第77話 残りの試合数を数えろ

 直史が21勝目を記録した。

 プロ入り一年目が23勝であり、二年目が27勝であったので、おそらく一年目の勝利数は超えるのではないか、と思われる。

 ただ二年目は、あの悲劇がなければおそらく、30勝に達していたはずだ。

 実際にMLB移籍後は、普通にシーズン30勝をクローザーをした年以外毎年達成しているので。

 40歳のブランクから復帰した選手が、こんな数字を残すなど、誰が思っていただろうか。

 ただ今年は、上杉もこの二年を上回る、かなりの数字を残している。

 大介のバッティングも含めて、今年は最も豪華な最後の輝きになるのではないか。

 そんなことを世間では言っている。


 22登板で189イニングを投げた。

 この数字だけなら、珍しいものではない。この数年の沢村賞受賞者と比較しても、珍しい数字ではない。

 だが 21勝 17完投 勝率1.00 奪三振253 防御率0.14

 この数字を見れば沢村賞を取ってもおかしくないどころか、他の誰が取るのだ、という話になる。

 直史の慎重さはもう、病気のレベルと言っていいかもしれない。


 同日、ライガースはカップス相手に敗北を喫している。

 たとえ打線が点を取っても、それ以上に点を取られてしまうという、いつもの敗北のパターンであった。

 直史はあと、四試合の登板予定がある。

 もしも制限をかけることなく、プロ二年目のように中四日や中五日の間隔も混ぜていけば、果たしてどうなっていただろうか。

 もちろん故障を最も恐れる直史は、そんな選択をするはずもなかったのだが。


 現時点で直史は、投手五冠を決定付けている。

 五項目全てにおいて、二位以下を大きく引き離しているのだ。

 唯一奪三振だけは、27奪三振などを何度か行えば、追いつく可能性はある。

 しかし直史もここから三振数を伸ばしていくと考えれば、それは現実的ではないし、そもそも奪三振率は高くても12ぐらいと考えるべきであろう。




 野球は縦社会だと、よく言われる。

 確かにいまだに、他のスポーツと比べてもその傾向は強い。

 ワシの若い頃は、などという言葉がよく使われるものだ。

 ただどのピッチャーにでも、こう尋ねてみればいい。

 貴方は生涯成績で何度のパーフェクトやノーヒットノーランを達成し、沢村賞やサイ・ヤング賞を獲得し、どれだけのタイトルを取ったのですか、と。

 直史は活躍期間が短いだけで、同時代の全ての点において他のピッチャーを上回っている。

 奪三振だけは、上杉や武史に負けている年もあるが。


 そもそも野球に「サトー」などという新たな言葉を生み出してしまっただけでも、その功績というか影響は大きすぎるのだ。

 根本的な話をすれば、そもそも沢村栄治が、戦争の時期に重なったとはいえ、その活動期間はたったの五年であるのだ。

 その間に投手五冠やノーヒットノーラン三回など、輝かしい実績を残しただけに、余計に今も惜しまれている。

 どうも日本人は他の選択を絶った上で、一つのことに打ち込みことを美徳とする傾向がある。

 それゆえに直史の評価も、微妙なものにはなってしまうのだろう。


 ただ直史は選手である間は、まさに聖職者であるかのような、節制とコンディション調整を行っていた。

