第65話 選択した悪路
どんなことでもやるつもりであった。
だが本当にどんなことでもやっていては、たどり着けない場所があるのだ。
目的がはっきりしているからこそ、選択はしっかりしなければならない。
間違った選択をしてしまったならば、今度は正しい選択をしなければいけない。
直史にとってはそれが、無理をしてでもライガースと対戦するということ。
大介との勝負を避けることを、野球の神様は望んでいない。
どれだけの苦難を与えるつもりなのか。
いや、それに相応しい栄光や富、名声も得ていることは間違いない。
だが直史はそこまでのものなど、求めてはいないのだ。
NPBはもちろん、MLBでもスーパースターとなったスペシャルな一人。
それでも本人はずっと、強烈な自我を持ち、己を見誤ることなく不機嫌であった。
直史は神など信じない。
ただ因果応報でなければ、とてもやっていられないというのも、それはそれで正しいとは思うのだ。
だから大介と自分の件は、自分自身の罪悪感の問題だと思う。
それを払拭するのには、大介がどう思っているかはともかく、自分は大介とちゃんと戦わなければいけないのだろう。
大介も二度としない、などとは言っていたのだし。
パーフェクトなどというものがそもそもは、ほとんど出来ないことであるのだ。
バッティングのスタイルの流行によっては、急に増えたり減ったりもする。
直史が普通にやっていた時代は、MLBではそれほど多くのパーフェクトが達成されていたわけではない。
ただそれはNPBに、狙ってパーフェクトが出来るような、上杉というピッチャーがいたからだ。
また直史も明らかに、NPB時代よりもMLB時代の方が、パーフェクトの回数も頻度も増えている。
これは直史が、プロに入ってMLBに移籍して、さらに成長していったということでもあるのだろうが。
直史は間違いなく衰えた。
そして衰えを練習とトレーニングで補い、さらに衰える以上に成長しようとしている。
年齢的に考えれば、常識的にありえないことだ。
だがその実績を見れば、どんな奇跡を起こしても不思議ではない。
今年のここまでの実績で既に、奇跡を起こしたと言ってもいいだろう。
年間に四回のノーヒットノーランを達成するなど、他に例がない。
年間に複数回のノーヒットノーランなら、やっている者がいないわけではないのだが。
スポーツの世界では明らかに、体力的な限界というものがある。
ただ技術の限界というものはないのではないか。
少なくともNPBでは50歳までやっていたピッチャーはいるし、その球速は43歳の時に最速を記録したという。
サイ・ヤングなどは42歳のシーズンに19勝しているし、44歳までは現役であった。
技巧だけでどこまで通用するのか。
何よりも重要なのは、そのクオリティを維持することだ。
若い頃に、自分の基準でしか無理をしていない。
肩や肘に致命的な故障がない。
このシーズンが無事に終われば、あと二年か三年ぐらいは出来るかもしれない。
もっともそんな先のことは考えず、このシーズンで肩や肘が壊れてしまっても構わない。
それぐらいのつもりで、直史は必死で投げている。
だが同時に、シーズンが終わるまでは、絶対に故障するつもりもない。
そんな直史が、大介との対決を了解した。
ズルは悪いところに跳ね返ってくる。
このシーズンを勝って終わるためには、避けてはいけないものがあるのだ。
それを忘れていたのは、直史にも余裕がなかったからだろう。
豊田は投手陣に、いい感じの緊張感がもたらされていると感じた。
八月も中旬に入り、シーズンも残り40試合を切っている。
なんとか直接対決では、勝ち越していかないと厳しくなってくる。
ライガースはとにかく打線が強力であるため、どこでも勝ち星を得ることが出来るのだ。
もちろんレックスも安定感はあるが、爆発力ではライガースに劣る。
ロースコアゲームに持ち込んだ方が、勝率は高くなるだろう。
実際に前回のカードでは、三試合で三点しか取られていないのだから。
レックスはもっと、相手を完封する試合が増えてほしい、などと豊田は思う。
自分自身も参加していた、あの黄金時代のレックス。
もちろん実際は負ける試合もあったが、あの頃のような絶対無敵の万能感を投手陣が共有してほしい。
