第85話 巨人を穿つ矢

 レックスが今年、最初に25試合目の対戦を終えるのは、現在リーグ三位のタイタンズである。

 タイタンズもスターズと熾烈な三位争いをしいていて、一つの勝ち負けで順位が変更する可能性はある。

 そしてここで、直史の24試合目の先発登板がある。

 この試合に投げれば、沢村賞の選考基準は、もう登板数以外は完全に上回ることになる。

 いい加減に、もう決まったと考えてもいいだろう。

 もちろん何が分かるのか、本当に分からないのが野球の世界。

 敗北も勝利も。

 ……いいや、敗北はともかく、勝利は確定させるように勝ってきたか。


 直史の感覚的に、負けた時は意外な負けがあるが、勝った試合は普通に勝っている。

 実力差を覆して勝った試合、というのはどうにも憶えがない。強いて言うなら高校一年生春の、奇襲的に勝った勇名館戦となるか。

 なぜだろうと考えてみれば、それは簡単なことである。

 自分が抑えれば、少なくとも負けはない、と思っていつも戦っていたからだ。 

 自信家ではなかったはずだが、この自分の思考にはちょっと驚いた。


 残り試合数、ホームとアウェイの割合はほぼ同じ。

 ライガースはホームゲームが多いが、在京圏で試合の多いレックスは、さほどの不利とも言えない。

 ここまで苦戦と言うか、未来が苦しいシーズンを送ったことは、あの樋口とターナーが故障離脱し、絶望的になった一年ぐらいであろうか。

 それにあの時も、直史自身は結局、チャンピオンリングを増やした。


 タイタンズがやってくる。

 結局今年、直史が苦戦したバッターは、大介と悟だけとなっている。

 もっとも悟がそれを聞けば、なんの冗談かと思うかもしれないが。

 ただ本当に、直史が苦戦しているバッターは、経験豊かなベテランでありながら、まだ身体能力も落ちていない選手のみ。

 他に一本ホームランは打たれているが、その後はそれほどの苦労もしていない。




 タイタンズはどうにか、ここも勝っておきたい。

 ただゲーム差的に、二位のレックスに逆転できるとは思っていない。

 そして投げてくるピッチャーが直史である。

 重要なのは他のゲームで勝つこと、と思ってしまっても仕方がない。

 もちろん選手成績が重要なバッターは、普通にヒットを狙ってくる。


 悟が一番や二番ではなく、四番であるのに安堵する直史。

 捨てる試合とでも判断しているのかもしれないが、それはいけない。

 もう残りの試合数が少ないことを思えば、どんな試合であれ雑に戦ってはいけない。

 少しでも勝つことを考えるなら、工夫が必要だろう。

 直史にしても悟に対しては、かなりの警戒をしているのだから。

 特に相手の攻撃から始まる一回の表は、まだ味方が先取点を取ってくれていないのは確定している。

 なのでここに、強打の好打者を置かれないというのはありがたい。


 悟は今年既に、37本のホームランを打っている。

 リーグ三位の成績で、例年ならばまだ、ホームラン王の可能性が残っていただろう。

 しかしここ数試合、長打が出ていない大介であっても、既に65本のホームランを打っている。

 打点や打率なども、トップ5には入っているが、大介はこれらの全てでトップを取っている。


 今年も盗塁があと少し多ければ、トリプルスリーを狙っていたかもしれない。

 ただ年齢を重ねるごとに、走塁には大きな負担がかかるのを感じている。

 彼の凄いところは、安定感と爆発力を両立させていることである。

 アレクや織田がいた間のパ・リーグで、首位打者を取ったことがあるのは伊達ではない。

 さらに凄いのは、ホームラン数ではその両者を上回っていたことである。




 ただ一回の表には、その出番はないようだ。

 直史は本日、中五日での登板。

 しかも前の試合では、今年初めての、一試合2ホームランというのを許している。

 完投して三本しかヒットを打たれていない、というのは忘れられやすい。

 先頭打者をまずは、内野ゴロに打ち取った。

 待球策というわけではないが、様子見の一番に、遅い変化球であっさりとツーストライクを取ったのだ。

 そしてそこから、ツーシームで内野ゴロというお手本のようなアウトのとり方であった。


 そして二者連続で、三球三振。

 ファールを打たせてカウントを取って、最後にはストレートでしとめるというパターン。 

 ある意味では理想的なのかもしれないが、理想は理想だからこそ理想と言われるだけであって、普通はそう簡単に出来ないのだ。

 目の前で味方の三振を見る悟。

 ピッチャーでない悟には、どうも直史が何を考えているのか、推測するのが難しい。

 そんなものは、ピッチャーでも難しい、と投手陣は言うだろう。


 あの高校受験の日。

 悟が直史を知ったのは、あれが初めてのこと。

 あの出会いがなければ、悟の代の白富東が、甲子園を制覇することはなかっただろう。

 あれからもう、20年以上の月日が経過した。

(それなのにこの人は、全く変わっていないような……)

