第84話 追いつけ追い越せ
レックスとライガース、どちらもが勝ったり、どちらもが負けたとしても、残り試合数の差などで勝率は変化して順位も変化する。
今年は珍しいことに、両チーム引き分けの試合がない。
そのためあるいは、同率のままシーズンが終了するのでは、などとも思われる。もっとも直接対決があるので問題はないだろうが。
直史は一人、残りの試合数や対戦相手、自分の登板予定を考える。
現在の時点で、23登板の22勝。
大介にホームランを連発された印象は悪いだろうが、さすがにもう沢村賞は確定であろう。
もしそれが達成されたら、あとはもうマウンドに右腕は埋めていく。
大介との勝負となれば、壊れてでも抑えていく。
勝ち逃げしたら、また恨まれるかもしれないが。
大介が大介らしくないバッティングをした。
上杉はともかく、その後のピッチャーにまで打ち取られた。
ただ直史はその前の、第三打席に大介の本質を見た気がする。
(バットを短く持つ、か……)
直史の知る限り、大介がバットを短く持つというのは、何か重大なことを確かめるためだ。単純に相手が強いから、バットを短く持つバッターではない。
大介は確実に、あのホームランを打ったことで、逆に調子を崩した。
あるいはとは思ったものの、まさかとも思った。
実際のところ、ライガースにチームとして勝つには、大介に調子を落としてもらわなくてはいけない。
ペナントレースをレックスが制すれば、それはシーズンMVPに直史が選ばれるということであろうからだ。
慎重すぎる直史は、確実には確実を期したい。賭けられているものが大切すぎるからだ。
翌日、カップスとの第二戦である。
昨日は百目鬼がクオリティスタートを決めたのに、試合には負けた。
だが来年からは年俸も上がるだろうな、と直史は考えたりもした。
今日の先発はオーガスで、レックスとしてはどうしても勝っておきたい。
しかしどうなるかは分からない、というのが野球の面倒なところだ。
勝敗が実力ではなく運に左右される競技ほど、試合数を多くして紛れを少なくしなければいけない。
野球などはまさにそれで、明らかに偶然性の高いスポーツだ。
野球において当たり前のことなど、さほど多くはない。
その中の一つに、偶然性も完全に無視して、佐藤直史は試合に勝つ、という事実があったりする。
上杉や武史も年間無敗は達成したことはあるが、直史はいまだにレギュラーシーズン無敗である。
ずっと無敗神話が続いたままであるが、それでも優勝は出来なかったシーズンがある。
ピッチャーは、エースはチームを勝たせなくてはいけない。
せめて九回までは0に封じるぐらいのことはするべきだ。
そんな高すぎる理想を持っているからこそ、直史はその前の段階でどうにかなっているのだろう。
クオリティスタートなどという言葉は、直史の頭の中にはない。
あるが自分とはつながっていない。
直史はベンチにも入らず、この日もホテルにいた。
クラブハウスにもいないし、今さら寮に行ったりもしない。
瑞希に電話をして話をしては、あとは自軍の試合ではなく、ライガースの試合を見るのだ。
リアルタイムで、大介の動向を確認する。これは後からでは何かの雑音が混じるので、正しい直感が働かないからだ。
本日も二番打者の大介は、初回から打席が回ってくる。
そしてここでも、やはり凡退したのであった。
昨日から数えて、五打席連続の凡退。
おそらくこれは今年、大介としては最長の凡退記録ではないのか。
スイングがちぐはぐになっており、昨日よりさらに悪い。
だが昨日よりは何か、不気味なものを感じる。
(さて、どうするかな?)
このままライガースの試合を見続けるか、それともレックスの試合を確認するか。
一応直史が重視しているのは、ライガースではなく大介の打席である。
しかし結局は、このままライガースの試合を見続けることにした。
自軍のことは後から確認すればいい。
重要なのは今この瞬間に、ライガースの試合を見て、自分が何を感じるかだ。
そう思った直史は、自分の直感が正しいことを判断する。
大介の凡退したライガースでも、その打線がしっかりと機能する。
考えてみれば今日は、上杉以外のピッチャーが相手であるのだ。
とは言っても上杉は、もう普通に毎試合一点以上は平均で取られるピッチャーにはなっているが。
大介以外が、ちゃんと点を取っている。
そして直史は、世にも奇妙なものを見たのであった。
セーフティバントをする大介。
完全に内野は予想しておらず、俊足を活かして軽々とセーフになる。
だがそれは大介の野球ではないのではないか。
大介の野球?