そのためにはやはり、ライガースを封じるべきなのだ。
他のどのチームを相手にしても、直史が勝つという確信が出来ている。
もう一度上杉と投げ合っても、今度は直史が勝つだろう。
だがライガースだけは別だ。
なぜこんなにも近くに、二人の傑出した才能が集合したのか。
全くの無名の二人が、無名の高校に入ってチームメイトとなり、最強のチームを作り上げた。
もちろんその舵を取ったのはジンであり、監督たちであったろう。
だが中核の力となったのは間違いなくこの二人だ。
主砲であった大介と、まさにエースと言うよりはほとんどジョーカーめいた直史。
それに負けた側としては、豊田もこの二人を強く意識している。
ライガースが移動日に、大阪から東京へやってくる。
甲子園というホームでしばらく試合をしていないことは、選手たちにもある程度は影響が出るだろう。
ただここでタフな日程をこなすことが、むしろチームを強くするという説もある。
かつて圧倒的にパがセに対して強い時には、DH制の有無と共に、移動によるタフさの育成というもの理由として述べられていた。
だが常識で考えれば、移動による時間のロスがない方が、休養も練習も有利なはずで、それは精神論ではないかとも思える。
ただ移動などのロスがなければ強いというのが正しいのであれば、それこそ在京球団が圧倒的に強くないといけない。
だが神奈川などは長い低迷期があるし、タイタンズも一時期は暗黒期と呼ばれていた。
遠距離にある福岡が現在では、一番安定した成績を残している。
また北海道もちゃんとたまには強い年がある。
結局のところは、どういうチーム作りをするかというビジョンが問題なのだろう。
そしてそのビジョンを実現するには、やはり資金が必要となる。
ただ資金力ばかりで強くなるというわけでもないのが、野球の面白いところであろう。
今のNPBの戦力強化は、ドラフトと育成である。
そのドラフトでどっさりと選手を獲得し、育成枠でも取っている福岡が、一時期は常勝軍団となったものだ。
だがその育成枠から、支配下登録に上がれなかった選手が、他の球団でブレイクしたのが続いたあたりから、この戦略も絶対のものではなくなった。
この20年ほどは、チームの核となる選手がいるチームが強い。
野球はそこまで、一人の支配力が強いスポーツではないはずなのだが。
主に上杉のせいである。
強いチームにはいいキャッチャーがいる、というのが直史の持論である。
ただライガースはバッティングで相手を圧倒することを可能にしている。
またレックスは、迫水はそこまでまだ傑出していない。
せいぜいがキャッチャーが固定できているチームが強い、という程度であるのかもしれない。
さて、それでは迫水はどうなるのか。
直史は今回、大介とは接触しない。
話題としては、甲子園に出ている二人の甥である司朗のことなどが共通しているのだが。
それでなくともジンの率いているチームであるので、話題にしてもおかしくはない。
しかし今回は何も言わない。
直史がローテを、一日縮めて投げることもだ。
大介にしても、前回の対決のことを考えて、あえて連絡は取らないようにする。
直史の場合は下手に話すと、雰囲気から大介が直史の登板に感づくのではないかとも考えている。
二人の間には妙な緊張感が生まれていた。
実はこのほの同時期に、二人に関係するちょっとした事件があったのだが、それを二人が教えられるのは、全てが解決してからのことである。
特に大介は、メンタルがバッティングにすぐ影響するので、後回しにされた。
そもそも桜が、必要ないと判断したからであるが。
大介はこのカードで、直史と当たるとは考えていない。
それは直史が、優先順位を間違えない人間だと分かっているからだ。
自分との対戦は、他のどのチームと対戦するよりも、比較すると敗北する可能性が高い。
なのでわざわざローテをずらすことはないだろうと考えるのが自然だった。
レックスの首脳陣にしても、ここまで目立った投手運用の変化をしていない。
大介の想定としては、だからここでレックス相手に、最低でも勝ち越しておくことが重要なのだ。
第一戦のピッチャーはレックスが三島であるのに対し、ライガースはローテの弱いところが当たる。
