第64話 極まりなき道
またおかしな記録が作られている。
今年の直史はいまだに、パーフェクトは達成していない。
だがパーフェクトと同じ、27人で終わらせている試合というのが、もう五試合にもなっている。
そしてこの試合もまた、同じく27人で終わる。
最後のピッチャーに送られた代打を、14個目の三振で打ち取って試合終了。
ノーヒットノーラン達成である。
今シーズン四度目のノーヒットノーラン達成で、八試合連続のマダックス。
シーズン初戦にはホームランを含むヒット五本を打たれ、それから故障もあった。
さすがに年齢やブランクがあると思われたが、それでも試合に負けない、点を取られないピッチングをする。
全盛期ではないにしろ、充分に鑑賞に値する試合だと、多くのファンは思っていた。
だが交流戦を終えたあとぐらいからは、もうそんな声も聞こえなくなってきている。
これが全盛期でないのなら、過去はどう評価すればいいのか。
確かに年間数試合も、パーフェクトをやっていた頃に比べれば、色々とまだ落ちると言えるのかもしれないが。
勝利インタビューでは、当然ながら直史が呼ばれる。
レックスも今日は大量得点であったのだが、さすがにノーヒットノーランと比べては、活躍度合いが変わってくる。
ただ当の直史は、もうノーヒットノーランには飽きている。
他のピッチャーのみならず、野球選手全員に反感を持たれそうであるが、実績がそうなっているのだから仕方がない。
直史には下手なことを言って、対戦相手を煽る必要はない。
大介の場合は、勝負をしてもらわないと成績が残せない。
それに比べれば直史の場合は、自分から向っていくスタイルなのだ。
ピッチャーは守備側であるが、常にバッターに対しては攻撃的だ。
それにパーフェクトを逃したということについても、それにあまり言及すればチームメイトを責めることにもなる。
大人になる、というわけではないが、ここで萎縮させてしまってはどうしようもない。
どうせパーフェクトが途切れるなら、さっさと途切れてしまった方が、ある程度気を抜いたピッチングが出来る。
ただそれをやると打たれて、また時間がかかってしまう。
試合はさっさと終わらせて、休養の時間を確保する。
インタビューにしても、質問には的確に短く答える。
あっさりしすぎていると塩対応などとも言われるのだが、スポーツ選手はやはり、己のパフォーマンスで観客を魅せてなんぼであろう。
ホテルに戻ると大浴場に浸かって、ふ~と大きく息を吐く。
今日もまた、パーフェクトが出来なかった。
まるで呪いがかかっているように、パーフェクトには届かない。
野球というスポーツ自体は、直史を祝福してくれているようにも思えるのだが。
なかなか、目一杯の祝福を君に、とはいかないものである。
ニュースを確認したところ、やはり明日は雨になりそうだ。
対してライガースは、大阪ドームが使えるので試合は可能。
大介は今日の試合でも、ホームランを一本打っている。
(またOPSがえげつないことになってるんじゃないか?)
