第62話 力と技術
大介も上杉も、打球の飛距離とボールのスピードで知られたプレイヤーである。
だがこれをもって二人を、単純なパワーだけの選手とするのは間違っている。
大介の場合は確かに、その体格からしたら信じられないようなパワーがあるように思える。
もっともそのパワーを打球に伝達させるのには、やはりミートの技術がいる。
上杉にしても単純にスピードがあるのではなく、それをちゃんとコントロールしているわけで、肉体の操作は技術にあたる。
天性の素質というものは確かにあるだろうが、その素質を完全に活かすようにするのは技術で間違いがない。
この二打席目の大介は、自分のエゴを抑えている。
上杉はかつてのような、完全なる神の領域のピッチングというのはもうしない。
大介に対してだけは別のようだが、普通に試合で一点以上は取られているのだ。
ポストシーズンの試合は、エースの力が重要となる。
その点ではやはり、スターズは怖い存在なのだ。
ここで少しでも打ち崩しておくのは必要なことであろう。
この20年以上、治療とリハビリの二年間を除くと、上杉のNPBにおける影響は巨大であった。
一度目の故障からはやや落ちたと言われるが、それでもまだ余裕で沢村賞を取っていったのだ。
さすがにこの五年ほどは、圧倒的な支配力は落ちている。
だがそれでも、ここぞという時には力で制圧してくる。
大介相手には、それでは通じないが。
インハイストレートを、上手く体を開いてセンター前に。
単打ではあるが、先頭打者として出塁に成功する。
上杉はコントロールもいいので、四球を選ぶのは消耗するのだ。
(これで最低限の仕事は出来たけど)
だがその後続三人が、大介を二塁にまで進めるのがやっと、というのが今日の試合である。
今年の上杉はやはり、沢村賞級に復活している、というのが大方の見方だ。
直史と投げ合った試合では、復帰戦であった直史が、途中で降板したこともあり、レックスを降している。
そしてライガースへも、大介を最低限の活躍に抑えている。
チーム力の関係で、今は四位にいるが、タイタンズとの差は充分に逆転が可能な範囲にある。
上杉の力をいかに活かすかが、今年のスターズがペナントレースをどう戦うか、という基本戦略になっているのだ。
去年までは、もういつ引退でもおかしくないと思われていたのに。
やはりモチベーションの有無が問題なのであろう。
大介にしても去年のシーズン、MLBではついに三冠王のどれかのタイトルを失うだろう、と言われていた。
しかし直史のNPBでの復帰を聞いてから、一気に調子を取り戻して各種タイトルを独占。
終わったと言っていた周囲を実力で黙らせた。
精神は肉体を凌駕するのだ。
この二人に比べると直史は、そもそもプロで活躍した期間が短い。
ただその短いシーズンで、多くの空前絶後の記録を作り続けたものだが。
そしてわずかに休みはしたが、大きな故障もない。
高校時代から無理をしていないのが、結局はこの40歳ブランクありの復帰、を可能にしたのかもしれない。
大学時代も、本人は無理をしたという認識は全くないが。
そもそもプロでも、休養にしっかりと時間を取っていたのが直史なのである。
その直史から見ても、やはり頭がおかしいと思えるのが、この二人の対決なのである。
160km/hオーバーを20年以上投げてきて、400勝をも超えてしまった上杉は衰えてなお、現役の伝説である。
そして大介は去年まだ、MLBで三冠王を取っている。
12年間で結局、打撃タイトルを全て独占し続けた。
そんなバッターは今後、二度と現れないであろう。
テレビで直史は、この試合を見ている。
ライガースの大介は、シーズンMVPの競争相手。
沢村賞に関しては、今のところ直史が完全に他を引き離しているが、もし故障でもした場合は、上杉がその対抗として上がってくるだろう。
もっともノーヒットノーラン三回というこの記録は、普通なら比較など無理で、それこそサイ・ヤング賞なら取れるだろう。
しかし沢村賞は、先発完投型のピッチャーが選出条件だ。
あと直史は、選考委員に嫌われている可能性が高い。
これらのことはほぼ全て、取り越し苦労である。