そんなものを直史は知っているというのか。
そもそも野球をするだけで、快楽物質をどんどん分泌するらしいのが大介だ。
ならばこの奇襲による出塁も、本人としては楽しいものなのだろう。
「バント上手いな……」
確かにバントの練習も、大介はしっかりしていたものだが。
一塁ベース上で笑う大介はなるほど、やはり心から野球を楽しめる男である。
誰も大介にバントヒットなど求めていない、と言われるかもしれない。
だが大介自身が、それを選択したのだ。
呆然とするのは、敵にも味方にも多数。
とりあえず相手の裏をかいた大介は、満面の笑みを浮かべていた。
実際のところ野球というスポーツは、いかに相手の嫌がることをするかが重要だ。
ルールに違反していても、相手に怪我をさせなければ、巧妙にプレイをするのは大介的にはありである。
反則はそれが明らかになった時、初めて反則となる。
ただ大介の行う反則というのは、不正というものではない。
野球には審判の判断によって決まる部分というものがあるのだ。
もちろんルールの不備は、その都度修正されていく。
昇馬の両手投げにしても、少し前には制限が決まってなかった。
だが今ではちゃんと、その打席では投げられるのは一方の腕だけ、と決まっているのだ。
ランナーとなった大介は、そこからピッチャーにプレッシャーをかける。
忘れてはいけないのは、ホームラン王ほどの圧倒的な差ではないが、大介は盗塁王でも今はトップに立っているのだ。
しかも盗塁を仕掛ければ、その成功率は95%近い。
単に多いだけではなく、成功率が高いというのが、凶悪なランナーとしての性能となる。
走塁というのは下手をすれば、ピッチングやバッティングよりも珍しい技術の結晶とも言える。
セーフティバントなど狙わず長打を狙え。単打を打つぐらいなら四球の方が貢献度は高い。
盗塁はリスクがあるし得点への貢献度はあまりない。
そういった統計の常識に、大介は喧嘩を売るつもりであるのか。
それは……随分と楽しそうなものではないか。
(楽しんでやがるな)
それを見ているこちらも、苦笑してしまうのだからやはり、大介のプレイには華がある。
直史にはない。直史にあるのは、もっと根源的な恐怖だ。
ライガースが躍動する。
大介はプレッシャーはかけたものの、盗塁は仕掛けなかった。
しかしこれによってピッチャーのコントロールを狂わせ、後続のヒットを誘った。
上手くスタートを切っていた大介は、一気に三塁まで到達する。
30代の前半でそのスピードスターっぷりよりも、長打が完全に目立つようになった。
しかしその時期もまだ、普通に盗塁王は取っていたのだ。
もういいかげん、足腰に負担が残る年齢であろうに。
大介の体格が、ここはプラスに働く。
いまだに70kgの体重を維持している大介は、この体重でなぜ長打が打たれるのだ、と言われたりはする。
だが重要なのは瞬発力であり、そのためには体重=筋肉がただあればいいというわけではない。
そして体重の軽さは、足腰にかかる負担を弱めてくる。
いまだにショートという守備負担の多いポジションを守っているのは、この体重の軽さがプラスに働いているからだ。
単純に素晴らしい選手、というわけではない。
大介の存在は体格の小さな選手に、勇気を与えるものだ。
実際、大介という前例がなければ、悟の扱いなどは変わっていたに違いないのだ。
他のスポーツまで、選手の常識を変えてしまった。
もちろん今でも、体格というのは優れているのに越したことはない。
だが小柄であるからこそ出来る、というものもあるのだ。
大介がホームベースを踏んだところで、完全にこの試合はライガースの方に勢いが傾いた。
これをどうにかするには、上杉以外のピッチャーでは不可能だろう。
そしてその上杉は、昨日の先発であったため、ベンチにも入っていない。
直史からすれば上杉などは、ベンチにいるだけで味方にバフをかけるような存在である。
使わない選手がいるなら、いやコーチ兼任という形で、ベンチにいれておけばいいのではなかろうか。
少なくとも直史なら、それで相手の注意を少しは引けると思う。
選手としての大介は、野手であるので当然ながら、ずっとベンチにいる。