実際に八月に入ってからの打率は、四割を軽くオーバーして、OPSも1.6をオーバーしていたりする。
ただ四割をオーバーしていると、さすがに勝負してくれる機会が減ってくる。
おかしな話だが、ある程度は打てないように見せておかないと、勝負してくれないのだ。
大介のホームランは、ソロが圧倒的に多い。
ただこの間の上杉との対決は、真っ向勝負であるがホームランは打ててない。
直史もホームランだけは防ぐなら、ある程度の計算は立っているのだ。
試合の消化数が気になる。
NPBはMLBと違って、予備日をかなりしっかり設けてある。
だがライガースにくらべるとレックスは、やや試合の消化が少ない。
ぎりぎりまである程度の自力優勝が残されているというわけだが、ポストシーズンのことを考えると、やはり出来るだけ試合の消化は日程どおりの方がいい。
シーズンMVPというのも、直史はある程度視野に入れている。
たとえばこのままレックスが優勝すれば、それは直史となるだろう。
だがライガースであれば、それはもう大介だろう。
シーズンMVPはおおよそペナントレースを制したチームから、誰かが選ばれることが多い。
例外はあるが、今年の場合はライガースが優勝すれば、間違いなく大介である。
このシーズンMVPの行方も、なかなか微妙なところであるのだ。
下克上を果たして日本シリーズに進出した場合、逆にペナントレースを制しながら日本シリーズに出られなかったチームからシーズンMVPが出るのが恒例になっている。
結局のところはシーズンを制したチームから選ばれるということは間違いないのだ。
なのでここも、レックスは優勝を狙わないといけない。
ただ直史が責任を持てるのは、あくまでも自分が登板した試合のみである。
もちろんチームへの貢献度は高い。
しかしせっかく今日は圧勝したのに、明日は試合が中止になりそう。
運もあまり良くないのでは、と思ってしまう直史であった。
雨が降っても試合が出来るのが、ドームのいいところである。
ただ大介としては、ちょっとぐらい雨が降っていても、なんとか試合をしてしまうMLBが嫌いではなかった。
高校時代に甲子園で、雨に祟られたことはいい思い出ではないが。
大阪光陰に負けたのは、雨の甲子園の戦い方を知らなかったからだ。
それに夏も、小雨ではあったがそれによって、直史は指に豆が出来て決勝に投げられなかった。
もっとも高校二年の夏は、その後のワールドカップがあってようやく、夏が終わったといえるものであったが。
この雨の第二戦、大介はやはり警戒されている。
対戦相手のフェニックスは、ここのところいい試合が多い。
順位的には五位であるが、チーム状態は上向いているのだ。
もっともそれは最下位のカップスにも言えることだ。
若い力でチーム作りはしてきているのだが、完全に歯車がかみ合うことがない。
何か一つ、軸となる何かが必要なのだ。
かつてのレックスが、樋口によって飛躍したように。
上杉のように、自分一人の影響力でチームを変えてしまうカリスマは、さすがにそうそう現れるはずもない。
大介や直史は、若い力としては大きく機能したが、チーム全体を変えたほどのものは上杉ぐらいであろう。
樋口にしても最も重要な歯車であったかもしれないが、動力源と言うのには少し違うと思う。
パワーという意味でなら大介の方であろう。
警戒されていても、それでも打つ。
四番ではないが、完全に主砲としての役割。
今日の試合はまず、珍しい大介の三振から始まった。
MLBでは警戒されすぎていたが、NPBではかつてはそれほどでもなかったはずなのだ。
しかし今年の大介のフォアボールと敬遠の数は、既に日本での記録を更新しようとしている。
特に敬遠はあまりにも多く、それが甲子園であった場合など、ひどいブーイングに合うのだ。
ピッチャーに対する制裁と言ってもいいだろう。
なので敬遠をしない上杉は、甲子園でも応援される。
大介は今季最長の八試合連続でホームランが出なかった後、三試合連続でホームランを打った。
そしてその次の試合では打てなかったが、そこからまた三試合連続でホームランを打っている。
ついに50本の大台に到達。
残りの試合は35試合となっている。
おおよそのペースとしては、やはり60本は超えてくるぐらいのものであろう。
フェニックスとのカードは第三戦、大介のホームランが出なかった。
それも影響したのかもしれないが、この試合は僅差で落としてしまう。