雨によってレックスは、試合の消化が上手くいっていないが、致命的な遅れとまではまだ言えない。
ここで三島が投げてくることは、ライガースにとってはあまりいい巡りではないのだ。
レックスの投手陣の、当日の調子次第で、試合は左右されるかもしれない。
あるいは大介に対して、真っ向勝負などをしてくるなら話は別だが。
八月の大介は、夏に強いと言わんばかりに、数字を上げてきている。
もっとも実際は、七月の成績がかなり低下していたのだが。
オールスターに加えて雨天中止が重なり、上手く勢いを持続させることが出来なかった。
それが大介の不調と言うか、コンディション調整の失敗と言っていいのか。
終盤に直史と対戦してから、八月に引きずるまで、大介は調子が悪かった。
だから今は、一気に復調してきたと言えるのだろうが。
今日のレックスベンチには、直史が入っている。
もちろん投げるはずはないが、ホームゲームの場合は時折、直史はブルペンで豊田の相談相手にでもなっているらしい。
こういう情報は自然と、どこからか漏れてくるのだ。
(この三連戦は特に考えることはないか)
前回の三連戦、大介はヒット一本に抑えられている。
その時には三島とも対戦し、ヒットを打てていない。
あれは大介が悪い。
上手く手を抜くことを考えていたため、打てるものも打てなくなっていた。
だがここでしっかりと、打っておくこと。
残りのレギュラーシーズンとポストシーズンを考えると、大介の思考は間違っているわけではなかった。
レックスとしてはライガース対策というのは、ほぼ大介対策となる。
もちろん他のバッターはどうでもいい、というわけではない。
リーグ最高の得点力は、大介のみでは叩きだせるはずもない。
大介対策というのは、どのタイミングで大介を敬遠するかということ。
ランナーとしても厄介なだけに、状況次第ではミスを期待して投げるしかないという場合もある。
実際にレギュラーシーズンの打率は、なんだかんだと四割に届いていないのだ。
もっとも集中力が高まっている時などは、その限りではないが。
外に一個外す程度なら、普通にヒットにはしてくる。
あるいはホームランにさえしてしまうが、内角よりはまだバットコントロールが甘い。
ヘッドが下がっているのか、それともパワーを遠心力に任せているのか。
野手正面に飛んで、キャッチされてしまうというのは一定の確率である。
ただ三振の数だけは圧倒的に少ない。
直史としては大介の三振は、撒き餌だろうなと思っている。
ピッチャーを油断させ、少しでも甘い想定を抱かせるための。
もっとも直史がこれを言っても、あまり信じてもらえない。
直史自身は大介を相手に、相当に抑えられているからだ。
あとは直史のように、萎縮せずにしっかりコントロールして投げられるピッチャーが少ないというのもある。
昔はまだ、怖いもの知らずで大介に投げるピッチャーもいたのだが、今はもう現役にして神格化されてしまっているというのがある。
ミーティングも終わり、いよいよ日も傾き、試合が始まる。
(夏だなあ)
一回の表、ライガースの攻撃。大介は最初からネクストバッターズサークルに入って、マウンドの三島を見ている。
ライガースはレックスと再度逆転し、首位を走っている。
だがそれは安心できるほどの差ではない。
直史の登板のないここで、一気に勝負を決めてしまってもいいだろう。
ワンナウトで大介の打順が巡ってくる。
スタンドの少数のライガースファンが、熱烈な応援をしてくる。
果たして初回から勝負をしてくるか。
だがやはり、外を中心に投げてくる。
(う~ん、まあ初回は仕方がないか)
三島もいいピッチャーではあるのだが、球界を代表するような実力ではない。
せっかく直史がいるのだから、そこから何かを盗めば、もう一つ上のレベルで投げられると思うのだが。
結局第一打席は、素直に歩く大介であった。
大介は一時期に比べると、盗塁の成功数よりも成功率をかなり重視するようになっている。
とにかく敬遠の多かった頃は、盗塁をして勝負を無理やり挑ませることが重要であった。
チームもそれを許容していたからこそ、シーズン100オーバーなどという記録を二度も残したのだ。