この年齢で今シーズン全く休みもないのだが、それはMLBに比べれば、日程に充分な余裕があるからだろう。
確か去年は数試合休んでいたはずで、それも体力的な限界を唱えられる理由となったはずだ。
ここから再度MLBに移籍というのは、さすがに体力的に苦しいだろう。
大介はもう、あの世界中から才能が集まるMLBには、戻ることはない。
それが自分の復帰にも理由があるなら、悪かったかなとも思う直史だ。
しかしそもそも、去年に直史が復帰を決めるまでは、大介の成績はかなり低めになっていた。
直史の復帰が、大介に火をつけたとも言えるのだ。
ならばむしろ、選手寿命を延ばしたとさえ言えるかもしれない。
どちらにしろ、二人の関係はお互いに大きく絡み合ったものだ。
直史が今年で終わりになるなら、それを看取るのは大介になるだろう。
クライマックスシリーズで、最後に直史と戦うのは大介という展開だ。
それは充分にありうることだが、もはや運命的ですらある。
上杉が去って、それよりも早く直史が去って、最後に大介が残るのか。
そんなことを考えるのは、ただの感傷であろう。
直史は目の前の試合に勝利することを考える。
ライガースはスターズに快勝した。
ただ大介は、二本目のヒットも内野の間を抜けていったもの。
長打のない、珍しい大介である。
しかし二番打者としては、過去の二番の概念に、ぴったりと合うものだ。
打率もまた四割に近づき、実現可能なものとなっている。
そもそもNPBの歴代高打率は、ほぼ大介が占めているのだが。
40歳の大介が、ここまで活躍する。
ただ顔を見ても大介は、40歳とは思えないほど若々しい。下手をすれば20歳ぐらいでも通用しそうだ。
直史も比較的若く見られるが、さすがにそこまで若くは見られない。
ただ若い頃は逆に老けて見られることが多かった。
一番年相応でなかったのは、高校生の最終学年あたりであったか。
年齢と言うよりは、貫禄の問題なのだろう。
上杉などは高校時代から、もう年齢不詳の迫力を持っていた。
正確には彼は、直史の持っている田舎の家父長的成分を、より純化したものを持っていた。
生まれついての上に立つもの。
ただそのステージは変わろうとしている。
純粋に選手としての力や実績なら、直史も大介も上杉に劣るものではない。
だが影響力としては、上杉を優ることはない。
野球の歴史の、一つの時代の終わり。
だがまだ、夢は終わらない。
この巨大な市場を持った競技は、よくも悪くも存在感が大きい。
そこに夢を見る人間がいる限り、夢が絶えることはない。
そして直史がいなくなろうと、大介がいなくなろうと、世界が終わらないのと同じように、野球が消えるわけではない。
ただちょっとだけ、つまらなくなるだけだ。
後のことは、他の誰かがやっていけばいいだろう。
この日、レックスはカップスに敗北している。
カップスはもはやAクラス入りすら絶望的なのだが、その分若手の選手が働いてくるようになっている。
故障者の復帰、そして新たな戦力と、数年先を見据えた育成体制が整っている。
それに応えるだけの人材もだ。
ただそれでも、オーガスが投げて負けたのは痛い。
確実性のあるピッチャーが、いかに少ないかという問題だ。
カップスに負けた理由も、分からないではない。
レックスはやはり、勝ちパターンのピッチャー運用でないと、勝率が下がるからだ。
オーガスは六回まで三失点と、クオリティスタートは保っていた。
そこから同点の場面で、勝ちパターンのピッチャーを使わなかったベンチの判断ミス。
ただ前日にも勝ちパターンのピッチャーを使っているので、ここでは確実に勝てないなら使いにくい、という事情はあったのだろう。
もう九月も中盤に入り、かなり変則的な日程での試合が増えてくる。
レックスの場合、三連戦のカードが残っているのはスターズとのカードのみである。
なので三連戦であればこうする、というパターンも使えなくなっているのだ。
統計の大前提が変わるので、指揮官の采配は直感や経験に頼ったものになる。
その状態で育成型の首脳陣を揃えているというのは、レックスも運が悪いと言えるのだろうか。
ただここで今さら、新たな参謀を入れるわけにもいかないし、それを首脳陣が活かせるかは微妙である。
ただ、直史は自分という人間が、やはりよく分かっていないのだろう。