相変わらずライガースが、僅差の試合に弱いというのは本当であるらしい。
(真田がいてくれたらなあ)
同時代にそれ以上の化物がいたものの、MLBの球が手に合わないということもあって、真田はNPBに残った。
そこから肘の故障などもあったものの、最終的に200勝を達成。
そして大介よりも早く引退してしまった。
畑や津傘には、それほどの引力を感じない。
かつてライガースには柳本や山田という強力なピッチャーもいたが、あれにはなんとか迫っているだろうか、というレベルだ。
もっとも二人はまだ若いため、伸び代があるという見方もあるだろう。
しかしそれにしては、成長への渇望がそれほどは感じられない。
二人が本当にそうなのか、それとも単に時代が変わったのか、自分が変わったのか、大介には分からない。
ともあれこれで、レックス戦以降ライガースは8勝4敗。
レックスは3勝7敗と、また首位は逆転し、そしてライガースは引き離した。
勢いはライガース側にある。
そして一日を移動に使い、今度は神宮でレックスとライガースの直接対決。
ただし日程的に、直史が投げることはない。
中五日にすれば、投げることは可能である。
ライガースとの第三戦に、直史が投げることが。
ただ直史は今年、ローテーションの管理をしっかりと行っている。
また前の試合では96球を投げてノーヒットノーランを達成している。
肉体的にはどうか分からないが、精神的に消耗していることは間違いない。
ここで変えてくるかな、と大介は期待している。
ただもし変えてくるとしたら、ライガースを抑えることを計算に入れてのこととなるだろう。
チームとしてはペナントレース制覇と、その後のポストシーズンに向けて、ライガースとの直接対決は一つでも勝っておきたいはずだ。
スケジュールを見てみると、ここで一日だけ無理をするなら、直史はさらにあと一試合、シーズン中にライガース戦で投げることになる。
純粋に勝負だけにこだわるなら、上手く大介を単打までに抑えて、あっさりと勝ってしまいそうなのが直史だ。
ただ直史は今季、パーフェクトに対して特別な執念がある。
そして次の対決ではもう、大介は八百長もどきをするつもりはない。
かつての直史であれば、最終的な勝利のためには、リスクをしっかりと取ってきたであろう。
もちろん勝算は確かにあったうえで、だ。
だが今の直史は、パーフェクトの達成出来る可能性を低くすることは考えられない。
期待はやはり出来ないか、と考える大介であった。
直史はMLB時代は、あのタイトなスケジュールの中で、中五日で投げていた。
ただそれは若さもあったし、移動の間もしっかりと休んでいたからだ。
もっとも直史は、ここ八試合100球を超える球数を投げていない。
そして日本の場合は先発ピッチャーの場合、ベンチ入り人数とロースターの違いがあるため、遠征に出る必要がなく休養の時間が多く取れる。
ただそれだけ休んでようやく、この成績なのである。
レックスがライガースを上回り、ペナントレースを取る。
それに成功したら、まず直史がシーズンMVPには選ばれるであろう。
ただそのために、レギュラーシーズン中に大介との対決を増やす。
今度は八百長はなしだ。
リスクが高く、あるいは沢村賞の選考に影響を与えることさえあるかもしれない。
だが、プラスとマイナスの面を、直史は考える。
あのプロレスとさえ言えなかった試合。
影響はそれなりに出て、レックスは負けが多くなって、大介も少し打てなくなった。
そういった事実だけを陳列して、禊が済んだと言えるのであろうか。
特に自分は、一方的に恩恵を得たのだ。
直史自身ではなく、周囲が悪影響を受けたと言っていい。
なのに直史には、不利なことが起こっていない。
パーフェクトが達成できていないというのは、別に不利なことではなく、それは普通に起こりうることであるのだ。
あるいはパーフェクトにあと一歩届かないのが、その報いであるのかもしれないが。
(どのみち、判断するのは首脳陣か)
第一戦は三島が投げるが、第二戦以降はどうなるか分からない。
心の準備だけはしておくべきだな、と直史は思った。
首脳陣も判断が難しい。
せっかく奪った首位を、またあっと言う間に奪い返された。
ライガースは殴り合いのハイスコアゲームに強く、その打線を確実に制することが出来そうなピッチャーは、今のレックスには直史しかいない。
