第71話 灼熱の日々

 百目鬼が見事に勝利した翌日、レックスはリリーフデーでフェニックスとの第二戦を行う。

 しかしながらこの日の先発は普段リリーフをしているということもあり、立ち上がりに苦戦。

 先制点を取られたところから、レックスは後手後手に回ってしまう。

 レックスの試合は基本的に、先行逃げ切りとでも呼ぶべき戦略を取っている。

 途中で追いつかれたら、そこから勝てるリリーフを使うことは少ない。

 このシーズンはここまで、それでなんとかなってきた。

 だがどこかでスパートはかけるべきであろう。


 優勝を狙える位置にいて、戦力もある。

 ここで来年以降に備えて、育成に力をかける、などという方針を取るはずもない。

 今年のレックスが強いのは、直史がいるからだ。

 純粋に直史は、投げる試合を全て勝っている。

 また同時にイニングイーターであるところも、貢献度は高い。

 ただ直史に足りないのは、チーム全体を引っ張る勢いだ。

 年齢から考えると仕方がないのかもしれないが、それに加えてリーダーシップもあまりない個人主義者だ。


 リリーフ陣の中では、かなり評価が高い。

 それは直史のコーチとしての力が、かなりしっかりしているからだ。

 なんといってもMLBで、五年間も投げてきたのだ。

 完全に主力となって、チームをワールドチャンピオンに導いた。

 年間無敗をNPBだけではなくMLBでも続けたのだ。


 その技術はあまりにも高い。

 だがビデオによる映像解析から、より高度なピッチングをするためのアドバイス。

 このアドバイスの引き出しが多い。

 ただ本人基準では普通のことが、大半のピッチャーには出来ない。

 それでも何かをつかもうとするリリーフ陣は多い。

 自分がセットアッパーなどのリリーフ経験が多いからというわけではないが、豊田も強いチームには、厚いリリーフ陣が欠かせないと思っている。

 今のレックスに必要なのは、ビハインドの試合でも逆転するまで、粘り強く投げられるリリーフだ。

 もちろんそんなもの、そうそういるはずもない。




 フェニックスとの第三戦は、レックスがオーガスの先発でスタートする。

 この試合はフェニックスの守備が粘り強かった。

 最下位のカップスは、一時期の負傷者続出状態から、若手の台頭と負傷者の復帰が、スムーズにいっていない。

 若手で結果を出している選手を、そのまま使うというのは難しい。

 実績のある選手は、その実績ゆえに高い年俸ももらっている。

 チーム内で競争があること自体は、悪くないはずなのだが。


 今年のカップスはもう、来年のチームを見据えた展開に入っていると思える。

 対してフェニックスは、とにかくリリーフ陣が厚くなってきた。

 全てのチームがそうそう、都合よくチームの戦力を充実させられるわけもない。

 スターズは上杉の影響力が、さすがにもう落ちてきた。

 ただ上杉と一緒にプレイしたいという選手もいれば、上杉と対決したいという選手もいたのがかつてのNPBだ。

 しかし今は、レックスとライガースが、投打の極みに立っている。


 上杉の時代が終わろうとしている。

 しかし直史と大介も、それほど長くプレイすることはないだろう。

 次世代の力は、どこにいるのか。

 その答えの一つが、今の夏の甲子園では成されている。


 恐怖の一年生四番、とまでは言われていないが、打つべきところで必ず打つ。

 かつての樋口がやっていたようなバッティングを、さらに先鋭化させたようなバッティング。

 神崎司朗を擁する帝都一が、甲子園を勝ち抜いているのだ。

 ホームランこそさすがに、まだ二本しか打っていない。

 ただし打率は甲子園で六割を超え、さらに得点圏打率は高く、決勝打を打つことが多い。

 まだ一年生ではあるが、プロからの注目を熱く受けていた。




 レックスはフェニックスとの三連戦を、勝ち越して終えた。

 そして同じ日のカードで、ライガースはタイタンズを相手に勝ち越してカードを終えた。

 大介は八月に入ってから、打率は0.441で通算でも0.395と上げてきた。

 かつてのことを思えば、打率が四割に達してもおかしくはない。

 ただし40歳のこの年齢で、それを達成しているのだ。

 常識ではありえないことだろう。


 また大介自身は、ここまで五試合連続のホームラン。

 八月はホームランが一番多く、次が二塁打でその次が単打。

 三塁打が一つもないという、かなり偏った成績になっている。

 残り40試合を切っていて、とても200安打には達しそうにない。

 ただフォアボールで歩いた分を単打としていいなら、大介は既に300安打に達している。


 完全に直史に抑えられた影響は、一試合だけでどうにかなった。

 ただレックスの首脳陣は、直史ならば大介が相手でも、どうにか抑えられることを確信したであろう。

 スケジュールを長期的に見て、どうにか動かしてくる可能性は高い。

 シーズン終盤に、一試合の勝敗で順位が入れ替わる。

 そこに直史が出てきたら、大介はともかく他のバッターは萎縮するだろう。

 そしてそれをきっかけに、ライガース打線が不調に陥ったら。

(俺が打つしかないか)

