第63話 悪魔の攻略法

 今シーズンは三連敗もなかったのに、ここで四連敗。

 せっかくライガースと逆転した勝率が、また再度逆転である。

 ただ一気に離されたというわけでもなく、まだ直接対決も残っている。

 もっともレックスとライガースの選手事情を考えれば、直接対決をしたところで、一気にゲーム差が詰められる可能性は少ない。

 しかし確実に一つは勝つために、直史を当てるようにローテの調整はしようか。

 レックス首脳陣の考えていることは、ごく普通のことである。


 その前に、まずは神宮でスターズとの対決。

 幸いと言うべきか、上杉はおそらく投げてこないローテに当たっている。

 実際に初戦では投げてこなかった。

(ここのところのちぐはぐさはなんなんだ?)

 直史はここのところ、珍しくも無駄に悩んでいる。


 バチが当たっている、と言うべきであるのか。

 ただやはり自分ではなく、その周囲に報いが与えられている。

 そのくせ明史の容態が悪化したということなどはなく、本当に致命的なことなどは起こらない。

 直史自身は守られているが、運命が楽な道を進むことを許さない。

 このスターズとの試合も、おそらくはパーフェクトには届かないのだろう。

 それが運命、とでも言うべきものなのだろうか。


 直史は無神論者であるが、この世にはある程度の因果応報というものはあると思っている。

 そして自分はどうやら、自分自身ではなく周囲に影響が与えられて、悪い方向に未来が転がっていくのだ。

(考えすぎだとは思うんだけどな)

 落ち着いて考えればそうでしかないのだが、ここまでの人生を見ていると、どうも自分は何かに誘導されているようにも思えたりする。

 とりあえずやるべきは、目の前の試合で投げることではある。




 何をどうやれば直史を打てるのか。

 先日の試合で、ある程度は悟が証明した。

 一試合で一人のバッターに二本以上のヒットを打たれたのは、タイタンズ戦が初めて。

 ただ点は全く取れていない。

 悟はそもそも、若い頃には最多安打のタイトルや首位打者のタイトルも取っているので、そもそもレベルが違うという話でもあるのだ。


 直史はこの試合も、おそらくはパーフェクトには届かないだろうと思っている。

 自分に課せられた役目のうち、パーフェクトが一番時間的には最短距離で目標を達成出来る。

 しかしその都合のいい条件は、どうも直史から遠ざかっているように思える。

 またシーズンMVPには、大介という最大のライバルがいる。

 沢村賞を狙って取るのが、一番現実的という笑えない現実である。


 セットポジションから、普段どおりに投げようとする。

 ただ直史の観察眼は、スターズ先頭打者の末永のわずかな動きに、違和感を抱く。

 以前にホームランを打たれているということもあり、危険なバッターだということは分かっている。

 だがそれとは違う感覚だ。

(ふむ)

 直史は初球をカーブから入った。

 それに対して末永は、セーフティバントを決行してきた。


 上手く打球の勢いを殺していたが、マウンドの上の直史の動きが一番早い。

「ピッチャー!」 

 自分で叫んで捕球した後、しっかりと一塁へ。

 わずか数歩ではあるが余裕をもって、アウトとなった。

(奇襲にしても、初回の先頭打者からか)

 スターズの執念を感じさせるプレイだ。

 タイタンズとの試合に一番力を入れたいと思っているだろうが、レックスを落とすことも重要なのだ。

 特に上位のチームのうちレックスは、直史一人のチームに対する影響が大きい、と分析されている。

 毎試合出場する野手の大介よりもだ。




 まずは一球でアウトが取れたことを喜ぶべきであろう。

 直史のフィールディングの上手さには定評があるので、これまであまり対戦相手は、セーフティバントなどはやってこなかった。

 しかしスタミナを奪うという意味でも、セーフティバントに加えてバスターなども、悪い手段ではないだろう。

(厄介だな)