豊田などは、樋口が今もいたら、なんとかしてしまっていたかもしれないな、と思ったりはするが。
レックスの今の勝ちパターンは、先発がしっかりと試合を作り、終盤までの展開で勝っていたら、そこから強力なリリーフ陣につなぐというものである。
日本のプロ野球らしく、トレード期限間際で動くということもなかったため、今の戦力で戦っていくしかない。
二軍の方から上がってくるような、若い力は既に上げたものばかり。
これ以上の追加はないだろう、と首脳陣は判断している。
直史がいる限り、おそらくポストシーズンの進出まではどうにかなる。
だがそこから日本シリーズへ進出出来るかは、かなり微妙なところだ。
クライマックスシリーズのファーストステージはともかく、ファイナルステージ。
アドバンテージがなかったら、四勝する必要が出てくる。
あの日程で一人のピッチャーが四勝するのは不可能だ。
かといってレギュラーシーズン中から、直史に頼りすぎるのも、問題がある。
今の先発陣のレベルアップを考えれば、甘やかすわけにはいかない。
ただレギュラーシーズンの優勝を考えると、やはりライガース相手には勝っておきたい。
今年のレックスは、再来年以降に向けての若手のチーム作り。
それがコンセプトであったはずなのだが、ここまで一気に成長している選手がいる。
社会人出身とはいえ、ドラフト下位指名の選手が二人、スタメンにいるのだ。
なにしろキャッチャーとショートを新しく出来たのは、かなり重要な補強ポイントであると言えよう。
普通はなかなか定着しないポジションなのだが、二人とも守備力は最低限以上にあるし、何よりこのポジションのプレイヤーとしては打てるのが大きい。
色々と考えたが、本人の心はどうであるのか。
直史は色々と無茶な練習やトレーニングをやっているらしい、というのはさすがに首脳陣も分かってきている。
厳密な体調管理を、まさに自分の体のことは自分が一番分かっている、という言葉の通りにやっているのだ。
試合後に飲みに行くと言っても、まず一緒に行くことはない。
行ったとしても一時間もせず、老人はこれで、などと言って帰ってしまう。
チーム内で立場として孤立しないのか、などと首脳陣は思ったりもする。
なんといっても、コーチの豊田と同じ年であるのだ。
だが残してきた実績と、現在の実力が圧倒的すぎる。
かつて一緒に戦った緒方や青砥とは話すし、同期的な存在の迫水や左右田とも話すのだ。
そして孤立はせず、孤高の存在である。
むしろ馴れ合わないことで、チームにいい緊張感をもたらしていると言える。
何を考えているのか、さっぱり分からない。
復帰の理由にしても、ちょっと理解不能であるのだ。
大金での契約というならともかく、直史の今年の年俸は一軍の最低価格。
チームの勝利には誰よりも貢献しているが、チームの勝利とペナントレースの優勝を目指しているようにも思えない。
「じゃあ、話してみるか」
貞本監督の言葉で、豊田が向かうことになったのであった。
ナーバスになりそうな内容であるが、下っ端コーチは逆らえない。
ライガースを神宮に迎えて行われる三連戦のカード。
確実に一勝は取りたい。ライガースの先発も、あまり強いところを持ってきていないからだ。出来れば二勝。
ペナントレースの結果が、そのままポストシーズンにつながる可能性がある。
投球練習のメニューを終えた直史と豊田は、そのまま他のピッチャーの様子を見ながら会話をする。
「中五日か」
「どうする? お前の意思次第だけど」
「なんとなく、そんな気はしていたんだ」
豊田が不思議そうな顔をするが、直史としては詳しく話すわけにもいかない。
直史と大介の対決は、雨天などもあって今季、一度しかレギュラーシーズンでは実現しないようになっている。
その一度を、いわば汚してしまったのがあの密約だ。
禊を済ませたような気分になっているが、これはどこかで本当に精算する必要があるのだ。
「疲れはない」
「投げるか?」
「……どうかな」
前からそれは考えていた。
大介との対決はともかく、ライガース全体を封じて勝つ。
前回の対戦では、直史が勝ったことによってライガース全体が萎縮し、三連戦のカードを全勝した。
ただ今回は、三連戦の最終戦である。
しかしライガースは次のカード、東京ドームでのタイタンズ戦となっている。
ここでライガース打線をまたボコボコにしておけば、タイタンズが勝ってくれる可能性は高まる。