 そう決意する大介であった。




 夏は甲子園を経験した元高校球児にとっては、特別な季節である。

 それはプロになっても変わらず、むしろ年を重ねて子供が成長してくれば、それを自分の過去と照らし合わせて、より懐かしく感じるようになる者もいる。

 今年は武史の息子の司朗が甲子園に出た。

 父親である武史は、一人寂しくアメリカへ単身赴任中であるが。

 来年はおそらく、昇馬があの舞台に立つ。

 もっともさすがに、一人では千葉県は勝ちあがれないだろうが。


 直史自身は、真琴が男子に混じって高校野球をすることを、内心では心配している。

 彼女に対しては女子の高校野球強豪校から、それなりに誘いがあるのだ。

 ただし埼玉の学校だけに、寮暮らしとなるのは決まっているが。

 今は女子も、決勝戦は甲子園で出来る時代だ。

 しかし真琴自身は、昇馬と同じ学校に、つまり白富東に行くと言っている。


 真琴が父親の愛情を疑っているのは、残念ながら確かなことだ。

 直史はここまで野球に関しては器用であるのに、どうして子供たちとの関係性には不器用であるのか。

 もっとも直史でなくとも、今の状況は酷であろう。

 命と心を天秤にかけたら、普通は命の方を重視する。

 それに今、直史は自分にしか出来ないことをしているのだ。

 他に不器用であるからこそ、野球には無限の力を出せるのかもしれない。


 父親は外で仕事をしながらも、戻ってきてはその背中を見せる。

 直史もやろうと思えば、出来なくはないのだ。

 だが今は全ての雑念を捨てて、勝利のために自分自身の全身全霊をかけている。

 もっと自由にやれれば、直史もそうしていたであろう。

 しかし明史の出した条件は、子供が自分の命を賭けるにしては、親にとって挑戦するべきことではあったのだ。

 今年の夏は、プロ入り後の夏の中では、一番熱い夏になっている。

 大介との対決が実現するというのも、NPBならではと言えるだろう。

 かつては同じチームで、同じ頂点を目指していた二人が、今度は競い合っている。

 これが、夏だ。




 直史が一人、ライガース戦での消耗から回復し、調整をしているその時。

 大介はもう一つの対決に向おうとしていた。

 対スターズ三連戦。

 その初戦に、上杉が投げてくる。

 そもそも大介をプロに導いたのは、この男であった。

 いや、後の世への影響力を考えれば、他の誰よりも上杉は大きいと言っていいだろう。

 もちろん直史よりも、そして大介よりも。


 今季の上杉は、全盛期の輝きを取り戻しているわけではないが、その数字はまた素晴らしい。

 14勝2敗という、例年であれば沢村賞のペース。

 ただほんのわずかに、ローテを飛ばしていることがある。

 チームの戦力を考えれば、タイタンズとの三位争いをしているのは、やはり上杉の影響力のおかげと言えるだろう。

 その上杉との対決、大介はかつてほどの脅威を感じてはいない。

 もちろん以前と同じく、トップレベルのピッチャーであるとは思う。

 だが魂を燃焼しつくして、それで勝とうというものではなくなっている。


 上杉が衰えたというのは確かだが、それ以上にスタイルが変わっている。

 かつての上杉は己のスタイルで勝負し、その力でチームを引っ張っていた。

 だが今の上杉は、チームのために勝つことを最重視している。

 その技術を身に付けるため、過去の二年は少し成績を落としたと言えるのかもしれない。

 もちろん純粋に考えて、衰えから技巧を磨いたとも言える。

 それは仕方のないことだが、それを寂しく感じるのも確かなのだ。


 上杉は多くの記録を更新した。

 故障がなければあるいは、500勝も可能であったかもしれない。

 だが絶対不可能と言われた400勝を更新したのだ。

 さらに勝率や防御率などは、直史などの短期間の活躍をした選手を別とすれば、ほぼ全てがNPB記録を更新している。




 NPBはそろそろ、上杉に頼っていてはいけない。

 新しいスターが必要で、それがかつてのスーパースターの子供たちだというなら、それはそれで新たな伝説となるだろう。