 ただ最近のプロ野球選手は、送りバントの得点効率が低いことが分かってきて、バントが下手な選手が多くなっている。


 実のところアマチュアではまだまだ、バントは技術として重視されている。

 だがそもそもプロに来るような選手というのは、アマチュアレベルではバントではなくヒットを求められるような選手ばかり。

 なので当然ながら、バント技術はあまり重視されていない。

 おそらく直史はその中なら、かなりバントが上手い方だろう。


 二番三番と、さすがに連続でバントを仕掛けてくることはない。

 ただ内野は、やや前進守備になっている。

 直史としては上手く後続は内野ゴロに打ち取れたが、相手が何かをしてくるだろうな、という空気はずっと感じている。

 単純なライガース打線と違って、スターズ打線は点を取ることに対して、変な意地を張ってこない。

 それだけに恐ろしいことは恐ろしい。


 先に点を取ってくれないか、とは思うがそれも甘くはない。

 一回の裏のレックスの攻撃は、ランナーこそ出したが無得点。

 最近のレックスは左右田と緒方がかなり一二番として機能しているのだが、全てが上手く働くはずもないのである。




 先頭の末永は初球からセーフティバントを狙ってきたが、二番以降はむしろ待球策を取ってきていた。

 それでも一桁の球数で初回を抑えられたので、今のところペースは悪くない。

 問題なのはこの先である。

 九回をひたすら、点を取られないように、球数が増えないように投げる。

 機械的な作業というのは、直史であっても好きなものではないのだ。

 かといってかなりの駆け引きが必要な相手との対決は、精神的に疲労するのも事実である。


 どの程度の労力を、目の前の相手にかけるか。

 それは普通のピッチャーでも、どれぐらい力を入れるか変わってくるものだろう。

 直史の場合はそれが、どれぐらい頭を使うかということになる。

 そして球数を減らすことと、頭を使うことを浅くすること、どちらがより労力がかかるかを考えてみたりする。

 普通はそんなことは考えない。

 直史が普通でないのは、今さら誰も指摘しないことではある。


 待球策を取ってくるなら、ゾーンばかりでまず勝負する。

 そしてツーストライクまで追い込んだら、一気に決めてしまう。

 ストレートの空振り三振が、バッターには一番効果があるだろう。

 ただコースを突いたぎりぎりの見逃し三振も、また完全に想定を外した見逃し三振も、ピッチャーには気持ちのいいものである。


 二回の表、スターズのバッターは三者三振。

 いきなり首脳陣のプランが狂ってくる、異常な投球内容。

 初回よりはマシであるが、それでも10球しか投げさせることが出来ていない。

 今年何度目かのことであるか、誰もが忘れていることをまた思い出させる。

 これがブランクが五年以上ある、40歳のピッチングなのか、と。


 