 その点に注目すれば、やはりピッチャーとしては一つの境地に達していると言っていいのだろう。

 同時代に傑出したピッチャーが他にいて、それを相手にして伝説を残したからこそ、やはり野球殿堂入りしてもいいのだ。




「うん、そうだな。ああ、分かった」

 直史は夕方になれば、千葉のマンションに電話をかける。

 瑞希に今日は何があったか、ということを尋ねるのだ。

 遠征や自分の登板で、これがメールになることもある。

 ただ家族のことは、ずっと気にかけている。


 もう認めてもいい。自分には何か、才能と単純に呼んでしまってはいけない、野球に対する何かの力が働いている。

 それがこうやって、プロの世界に誘い、そして引き戻すこととなった。

 この呪いのようなものに似た何かは、しかし栄光をもたらしてはくれた。

 おそらく肘を故障した、あの時にはその呪いは解けたのだろう。

 しかしこうやって戻ってみれば、やはり悪魔のような記録を樹立している。


 いったいなぜこんなことが、自分に起こっているのか。

 単純な天才だけなら、上杉がいればそれでいいだろう。

 またバッティングに関しては、まさに大介が世界的な記録を残した。

 ホームランの数はNPBではまだ634本と、記録には遠い。

 だがこれがMLBと合わせると、1500本に到達しているのだ。


 違うリーグでの記録を合わせることに、文句を言う狭量な人間はいる。

 だが大介は12年間のMLB生活で、876本のホームランを打ったのだ。

 シーズン記録も更新し、ホームランと盗塁で800オーバーという伝説も真っ青な記録を作った。

 このまさに野球に愛された大介の前に、試練のように立ちふさがるのが直史だ。

 いったいどちらが主役で、どちらがライバルであるのか。

 勝っている数は直史の方が上だが、物語は最後に勝った者が勝者であるのだ。




 個人の勝敗が、そのままチームの勝敗につながるわけではない。

 それが通用したのは、高校野球までだな、と直史は思っている。

 大学野球はそもそも興味がなかったし、国際大会は球数制限が無駄に存在する。

 個人競技であれば、まだしもはっきりと評価はされただろう。

 しかし二人は対決こそするものの、ピッチャーとバッターとしてそれぞれ評価されるのだ。

 どちらも、歴史上唯一の存在に近い。

 直史は実働期間の短さから、上杉の伝説には及ばないが、短いがゆえに鮮烈であるとも言えるのだ。


 大介には申し訳ないことをした、と何度目かの罪悪感に囚われる。

 もちろん帰国を決めたのは大介で、これが最後の対決になるかもしれないことは確かで、実際に勝負してある程度は直史が勝っている。

 しかし今の直史は、限界を突破してしまうような、あの全力は出せていない。

 壊れるわけにはいかない、という制限がかかっているからだ。


 沢村賞が確定すれば、壊れてもいい、というぐらいの気持ちで投げられる。

 逆に言えばそれまでは、直史はあらゆる手段を使いながら、ひたすら勝利を積み重ねるしかない。

 問題は沢村賞の選考と決定が、いつ行われるか定まっていないということだ。

 過去にはレギュラーシーズンの終了直後にあったが、最近はもう少し後になっている。

 考えたくはないが、今年条件を達成できなければ、来年もう一度挑戦、ということもあるのだ。

(取れるはずだけどなあ)

