス戦が、まず相手のホームで一戦し、次に神宮に戻ってきてもう一戦しなければいけないというところだ。

 雨で試合が延期になると、こういうことになってしまう。

 結局のところ、今年のレックスの最終的な成績を左右するのは、雨であるのかもしれない。

 だから雨は嫌いだ。


 あちらのホームの試合であるので、レックスは先攻となる。

 早めに一点を取ってもらえば、直史も色々と考えてピッチングが出来る。

 たとえば試合時間を、少しでも短くするとか。

 ペナントレースの試合間隔が詰まっているのは、もうどうしようもない。

 あとはその中で、どれだけコンディションを調整するか。

 試合を早く終わらせてしまえば、休養にそれだけ時間が取れる。


 直史の信条からしたら、とにかく試合は早く終わらせた方がいい。

 実際にリーグ平均よりも、直史の投げる試合が、およそ30分は早く終わってしまうのだ。

 このテンポの違いが、敵だけではなく味方の打線まで、早打ちにつながっている試合はあると思う。

 それでもリードさえしていれば、直史が勝ってくれるのだが。

 

 もっと試合を支配しなければいけない。

 単純に相手の打線を、完全に抑えるだけではいけないのだ。

 バッターとしては全く存在価値がないので、どこかでチームの力を高めるための、何かをする必要がある。

 戦意を高めるために、パーフェクトは必要だろうか。

(この試合はとりあえず、勝つ以外の選択肢はないけど)

 ここでようやく直史は、チームの優勝を視野に入れるようになってきていた。




 スターズとの試合、直史は課題を持っている。

 単純に自分が試合に勝つだけでは、もうチームが優勝するには間に合わない。

 一番いいのは、ここから全て勝ってしまって、ライガースを逆転すること。

 そのためには自分が投げていなくても、チームに勝ってもらう必要がある。

 やれることをやるしかない。

 この試合をさっさと終わらせること。

 少しでも休養を長く、チームメイトに取らせるのだ。


 あとは士気の向上も重要な問題である。

 直史は一人でチームを勢いづかせるのは苦手だ。

 連敗などを止めて、失速するのをどうにかするのは得意だが。

 投げることでチームに、安心感をもたらすことは出来る。

 だがそこから鼓舞していくのは、苦手なのである。


 直史の背中を見て、己を奮い立たせる。

 そういったチームメイトが出てこないと、ライガースを逆転するのは難しい。

 また指揮官が、上手くチームをそう持っていかないといけない。

 直史はあくまで、先陣を切って進む孤独な狼のようなもの。

 どれだけ強くても、後方から全体を見ることは出来ない。

 もっとも先頭にいても、ある程度の嗅覚で現状を把握はしているが。


 スターズとの試合は、アウェイゲームなのでレックスが先に攻撃となる。

 だが先制には失敗し、その裏の守備となる。

 今日は投げないが、向こうのベンチには上杉もいる。

 ベンチの中に精神的な支柱がいるというのは、それだけでチームのメンタルを安定させる。

 直史もローテで投げた直後以外は、この数試合はそうしている。

 作戦を立てる上でも、無言ながらも意見を求められる雰囲気があったりもする。

 ただ今日は、投げることに専念だ。

 パーフェクトになるかどうかはともかく、圧倒しなければいけない。




 お前はなんのために投げる?