もっともNPBでの記録は、四年目の90盗塁が一番多かったりする。
三島から盗塁すべきか。
いや、三島はかなりバランスのいい完成度を持っていて、盗塁もしにくいピッチャーである。
相当の弛みがあればともかく、今は走る隙が少ない。
確実に二塁に進まないと、二番にいる意味がない。
これがまたツーアウトであったりすると、考えることは変わってくるが。
三島はここから、三人でアウトを取った。
大介は二塁までは進んだが、点にまでは結びつかない。
試合の序盤は、まだ動く気配を見せない。
首位攻防戦は、緊張感のある始まり方をしている。
ライガースはとにかく打線が強力で知られている。
なのでレックスも、それなりに点を取っていくしかない。
ロースコアで競い合うことが出来れば、それが一番いい。
ただよほどピッチャーの出来が良くないと、それは難しいのだ。
レックスは確実に、取れるところで点を取っていくしかない。
全く大量点が取れない打線、というわけでもないのだから。
ライガースから、初回に先制点を奪ったレックス。
ただライガースはあるいはちょっとぐらい点を取られた方が、むしろバッターにも火がつく。
野球というのは不思議なもので、点が入ると一気に試合が動くこともある。
それを動かなくするのが、ピッチャーの役目であるのか。
試合を支配するようなピッチングを、ピッチャーは夢見る。
だが三島クラスのピッチャーであっても、それは難しいものなのだ。
迫水とサイン交換をして、やや球数は多めに使う。
ランナーは許しても、点にさえ結びつかなければいい。
WHIPが0.2ぐらいの直史は別格としても、三島も1.0ぐらいではあるので、かなりのピッチャーであるのは間違いない。
(第三戦は必ず勝つ)
しかし明日の第二戦は、ちょっと厳しいだろう。
すると勝ち越すためには、今日の試合を勝っておく必要がある。
ペナントレースを制するのことからは、かなり長らく遠ざかっているレックス。
そうは言っても樋口と武史がMLBに移籍してからなので、暗黒期が延々と続いているフェニックスなどに比べれば、まだマシであるのかもしれない。
もちろん物事は、下ばかりを見て安心していてはいけない。
上を見続けるのに疲れて、たまに見るぐらいであるならばいいかもしれない。
ただ本気の人間は、本当に上ばかりを見ているものだ。
(う~ん、今日はしんどいな)
二打席目、強烈なフェンス直撃弾を打っておきながら、大介は試合の進み方に違和感を抱いていた。
レックスの先発、三島の調子がいい。
大介を歩かせはしたし、二打席目も長打を打たれてはいる。
しかしそこで落ち込みもしないし、集中を持続している。
結局はホームにまでは到達せず、無得点。
思い出せば前回の対決も、三島からは一点しか取れていない。
レックスの打線はしっかりと仕事をしている。
追加点もまた一点取って、2-0とスコアは変化している。
これはライガースへの対処法を、レックスが確立したということであろうか。
もちろん三島がいいピッチャーであるという事実はある。
しかし全く打てないほどの絶好調というほどでもないだろう。
純粋に流れがレックスにあるということだろうか。
だがこの数試合のレックスは、なかなか勝てていない。
得意の接戦でも負けているし、大勝したのは直史が投げた試合だけだ。
直史の投げている試合で、わざわざ大量点は必要ないとも思うのだが。
しかしこのライガース相手の初戦で、チーム全体が上手く仕上がっているという気はするのだ。
とりあえず一点がほしいな、と大介は思っている。
ライガース首脳陣は、今年は殴り合いの試合が多いので、どこか細かい部分での大雑把さが目立つ。
それでも勝っていればいいし、実際に勝っているのであるから、なんだかんだという必要はないのかもしれない。
だがこういう試合で、狙って勝てないのはまずい。
ポストシーズンは全て、勝つために勝つものであるのだから。
レックスには前回のカードで全敗した。
ここは全勝して、呪縛を打ち破っておく必要があったのだ。
三島はレックスのエースだった。
過去形で話すのは、もちろん直史が本当にエースと呼べる活躍をしているからだ。