タイタンズは殴り合いでどうにかライガースと戦える、セでは唯一のチームだ。
二位のレックスとの差が縮まってくる可能性も高いが、それよりレックスがライガースとの差を縮めることの方が重要だ。
ただ今の直史は、カードの初戦を投げている。
ここで三戦目に投げるようにローテを移動させると、相手のエースが出やすい一戦目には投げないことになる。
それはいいのか、という観点もあるのだ。
「ライガースをとにかく止めないといけない。直接対決で確実に」
「賭けではあるのか」
直史は首をぐるりと回し、それから頷いた。
「その方向で話していこうか」
そしてクラブハウスに向ったのである。
ローテーションをわずかでも崩すのは、嫌がる首脳陣だと思っていた。
とにかく決められた役割を果たす、それが今の首脳陣の面子だと。
だが直史は忘れていたかもしれない。
優勝したくない監督など、この世界にはいないのだと。
「中五日、そこから後は中六日に戻ってもらう」
直史としては問題ない。相手の弱いピッチャーと対戦出来るなら、自分が完全に相手を封じる必要性は薄くなる。
MLBではピッチャーのローテーションは基本、一ヶ月単位で決まっている。
それだけ調整に繊細さが必要なのだ。
今年のレックスのピッチャー運用は、それに割りと近い。
ピッチャーの故障が、直史のわずかな休み以外、ほぼ発生していないというのもその結果だ。
それを崩すというのは、ある程度の危険を伴う。
しかし勝負を仕掛ける機会であるというのも本当だろう。
直史の承諾は軽いものであった。
首脳陣は直史が出て行った後、大きく息を吐く。
「佐藤はさすがだな」
「あらかじめ予想していたのかもしれませんね」
それはその通りである。
直史は基本的に、大きな範囲に責任を持つタイプなのだ。
本人としては今年は、完全に個人的な事情で投げている。
だが何かを背負って投げるのは嫌いではない。
息子の命以外に、背負うものが重ければ重いほど、逆に大地を踏みしめる足取りがしっかりとしてくる。
それが直史という人間だ。
投手陣にもそれは速やかに通達された。
ライガース相手に、レックスはここまで8勝8敗の五分の成績できている。
ただ直史の投げたカードの三連戦は以外は、三点以上を取られている。
ライガースの得点力を考えれば、それだけ直史のピッチングの支配力が、その後の試合にまで響いたか、ということであろうが。
第三戦で直史が投げ、ライガースは次に東京ドームでタイタンズと間を空けずに試合。
ここはタイタンズに頑張ってもらうしかない。
その前にまず、三連戦の他の試合である。
第一戦は、まずエース三島の登板だ。
エースと言ってももう、今年のレックスは直史が完全に中心となっているが。
三島の次に青砥、そして百目鬼というのが本来のローテであった。
調子の悪い上谷は、飛ばす予定であった。
先発五人目として百目鬼は上がってきて、さらに四番手として上がってこようとしている。
チームは必ず変わっていくものだ。
それがいい方向にか悪い方向にかは、どうしようもない流れというものがある。
本来ならかつての上杉や大介、そして樋口や武史のように、若い力が出てきてくれなければ困る。
完全にロートルの直史が、チームの中核となっている。
しかしそれは、ライガースもスターズも同じことなのだ。
案外来年あたりからは、カップスが勝ち上がってくるか。
それとも動乱のセ・リーグからではなくパ・リーグが面白くなるかもしれない。
今年一年で引退するつもりの直史や、今年一年で燃え尽きそうな上杉。
そして大介もまた、いつまで現役でいられるか。
時の流れが止まるはずはないのだ。
レックスの選手たちに与えた衝撃は大きい。
もちろんオフレコだと言われるが、ここまで消極的に見えていた首脳陣が、ライガースに積極的に勝ちにいこうとしている。
優勝したくない監督がいないのと同じで、試合に勝ちたくない選手がいるはずもない。
もっとも自分が活躍するわけでもなくチームが優勝するよりは、チームが最下位でも自分が大活躍する方がいい、と思う選手はいる。
あるいは同じポジションであれば、積極的にその失敗を狙ったりもする。
プロ野球選手というのは個人事業主なので、クビになればそこで終わりなのだ。
同じチームでのポジション争いが激しいようなら、トレードしてもらった方が楽という考えさえある。
たとえばライガースのショートなどは、ほとんど故障も休みもない大介のサブとして考えられているが、まるでもう出番がない。