 直史はどこかでパーフェクトが途切れる予感を、ずっと感じている。

 それは確信とも言えるもので、だからこそ早めに援護点はとってほしい。

 しかし二回の裏も味方は点を取ってくれていない。

 いつものことだ、とは思うが今日の相手ピッチャーは特に出来も良くない。

 ヒットも出ているのだが、上手くそれが活用できていないのだ。

 こういう場合は直史も、流れが悪いなと感じる。


 野球というのは、運が良くないと勝てない試合、というものがある。

 逆に運が悪くて負ける、という試合もあるものだ。

 高校一年の夏など、エラーで負けたという見方もあるだとろうが、それはサヨナラの点であって、それ以前にも点を取られている。

 高校二年のセンバツなども、明らかに天候の運があった。もっともあれはそれがなくても、ちょっと勝つのは難しかっただろう。


 実力差がそのまま出るスポーツというのは、もっとメンバーが少なくて、それが固定化されているスポーツであろう。

 野球はピッチャーが毎試合投げられるわけではないので、その時点でかなり厳しい。

 もっとも前に直史がレックスにいた時は、武史以外に金原と佐竹、あとは古沢や吉村などもいて、かなり計算で勝てたものだが。

 あれも樋口がいたからこそ、の成績であろう。


 優れたピッチャーであっても、味方の打線によって勝てるかどうかは変わる。

 過去の沢村賞なども、だいたい受賞者はシーズンに五回ぐらいは負けているのだ。

 上杉にしてもNPBでシーズン全勝などというのは、二度しかない。

 一敗だけというシーズンは四回ほどあるが。

 武史もNPBの初年と、MLBの初年は無敗の年がある。

 だがレギュラーシーズン無敗というのは、直史だけなのである。




 NPBの二年間と、MLBの五年間。

 240登板208先発204勝31セーブ無敗。

 投げるために生まれてきたかのような、人間を超越した成績である。

 NPBのシーズン22完封、MLBのシーズン32完封。

 こんな記録があるからこそ、ごく少数の例外の内に入れてでも、殿堂入りをさせようという動きが出てくるのだ。


 だいたい伝説というのは、引退したり死んだりすることによって完成するが、直史の場合はそもそもプロ入りしなかった時点で伝説であったと言えなくもない。

 そこからプロ入りして、現在進行形で伝説を作っていって、引退して伝説が完成したと思ったら、また新しく伝説を作りにくる。

 野球の神様と、少なくない信奉者が、これを見たかったのだろう。

 これと戦うためには、他の全ての選手が結託するしかないのか。

 そんな馬鹿なことまでも思わせる。


 三回の表、下位打線相手にはほどほどに力を抜いて、上手く打たせて取るようなピッチングをする。

 ただピッチャー相手には、ストレートを主体で三振を取りにいった。

 格の違いを思い知らせて、味方の打線を援護しようという考えである。

 予定通りに三振は取れたが、果たしてどれぐらいの効果があっただろうか。

 ピッチャーならば、三振しても当然だ、と直史本人は割り切っているのだが。


 ただこれは確かに、効果があったらしい。

 三回の裏、レックスは連打でまず先取点。

 そしてそこから外野フライでもう一点を取った。

 おおよその人間にとっては、これでもう安全圏だ、と勘違いさせてしまう、直史の投げる試合の二点差である。

 もちろん本人は、そんなことは思っていない。




 二点差となってはもう、ほぼ勝ち目はない。

 それは過去の試合を見ていれば、あるいは記録を見ていれば、悲観的なわけでもなく単なる事実だと分かるのだ。

 だが今季直史は、一度試合の途中で交代している。

 勝ち星はついたものの、次の試合では復帰直後ということもあり、勝ち投手の権利を得ることなく降板し、今までに一度だけ勝ち星のつかない試合になっている。


 極端な話、直史を全チームが総がかりで潰しにかかるべきなのだ。

 甲子園などのようなトーナメントにおいては、直史はチーム内に岩崎をはじめとして充分にエース級のピッチャーが他にいたため、そちらに労力を分担してもらっていた。

 それでも二年の夏は、真田との投げ合いで無理をして、決勝には投げられなくなったが。

 あの決勝、直史が投げていたらどうなったか。

 それはもう変えようがないイフであるが、魅力的な空想でもある。


 四回の表、スターズは打者二巡目。

 この一番末永が、直史にとっては一番の要注意打者となる。

 ホームランを打たれたということもあるが、それよりも初回の初球セーフティ。

 ある程度の指示が出ていたとしても、それを躊躇せず実行してきた。

 直史が捕らずサードに任せていたら、あれはセーフになっていただろう。

 ただ直史のフィールディングを計算に入れていなかったのも、あちらのミスであろうが。

 

 以前は直史相手に、セーフティを仕掛けてくるバッターはそこそこいた。

 それをことごとくアウトにしていたものだ。

 ただ今それをやられると、はっきり言って疲れる。

 打球処理は他に任せて、投げることに専念したい直史である。

 せめて向こうから打球が来てくれるのならありがたいのだが。




 このままのペースで投げるなら、おそらく直史は25勝ほどはしてしまうだろう。

 NPBのシーズン最多勝は、ピッチャーの運用が今とは全く違う時代の42勝。

 それはさすがに別として、現代野球の範囲と言っていい21世紀以降の最多勝は直史の二年目の27勝であり、次が上杉の26勝である。

 少し多めに投げたとしても、26勝までか。

 21世紀の記録更新は、そう簡単に出来そうではない。


 末永はマウンド上の直史を、完全に自分とは格の違う相手だと思っている。

 だがそんなピッチャーでも、全く隙がないというわけではないのだ。

 今年二度、ホームランを打たれている。

 先発で既に規定投球回以上を投げて、たったの二本というところがおかしいというところはある。

 またその二本というのは、五月までのこと。

 明らかに感覚を取り戻している最近は、ヒットを打たれてもほとんどが内野安打か内野を抜けていく打球。

 その中では悟がすごい、ということになるのだが。


 あちらはパ・リーグ時代に複数回のトリプルスリーに、最多安打に首位打者のタイトルを何度も取っている。

 打率を保ちながらも、長打力の高い5ツールプレイヤーである。

 実績は全く及ばないが、参考とするべきことは多いプレイヤーなのだ。

(とは言ってもこの人はなあ)