それでもたった一人のピッチャーでは、シーズンを勝っていくことなど出来はしない。
19世紀のアメリカの野球であれば、また話は違ったかもしれないが。
レックスが勝つには、直史によって引き上げてもらう必要がある。
ただ直史は孤高の存在であるので、手を引いてくれるようなことはない。
それでもあの高みを目標として、少しでも近づいていく。
目指す先が分かっているというのは、幸福なことではあるが、あまりに高すぎると絶望もするものだ。
進めば進むほど、上がれば上がるほど、その先が深く高く怖くなる。
だがこの世界に入ってしまえば、進むしかない。
現状維持などは許されない。
そして進むことが出来なくなれば、それはこの世界から去ることになる。
まだ成長の余地はある。
だがその道が細くなっているのも感じる。
あの人はどうして、あんなに簡単そうに、マウンドの上で投げることが出来るのか。
普通ならプレッシャーがかかって、コントロールミスが起こることはある。
だが直史はプレッシャーを感じていないように見えるし、もし感じていたとしてもそれを悟らせない。
追い込まれて逆に、力が出るタイプではないのか。
そういう生まれつき、ピッチャーになるようなメンタルの持ち主というのはいる。
実際は歴史に残る大投手でも、内心は繊細であったりする者もいるのだが。
三島はただ、目の前のバッターに集中する。
簡単にノーヒットノーランなどは出来ず、なんとか上手く一人ずつ片付けて行く。
それでもやはり、無得点に抑えることは難しい。
直史から学ぶことなど、やはり出来ない。
少なくとも映像が残っている高校生時代から、既に直史は直史であった。
大介の三打席目は、またもランナーのいない場面であった。
打った打球は外野の深くにまで飛んだが、フェンスの前でキャッチされる。
(なんだかレックスの守備、今日は堅いな)
元々レックスは、守備はいいチームではあるが。
そんな守備のいいチームで、直史はエラーでパーフェクトを消されているのだ。
ピッチャーの気持ちというのは、大介は分からない。
一応高校でも投げたことはあるし、またMLBでは試合の勝敗が決した後、疲れている専門ピッチャーのために投げたこともある。
毎日試合に出て打つ野手の方が、永遠の野球少年である大介には合っているのだから。
しかしピッチャーは、少なくとも高校野球では最大の花形であった。
メンタルのあり方が、そもそも他のポジションとは違うのだと思う。
おそらくはマウンドの引力に魂を囚われた人間が、あの舞台には上がるのだ。
(三点差になったか)
試合も終盤に入ってきて、4-1とスコアは変わっている。
三島は七回を投げて一失点。
完投はしないようであるが、充分にその役割は果たしたと言えるであろう。
レックスは勝ちパターンのリリーフを出してくる。
前日はそのリリーフが打たれて、負けがついている。
今日は勝ったとしても、明日もリリーフを使っていくのは難しいだろう。
レックスはこの三連戦、三島以外は勝ち星が計算できないピッチャーだ。
おそらくは明日が青砥で、その次は百目鬼。
百目鬼は最近一気に成長しているので、注意する必要がある。
だが打てないピッチャーだとは思わない大介だった。
レックスとライガースの三連戦のカード、第一戦はレックスの勝利に終わった。
だがスコアは4-3とライガースの終盤の追い上げがきいた。
大介も二本目のツーベースを打って、打点を一点加えた。
それでもレックスの終盤のリリーフは、なんとか逃げ切った。
試合全体を見てみれば、ライガースはダブルプレイが二つもあって、チャンスを上手く活かせなかったと言えるであろう。
そういう試合は普通に、シーズン中にはあるものなのだ。
重要なのはそれを引きずらないことだ。
予告先発は想定通りに青砥。
大介は念のために、今年の成績などを確認する。
今年はここまで18先発で7勝4敗。
同じ千葉出身で、県大会では対戦したこともある。
それなりに骨のあるピッチャーではあったが、あの頃から大介の敵ではなかった。
レックスではリリーフに回ることも多かったが、20代の中頃からは先発でも多く投げている。
年を重ねるごとに、強みを増していったピッチャーだ。
30代後半で、まだプロの世界にいるということ。