 そんなことは、ほとんど考えていなかったのが、高校時代である。

 当たり前のようにスポーツを一つして、そこで結果が出なかったから、高校では一つは勝ちたいと思っていた。

 ある程度は周囲の流れに合わせていたが、合わせたかったというのも確かだ。

 大学時代は仕事として、卒業後は趣味で、それぞれ続けていた。


 プロになってからは、最初は約束であったからだ。

 ブランクのあるオールドルーキーには、周囲は驚いたがそれほど期待はしていなかったはずだ。

 しかし直史は大介との約束を果たした。

 広義の意味でその約束を、チームを勝たせることだと考えていた。

 それは五年目までは、間違いなく他者に理由を依存していた。


 ただ最後の二年は、自分のためであったとは思う。

 上手く理由を付けることは出来たが、あの二年間はMLB年金の資格獲得という建前に隠れて、大介に打たれたお返しをしてやろうという気分は確かにあった。

 負けた翌年にはチーム状況の都合で、トレードされてしまった。

 おかげでチャンピオンリングは増えたが、野球を終わらせるタイミングとしてはよくない、と思ってもしまったのだ。


 人は自分の役割を果たすべきである。

 その役割というのがなんであるのかは、正直なところ分からないものだ。

 ただ直史にとっては、それは虚業ではなかったはずだ。

 もちろんなければ、世の中がつまらなくなる存在ではある。 

 音楽であれ映画であれ、人が人として生きていく分には、楽しむためには必要だ。

 だから価値を否定するわけではないが、自分がそれをしようなどとは思わない。

 思わなかったのだ。




 他の誰も出来ないことを、自分だけが出来てしまう。

 こういうものを、安易に表現するのが、才能という言葉なのだろう。

 確かに今さら、凡人であるなどとは言わない。

 だがなぜ自分だけに、こんな力があるのかは不思議だ。

 よく言われるのが、超能力じみている、という言葉だ。

 直史としては純粋に、計算して投げているだけなのだが。

 もっとも計算からは出ないピッチングもしている、というのも確かだ。


 このスターズ戦も、順調に相手バッターをアウトにしていっている。

 ただゴロが多いので、どこかでエラーや内野安打、あるいはぎりぎり追いつけない打球が出そうではある。

 ゴロを打たせるグラウンドボールピッチャーとしてのピッチングに、追い込んでからは三振を奪っていくというスタイル。

 このコンビネーションだけで、バッターがヒットを重ねることは難しくなっている。

 そして単打までなら、得点は許さない。


 試合の序盤が終了し、まだ一点差である。

 しかしスターズ打線は、かなり苦しい表情をしている。

 今年の直史は、スターズによっても失点しているのだが、そんなたった一試合の経験をいつまでも自信の元にするわけにもいかない。

 実際に全く、スターズは打てていないのだ。


 奪三振率もやや低かった五月までと、その後ではかなり直史の成績は違うのだ。

 ブランクから戻してきてからは、もう大介以外にはほぼ打たれない。

 実際はヒットだけなら、そこそこ打たれはするのだが。

 八試合連続でマダックス、ノーヒットノーラン三回を含む、というのが今年の直史の最高の調子であったのか。

 だがそれ以降もこの間などは、ノーヒットノーランをマダックスと同時に達成していたりする。




 考えることはいたってシンプルだ。

 まず直史が投げれば、必ず勝てるという信念を抱かせること。

 もはや信仰に近いのかもしれないが……いや、信仰以外の何者でもないのかもしれないが、必勝の確信を抱かせる者こそが、最高のエース。

 しかしそのエースをも超えた、何者かにならなければ、おそらくは勝てない。

 単純な計算をするならば、ペナントレースはライガースが優勝するだろうし、クライマックスシリーズでもライガースが勝ち上がるだろう。

 だが逆に考えることも出来る。

 条件は二つ。

 この二つの条件のうちのどちらかを覆せば、レックスが日本シリーズに進むこととなるのだ。

 それぞれの確率などは考えない。

 出来るかやるか、それだけだ。


 ペナントレースを制することが出来たら、アドバンテージを最大限に利用し、ライガースに勝つことは難しくない。

 そしてペナントレースに負けたとしても、つまりアドバンテージを得ることが出来なくて不利になったとしても、クライマックスシリーズ自体を戦えることは間違いない。