 ただ大介は司朗はともかく、昇馬はおとなしくそんなレッテルを貼られる人間ではないと思っているが。

 あれはもし野球をするならば、いきなり高卒からMLBに行ってしまうようなタイプだ。

 それこそ高校を中退という形にしてしまってでも。


 大介にさえ理解出来ないが、昇馬はその活動の枠を野球はおろか、スポーツに限定しているわけではない。

 あるいはシーズンの違いを利用して、NBAとMLBの両方をやってしまおうとするような。

 過去には確かに、他の四大スポーツのドラフトにかかったという選手もいるのだ。

 そのあたりアメリカの社会は、チャレンジに対して寛容である。

 

 大介は息子の選択には、全く口を挟まない。

 その生き方が人様に迷惑をかけないのであれば、それは親が止めるようなものではない。

 もちろん息子と一緒に野球をやってみたいという気持ちはあるが、一緒にプレイするだけならば、別にプロにこだわる必要はないのだ。

 白石家の空気は、まさにフリーダムであるのだった。

 大介ではなく、むしろツインズの手によって。




 暑く、そして熱い季節。

 日中は練習が終われば、テレビで甲子園を見ることもある。

 そんな日も終わるのが、この時期である。

 上杉は移動日のこの日、決勝戦を見ていた。

 久しぶりに甲子園に大スターが誕生、というのが今年のシナリオであろうか。

 だが一年からこの栄冠をつかめるというのは、結局自分では手が届かなかった上杉には羨ましい。


 帝都一と名徳の名門同士の試合は、最後の夏に栄冠を掴もうとするピッチャーと、初の甲子園で鮮烈なデビューをしたバッターの対決が、戦前の話題となっていた。

 ただこの一年生四番については、どうもマスコミの食いつき方がおかしいと言うか、マスコミ対策が妙にしっかりしていて、素性が謎めいている。

 もっとも上杉の場合、妻が彼の母親と親友であるので、普通に分かっているのだが。


 予選の試合もここまでの甲子園の試合も見たが、このバッターの勝負強さは異常だ。

 まだ線が細いとも言えるが、それでも甲子園で二本スタンドに放り込んで、打点を稼ぎまくっている。

 長打が少ないというわけではなく、ケースバッティングが滅法上手いのだ。

(プロに来るのは、最短でもあと三年)

 さすがにそれまで、現役でいるのは難しいと考える上杉だ。


 上杉にも息子はいるが、長男は生まれつき肩が弱く、野球をそもそも選択しなかった。

 ただ両親譲りの身体能力はあるので、柔道などをやっている。

 野球と柔道の親和性は、ドカベン時代から存在する。

 体格が同世代の中では飛び抜けているので、オリンピックの金メダルなどを期待されていたりする。

 次男は野球をやっているが、こちらは来年に高校に入学する。

 地元神奈川の強豪に進学予定であり、一応はピッチャーもするがそれよりはバッティングの方が得意という、不思議な才能の継承となっている。


 子供に親の才能が、そのまま受け継がれるわけではない。

 また直史の子供たちは、上の二人は心臓に疾患を抱えていた。

 それを思えば五体満足で生まれて、たくましく育ってくれているだけ、親としては望ましいものである。


 甲子園の決勝は、司朗の三打数三安打三打点により、帝都一が終盤にリード。

 そのままリードを保ち、優勝を果たす。

 久しぶりの帝都一の全国制覇であるが、ジンにとっては監督として、これで五度目の甲子園優勝。

 まだ40歳という年齢を考えれば、史上最高の名将と呼ばれるようになる可能性もある。

 また司朗のことを考えると、ここからあと四回の甲子園の出場機会。

 ピッチャーとしても試合で投げているため、帝都一の黄金時代を作るのではないか、などとも言われている。


 周囲から期待をかけられるのは辛い。

 上杉でさえそれは、はっきりと分かっていた。

 結局上杉は、一度も甲子園を制覇することは出来なかった。

 そもそも上杉以外の戦力が貧弱であった、という絶望的な事実はあるが。

 それでも卒業の翌年、正也と樋口が奮起して、幸運もあったが新潟に初めての優勝旗をもたらした。

 あれは兄として誇らしく思ったものだ。

(これが、次の世代なのか)