 命がかかっていれば、確率が1%上下するとしても、慎重を期さなければいけない。

 それは当然のことである。


 簡単に勝ち星などを見れば、20勝に到達するかもしれないピッチャーはいる。

 ただそれでも、直史は既に21勝している。

 そしてそれ以外の項目では、登板数とイニング数以外は他者の追随を許さない。

 直史が自爆して故障し、登板できなくなりイニング数が足りなくても、おそらくは選ばれるはずである。

 その「おそらく」で済ませてしまうことが、直史には出来ないのだ。




 パーフェクトの達成は、おそらく出来ない。

 限界までの力を出していない今、都合よく出来ることはないだろう。

 そもそもここまで、パーフェクトになってもおかしくない試合が、ぎりぎりで何度も不成立となっている。

 直史は運命論者ではないが、それでもおかしな力が作用しているのを感じる。

 野球の神様の仕業だろう。それならなんとなく分かる。直史は神社には普通に参る、神道肯定派であるからだ。

 野球にも神様がいてもおかしくない。


 沢村賞とシーズンMVP、達成の難易度を考える。

 沢村賞は一人、シーズンMVPは両リーグに一人ずつ。

 ただセ・リーグには大介がいる。

 ここでシーズンMVPの条件について、もう一度確認してみた。

 これは完全な規定があるわけではないが、過去の事例からある程度は推測できる。


 ほぼ100%三冠王の他、打撃タイトルを独占する大介。

 チームがペナントレースを制したら、当然ながらMVPに選ばれるだろう。

 直史の記録も凄まじいが、チームに対する貢献度を考えれば、ピッチャーとバッターで比較するのは難しい。

 なので優勝するチームにいた選手、というように選ばれるだろう。


 ここでペナントレースを制しながら、クライマックスシリーズで逆転されたらどうなるのか、という問題がある。

 なんとその場合、ペナントレースを制した選手に、MVPが選ばれるというのが慣例になっている。

 つまりペナントレースを制すること、それが今年はMVPの条件になっているわけなのだ。

 そして今、ペナントレースはライガース有利に展開している。




 大介はシーズンMVPなど、どうでもいいと考えていた。

 ただ自分か直史、チームの優勝した方が選ばれるだろうな、というぐらいには思っていた。

 どちらかというとセは野手が選ばれやすい傾向にあるが、直史の今年の成績からすれば、自分とどちらかを選ぶか迷うだろう。

 ならばチームが優勝した方が、と考えるのは自然だ。


 大介は直史の、達成しなければいけない条件を知っている。

 だがMVPも沢村賞も、大介の影響で左右されるものではない。

 選ぶのは、選考委員や記者であるのだ。

 そして選ばれやすいのはどちらか、おそらく自分だろうな、と思ってはいる。


 直史は本人がどういうつもりかはともかく、NPBの重鎮や権威の顔を潰すようなことをしている。

 大介もちょっとしたスキャンダルからMLBに行ったが、そもそもキャリアの最後は日本で送ると、宣言してからのFA移籍であった。

 直史の場合は、本人は本当にプロに来るつもりはなかったし、復帰も本人の意思ではない。

 ただそんな理由を説明するわけにもいかないし、説明すれば逆効果であるかもしれない。


 だから沢村賞を取ってほしい。

 むしろ今年の直史が取れなければ、それは異常であると言うしかない。

 しかしポストシーズンは、果たしてどうなるものなのか。

 直史が投げたとしても、ライガースにアドバンテージがあれば、他のピッチャーを打ち崩すことが出来る。

 今のレックスには武史も、金原も佐竹もいないのだ。




 九月に入ってようやく、ライガースは甲子園に戻ってくる。

 左中間と右中間の広いこの球場は、センターまでの長さや左右のポールまでの長さからは想像しづらいが、風の影響もあってホームランが出にくい。

 そこをホームにして九年連続でホームラン王になっていた大介であるが、九月に入った時点で残りは20試合。

 その多くがホームの試合であるため、本来ならホームランの数は伸びていかない。


 大介としても別に、ホームラン王にこだわっているわけではない。

 普通にベストを目指していると、結果がついてくるというだけである。

 考えているのは常に、ボールを最も強い力で叩くということ。

 アッパースイングを上手く使えていれば、場外ホームランはもっと増えていたであろう。

 ただバックスクリーンビジョン破壊弾は、少なくなっていただろうが。


 九月の初戦は、カップスとのカード、残り一試合であった。

 この試合をライガースは、大介の打撃が微妙であったこともあり、落としてしまう。

 ホームランの60本目を期待されて、それがプレッシャーとなった、などというわけではない。

 バッティングにはどうしても、その日によって好調と不調の波がある。

 大介にしても数試合、打てなかった時期もあれば、連続で打っていくという時期もあるのだ。


 そもそも大介の場合、単打よりもホームランの方が多いという、異常なバッターなのだ。 

 そのくせ打率も四割近く、それなのに打点は微妙に伸びていない。

 三冠王を確実としながら、伸びていないもないという意見もあるだろうが。

(あと19試合か)