沢村賞の選考は、あの1981年の選出以来公平性と実力主義を強く意識したものとなっている。
ただ上杉の負け星が少ないことだけは、直史にとっては不安要素だ。
この点では直史は本当に、心配性と言ってもいいものであるが、それも直史の事情からしたら当たり前のものであるのだ。
大介と上杉が、いやスターズがライガースを潰してくれるのは、レックスにとって都合がいい。
シーズンMVPを取るためにも、ペナントレースを制したいという気持ちはある。
いくつかの選択肢があるがゆえに、逆にどれかを完全に捨てることも出来ない。
直史はそう考えて、残りのシーズンを戦うことを決めているのだ。
(一試合ごとに首位が入れ替わるような状態だしな)
シーズン終盤に向けて、ペナント争いはまだ厳しくなっていくだろう。
ライガースとしては今シーズン、Aクラス入りはほぼ確実だと思っている。
元々大介がいなくても、そこまでは見据えていたのだ。
しかし大介の貢献によって、ペナントレースを制することは現実的になっていた。
いや、この戦力なら本来なら、レギュラーシーズンの優勝は当然とも言えた。
だがレックスが競り合ってくる。
毎試合出る大介と違い、ローテを守っているだけの直史なのに、ここまでレックスを強くするとは。
それは何度も言われていることだが、直史が完投することによって、リリーフ陣を温存できるからだ。
極端な話、直史は先発ピッチャー一人と、勝ちパターンのリリーフ一人分の仕事をしている。
それだけブルペンに余裕があるので、レックスは勝てそうな試合を確実に拾っていける。
これがもう少しシーズンの終盤になれば、ビハインド展開でも強いリリーフを投入して、逆転を狙っていくこともあるだろう。
それが許されるのが、今のレックスのベンチ事情だ。
ペナントレースを制したチームが、おそらくは日本シリーズ進出も決める。
一勝分のアドバンテージというのは、ピッチャー運用において圧倒的に有利になるのだから。
かつてレックスが、直史のいたレックスがライガースに勝ったのは、アドバンテージがあったからこそと言える。
逆にそういったもののないMLBにおいては、ワールドシリーズのメトロズ戦で四試合も投げて三勝し、四試合目に敗北した。
クライマックスシリーズのファイナルステージ、いくらなんでもあの日程では、直史を四試合先発させるわけにはいかない。
アドバンテージがあった年でさえ、二試合までであった。
ない場合は、やはり二試合とリリーフ一試合が限界であろう。
こういったことをしっかり、首脳陣は考えているのだ。
ペナントレースを制するのもいいが、やはり日本シリーズ優勝を最大の目的とするべきであろう。
その前提として、ペナントレース制覇が大前提となるのだが。
スターズ首脳陣は、あともう一度ぐらい優勝したいと思っていた。日本一になりたいと思っていた。
上杉の花道を飾るために、それぐらいのことがあってほしかった。
だがスターズフロントは、そこまで積極的な補強を行っていない。
上杉の高額年俸がなくなれば、FAで選手を取るのもやぶさかではない。
上杉も全盛期よりは年俸は安くなっているのだが、それでもMLBを選ばず、NPBに残ってくれた上杉に対しては、安すぎると思われるものなのだ。
そんなことを考えていたのに、直史が復帰し大介が帰国した。
これでまた優勝からは遠ざかるかと思ったら、その上杉がまさに数年前の調子で勝ち星を増やしているのだ。
同じピッチャーとして直史を、そして対決するバッターとして大介を意識することが、これほど成績に影響を与えるのか。
そして上杉の熱意は、チーム全体に浸透していく。
戦力的には、Aクラスに入れれば充分というものであったが、タイタンズとのゲーム差も少なく、ポストシーズンに進めば短期決戦で下克上は充分にありうる。
この試合、上杉は大介相手に力を集中しながらも、他のバッターを確実に抑えている。
そしてスターズ打線が、上杉を援護するために少しずつでも点を取っている。
大介の第三打席は、普通ならフェンスに達する長打になっていたのだろうが、深めに守っていた外野がダイビングキャッチと、見事なプレイを見せていた。
(この試合は勝つ)