 まさに自分が古い世代として、象徴的に存在する。

 引退に向けて最後の力を振り絞る決意の上杉。

 大介との対決でそれが終わるなら、それはそれで美しい最後になるだろう。

 勝ったとしても、負けたとしても。




 甲子園の決勝が終わった翌日、大阪ドームでスターズと対戦をする。

 甲子園が終わったのだから使わせてくれとも思うのだが、高校野球仕様にしていた球場のメンテナンスなどに、それなりの時間がかかるのだ。

 大介もそれなりに甲子園は見ていたが、まさかこんな結果になるとは思っていなかった。

 同じバッターとして、司朗には確かに才能があるな、とは思った。

 ただそれは身体的な素質よりもむしろ、読み合いが上手いように思えた。


 大介も読み合いが苦手なわけではないが、司朗は集中した時、あるいは集中すべき時には、間違いなくゾーンに入っている。

 ただ司朗のその集中の仕方は、スポーツ選手のそれではなく、むしろ芸術家か何かのような異質さを感じさせる。

 一年生四番ということもあり、またホームランがとんでもなく多いというわけでもなかったため、比較的勝負してもらったのが勝因だろう。

 大介などは勝負してもらうため、というわけでもないが、最後の一年は金属バットを手放したのだから。


 高校野球はエースが強くないと勝てない。

 ここでも分業制が入ってきているが、そもそも高校野球はチームの数が多すぎる。

 帝都一のエースも悪くはなかったが、それほど傑出していたとは言いにくい。

 なにせ決勝までには、司朗が四番ピッチャーという試合もあったのだから。

 ただ選手としての適性は、間違いなくバッターとしての方が高い。

 もっとも一年の夏に140km/hをなげているのだから、今後の成長に期待するところではあるのだろうが。

 昇馬は一歳年下だが、150km/hをもう投げているのだから。

「ま、来年以降のお楽しみはそれとして、今年はもうプロ野球だ」

 大介はマンションでそう呟いて、明日の準備にかかるのだった。




 甲子園の熱気が、こちらに移ってきたようだ。

 大阪ドームにて、ライガースとスターズの対決。

 予告先発によって、上杉が投げることは分かっていた。

 この数年、やや登板数を減らしていた上杉。

 それでも連続二桁勝利は10年であり、今年はさらに11年へと伸ばした。

 故障からの治療とリハビリの二年を除けば、22年間二桁勝利をしている。

 なおリハビリの期間のはずなのに、63セーブを海の向こうで上げていたりする。


 まさに鉄腕と呼ぶに相応しい不死身のピッチャーであり、さすがに衰えたかと思われたここ二年に比べ、勝ち星も両リーグ通じて直史に次ぐ14勝となっている。

 ちなみにそのすぐ後ろにいるのは、レックスの三島とオーガスであるが、これはレックスのリリーフが優れていて、先発の勝ち星を消さないことによる。

 本当の意味で完投型と言えるピッチャーは、もう本当に直史一人になっているのだ。


 上杉は途中で一年間の治療と、一年間のリハビリがあったが、無事に復活した。

 MLBでクローザーで年間セーブ機会失敗なしの63セーブというのは、たったの1シーズンであるのに、まさに上杉が世界レベルであることを示した。

 ポストシーズンでは先発としても投げているので、次の年にはとんでもない大型契約のオファーがあったものだ。

 だが上杉は日本に戻ってきた。

 金の話ではなく、どこで誰と、そして誰の近くでプレイするかが上杉にとっては重要であったのだ。


 根本的には大介も同じだ。