 去年、MLBでは160試合に出ていながら、61本しかホームランを打っていなかった。

 もちろん試合数と打数の関係が、どうであるかという問題はある。




 久しぶりの日本で、ライガースでのシーズン。

 思えば大介は、最後のシーズンでライガースを優勝に持っていくことが出来なかった。

 もちろん野球はチームスポーツなので、大介一人に問題があるわけではない。

 むしろあの年、大介は多くの部門でキャリアハイを残し、それはNPB記録としていまだに残っていると言うか、更新されるとも思えないと思われていた。

 今年いくつか、大介が今の時点で更新しているが。

 176得点は今年、今の時点で既に、179得点で更新。

 72ホームランはいまだに更新される気配を見せない。

 179四球というのは、やはり今年既に今の時点で更新されてしまった。


 本当は今の大介相手なら、勝負した方がいいのかもしれない、と統計では出る。

 それは打率はともかく、出塁率とOPSの数字から読み取れるのだ。

 もっとも大介は、ボール球でも打てるなら打ってしまうため、特注の重いバットを使っている。

 そのあたりの事情も考えなければ、勝負するのが正解かどうかは、答えられないと思う。

 大介に勝っている直史や上杉は、結局大介に打たれても、他のバッターを封じて試合には勝っているのだから。


 敬遠を含む四球で、歩かされるのは悲しい。

 もちろんそれは作戦だとは分かるのだが、せめてレギュラーシーズンでは、各チームのエース級なら勝負して来い、と思うのだ。

 実際は逆に、ポストシーズンでこそエースが意地を見せてくるのが、MLBの舞台であった。

 またNPBでも短期決戦となると、士気を維持するために大介を叩こう、という作戦を採用する指揮官はいたものだ。

 優勝したいのなら、確かに大介にとっても、ポストシーズンで対決してもらう方がありがたい。

 その結果は、3近いOPSという結果が証明してくれている。




 カップスの次の対戦は、タイタンズを同じく甲子園に迎えてのものとなる。

 この時期になってくると、そろそろポストシーズンに向けてある程度の無理をしてくるチームもある。

 具体的にはアドバンテージを取れるペナントレース制覇と、ポストシーズン進出のAクラス入りを決める三位争いだ。

 今のところライガース、レックス、タイタンズという並びになっている。

 この中で一番、争いが激しいのはタイタンズと四位のスターズのものだ。


 スターズはポストシーズンに進出出来れば、上杉の力でほぼ確実に一勝は出来る。

 同じことはレックスにも言えるのだが。

 そして直史と上杉が激突した場合、両者無得点となる可能性はかなり高い。

 ただ二人とも、延長を投げきるほどの耐久力が、いまだに残っているのか。

 30歳前であった、あの頃とは違うのだ。


 ライガースは正面から対決するなら、タイタンズが相手であることが一番楽である。

 チーム力のバランスは確かにいいが、直史や上杉のような人外エースはいないのだ。

 今年の上杉はまさに、かつての輝きに近いものを取り戻している。

 ロウソクの最後の輝きでなければいいのだが。

 それでも上杉はもう、出来るだけのことは全てやってしまったと言っていいだろう。

 対戦相手のどこにどれだけの戦力を注ぎ込むか、首脳陣が深く考える季節になってきた。

 大介としてはひたすら、目の前の相手を打って行くだけであるが。

(でも、ナオとは対戦するだろうな)