翌日、直史は投げないが、アウェイでのスターズ戦に、ベンチ入りすることになる。
その前にクラブハウスで、首脳陣に伝えられたのだ。
ローテの翌日以外はともかく、それ以外はベンチに入ってくれと。
レックスのベンチの中で、選手もコーチも含めて、勝たなければいけない試合に、もっともたくさん勝ってきたのは、間違いなく直史である。
それは高校、大学、NPBにMLBと、何度となく頂点に立っていることから明らかである。
付け加えれば、国際大会無敗というのも大きい。
直史は大舞台に、めっぽう強い。
そのくせ普通の試合でも、負けていないというのは事実だ。
直史としては考えなくてはいけない。
ただ首脳陣は、どうやら勘違いしている。
直史はちゃんと休むことまでを含めて、コンディション調整をしているのだ。
休みというのはただ休んでいるのではなく、試合に全力を出すために休んでいるのだ。
「調整のために休んでいる日以外なら」
直史が今年投げているのは、己自身の成績のためである。
それでもこう言ってしまうあたり、家父長制で育った田舎の長男であるらしい。
残る試合、直史が投げるのは、三試合か四試合。
首脳陣が求めているのは、ペナントレースの優勝である。
もちろんその後の日本一も重要だろうが、やはり多くの人間が指摘するように、アドバンテージがなければレックスの日本シリーズ進出は難しいと考えているのだろう。
困ったことにこの認識は、直史も同意なのである。
過去に二度、日本シリーズを制覇している直史。
一人で日本シリーズ四勝という、21世紀では上杉でもやっていないことをやっている。
ただ日本シリーズはともかく、アドバンテージが相手にある状態で、対戦相手がライガースであればさすがに無理だ。
いや、やってみないと分からないのが、野球の本質ではあるのだろうが。
そんな状況になれば、本来はその時点で負けなのだ。
それを個人でひっくり返してきたのが、直史なのである。
大介に長打がほとんど出ない。
しかしライガースは勝っている。
ミート重視とも思えるバッティング。
だがその打球は鋭く、内野の頭のすぐ上を抜いていく。
長打が出ないのでOPSは下がっていくが、必要な時にしっかりとヒットを打っていく。
確実に打点をあげるというのが、バッターとしては重要なことなのだ。
もちろんたった一人で一点を取ってしまう、ホームランも重要なものではある。
レックスよりも試合の消化が早いライガースは、このままなら九月中に全ての試合が終わる。
その最後の二連戦がレックス相手というのが、なんとも皮肉と言うか、むしろ運命的と言おうか。
(けれど、レックスの方はどうなってんだ?)
今まではずっと、目の前の試合に注意していた大介。
しかしここで、さすがにレックスの動きには注意が向いてくる。
それは選手ではなく監督の仕事なのだが、大介としてはやはりベテランとして、優勝を狙っていきたい。
プロ野球選手というのは個人事業主なので、ぶっちゃけるとチームがどれだけ弱くても、自分さえしっかりと評価されていれば、それで問題はない。
だがどれだけ打っても、チームが勝てなければ楽しめない。
大介は自分の成績が、チームの成績につながることに慣れすぎている。
まさに大介が打ったことにより、多くの栄光を掴んできたのだ。
決勝の決勝打を打ったのが大介であったり、試合をひっくり返す一打を打ったりと、まさに逆転サヨナラホームランを打ったり。
直史に唯一の黒星をつけたあの試合も、大介のバッティングによるものだ。
そして逆に、直史に封じられて、多くの試合を負けている。
劇場型の体質というか、英雄体質とでもいうのか。
あまりにも大介はその打棒が、試合の勝敗を決定付けている。
もっともそれを言えば、直史や上杉は、まさにその自分の勝敗がチームの勝敗につながっているのだが。
ライガースはこのままなら、9月28日のレックス戦でレギュラーシーズンが終了。
しかしレックスの方は、10月の3日まで予定が入っている。
ライガースとの二連戦の後に、カップスとの二連戦があり、さらに最後の試合がスターズとの試合となっている。
(これってまさか、優勝出来るかどうか、最後のぎりぎりまで分からないのか?)