スターズの首脳陣を確信させる、上杉の力が働いている。
一人のエースがこれだけチームに影響を与えているのだ。
まさに日本の大エースと言えるだろう。
その上杉を、成績では上回るピッチャーがいるというのが、まったくこの世の脅威とでも言うべきなのかもしれないが。
長打を打ったが点に届かない。
大介が塁に出ても、上杉はバックの力も借りて、ホームへの帰還を防ぐ。
(やっぱりホームランだな)
既にヒットは二本打って、自分の仕事は果たしたと言っていいだろう。
だから次の打席は好きにさせてもらおう、と思っているのだ。
しかし点差が4-0と少し開いてしまった。
これは大介の四打席目までに、上杉が交代する可能性が充分にある。
かつての大介の知るライガースであれば、そこから一気に逆転に持っていった。
だが今のライガースは、大味な部分がかなりある。
目の前の一つの勝利への執念が足りず、落としている試合がたくさんある。
もっともそんな隙のない試合をしていたのは、直史と樋口のいた頃のレックスぐらいであるとも思う。
野球は偶然性の高い、力と力のぶつかり合いという面が大きいのだ。
試合の展開は、完全に上杉の作った流れの中にあった。
そして大介の恐れていたことが起こる。
5-0まで点差が開いたことで、上杉はリリーフにマウンドを譲って降板したのである。
八回、大介の四打席目の前である。
(残り2イニングで、俺に回るんだぞ)
大介はそうも思ったが、上杉をいかに使うかが、スターズの戦略なのだ。
これに文句を言うわけにもいかない。
現代野球は確かに、いまだに偶然性が高いスポーツではある。
しかし投手の分業制によって、ある程度の点差があれば、終盤に逆転することが難しくなってきている。
もちろんそれなりに起こることはあるので、それこそが野球の醍醐味とも言えるのであろうが。
逆転を許さない直史のピッチングなどは、野球とは違うスポーツなのかもしれない。
だがそれがいい、というファンが信者となって、大勢いるのも確かだ。
八回、ワンナウトから大介の第四打席が回ってきた。
ランナーのいないこの状況、そして五点差。
下手にホームランを打つよりは、ランナーとして細かく動いた方が、チャンスは拡大するかもしれない。
だが残り2イニングで五点差というのは、控えめにいっても勝負は決まったと言っていいだろう。
上杉も降板したし、あとは大介の四打席目を見れば、観客も帰る支度をするかもしれない。
そんな状況で、大介はバッターボックスに入ったのである。
無得点で終わるのはよくない。
ライガースはたとえ負けても、殴り合って負けないといけないチームだ。
だからこそ直史は恐ろしいのだが。
スターズも残りの二試合、勝つためには一点も取られないことを考えるべきであったろう。
それよりも上杉を消耗させないことを優先したのであろうが。
わずかな隙だ。
しかしそこを突いて、残りの二試合を勝つための勢いを持ってくる。
リリーフのピッチャーは、明らかに大介に投げにくそうにしていた。
ここで一点を取られても、大勢に影響はしないはず。
それでも打たれてしまうことは、嫌に決まっている。
アウトローに外して、とりあえず様子を見てくる。
バットの届く範囲であったが、大介は手を出さない。
もっと決定的な仕事を、しなければいけないのだ。
それがなんであるのかは、流れを変えるための何かだ。
最低でもホームラン。
勢いを止めて流れを変えて、明日の試合につながるパフォーマンスを残す。
その意味では神奈川スタジアムは、悪くない舞台であったろう。
初球のアウトローを、完全に見逃した。
ゾーン内のアウトローを、誘導するためにである。
低めに外れた球には反応しない。
だが高めの球は振っていく。
ストライクカウントが増えていく。
ツーボールツーストライクから、勝負してくるかどうか。
ここはバッティングカウントであろう。
出来ればここで勝負したいだろうが、ボール球をまだ使うことが出来る。
(それでもまあ、ここだろうな)
外のぎりぎりで勝負してくるだろうか。
逃げていくボールを投げられたら、素直に三振してやろう。
その期待通りの、アウトローへのストレート。