 それは予感ではなく確信であった。




 タイタンズ戦はライガースのピッチャーの強いところが当たったということもあり、試合自体はかなりライガースが優位の第一戦と第二戦であった。 

 それでもタイタンズも得点力が高いので、逆転されて慌てる場面もあったが。

 こういう時にライガースには、絶対的なエースのいない不安感がある。

 かつての柳本、山田に真田といったレベルに、畑や津傘は達していない。

 ただ今は、絶対的エースと呼べるのはそれぞれのチームに一人もいないぐらいの割合だ。


 早ければ25歳でMLBに行ってしまう、というのも理由の一つではあるだろう。

 実際にその年齢でMLBにやってきた日本人投手を、大介は去年まで粉砕して世の中の厳しさを教えていた側であったのだ。

 昔のピッチャーは凄かったと言うより、上杉から数年の間のピッチャーが、大きな影響を受けたと考えるべきなのか。

 音楽のスタイルでもあるまいし、フォロワーが誕生するようなものでもないはずなのだが。


 結局言えるのは、上杉から武史までの年代が、一番おかしかったということだ。

 事実としてこの四年間に、200勝投手やサイ・ヤング賞投手が集中している。

 真田などは200勝したが、タイトルは取れていない。ちなみにこっそり大原は取っている。

 上杉や武史、そして直史の活躍と時期が重なったのが、本当に不幸なのである。

 それでも名投手としての名は残り、大介としてもあるいは上杉や直史以上に、戦いにくかったピッチャーだという認識はある。




 そのタイタンズ戦、大介は60号と61号のホームランを打っている。

 なおカップス戦から、四試合連続でツーベースヒットを打つという、奇妙なこともやっていたりした。

 とにかくバットコントロールが、完全に日本の野球にアジャスト出来てきた、ということだろうか。

 打球はほとんど外野の頭を越える勢いを持つ。

 軌道が低ければ、上手くキャッチされてしまうこともあるが。


 ともあれこの61本目で、去年のMLBでの記録とは並んだ。

 衰えてきたからNPBに戻ってきたというのは、ちょっと無理のある理屈である。

 ただ今年のライガースは、とにかく出塁数が多いため、二番になった大介に、多くの打席が回ってきているというのはある。

 そのためフォアボールの数が200になってしまっても、打点やホームランは増えているのだ。

 これは以前のライガースにも言えたことで、チーム全体の打撃力が高いため、大介も打撃成績を伸ばせるというのはある。

 ただ打率やOPSを見れば、もちろん大介の傑出度は明らかである。


 そしてタイタンズ戦で勝ち越したライガースは、ついにレックスとの首位攻防二連戦を迎える。

 もっとも第一試合はともかく、第二試合にも直史が出てくるのかどうか、それは微妙なところであろう。

 出てくるなら中五日、出てこないなら次の試合は中七日になるのだ。

 チームの優勝を考えるなら、かつてのMLBのように、中四日と中五日を組み合わせたローテーションもしてくるだろう。

 今の直史は、チームの優勝にはさほどどころか、全く関心を持っていないだろうが。


 第一戦は三島が投げてくるので、ここも甘く見てはいられない。

 だが第二戦は、ローテ通りなら青砥だ。

 青砥はこの間、少しローテの間を空けて休んだ。

 なので直史を投入するなら、この第二戦しかないと思う。

 ただここで二つ勝っても、まだレックスが逆転とまではいかない。

 いわゆるマジックは、一応点灯するのだが。




 レックスとライガースの首位攻防戦の行方は、どちらかが連勝したとしても、それで完全に逆転とは言えない状況だ。

 それはもちろん、消化試合数に差がある、というのが理由である。

 勝ち星で言えばライガースは82勝で、レックスは77勝。

 だが負け星は45敗と同じであるのだ。


 レックスが連勝しても、まだ残りの直接対決がある。

 そこでどちらかが連勝しても、他のチームとの試合はある。

 ライガースが直史を打てれば、話は早い。

 しかし直史は、大介には確かに打たれたが、試合自体には勝利している。

 むしろ負けたのは、途中で無失点のまま降板した試合だけだ。

 世界一の強打者であっても、一人では試合には勝てない。


 どちらのチームも首脳陣は、胃を痛めながら今後の展開を考えている。

 特にレックスは、投手運用に気を遣っている。

 直史をどういう間隔で投げさせるかも重要であるが、リリーフ陣の運用も問題であるのだ。

 直史のおかげで、またここからは試合間隔が空くこともあるため、リリーフ陣の酷使はあまりないだろう。

 ただビハインド展開の場合、どうやって対応するのかを考えないといけない。


 先発が仕事をして、そのリードを守るという基本方針は、確かにこれまでは守るべき教条であった。

 だがここからは、それを崩してでも勝っていかなければライガースには追いつけない。

 ライガースに確実に勝てるのは、直史だけ。

 そんな状況であれば、さすがに試合には勝ったとしても、他の試合で負けてしまって結局は勝ち抜けない。

 ペナントレースの制覇が、やはり日本シリーズへの鍵となりそうである。




 直史はかつてのポストシーズンを思い出す。