 とにかく負けないという点においては、確かに直史は変わっていないであろう。

 その本質に気づいている悟は、やはり直史が警戒するに相応しい者であった。




 前の試合、直史は今季初めて、一試合二失点となった。

 また一試合に二本のホームランを打たれたのも、初めてのことである。

 ただ一試合に三本以上のヒットを打たれたのは、シーズン序盤に五本打たれたのを筆頭に何度かある。

 五本打たれた相手がタイタンズで、その後に三本打たれた試合もある。

 普通のピッチャーなら、そのシーズンのベストピッチと呼べるべきものが、直史の最低のピッチング内容と言えるだろう。


 直史も打たれることはあるのだ、とレックスの人員全員が、彼は人間であったと思い出したかもしれない。

 いまだに疑っている者もいるかもしれないが、何をどう分析し検査しようと、間違いなく直史は人間である。

 人間の範疇から外れかけているのは、むしろ大介や上杉である。

 この両者相手に勝っているのが、あくまでも普通の人間。

 死んだら神宮あたりに銅像を作られそうな実績を残しているが、間違いなく人間であるのだ。


 後世の人間は、この記録を見てどう判断するだろう。

 大介や上杉の記録は、まだしも人間の範疇にある、と判断するかもしれない。

 ただ直史は、要素の一つ一つは人間であっても、結果が人間ではない。

 そんな直史の人間性を、レックスのベンチの人間は感じている。

「水上相手なんで、二点はリードがほしいですね」

 二点でいいのか。


 ライガース戦で直史は、内容では完全に大介に負けた。

 しかし試合に勝ったのは直史であり、大介は次の試合から不調になった。

 事実だけを見れば、直史はまだ一試合も負けていない。

 これを言葉通り取っていいのか、という問題はある。

 だが基本的に直史は、変な強がりは言わない。

 ライガース戦ではもう少し点差がほしい、などと言っていたのだ。




 一回の裏、レックスの先頭打者は左右田。

 本当にもう、いくら社会人出身とはいえ、下位指名で取った一年目が、この終盤に立派に一番打者を務めているということ。

 地味にすごいことで、同じく一年目の迫水は、おそらく新人王に選ばれることだろう。

 もっとも時々といわず、ことあるごとにあのパスボールをいじられているが。

 プロも大変という話である。いくらプロになるぐらいの人間は精神力も強いパターンが多いといっても、そういう人間でも弱い部分はあるのだ。


 この試合も、最初からしっかりとフォアボールを選んでいる。

 一回の攻防で先頭打者が出るという意味を、しっかり分かっているのだ。

 高打率に、そこそこ長打も打てる。

 だがそれ以上に重要なのは、出塁率の高さだ。

 俊足の高出塁率の一番は、その試合の攻撃の中では一番、重要なポイントかもしれない。


「盗塁はなしですか?」

 そう貞本に質問した直史に対して、監督としてはふむ、と考えた。

 初回のノーアウトのランナーは、とても重要なものである。

 だが大切にしすぎても意味がない。

 貞本はベンチの前面に出て、サインを出す。

 ただしそれは盗塁のサインではない。

 盗塁はしないけど、するように見せよう、というサインである。


 直史の意見をそのまま飲み込んでもらったら、むしろ困るところであった。