今までは比較的、早い段階でペナントレースの優勝が決まっていた。
だが今年はそうはいかない。
ライガースとレックスの試合消化が、五試合も違うというのが、その理由である。
今の勝率はややライガースがまた上になったが、直接対決が四試合も残っているのだ。
(ええと、ナオの先発がここだったから……)
実際テレビを見てみれば、普通に解説者がニュースで言っているのだ。
それを全く見ていないというところが、大介らしいと言うべきか。
直史が次に投げるのは、ほぼタイタンズ戦で間違いない。
そして中五日で投げるなら、ライガース戦の先発となる。
中六日でスターズ戦に投げるかもしれないが。
(そんで次は……スターズ戦だけどここはもう一日空ければ、うちと対戦するわけか)
おそらくレックスの首脳陣は、スターズとの試合よりも、ライガースとの直接対決を重視するだろう。
ここを先発で投げたとしたら、次は最終戦のスターズ戦となるか。
これはここまでに、ペナントレースの結果が出ているかどうかで、投げてくるかどうかは変わってくるだろう。
現在、ライガースは131試合を消化し83勝48敗。
対してレックスは126試合を消化し79勝47敗。
そして残る直接対決が四試合。
直接対決に二試合、直史が投げてくれば、それは勝ち星を計算してくるだろう。
大介としても自分が打ったとして、それでもまだ直史が勝つ、という予感はする。
直史は勝利の女神に愛されている。
ゆったりとした日程で戦える、ライガースの方が有利と言えるか。
しかし残る試合数が多いというのは、それだけ勝率自体は上げていける可能性がある。
重要なのは現在の、負け星の数なのだ。
(直接対決はイーブンだとして……仮にもし、全く勝率に差がなかったとしたら)
ここまでの直接対決では、12勝9敗でレックスがそれなりに有利である。
残る四試合で一度も負けなければ、直接対決の結果はレックスの勝ち越しとなるのだ。
まさか勝敗の数が完全に同じになって、直接対決の差で優勝が決まるというパターン。
逆にそれはないな、と大介は思う。
なぜかというと、直史の投げてくる試合が、あと二回はある可能性が高いのだ。
14勝11敗でレックスが勝ち越すというのは、なんだかあまり劇的ではない。
直史に勝つには、レギュラーシーズンではなくポストシーズンで、状況を作らないといけないだろう。
そのために必要なのは、直史以外のピッチャーを打つこと。
(それにしてもひどいな)
五月まではまだ、ライガースの方がやや有利に戦っている。
しかし七月以降は、レックスが7勝1敗で大きく星は向こうの有利になっているのだ。
思えばレックスとの差も、それぐらいから縮まってきていたか。
行方の見えないペナントレースは、いよいよ佳境に入っている。
直史に投げてもらって、最悪でも残るライガースとの直接対決は、2勝2敗の五分にしないといけない。
そうすればあとは、全力でペナントレースを駆け抜けるだけである。
一番いいのは、決してピッチャーが万全と言えないライガースなので、他のピッチャーで投げる時も、失点を最低限に防いでロースコアで勝つことである。
既に充分な数の敬遠をされている大介であるが、ここからさらにその数は増えていくかもしれない。
特にレックスは、一勝で順位が変わっていくであろうから。
しかし大介が、調子を落としているというのは、どう判断すべきか。
レックスの首脳陣は、大介と対戦しているピッチャーが、かなりフォアボールを少なくしているのに気づいている。
上杉はもちろん、他のピッチャーもある程度勝負している。
そして実際に、大介の長打が出ていない。
もっともセーフティバントや内野安打など、ランナーがほしい場面ではしっかりと、塁に出る動きはしている。
またヒットがほしいところでは、コツンと当てて外野の前に落としている。
大介の場合はこれまで、あまりにも長打が多かったため、どうしても外野は深く守らざるをえない。
そして単打で充分な状況なら、内野はやや前にならざるをえない。