バッターにとっては一番、遠心力でパワーの伝わるコース。
昔は長打を防ぐためには低め、などと言われていた時代もあったし、今もある程度は間違ってはいない。
だが一番飛ばせるのは、アウトローであるのだ。これは力学的には当たり前のことである。
アウトローのストレート。
ぎりぎりに投げられた、とてもいいボール。
だがスピードもあるこの球だからこそ、持っているエネルギーも大きい。
大介はこれをジャストミートして、センター方向に完全に引っ張った。
(くそ、方向が)
センターが完全に見送ったボールは、バックスクリーンへと。
そしてビジョンを破壊し、スタンドを揺らした。
大介は破壊神と呼ばれている。
それは単純に破壊力に優れているからだ。
相手ピッチャーの心を折ったり、キャッチした野手の指や手首を破壊し、スタンドの座席を破壊したりと、派手なことばかりをしている。
そしてその破壊対象の中には、バックスクリーンのビジョンも含まれる。
スターズが完勝というムードを破壊した。
ただこのホームランを現地で見られた者は幸運であったろう。
大介としては場外を狙っていたのだが。
ともあれこの一打で、スタジアムの空気がベンチまで含めて、完全に変わったのは確かであった。
もっともスターズも、ここでしっかりとピッチャーを代えてくる。
心が折られたとかではなく、ここで間を置くということが重要だと分かっているのだ。
幸いにも舞台は甲子園ではない。
ライガースファンの圧倒的な声援などはなく、ざわめきも時間の経過で落ち着いてくる。
これでとりあえず、今日の試合は逃げ切れるだろう。
だがせっかくのスターズの勢いも、殺されてしまったことは確かだった。
今年も大介は、あわや場外などというホームランを既に打っている。
MLBでは球場の形の関係で、年に数本は場外を打っていた。
サンフランシスコでは場外のさらに遠く、海の中にまで飛ばしてしまったりしたものだ。
飛距離がどうであれ、ホームランはホームランで、点数は一点でしかない。
だがそれが心理的に与える影響は大きく違う。
意気消沈していたライガースは息を吹き返し、スターズは完全に勢いを止められた。
ここで逆転までしてしまえば、完全にライガースの流れになるのだろうが、そこまでは甘くはない。
第一戦の結果は、5-1でスターズの勝利となった。
オールスターを挟んで八試合、大介はホームランが出なかった。
しかしその後は三試合連続でホームランをたたき出し、また打率も長打率も一気に上がってきた。
特にスターズとの第一戦は、試合にこそ負けたが大介自身は四打数の三安打。
ホームランも47号が飛び出している。
その超特大のホームランによって、ライガースは確かに息を吹き返した。
スターズとの残りの二試合、ライガースは敵地ながら連勝。
大介のホームラン数は、48本まで伸びている。
盗塁数も40に達し、これまた打撃タイトルは最多安打以外はトップを取りそうではある。
だが200安打に届くかどうかはギリギリだ。
それでも打順が三番から二番に変わっただけで、ヒットの数は増えている。
神奈川での三連戦の後、ライガースはホームゲームとなる。
もっともこの時期、甲子園球場が高校野球で使われているため、大阪ドームに間借りして行うことになるのだが。
普段とは違う感覚なので、アウェイの要素が少しはある。
それでも本当のアウェイに比べれば、ずっと声援は多い。
やはり関西の中でも、大阪から兵庫にかけては、ライガースファンは絶対的に多いのであるから。
対戦相手はフェニックス。
現在セ・リーグでは五位であり、負傷離脱者が多いカップスと共に、今年のブービー争いをしている。
最下位争いと言ってはいけない。
レックスが調子を落としている今、ここで勝ってまた差をつけなければいけない。
ピッチャーも強いところが回ってくるので、勝算は充分にある。
大介からしてみると、レックスの不調の原因がよく分からないので、そこがむしろ不安であったりするのだが。
今季のレックスというのは、とても安定感のある試合をしていた。
連敗まではあっても、三連敗がない。
それは先発が安定しているということと、着実に点を取っていく攻撃が出来ているということ。この二つがあるからこそである。