 だが貞本はこの場面でのランナーの利用法を、状況から判断して選択している。

 この試合の最大の特異要因は、直史が先発で投げているということだ。

 つまり一点でも入れば、それが決勝点になる可能性が高い。

 大介に打たれた後遺症などないのは、最初のピッチングで向こうも分かっているだろう。

 いきなり一点の勝負になった。そしてベンチからサインが出ている。




 この状況でバッターボックスが緒方というのは、一番作戦の幅が広くなる。

 大阪光陰で座学からしっかりと、短期決戦用の戦術を叩き込まれている緒方である。

 最低限の仕事は、ランナーを二塁に進めること。

 ただし送りバントなどをやっていてはいけない。

 バントをするとしたら、自分も生き残るぐらいのことをしないといけない。


 一塁で左右田が細かく動き、ピッチャーの注意を引くと共に、その球種を限定させる。

 フォアボールでランナーが出た場合、その次の打者への初球は、ストレートになることが多い。

 ここでしっかりと、ストライクを取れるストレートを投げられるかどうか。

 相手が待っていると分かっていても、ストレートを投げるのだ。

 まして緒方は、典型的な古きよきタイプの二番打者。

 分かっているストレートなら打ってしまう。


 実際、初球打ちをしてセンター前にヒットを打った。

 ここで右方向に打てなかったな、と反省するのが緒方である。

 とんでもないバッターというわけではないが、敵にいると厄介極まりなく、味方には一人ぐらいはいてほしいという選手。

 これで見事に、ノーアウト一二塁という場面を作れた。


 ノーアウト一二塁から、一点も取れなければそれは指揮官が悪いか、純粋に運が悪い。

 ここでは直史も、何も助言することも進言することもない。

 ただ奇跡のようなことが起こって、トリプルプレイでいきなりチェンジ、ということが起こる可能性を頭の隅に残しておく。

 ネガティブなピッチャーではあるのが直史である。




 直史のピッチングを支えるメンタル。

 その強さの根底にあるのは、他者への信頼感のなさ、と言えるかもしれない。

 もちろん実際には、ジンや大介、後には樋口などを頼りになるとは思っていた。

 だが中学時代の、完全な孤立無援の状況が、やはり人間不信の原因になっているのであろう。

 味方を頼らない、というのとは少し違う。

 人間が死ぬときは一人であるように、結局マウンドでピッチャーは一人。

 どれだけ優れた相棒がいても、投げるのはピッチャーである。


 これを直史は、自覚しているのかどうかは微妙である。

 ジンや樋口がキャッチャーであった場合、確かにある程度の負担を任せることが出来た。また個人的な感情を無視すれば、坂本もキャッチャーとしては優れた存在であった。

 しかしジンは迫水のように、その失策で甲子園を逃している。

 その後も直史はジン相手に投げ続けているが、実際のところその成績が完璧になったのは、U-18で樋口と組んで以降という部分が大きい。


 自覚と実績。そこから優れたキャッチャーを選ぶなら、樋口に次ぐのは坂本であり、プロ入りまでしなかったジンなどはキャッチャーとしては劣る。もっともそもそも現役の頃から、指揮官としての能力の方が高いと思われていたが。