 直史は絶対に勝つ。

 だから他のメンバーで、あと二つ勝てばいい。

 無茶な話では全くない。

 なぜならば今シーズン、レックスはライガースに勝ち越している。

 それはつまり直史が投げていない試合であっても、ライガースとは互角程度に戦うことが出来るということなのだ。


 大介のバッティングや、派手な得点力に惑わされてはいけない。

 ピッチャーの質はレックスの方が上。

 そして短期決戦では、ピッチャーの質がレギュラーシーズンよりも重要になる。

 今年のライガースは確かに強く、大介はMLB帰りの力を見せ付けて、打撃タイトルを独占している。

 しかし直史がエースをしていた頃のレックスの方が、ずっと安定していて強かったのだ。


 パーフェクトを狙っていくと、どうも変なことが起こる。

 だからそれではなく、違った意味で圧倒的なピッチングを見せなければいけない。

 そう考える直史は、六回を終えてもまだ、内野安打のヒット一本に抑えている。

 そしてそのランナーをダブルプレイで消して、球数は50球に満たない。

 ただし奪三振の数は、この最近に比べると控えめだ。




 内野ゴロを打たせていれば、当然ながらヒットやエラーの確率は、奪三振よりは高くなる。

 事実この試合の内野安打も、打ちそこないのボテボテのゴロに、守備が追いつかなかったというものであるのだ。

 しかし内野ゴロを打たせているというのは、それだけダブルプレイの数も増えるということだ。

 この試合では今のところ、一度しかその必要もないわけだが。


 軽く投げているように見える。

 セットポジションから、クイック気味に投げるのが、直史の本来のピッチングである。

 重要なのはタイミングを外すことで、クイックで投げているのにスローカーブ、というパターンも充分に考えられる。

 だが今日はまた、そのデータを完全に無視するようなピッチングをしている。

 緩やかなフォームから、地を這うようなストレートを投げて、それを打っても内野ゴロになるのだ。


 目から遠い低めで、ほんのわずかに変化する。

 それを上手く捉えられず、ゴロを打ってしまっているのだ。

 低め低めと投げていくのは、確かにピッチングの基本だと、教えられていることが今でも多い。

 ただ普通にMLBでは、むしろ低目が得意なバッターはいくらでもいる。

 実際のところ大介も、ワンバンするような低めの球の方が、高めに外れた球よりは、長打にしやすい。

 アッパースイングや力の作用点を考えれば、それも間違ってはいないのだと分かる。




 ランナーが出ない。

 パーフェクトもノーヒットノーランも消えて、今日は奪三振も少なめ。

 だが投げている球数が、圧倒的に少ない。

 MLBで名付けられてしまった、80球未満で完封を達成するというサトーという非認定の記録。

 直史以外はまず出来ないので、そもそも認定しても意味がない。

 そんな他の誰にも出来ないことを、直史はやっている。


 逆のベンチからそれを見つめる上杉は、つくづく惜しいなと思う。

 高校卒業時点では、まだ球速が充分ではなかった。

 だがそれでもやはり、即戦力としてプロでは通用しただろう。

 大卒の時点で、プロ入りしていたらどうなっていただろうか。

 あの故障がなかったならば、もっと凄い記録を作っていたかもしれない。


 ただこれは、直史に言わせると逆である。

 直史は何か、強烈なモチベーションがないと、プロでなど投げてはいられない。

 高校時代の純粋な期待を背負っていたとか、大学時代の奨学金の条件だとか、マウンドに残してきた大介との勝敗の決着がまだだとか、色々と挙げることは出来る。

 短期間だけしかいないのだと思ったからこそ、力を尽くせた。


 毎年毎年、NPBにしろMLBにしろ、半年をかけてリーグや地区の優勝を決めて、そこから一ヶ月のポストシーズンを迎える。

 そして自分一人が頑張ったところで、チームの力がなければ勝ち進むことは出来ない。

 野球自体が大好きであるということ。

 結局そういう人間でないと、続かないのだと直史は思っている。

 短く燃え尽きる直史だからこそ、その短い間に記憶に残るプレイが出来るのだ。



×××



 次話「エースであり、ジョーカーである」

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