 二年目はともかく、一年目は苦戦したものだ。

 クライマックスシリーズも大介のせいで直史と武史意外は、ファイナルステージを勝てなかった。

 アドバンテージがなければ、かなり苦しかっただろう。

 もっともその後の日本シリーズは、武史の離脱もあってより苦しかった。

 たった一人で四勝し、しかも三試合を完投完封。

 第七戦などパーフェクトに抑えてしまって、あれが直史の日本での完成だったと言えよう。

 二年目は大介の移籍、上杉の離脱があったため、途中で武史の離脱はレギュラーシーズンであったが、ポストシーズンはむしろ楽であった。


 いや、二年目は精神的に辛かったが。

 彼女があんなに早く死ぬとは、直史でさえ思っていなかった。

 しかも突然すぎる死に、報道の加熱と椿の怪我、また桜の出産など、とにかく何もかもが重なりすぎた。

 ただあの時の経験で、直史は自分がメンタルに関係なく、最適のピッチングが出来る人間だと確信を持ったのだが。


 ペナントレースを制しなければ、おそらく今の投手陣の層では、ライガースの打線との殴り合いに負ける。

 六試合連続で行われる試合、そのうちの四試合を勝たなければいけない。

 あるいは三試合を勝利し、二試合を引き分けるか。

 延長だとしても12回までしかないとはいえ、それが苦しいことは明らかだ。


 現実的に考えれば、直史は二試合に投げて、一試合にリリーフするぐらいが精一杯。

 これがアドバンテージを持った状態であれば、可能な範囲だとは思える。

 大介との勝負を上手く回避すれば、直史以外でもなんとかなるかもしれない。

 ただここまで200回以上もフォアボールか申告敬遠で塁に出ている大介を、ポストシーズンでまで安易に敬遠することは、味方のファンでさえ許さないかもしれない。

 やはりペナントレース制覇は大前提か。




 直史はある程度、その意思を確認されていた。

 主に親しい間柄ということで、豊田から。

 確かに出身も同じで、共に日本一を目指したものだが、現役時代は二年間しかチームメイトでなかったし、そこまで親しくもなかったのだが。

 直史はなにしろ、ほとんどを完投してしまうため、リリーフ陣の助けがあまり必要なかった。

 そのあたり完全に、良くも悪くも浮いていたと言える。


 第二戦に投げるなら、予告先発のために早く決めなければいけない。

 普通ならここでローテを崩さない直史であるが、ここは終盤の日程のずれがあるため、中五日で投げないと一日休みを挟んで、中七日で投げることになるのだ。

 前のタイタンズ戦は、100球も投げていないため、特に疲労は残っていない。

 また味方がそれなりに点を取ってくれたので、その意味でもある程度の楽はしている。


 試合に出るべきか、それとも安全に余裕を持っておくべきか。

 相手は大介なのであるから、確実に勝てるとも言えない。

(ただ、この選択はやっぱり運命なのかな)

 柄にもないことを直史は考えているが、困難を避けていては、その先にあるものは得ることが出来ないのではないかと思っている。


 豊田に対して、中五日で投げることを承諾した。

 ただこうなると、その後のローテもどんどんと変わっていくこととなる。

 終盤にかかって、日程がかなり不規則になってくるのだ。

 九月は五試合、先発の予定だった直史である。

 ただ本当の終盤に、ライガースとの直接対決がある。

 あるいは状況次第で、中四日でそこに投げてもらう必要が出てくるかもしれない。

 九月の六試合目の先発登板である。




 直史は登板間隔についても、ちゃんと理解している。

 対戦相手は、ライガース、タイタンズ、スターズ、ライガースまではおそらく決まりであろう。

 よりにもよって、という対戦相手ばかりであるが、スターズに関しては上杉の登板と当たるかどうかで、勝利の難易度は明らかに変わる。

 考えたくはないが、たった一つの勝敗で順位が変わるとすれば、142試合目のライガース戦で中四日で投げる可能性すらある。


 考えなければいけないのは、その後のポストシーズンのこともだ。

 チームの人間には言えないが、直史の目標は優勝ではない。

 あくまでもエゴを通して、シーズンMVPか沢村賞を狙っている。

 ただ自分がいくら頑張ってペナントレースを制したとしても、それでもまだレックスはライガースに対して不利だと思う。

 短期決戦なので、ライガースを二位に落とせば、ファーストステージで敗退してくれる可能性もないではないが。


 レギュラーシーズンの終了からポストシーズンの開始までは、一応そこそこの日程が空いている予定である。

 もっともこちらも、また天候などで変更はあるかもしれないが。

 MLBでは完全に順位が決まれば、残りの試合を行わないということもあった。

 しかしNPBの場合は、確実に143試合を終わらせる。

 MLBは単純に、日程を詰め込みすぎているため、全試合を確実に終わらせる保障が出来ないからである。

(目標はあくまで、沢村賞)

 故障をして変なケチがつくことだけは避けなければいけない。

 だが下手に障害を回避してばかりであると、逆に障害が増えそうな気もしている直史であった。

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