 三年の春、名目上の監督としてシーナを置き、少しミスはあったが全国制覇したのは、間違いなくジンの手腕である。

 あの戦力があれば普通に出来る、などと言ってはいけない。

 甲子園にはマモノが住んでいるのだから。




 直史が俯瞰的に試合を見ている間に、レックスは一点を先取していた。

 そこからさらに、もう一点が入る。

 二点差ともなれば、ほぼ勝敗は決定している。

 そんな確信を抱かせるほど、直史のピッチングはバグっている。

 どれだけホームランで点を取られても、最終的には勝利する。

 エースに必要なことは、勝つべき試合で勝つこと。

 実際に直史は勝利して、大介の調子を落とすことに成功している。

 そう、あれでも落ちているのである。


 二回の表、直史はリードをもらって、マウンドに登る。

 そして先頭打者が悟である。

 今年の初失点となるホームランを打たれたバッター。

 それを別にしても、大介を除けばおそらく、直史が対戦してきた中では、隙のなさでは全盛期のブリアンに匹敵する。

 さすがに長打力は落ちるが、打点の多さは並ではない。

 首位打者と打点王は取っているのだ。

 それ以上に凄いのは、複数回のトリプルスリーであろうか。

 大介がデビューしてから全ての年で記録しているので、ちょっと価値がおかしくなっているが。

 これはパーフェクトやノーヒットノーランと同じことだ。


 悟に対して、自分はどういうピッチングをするべきか。

 直史は色々と考えながら投げている。

 アウトに出来ればどうでもいいが、アウトに出来なければ先頭打者として出してしまうことになる。

 一番打者を打っていてもおかしくないほどの、走力を誇る主砲。

 劣化大介などと言われても、実はこの調子なら安打数は大介を上回る。

 NPB単独での歴代最多安打を更新してしまったのが、この面倒な悟であるのだ。


 ほどほどには勝負されることもあって、実はNPB単独での記録なら、多くを大介を上回っている。

 とは言っても大介も、来年まで続けたら、日米通算でようやく4000本安打にも到達しそうなのだが。

 直史と相性がいいバッターというのは、高打率、それなりの長打力、そして実は安打数が多いバッターというのも条件にある。




 前回の直史の試合で、悟が疑念を持っていることが一つある。

 ライガース戦、本当に大介と勝負したのは、本気であったのかということだ。

 ホームランを二発も打たれて、それでいながら引きずることなく、試合には勝っていた。

 大介の調子が、少し落ちているのも分かっている。

 ただタイタンズも、ライガースとレギュラーシーズンで当たるのは、あと一試合だけである。

 ここからは格下との試合を、いかに取りこぼさないかが、重要なことになってくるのだろう。


 ライガースとレックスが直接対決で四試合残っているというのは、まさに自分たちで決着をつけろ、と言っているようである。

 タイタンズはとにかく、Aクラス入りを目的としている。

 ただクライマックスシリーズのファーストステージは、レックスと当たってもライガースと当たっても、勝つのは難しいと思うのだ。

 上位のチームが戦力の育成にあまり成功していない。

 その中でレックスは、今年の社会人ルーキーが二人も大当たりであった。


 タイタンズもこの数年は、むしろ上手くいっていたのだ。

 それは悟の存在がやはり大きい。

 FA移籍で東京にやってきたのは、完全に家庭の都合。

 彼にもまた、色々な問題は存在した。

 MLBに挑戦するという選択を、取れなかったというのもその一つだ。

 だがその分、この関東圏で人脈を広げることが出来た。

 なんだかんだ言いながら、野球の範囲内では、悟はかなり計算して人生を送っている。

 直史のような状況は、間違いなく数少ない例外である。




 初球から直史は、内角を狙った。

 ボール球か、というところからツーシーム回転により、ゾーン内に収まる。

(当ててくるわけないのにな)

 悟はそう思ったが、直史のパターンにはあまりない配球である。

(特別扱いしてくれてるのかな)

 いい意味でも、悪い意味でも。

 確かに直史にとって悟は、厄介なバッターであり選手である。


 後輩になりそうで、母校のためになりそうだから、アドバイスをしたのがはるかな昔のこと。

 こんなことになるとは全く思っていなかったが、あのわずかな邂逅が、果たしてどれぐらい影響しているのか。

 いや、ここまで来る人間は、ある程度の差こそあれ、いずれは来ることになっていたのか。

 しかし人と人の出会いというのは、後にはとんでもない差を作ってしまうものかもしれないのだ。


 直史と大介の関係なども、間違いなくその一つ。

 単純に直史と大介が出会わなければ、昇馬などは生まれていない。

 二人がそれぞれ、ここまで成長したかどうか。

 また直史などは特に、大学以降まで野球をやっていたかどうか。

 少なくともプロに行くという選択はなかっただろう。


 運命のような人間の関係性は確かにあるのだ。

 そしてその運命が、今は自分に牙を剥いてこようとしている。

(パーフェクトを狙っていくには、ちょっと厳しそうな相手)

 直史はなので、ここでも勝利だけを狙う。

 ストライク先行のピッチングが出来ているのはいいことだ。

 あとは上手く、ファールを一つ打たせたい。

 ボール球を振らせるというのは、ちょっと難しい相手である。




 悟は単なる強打者ではなく、好打者である。

 強打者となるとイメージとしては、とにかくホームランを含む長打が多く、三振もそれなりに多いといったところか。

 ただ悟は大介と同じく、三振が少なくて四球も多いのだ。

 下手な単打よりも、投げさせた結果出塁するフォアボールの方が、価値は高い。

 ピッチャーの球数制限が、うるさく言われているからだ。


 この悟に対し、直史は連続でツーシームを投げた。

 そして二球目には手を出したのだが、わずかに変化が大きい。

 三塁線の向こう側のファールとなって、ツーストライク。

 同じツーシームであっても、内角と外角に投げ分けることによって意味が変わる。

(145km/hか……)