だがタイタンズ戦で直史が勝った後から四試合、連続で敗北していた。
そう突出して点を取られた、というわけではない。また逆に点を取れていないというわけでもない。
これまでは強かった接戦を落としているのだ。
3-4、3-5、4-7、5-6と一点差で負けている試合がある。
この中で先発に負けがついたのは、3-5で三島が負けた試合だけである。
ただこれも五回三失点と、そこまでひどい内容ではない。
三島がやや背中に違和感があったため、念のために交代したという試合だ。
リリーフの準備はそこそこ出来ていたのだが、援護が少なかったのが問題である。
この四連敗を止めたのは、意外にも直史ではなく百目鬼であった。
今シーズンの途中から、中継ぎから先発に回ってきた百目鬼。
実は今季六勝していて、負け星がまだついていない。
先発では八先発して五勝し、リリーフ時代に一勝している。
とてつもない安定感というわけでもないが、タイタンズ戦では六回を投げて一失点に抑えていた。
これでリリーフが打たれて負けるわけにはいかない。
元は中継ぎの一人であった百目鬼に、ブルペンが持っている感情はちょっと複雑であろう。
だが百目鬼は、与えられたチャンスを掴んだのだ。
それに先発ローテという点では、上谷や青砥が落ちてくる可能性の方が高い。
青砥はまだ経験を活かして、試合が壊れないように六回まではほとんど投げている。
しかし上谷は基本五回までが限界で、後続がどうなるかで勝敗が決まる。
レックスは今、六回を投げるリリーフが弱いのだ。
アウェイの試合ではあったが、カップス相手に負け越し。
直史以外のピッチャーが連敗を止めたのはいいが、今のカップス相手に負け越し。
若手を上手く育ててきているカップスであるが、それでも今のレックスに比べれば弱い。
ピッチャーのローテが弱いところであった、という理由がないではないが。
直史はこの試合を、広島には行かずに東京でテレビ観戦していた。
完全ローテ選手とはいえ、さすがに特別扱いすぎるが、それに相応しい数字を残しているのも確かなのだ。
せっかくライガースと首位逆転したのに、すぐにまた再度逆転された。
これを直史は、嫌な感じだと思っている。
バチが当たったというわけでもないと思うのだが。
直史の成した悪行は、自分自身ではなく周囲に影響があるような。
それにしても今の直史にとって、レックス自体の成績は、それほど重要なことでもない。
だからこそ逆に、これが罰なのではないかとも思う。
次の対戦は、また神宮に戻ってスターズと。
上杉とは当たらないし、他の試合にも投げてこない順番である。
ただここでもまた、雨の心配がある。
特に直史の投げる第一戦はともかく、第二戦は流れる可能性が高そうだ。
レックスは今の時点で既に、消化した試合の数がライガースよりも四試合少なくなっている。
この流れた試合が、九月の予備日程に入ってくる。
あるいはこういったことも、レックスには不利に働くのかもしれない。
どのみち直史がやることは変わらないのだが。
夏の甲子園が始まった。
即ちライガースは、ホームの球場を使えないということである。
だが日中、大介は少しだけ私事を優先させて甲子園球場に来る。
この日の日程、帝都一の試合があるのだ。
大介にとっては義理の甥である、武史の息子の司朗がスタメンとして出ている。
来年の夏、大介の息子の昇馬もこの舞台に立つ、かもしれない。
進学先が野球強豪ではない、大介の母校であるので、確実とは言えないのだ。
(夏の甲子園は変わらないなあ)
同日に兵庫代表の試合もあるので、観客は満員である。
また帝都一も甲子園常連であり、高校野球ファンの中には監督で推す者もいるという。
ジンは既に監督として、四度の全国制覇を達成しているので、そういった視点からも有名であるのかもしれない。
そもそも史上最強であった白富東のあの一年、ジンはキャプテンをやっていたのだ。
ある程度の連絡は今も取っている大介だが、先日直史からちょっと聞きもしたのだ。
司朗が異質なバッターに育っていると。
似たバッターを探すなら、樋口や織田、あるいはアレクあたりになる、と直史は言っていた。