 確かに一本、ホームランは打っている。

 だがここ数試合の直史は、あの頃とは格段に状態が違うと思う。

 100球未満の球数で完封するというのが七試合も続いているというのは、尋常なものではない。


 プロに来るほどの選手であれば、とんでもない才能は色々と見ている。

 現在のNPBにも、上杉をはじめ人間離れした選手は多い。

 だが完全に直史は、それらとは異質なタイプだ。

 才能という言葉で表現するのは、違うタイプに思えるのだ。




 初球からインハイストレート。

 空振りを狙っていったが、わずかに当たって打球はバックネットに突き刺さる。

 だがファールでもストライクカウントは増える。

 直史はそのあたり、結果主義でもある。

(あと一年か二年、上手く成長したらNPBを代表するバッターになるかもな)

 その後は例のごとく、MLB移籍だろうか。

 守っているところがライトなので、内野よりは挑戦しやすいかもしれない。


 二球目、カーブでタイミングを崩す。

 無理に打ちにはいかず、そのままバットを止める。

 これがまた絶妙に、ゾーンの中を通っている。

 落差があるので、ボール判定されることもあるのだが、それはここまでのバッターへのピッチングで確認してある。

 末永としては難しいところである。

 現実としては、ツーストライクで追い込まれているのだ。


 ミートを意識したバッティングをする。

 まずはパーフェクトを消してしまわないと、今後のチームの士気に関わる。

 上杉が投げていればまた話は変わるのだろうが、首脳陣は上杉を酷使しないと決めている。

 この化物をどうにかしないと、NPBのバッター全てが悪い影響を受ける。

 あの大介でさえ、MLB時代の通算成績を考えれば、勝っていたとは言いがたい。


 末永が考えていたのは、この追い込まれてからのセーフティである。

 さすがに意表を突くだろうが、上手く転がせるだろうか。

 末永はNPBの中では、かなりバントも上手いのだが、直史に捕らせるのはまずい。

 もっともそれはそれで、集中力を削ぐことが出来るかもしれないが。




 直史の想定の中には、末永のスリーバントというものも含まれている。

 野球はとにかく、相手の予想を裏切った方が勝つスポーツであるのだ。

 その末永へは、遊び球も使わずに三球目もストレート。

 バントの構えを見せたが、当てたボールは高く上がった。

「ピッチャー!」

 直史が二歩踏み出して、そこでキャッチ。

 問題なく10個目のアウトである。


 伸びのあるストレートでバントを失敗させるというのは、ピッチャーにとっては普通のことである。

 ただ球速は145km/hしか出ていなかった。

 バントをするのも難しいのに、まともにヒットも打てるはずがない。

 しかし直史は、ホームランで点を取られている。

 だからといってそもそも打つのが難しいホームランを狙うのか。


 ホームランの打ちそこないがヒットなのか、ヒットの延長線上にホームランがあるのか。

 そんな問答が過去にはあったが、正しいのは前者である。

 バッティングの基本というのはフルスイングで、そこからケースバッティングをしていくのだ。

 飛ばせないバッターなど、ほとんど怖くはない。

 もっともランナーが三塁にいる時、確実にヒットを打てるようなバッターなら別だが。


 大介の打席の前ではランナーを出さない。