 当てた悟は、初球との球速差を確認するが、全く差がない。

 そしてこれは、普通のストレートとも差がないのだ。


 今年の直史の出した最高球速は、149km/hである。

 しかし通常は145km/hの安定した速度で、それぞれ変化を出している。

 わざと最高球速のストレートを投げていない、と見るのが自然である。

 ただ場合によっては、ほんのわずかにスピードを上げる。

 このほんのわずかな投げ分けで、凡打を量産しているのだ。

 そしてたまに投げる最高速によって、空振りも奪う。


 三球目、やはり投げられたのはストレート。

 ある程度は予想していたのだが、このストレートのホップ成分が多い。

 バットには当たって、それなりには飛ばしたものの、外野の充分な守備範囲内。 

 センターが少しだけ前進して、キャッチしてワンナウトである。




 タイタンズは悟の一発だけに頼っているわけではない。

 リーグ二位の得点力をもってすれば、どうにか一点ぐらいは取れてもおかしくはない。

 だが直史のピッチングは、ここでも全く容赦がない。

 内野フライを打たされて、スリーアウト。

 当たり前のように、ランナーが出ることなく二回の表も終了した。


 この試合の勝利は、絶対必要条件ではない。

 むしろここで負けることを計算した上で、他の試合を考えなくてはいけない。

 それは直史にとっても同じことで、勝利さえあれば他はどうでもいい。

 悟との勝負には、それほどこだわっていないのだ。

 もちろん程度問題であり、ここでタイタンズに負けを積むことは意味がある。


 クライマックスシリーズ、レックスはペナントレースを制してファイナルステージで待つ予定である。

 するとライガースとの対戦の勝者が、そこに勝ちあがってくることとなる。

 レックスとライガースの相性は、各種数値からすると、ライガースの方がいいはずである。

 しかしここまで、実際に勝ちこしているのはレックスである。

 これが野球の統計の限界というか、偏りといったものだろうか。

 大介がホームラン数の割りに、打点が少し低めなこと。

 ほとんどランナーのいない場面でしか、まともに勝負されていないということもあるし、ランナーがいれば外れたボールでもヒットにしていく。


 レックスが強いのは、一つには絶対的なエースがいるからだ。

 大介でさえ打率は五割など全く届かないのに、直史は試合の勝率が10割。

 途中降板の試合を除外しても、95%以上の確率で勝っているのだ。

 ピッチャーの方が勝つのは当たり前といっても、試合の最終結果がこれであると、もうどうしようもない。

 防御率が0.2というのはつまり、ほとんどの試合で点を取られないということ。

 これでも大介のホームラン二本で、少し上がっているのだから。

 あとはリリーフ陣。

 ライガースはポストシーズンの戦い方が出来るかどうか、それが問題となるだろう。




 レギュラーシーズンも終盤に入ってくると、各チームはAクラス入り出来るかどうかで、その後の方針が変わってくる。

 たとえばフェニックスなどは、若手を使ったりもする。

 カップスを上回って五位になったとしても、それはむしろウェーバーが後になって、ドラフトが不利になる。

 絶対的な素材でもない限りは、上位三位ぐらいまでの指名は、数年内の主力を期待するものだ。

 あえて負けるわけではないが、負けても仕方がないという試合。

 そこでは色々と実験をすることが出来る。


 対してAクラス入りが見えているチームは、勝率を見ながら熾烈な計算が行われて、ピッチャーも運用される。

 レックスはリリーフ陣がいいが、ここでライガースは有利になってくる。

 それは試合間隔が空いていれば、先発ローテはともかくとして、リリーフは特に休みが取りやすくなるからだ。

 雨天などによって、試合が後回しにされるということ。

 それがここまで露骨になったシーズンというのも、なかなか珍しいものである。


 直史はペナントレースを制覇したチームの、アドバンテージを軽く見てはいない。

 正直なところ、互角の扱いである日本シリーズよりも、クライマックスシリーズの下克上の方が、難しいのは当たり前である。