 去年のシーズン、夏ごろまではようやく、怪物も衰えてきた、などと言われたものだ。

 しかし直史の復帰を聞いてから、野球の魂は再燃焼した。

 燃え尽きるまで勝負する相手として、大介はNPBを選んだ。

 もしも直史が今年で引退してしまうなら、またMLBに行ってもいいかもしれないが、子供たちは日本で暮らすことが多くなるだろう。




 上杉がいなくならなければ、大介は日本にとどまってもいい。

 実際に今年、対決としては上杉に負けている。

 直史との対決は、お互いのプラスとマイナスが上手く組み合わさる感触がある。

 しかし上杉とは、お互いのプラスの部分をぶつけ合う。

 それがかつての上杉であったのだが、さすがにスタイルが変わってきていた。


 変化ではあっても、進化ではない。

 失った部分を、他で補った状態なのだ。

 それを責めるのは間違いだし、実際にそれで打ち取られている。

 だが寂しく思う程度は、さすがに許されるだろう。

 上杉のような純粋なパワーピッチャーが、技巧派のピッチングも身に付ける。

 そこには多くの苦労があったのだろうが。


 まだ世界のどこかで、傑出したピッチャーが誕生しているというなら、早く表の舞台に出てきてほしい。

 大介の現役は、さすがにもう長くないはずなのだ。

 残された時間をどう過ごすか。

 スポーツ選手の現役期間は短く、大介はその中では相当に長い。

 ただ人生を終えるまでは、引退からずっと長い時間がかかるのだ。


 少し前、具体的には去年あたりから、ずっと考えている。

 自分が野球をやめたら、何が残るのだろうかと。

 もちろんNPBで通用しなくなっても、プレイするだけなら外国のリーグもあるし、独立リーグなどもある。

 一応はプロとしてプレイできるが、そこにはもうヒリヒリとした対決はないだろう。

 限界というものが、肉体にはあるのだ。

 直史はちょっと、限界らしいものが見えないが。




 スターズとの第一戦、上杉が投げてくることは分かっている。

 そして今の上杉は、状況によるが大介を歩かせることもある。

 結果的に歩かせることになる、際どいボールも使ってくるだろう。

 そんなスターズに勝つためには、こちらも策を練らないといけない。

 大介はその圧倒的な実績から、首脳陣への発言力もある程度は確保している。

 実際に送りバントのようなアホなサイン以外は、ちゃんと指示に従っているのだ。


 そんな大介の提案は、確かに首脳陣も分からないではなかった。

 打順を変更するというものだ。

 一番に大介を持ってくる。

 これは単純に大介の打席を増やすのが目的ではない。もちろんそれもあるが。

 上杉は比較的クイックが苦手であるし、大介がヒットでランナーとして出た場合、盗塁をしかけやすいのだ。

 前の塁が埋まってない時には、積極的に走っていける。

 これが直史であると、ボールのスピードは遅くてもクイックの速さやタイミングの撹乱によって、盗塁は難しい。


 スターズは現在リーグ四位であるが、三位タイタンズとの差はあまりない。

 ポストシーズンではタイタンズと殴りあう方が、上杉などと対決するより楽に勝てる。

 そう考えているからこそ、スターズの順位を落とさなければいけないし、上杉対策も考えていかないといけない。

 もちろん一番いいのは、ペナントレースを制して、アドバンテージをもってクライマックスシリーズを戦うことだ。

 だからこそ上杉相手にも、勝ち星を挙げておきたい。


 この日の観客や視聴者は驚くだろう。

 だが実際のところ、大介はMLBで既に一番を打っていたことがあるのだ。

 