計算型の樋口と、完全に感覚型のアレクは、バッターのタイプとしては似ていないと思うのだが。
ただ試合を見てみて、言いたいことはなんとなく分かった。
対戦相手も福岡代表で、超高校級のピッチャーを擁する尚明福岡。
新興ながらこの数年で一気に九州を代表するチームとして知られているらしい。
長らく日本を離れていた大介には、そのあたりの情報が入っていない。
昇馬が高校で野球をするらしいので、これからある程度は詳しくなるかもしれないが。
(タケの息子なのに、バッティングの方が得意なのか)
ピッチャーとしても二番手ぐらいの実力はあるらしいが、一年の夏から四番。
四番でピッチャーをやっていた本多を、なんとなく思い出した。
二回の表に、先頭打者で回ってきた司朗。
まだ線が細いな、と大介は思った。
もっとも一年の夏なら、自分もそう体は出来ていなかったが。
しかし中学三年生にあたる昇馬の方が、体は出来ていると思う。
もっとも昇馬の場合は、トレーニングなどではなく、自然とついた筋肉なのだ。
あれでバスケットボールなどもするので、スポーツに対しては実用的な筋肉であるのは間違いないのだが。
さてどう打つか、と帝都一側のスタンドからバッターボックスの司朗を見る。
サウスポーで左打ちと、そこはある程度父親に似ている。
武史も甲子園ではホームランを打っているし、プロでもかなりピッチャーとしては打っていた。
なので血統的には、バッティングも優れていておかしくはない。
そう考えていた大介の前で、緩急をつけるために投げたらしいカーブを、たっぷりと待ってから懐に呼び込んで打った。
打球は外野の間を抜いて、一気に三塁まで走る。
ここを起点に、帝都一は先制点を奪取した。
読みで打っているのか、と大介は感じる。
基本的に大介も、ある程度は読みで打つこともある。
だが相手のピッチャーによっては、反射で打っていることもある。
自分の情報分析を、逆手に取ることもあるのだ。
第二打席の司朗は、ツーアウトランナー二塁というところからの打席。
ここでもカウントがある程度進んでから、狙い済ましたようにストレートを打った。
ランナーが帰ってきて、追いつかれていた帝都一は再び、リードを作った。
(なるほど、樋口っぽいところはあるな)
直史と違って大介は、二年の夏に逆転サヨナラホームランを打った樋口には、ある程度の対抗意識がある。
その後も国際大会以外では、ずっと敵であったということもあるのだし。
不思議な印象を与えるバッターになっていた。
ここのところ、正月の前後には直史の実家に集まって、顔を合わせることはあった。
東京のシニアでも活躍し、名門に特待生で入ったが、純粋に家から近かったというのも理由であるらしい。
確かにあそこは、武史が普段はアメリカにいるし、下に子供たちもいるので、野球一辺倒というわけにもいかないのだろう。
その司朗は、四打席目は敬遠されたものの、他の三打席は全てヒットで出塁。
二打点を上げて、4-3で帝都一が勝つための得点源となった。
(パワーはこれからだとして……いや、長打も打てているわけか)
ケースバッティング、と言っていいのだろうか。
東東京の対戦では、打率は五割オーバー。
しかし重要な場面、主にランナーが得点圏では、ほぼ10割を打っていたという。
樋口の厄介さに、確かに似ている。
狙いすまして打つというのなら、坂本にも似ているかもしれない。
ただ坂本の場合は、出塁率とOPSは高いが、意外と打率は高くなかった。
(なんか頭の中で、色々と考えているのかな)
それならばむしろ、直史に一番似ているのかもしれない。
ここから勝ち進んでいけば、あと一度は大介が試合を見に来る機会が出来る。
その時に真価を見定められるかな、とも思う。
昇馬もたいがい、自分の子供にしては、変な方向性に成長している。
あれは絶対に母親に似たのだと思う。
普通に出来のいい子供がいる、直史の家が羨ましい。
もちろんそんなことは、絶対に口に出せないとは弁えている大介であった。
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