 アドバンテージの一勝に加え、引き分けでもほぼ勝利扱い、というのが問題であるのだ。

 そしてやはり、キャッチャーの力が問題になる。

 ないものねだりは分かっていても、樋口だったらどうだろうか、とは考えるのだ。

 絶対に口にしてはいけないことだが。


 とりあえず三回までは、一人もランナーを出さずに投げることが出来た。

 ただ出来れば一人ぐらいは出ていた方が、二巡目が楽になるのだ。

 悟が先頭打者となり、完全に出塁に絞ってきたら、ノーアウトからのランナーが出かねない。

 それはやはり、点の入る可能性が高くなってしまうのだから。




 レックスは守備の時間が極端に短く、攻撃の時間もそれなりに短くなっている。

 直史がだいたい三球以内で片付けてしまうからだが、テンポが早すぎるせいもあって、二回以降に追加点が取れていない。

 タイタンズはそれほど強いピッチャーのローテではないが、二回以降のレックスの攻撃も淡白になっている。

 そのため試合が進むのが早い。

 二時間以内に終わりそうなスピードだが、実際今年はその前後で終わる試合というのは珍しくない。


 五回の表、タイタンズは先頭打者が悟からの攻撃。

 つまりここまで、まだ完全にパーフェクトである。

 パーフェクトはなんとか阻止しよう。

 そんなことを、わざわざタイタンズは考えているのか。

 実際にこのままなら、パーフェクトをされる可能性はある。

 今年は既に何度も、あと一つのエラーやヒットでパーフェクトを逃す、ということがあるのだから。


 セーフティバントをしたらいいかな、と悟は思わないでもない。

 悟の強打を知っているので、レックスの内野陣は心もち深めに守っている。

 そのくせ悟は、バントなども上手いのである。

(二点差なら、チャンスはある) 

 これが高校野球なら、セーフティはあるだろう。

 また一点差の優勝決定戦なら、悟は裏を書く。

 だがレギュラーシーズンの一試合で、ただパーフェクトを妨害するため、四番がしていいバントはないだろう。


 そう考えていたところに投げられたボールは、やはり手元で曲がってくる。

 スピードを等しくした上で、そこから変化させてくる。

 これはもうヤマを張るしか、打つ方法はないではないか。

(勝つぞ)

 試合にか、直史にか、それとも己にか。

 強い意志を持っている悟であるが、食らい付いた打球は、ショート正面の強いゴロなどとなって二打席目もアウトとなったのであった。




 四番に悟がいるのは、タイタンズの首脳陣の怠慢である。

 今年の直史の成績を見れば、一試合に三人もランナーを出している試合が、どれだけ存在するか、と気づかなければいけない。

 この時期はいくら勝機が少ないといっても、全力で勝ちにいかなくてはいけないのだ。

 それが出来ていないチームが、今後はどうなっていくのか。

 クライマックスシリーズへの三番目の席は、タイタンズかスターズなのに。


 今日の対戦はあと一度だけ。

 そしてそこで、ソロホームランを打たれても、まだ一点差。

 大介と違って、悟相手であれば、どうにかヒットまでに抑えることが出来ると考えている直史。

 誰かに適当にヒットかエラーで塁に出てもらえば、第三打席の悟とはツーアウトの状況から戦うことが出来る。

 そうなれば余計に、ランナーとして出てもらっても、後続を絶てばいいだけとなる。


 どこかで一本ぐらい、ヒットは出るだろう。

 そう考えながら投げている直史なのだが、なんともランナーが出ない。

 試合のスピードはさらに上がっている。

 二時間を切る試合になることが間違いなく、あとは期待されるのは、直史のパーフェクトぐらい。

 ただ本人は、それはないだろうなと思っている。

(今日はどこで、運命が足を引っ張るのかな)

 むしろそれは分かっているので、味方の故障などの方が怖い。

 七回、タイタンズは三巡目へ。

 レックスにも追加点はなく、二点差のまま。

 もしここでランナーが出て、悟に打順が回ったら、ツーランホームランの可能性はあるだろうか。

 直史の杞憂が晴れることはない。



×××



 次話「最後の巨人」

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