そこの大きく空いたスペースに、簡単に落としてくるわけだ。
長打が出ないというだけで、かなり助かってはいるものだろう。
ただ打線の他の部分が、その得点力をカバーしだした。
ワンマンチームなわけではなかったが、大介に任せればなんとかなる、という打線の甘えがなくなったようだ。
それは大介だけが打っても負けたレックス戦や、大介が打てなくなって負けたスターズ戦を、ライガースの他の選手が重視したということだろう。
派手ではあったが、その勢いのみで勝利を続けていたのは、シーズンの前半が多かった。
半ばを過ぎていくと、段々と対策をされて、レックスに追いつかれたのだ。
そのライガースが変化した。
誤算であったのは、やはり直史と大介の対決であろうか。
勝負を捨てて勝利を得た直史。いや、捨てたわけではないのだろうが。
たとえホームランを打たれても、しっかりと勝ち星は増やしてしまった。
あまりに計算されたその行為に、引くほど驚いた味方がいたのは事実であろう。
ピッチャーの本能に反しているというか、あまりにもプロ野球選手らしくない、確実に試合に勝利していく計算は、大介に違和感を与えたものの、味方の陣営にも変な効果をもたらした。
ライガースは打線と、そして投手陣の意識を改革させることになった。
これはただ直史に抑えられただけではなく、その後に上杉にも抑えられたのも、やはり大きいのだと言えるかもしれない。
何がどう作用するのか、そのあたりが分からない。
直史の大介をどうにかする、というのは成功している。
しかしライガース全体への影響は、むしろ失敗だったのか。
結局あの試合、大介がヒットを三本打った以外は、完全に封じられたのがライガースである。
そこで発奮したのか、もしくは開き直ったのか、ライガース打線は正しい作戦を選んだと言うか、なんと言うか。
つまり直史以外のところでどうにかすればいい、というわけなのだろう。
これがレックスの場合は、シーズン終盤の順位争いや成績争い、若手起用などに上手く対応しきれていない。
直史としてもデータの少ない若手などが相手であると、汎用の攻略法を使うしかないので、ちょっと困るのだが。
最終的なペナントレースの行方を計算するなら、勝利数よりも敗北数を数えておいた方がいい。
どこまで負けても大丈夫なのか、というのは後ろ向きのように思えるかもしれないが、可能性がどれだけ残っているか、それが明らかになるからだ。
ライガースは五試合多く消化していて、そして負け星の数が同じである。
ここからレックスが五連勝しても、まだ勝率は並ぶのみ。
そう考えれば、それがどれだけ難しいか、分かりやすいというものだ。
かつてのレックスであれば、と直史は思う。
樋口が要となっていたあのレックスであれば、五連勝はともかく四連勝を二回、というのは普通に可能であった。
迫水の実力に加え、投手陣の層を考えれば、今のレックスで無理が利くのは直史だけで、その直史は今はまだ壊れるわけにはいかない。
むしろ壊れた方が、哀れみと共に沢村賞が送られるかもしれないが。
直史はここが慎重すぎる。
ただ首脳陣に言われたことは、ある程度考慮しなければいけない。
チーム全体の勝敗というものを、そしてその先にある優勝を意識してしまう。
色々と理屈づけは出来るだろうが、壊れさえしなければ、その分の力を使うのには責任感が理由になるのだろうか。
自分のためにチームを利用しているのは否定しないし、悪いことだとも思わない。
だが借りのようなものは、確かに感じている。
それは一度目の引退の前、たったの二年でMLBに移籍したことも関連している。
もちろんちゃんと事前に、契約はしていたことである。
ただ契約と信用は、また別の話であると直史は考えているのだ。
レックスで、ライガースに勝つ。
もう一度、大介を下す必要がある。
×××
次話「巨人を穿つ矢」
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