 それは直史が、高校の紅白戦の頃からやっていることだ。

 他の強打者の前でも、ランナーは出すべきではない。

 そもそも全てのランナーを出さないことが、それだけ試合に勝つことにつながるのだ。

 末永を打ち取ったことで、その後ろのバッターも楽に片付けることが出来た。

 悪いバッターではないのだが、直史にとっては相性のいいバッターが多い。

 ホームランバッターよりもアベレージヒッターの方が、打ち取るのは難しい。




 四回の表も、スターズの打線は沈黙。

 ただ末永が色々とやってくるのには、直史も注意している。

「あるいは打撃妨害を狙ってくるかもな」

 直史は迫水に、そんなことを言ったりした。

 直史がパーフェクトを逃してノーヒットノーランになった試合は、三試合ある。

 そのうちの二度は、エラーが原因というものだ。150イニング以上投げて、フォアボールよりも味方のエラーの数の方が多い。

 普通のピッチャーならキレてもおかしくない。


 ただそのあたり、さすがに直史は年の功とでも言うべきか。

 単純に怒っても、萎縮させるだけだと分かっているのだ。

 重要なのはそれを糧とすることである。

 それをしない人間は、すぐにこの世界から消えていく。

 直史などはもう、力を維持するような段階に来ているのだが、いまだにどこか成長の余地があったりする。

 成長と言うよりは、変化か進化であるのかもしれないが。


 追加の援護点はないまま、直史は五回の表のマウンドに登る。

 四番から始まるこの回も、一人ずつ上手く抑えていく。

 下手に球数を減らすことだけではなく、バランスよく打たせて取るのと三振を取るのを考えている。

 空振りするようなストレートであっても、今日は145km/hまでしかスピードは出ていない。

 それなのに当たらないのだから、球速が全てではない。


 過去に球速の出ない本格派、というのはいた。

 だがそういったピッチャーには、他にもちゃんと武器があったのだ。

 直史にもまた、多くの武器がある。

 同じストレートであっても、角度を変えることが出来る。

 これを重ねれば、ストレートの軌道が全く同じコースでも、角度が変わってくるのである。

 何度もこれを利用して、三振を奪う。

 ストレートを何種類も持っておくべきなのだ。




 五回が終わってまだランナーが一人も出ない。

 加えて今日の直史は、まだスルーを使っていない。

 球種をあえて制限した上で、コンビネーションだけで打ち取っている。

 もっともストレートの仕組みに気づけば、もう少し打てるかもしれないが。

 それに気づかせないのも、一つの技術である。実際に気づかれてはいない。


 そしてレックスはそれに対し、ついに打線が爆発した。

 一気に三点を追加して、試合の行方を決める。

(これは場合によっては、リリーフに交代した方がいいかもしれないな)

 パーフェクトが継続中で、球数もそう増えてはいない今なら、交代のしようがない。

 ただ明日の天気予報から、おそらく試合は中止になると思われている。

 ならばリリーフ陣のピッチャーを、使っておいた方がいい。


 昨日の百目鬼の投げた試合まで、勝ちパターンのリリーフ陣はかなり投球間隔が空いている。

 明日も休みになるというなら、今日は投げて感覚を取り戻しておくべきだ。

 もちろんそれも全て、パーフェクトが途切れることが前提の話だが。

(俺の判断することじゃないけどな)