 かつて大介が、一番を打っていた理由。

 それは前年の、アナハイムとの対決が原因である。

 メトロズの強力な打線が、直史一人に封じられた。

 その直史を打てるとすれば、大介だけ。

 実際にその年は、他の戦力的要因もあったが、大介が直史を打って、ワールドチャンピオンが決定した。

 ただライガースの現在の首脳陣は、まだこれを定着させる勇気はない。


 上杉を相手にして結果を出す。

 それによってこの打順の可能性を考える。

 実際のところ、この間のレックスとの対戦も、大介にあと一打席回ってきたらどうなっていたか。

 第三打席でホームランを打っていたため、あそこでもう一点入っていれば同点になっていたのだ。

 もちろん直史から二打席連続のホームランなどというのは、確率的にも常識的にも、ありえないことであろうとも思ったが。


 統計は二番に最強打者を置いてもいいと出ている。

 しかし直史は統計とか確率とか、そういったものを全て無視するピッチャーだ。

 上杉は衰えたが、直史はむしろ熟練を感じさせる。

 ブランクが五年もあって、熟練などというのもおかしな気はするが。

 技術を磨いている暇が、あるいはそれを研いでいる暇が、いったいどこにあったというのか。

 故障によって引退した人間なのだ。


 大介はまだ、MLBで結果を残し続けていた。

 まだまだリーグトップのバッターでプレイヤーという評価はそのままだった。

 それが日本に戻ってきた。

 キャリアの最後はライガースで送ると言っていたが、全く衰えないまま戻ってきたと、これまでの成績を見ていれば分かる。

 あと何年、これだけのパフォーマンスを見せられるのか。

 ただ、ライガースの首脳陣は知っている。

 元プロの選手だけに、目が衰える時は一気に衰え、そしてそれは致命的なものであるのだと。




 この日、大阪ドームの観客にテレビの視聴者は、打順が公開された時点で大いに驚いた。

 一番を打つ大介というのは、MLBでの一年を加えても、相当に珍しいのだ。

 そしてこれは上杉を、なんとしてでも打つという決意を感じさせる。

 スターズ側もこの意図は、はっきりと分かっていた。

 今年の復活した上杉を相手にするなら、確かに大介のバッティングは重要である。

 しかもそれに合わせて、八番にピッチャーを置いて九番に出塁率の高いバッターを置くということまでやってしまっている。

 完全に二打席目以降も、大介のバッティングを重視しているのだ。


 スターズとしてはこの試合、上杉で負けるわけにはいかない。 

 たとえライガースが、セオリーを変えて大介を使ってきても。

 スターズの打線はそれほど強力というわけではないが、それでも上位の数人は、直史からホームランを打った末永をはじめとして、確実に点を取ってくるパターンが形成されている。

 試合の流れとしては、スターズが先制していくのは避けられないだろう。

 どこまで点差を広げられず、終盤に持ち込めるか。

 最近の上杉は、完投はほぼなくなっている。

 交代してから、一気に逆転を目指すのだ。


 ライガースの思惑は、おおよそ分かっている上杉である。

 またそれを加味しても、勝てると思っている。

 確かに大介はいまだ全盛期をほぼ維持し、上杉は衰えた。

 だが上杉が本気で抑えるつもりなら、パワー勝負ではなく駆け引きの勝負になる。

 これはまだ、上杉もそうそうは負けないと思っている。


 ライガースの打線は強力だが、安定感はない。

 上杉が抑えている間に、ある程度の点差を取ってしまえば、リリーフに任せて逃げ切ることは出来る。

 そのあたりのことも考えて、一番大介という奇襲なのだろうが。

 忘れてはいけないのは、上杉はその一番大介ということを、よく知っているということだ。




 直史はこの試合をホテルではなく、クラブハウスで見ていた。

 チームはカップスとの三連戦だが、直史が投げるのは三試合目。

 ベンチ入りもしておらず、他のピッチャーや二軍の選手たちと、大介と上杉の対決を見るつもりであったのだ。

 そしてライガースの奇襲を目の当たりにした。

 正直なところ、これをあの試合でやられていたら、直史はかなり嫌であったのだ。


 大介にはとにかく、高確率での一発がある。

 直史は今年、ホームラン以外での失点がない。

 かといってホームラン狙いのフルスイングをしてきても、それをひょいとかわしてしまうことが、直史には出来る。

 それでも、連打よりも一発と、開き直られるとそれはそれで厄介だ。

 

 狙ってヒットが打てるバッターに、しっかりと打ってもらう。

 そしてその後の強打者が長打を狙う。

 直史対策というのは、実のところ当たり前のものであるのだ。

 もっともそれぞれ別のことが、すさまじく難しいというだけで。

 その中で成功しているのが、ホームラン狙いだけ。

 それも試合の勝利には結びついていない。


 直史ほど圧倒的ではないが、今年の上杉も相当のピッチングをしている。

 そしてスターズの打線の援護は、かなり集中して上杉の登板で打っている。

 今の上杉は、かつての上杉とは違う。

 しかしチームを勝たせるピッチャーから、チームが勝たせたいというピッチャーには変化している。

 それを弱体化と見るかどうかは、その人次第であろう。

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