こういった本来、目的が個人ごとに違う選手たちをまとめるのが、監督の力なのである。
そしてプロ野球選手というのは、ある意味においては単純で、違う意味では頭がおかしい。
こんな成功の確率が少ない世界に、どうして飛び込もうと思ったのか。
頭のおかしな連中は、打算だけでプレイをしたりしない。
そのやる気を上手くコントロールすることも、首脳陣は重要だ。
直史の節制の態度などは、ある程度の影響を与えている。
ただたまにはリフレッシュしないと、長いシーズンを戦えないというのも、それはそれで事実なのだが。
直史も最初のNPBの時はある程度は付き合いがあった。
しかしMLBでは消耗を避けるため、ホテルでしっかりと眠ることが多かった。
その中でも、新たな球種をマスターしていったあたり、やはり常人離れしていることは確かなのだろうが。
ここでローテをずらすという首脳陣の覚悟を、選手たちも感じている。
樋口と武史が抜けてから、一気に弱くなって優勝から遠ざかっているレックス。
Aクラス入りが精一杯というレックスの中でも、緒方や青砥は優勝の味を知っている。
まるで人生の最高の瞬間が、ここに来たかのような。
ただ緒方などはその瞬間を、甲子園での優勝の時にも感じているが。
直史と武史の佐藤兄弟を、樋口がいてリードする。
その時のレックスは投手王国で、一人で10個以上の貯金を作るピッチャーが多くいた。
そうでなくとも15勝以上するピッチャーが何人もいて、ローテが完全に回っていた。
現代のNPBにおいて、一番ピッチャーが充実していたのが、あの頃のレックスであったのだ。
今のレックスにはもう、その時の面影は全く残っていない。
ただあの時代を知っている緒方や青砥などは、今年のレックスにわずかながら似たような空気が漂っているのを感じる。
主にというか、完全に直史の周りにではあるが。
野球選手らしくない野球選手、という意味なら直史が一番であろう。
しかしその実力が、自然とカリスマを形成していく。
今のレックスでペナントレースの首位争いを出来ているのは、ライガースもまた全盛期に比べれば、その力を落としているからだ。
昔の方が凄かった、というのはたいがいが思い込みでしかない。
しかしあの時代は本当に、数字を見れば別格であるということが分かる。
上杉のスターズ入団から始まった、NPBの復活期。
上杉と大介の対決が、シーズンを通してNPBを盛り上げていったということは間違いない。
今のNPBの主力となっているのは、少年期から青年期にかけて、その様子を知っている者たちが多い。
あるいはあの時代、国際大会で他を圧倒する日本代表を見て、それが野球を始めるきっかけになっただとか。
実際に大介がMLBに移籍するまでは、NPBの各種の売り上げなどはどんどんと上がっていったのだ。
ちなみに今年もまた、大介の日本球界復帰によって、シーンが大きく変わっている。
まさかアメリカからライガースの全試合契約などという条件がやってくるとは。
それだけ大介のやってきたことが、向こうでも認められていたということである。
そしてその大介を、ほぼ一人だけ圧倒していたのが直史だ。
レギュラーシーズンでは四割近く、ポストシーズンでは五割に達する打率を誇る大介。
それと真っ向勝負して、打率二割以下に抑えたのは、リリーフでほんのわずかな対戦しかないというピッチャーを除けば、直史だけである。
もっともこちらは、さすがにブランクがあるということで、大介ほどの影響はなかったが。
しかし直史のやっているおかしなピッチング。
パーフェクトは達成できなくても、バッター27人で試合を終わらせる。
こんな圧倒的なピッチングをしていれば、自然とあちらでも話題とはなるのだ。
そして日本の野球であっても、ネットがあれば見られるのが今の世界だ。
100球以内でどんどんと相手を完封していって、ノーヒットノーランをシーズンに複数回達成。
日本語は分からなくても、やっていることは分かる。
これがスポーツという、ルールさえ分かっていれば全世界で通用する共通言語なのだ。
ライガースとの三連戦。
ここで一気にまた逆転するかもしれない。
少なくとも直史は、ここで自分の負債を精算する必要があるとは感じていた。
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