 それにパーフェクトが途切れても、ノーヒットノーランは続くかもしれない。


 エラーなどで一人ぐらいランナーが出れば、厄介な末永をツーアウトから迎えることが出来る。

 それはそれでやりやすくはなるが、それ以上は試合で投げる必要がなくなってしまう。

 果たしてどうなるのだろうか。

 そう考えながら、直史は六回のマウンドに登る。

 パーフェクトはまだ遠い。




 直史は六回までは、出来るだけペース配分なども考えて投げるつもりでいた。

 なぜかというと残り一巡になってからなら、あとは全力で投げてももう一度打席が回ってこないと考えるからだ。

 実際には一人でもランナーが出れば、もう一度対決することになる。

 特に一番バッターが厄介な時は、この原則を守るつもりもない。

 引き出しを全部見せた上で、対決するということは嫌いなのだ。


 スターズとの対決は、まだまだ残っている。

 今のままの日程であると、直史が投げる試合もあるのだが、日によってピッチャーの仕上がりというのは違う。

 直史の場合はその出来がほとんど変わらない。

 ものすごく高いレベルで、常に調整されている。

 だがこのメンタルまでも含めたコントロールが、まだ全盛期には戻っていないのでは、という感じもする。


 直史の全盛期がいつであったかというのは、それこそ議論が分かれるところであろう。

 ただ成績だけを見るなら、引退直前の二年のうちのどちらかだ。

 しかしMLB三年目の、途中でメトロズに移籍した年は、年間無失点であった。

 他の年は最低でも一点は取られている。

 あるいはクローザーの方が本来の資質であったのでは、などと言われるのはこの時の数字が元である。


 今年が全盛期と言うのは、ちょっとではなく無理があるだろう。

 ただ他とは一線を画しているというのは間違いない。

 この七回も、誰もランナーを出さない勢いで投げている。

 先頭打者の末永をショートゴロで打ち取り、一息吐く。

 そして瞬時に気分を切り替えて、次のバッターには油断しないようにする。

 集中力の切り替えによって、テンションが途切れないようにするのだ。




 これはいってしまうのではないか、という空気が出来てきた。

 末永から始まった上位打線が、残りの二人は連続三振で打ち取られた。

 変化球でファールを打たされてからの、最後はストレートの空振りである。

(おかしいな)

 直史としては、今日の試合もパーフェクトが出来る感覚がない。

 だがあと六人、連続で三振を奪ってしまえばいいのではないか。

 球数を上手く節約出来ているので、ちょっと複雑なコンビネーションを使っていける。


 点差があると言っても、ランナーさえ出さないピッチングが出来ればいいのは間違いない。

 スターズは現在四位であるが、クライマックスシリーズに出てこられれば、怖いチームであるのは確かだ。

 チーム力では上でも、対決するのはタイタンズの方が気楽になる。

 一番いいのはペナントレースを制して、勝ち上がってくる相手を待つことだ。

 だがそういう流れにはならないのでは、という予感もする。


 直史は復帰してから、楽天的な予感や、絶対無敵という感覚がなくなっている。

 それはおそらく、長く実戦から遠ざかっていたということもあるのだろうが、それよりも相棒の性能もあるだろう。

 迫水には任せられる部分がまだまだ少ない。

 だがここからは、一気に加速していく。怪我をしない程度に。


 八回の表に入る前に、さらにレックスは得点。

 8-0という圧倒的なスコアになった。

 これでパーフェクトまで達成してしまえば、この三連戦のカードは優位に戦えるだろう。

 あしたの天気が雨にならなければ、よりありがたいのだが。

(これでパーフェクトが出来ないのは、どういう理由になるんだ?)

 そもそも直史は以前も、パーフェクトをずっと狙っていたというわけではなく、目の前のバッター一人一人を攻略していく、という意識が強かったのだが。




 八回の表となる。

 あと六人でパーフェクト達成。

 だがわずかに足らない、というのが今年の直史のピッチングではよくあったのだ。

 バッターボックスには四番打者。

 直史はここでも、ストレートを使って高めに投げる。

 ボール球を振ってきて、内野フライとなる。

 守備範囲は直史ではなく、ショートの左右田が前進してくる。


 セカンドの緒方も球は追っていたが、左右田の動きをしっかりと見ていた。

 充分に追いつく内野フライであったが、左右田はマウンドとの境目で足を躓かせた。

 伸ばしたグラブに、ボールは入らない。そして緒方がフォローしても、四番は既にファーストを通過している。

 神宮に悲鳴がこだました。


 なるほどこういうことか、と直史は苦笑する。

 エラーはエラーだが、運が悪い。

 神宮のマウンドに慣れている、直史が追いかけるべきであったのかもしれない。

 ただこういうことは、いつでも誰にでも起こりうることなのだ。

 倒れたまま起き上がれない左右田に、緒方が手を差し出して起き上がらせる。

 全く、こういうことがあるから、野球は面白い。


 八回の表、先頭打者が出塁した。

 しかしここから、スターズが何かを出来るというはずもない。

 点差が大きすぎて、逆転は不可能だ。

 ただ直史は、やるべきことはあるな、と思っていた。

 続く五番に打たせた打球は、またも左右田の正面へと。

 ここでエラーをすることなどはなく、体が勝手に動いた。

 6-4-3の連携でダブルプレイ。

 ランナーを消して、ツーアウトとすることに成功したのであった。

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