それだけで充分に凄いが、先発ローテをしっかりと守っているということも凄い。
さらに年上の大介が言っても、皮肉に聞こえてしまうかもしれないが。
今年のライガースとの対戦は、二試合ある。
そして両方とも、クオリティスタートは保っているのだ。
何気にこれは凄いな、と大介は評価している。
18試合のうち、15試合がクオリティスタートである。
防御率は4.1とそれほどでもない。
しかし大崩れした試合がなく、五回まで投げられなかった試合がない。
その試合にしても、五回を四失点、五失点、五失点と試合を作っている。
(でもまあ、勝負してきたら打てばいいか)
安定感が抜群のピッチャーでも、それなりに球数は使っている。
五回までにある程度点を取って、あとはリリーフを粉砕する。
二つ勝てば充分、とライガースでは分析していた。
レックスの首脳陣は二つ勝てば充分、と考えている。
そして三島がしっかりと、まず一つ勝ってくれた。
ただリリーフ陣が追いつかれかけたのは、やはりライガースの打線は恐ろしいというところだろう。
青砥は負けても仕方がない。
そもそもあの年齢で、故障もなく毎年20試合以上は先発をしているのだ。
エースではなく、また200勝などにも遠い。
だがレギュラーシーズンを成立させるためには、とても重要なローテーションピッチャー。
彼がレックスをFAなどで出て行かなかったことは、その直前の成績が微妙であったことなどもあるが、二桁勝利をしている年もあるのだ。
確実にシーズンを回すのには、必要な選手になっている。
今年のレックスは、かつての投手王国には及ばないものの、先発のエースクラスのピッチャーが、たくさんの貯金を作ってくれている。
三島は19登板の13勝3敗、オーガスが20登板の12勝4敗。
試合を作ってリードしたところで後ろにつなげれば、しっかりとリリーフ陣が働いてくれている。
単純に勝ち星だけを見れば、二人も例年なら沢村賞の候補だ。
ただ直史が圧倒的に勝ち星を伸ばして、奪三振数や防御率も異常なだけで。
レックスとライガースの18回戦。
勝ち越すだけで充分とは言っていたが、やはり全て勝てるのに優るものではない。
しかし勝てるかどうかは、かなり厳しいと首脳陣は思っている。
青砥はライガース相手でも、悪いピッチングはしなかった。
だがそれでも、巡りが悪いと負けるのだ。
試合前に青砥は、軽くキャッチボールなどをする。
その相手に直史を呼んだりした。
「そういや相変わらず、弟さんすごいっすね」
「そうなのか?」
「え、連絡とか取ってないんですか?」
「今は自分のことで精一杯だからな」
青砥は以前の直史も知っている。
プロとしてはむしろ、先輩ですらあったのだ。
だがあの頃の直史は、もっと余裕があったように思える。
もちろんそれは若さもあっただろうし、チーム力自体が高かったということもある。
特に樋口や武史がいた頃は、本当にレックスは強かった。
直史が最後のキーパーツであった気もするが。
武史はMLBだけでもう200勝し、この調子なら日本人投手として初めて、MLBで300勝を記録するかもしれない。
あとは年齢が問題であろうか。
比較的年齢が高くなってからMLBに移籍したのに、そこから勝ち星をそこまで伸ばしたのだ。
あるいは日米通算であれば、上杉を超える可能性も少しはある。
あちらはあちらで39歳なので、やはり肉体的な限界はあるだろうが。
MLBでは現在、ピッチャーの評価に勝ち星はほぼ入れない。
自軍の打線が点を取ってくれなければ、いくらいいピッチングをしていても勝てないからだ。
ただ武史の場合は、奪三振数がとにかく多い。
歴代で五指ぐらいには入るのではないか、と今の段階で言われている。
もっともサイ・ヤング賞の回数で新記録を作ったことで、もう充分とは言えるだろうが。
そんな弟の情報までシャットアウトして、自分のシーズンに集中しているのか。
この優先順位の付け方が、すごいなと思う青砥である。
直史がいる間に、もう一度ぐらいは優勝したい。
それが青砥の、野望とも言えない願望である。
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