第59話 また夏が来る
七月は暦の上でも、そして季節的にも間違いなく夏である。
だがそれでも、夏となると八月と思うのはなぜだろう。
一つにはお盆があるからだな、と直史は思う。
しかしもう一つは、甲子園があるからだろう。
あの熱かった季節を、魂が記憶している。
甲子園で最後の夏を終えることが出来た高校球児には、共通の認識であるかもしれない。
ただライガースは、この時期はアウェイゲームが多いので大変だ。
以前に比べれば、大阪ドームを使わせてもらう機会があり、そして大阪はまさにライガースファンの密集地であるが、それでも普段とは勝手が違う。
その甲子園の開催期間の前に、まだ数試合は残っているのがレギュラーシーズンだ。
レックス相手の三連戦、ライガースは三連敗し、ついに首位が入れ替わった。
この三戦、大介は9打数1安打と完全にスランプと見られても仕方がない状況であった。
そして直史の投げた第一戦、実は大きな記録が途切れていた。
開幕からずっと続いていた、出塁記録。
それが94試合で途切れたのである。
もっとも昔から、20試合連続だの30試合連続だのは、頻繁に作っていた大介であるのだが。
直史の投げた以外の試合も、フォアボールで一つずつ出塁している。
この大介のブレーキが、ライガース全体を失速させたと言っていいだろう。
三試合でわずか三点というのは、今季のライガースのカードとしても最少である。
そしてこの三連戦が終わったところで、七月は終わり。
いよいよ今シーズンも終盤に入っていく。
もちろんライガースに勝ったレックスとしては、ここから一気に波に乗りたい。
しかしライガース戦以降、ブルペンで投げる直史が、いささか投げ込みが減っていることも確かであった。
故障などではないのであるが、直史の場合はメンタルでピッチングをしているところがある。
七月はオールスターなどもあったため、直史もややペース的には楽に投げられた。
4試合に投げて、全て完投完封。一試合はノーヒットノーランで、全ての試合でマダックス達成。そのうちの一試合で80未満の球数のサトーを達成。
この月は奪三振率も13.25と先発ピッチャーとしてはトップを記録している。
イニング数は144イニングを突破し、これで各種タイトルの対象にもなった。
奪三振数は176とイニング数が多いだけに、これも多くなっている。
防御率が0.12でありこれも完全に独走体勢ではあるのだが、本人としてはまだ満足していない。
やはり防御率が0.1を切ってこそ、無敵のピッチャーと言えるのだろう。
今年は負け星こそついていないものの、途中交代のために負けた試合はあるのだ。
一試合に二度もフォアボールを出した試合が、ついに出てきてしまったが、これぐらいは普通である。むしろ他の試合で一度もフォアボールのランナーがいないことがおかしい。
月間MVPには普通に選ばれているが、これで二ヶ月連続で無失点。
六月には一度完投出来なかった試合があったものの、これで七月は完全完投。
暑い季節は嫌いと言う直史であるが、実際のところ成績は、夏の方が調子がいい。
その直史は、東京に戻る前にもう一度、大介に会うことに決めていた。
連絡を取れば、今度はまた違う店に案内される。
ここもまた個室であるが、今度は登板前日でもないため、直史は普通に刺身などを食べた。
本来は生魚の類は好きなのである。
「もうやらない方がいいな」
「参った」
大介は明日が移動日で、東京に向かう。
対戦するのはタイタンズである。
「しっかし四試合中三試合が27人でシャットアウトって、そういう記録とか初めてじゃないのか?」
「そもそもこんな試合が下手なノーヒットノーランより珍しいと思うがな」
それはそうであろう。
大介はこの三試合で、一気に数字を落とした。
それでも打率は0.386というのだから、平均がいかに高かったかという話である。
本人としてはどうでもよかったが、開幕からの連続出塁記録も途切れた。
ただこれは直史との対決がなかったからこそ、出てきた記録でもあるのだ。
三試合でヒット1本というのは、確かに直史に負けた影響のように思えるだろう。
しかし実際は、わざと打たないということが招いたスランプだ。
直史の指摘にも、苦い笑みを浮かべるだけである。
実際のところ、次のタイタンズ戦でちゃんと打てるかどうか、それが問題なのである。
ライガースはついに順位が二位に落ちた。
ポストシーズンのアドバンテージの重要さは、大介の方がよほど分かっている。
二年しかNPBにいなかった直史とは違うのである。
直史としては自分のピッチングに何か影響が出るか、それも少しは心配している。
球速が出すぎたことといい、運の悪い指のかかりからのストレートをヒットにされたことといい、これまでの流れが全て、逆に回ってくる気がする。
それでも負けるつもりはないのだが。
「次はクライマックスシリーズか?」
「今のところだと、もう一度ぐらいあってもおかしくないな」
この先の天候で、二人の対決は決まる。
同じリーグに戻ってきたのに、なかなか対戦の実現しない二人であった。
東京に戻ってきた直史は、次のタイタンズ戦まで中六日である。
その間に軽い調整をして、久しぶりに私的なことに時間を使っていた。
千葉からは桜が、昇馬が今度、東京の学校を見に行くらしい、などという連絡も受けていた。
私立の新興であるらしいが、それはどう考えても失敗するとしか思えない。
昇馬をまともに私立で使える人間など、おそらくジンぐらいである。
そのジンでさえ、おそらくは放任でやるしかないだろう。
またその前に、甲子園の出場校の決まる、地方大会が終わっていた。
ジンが監督をする東東京の帝都一は、今年も見事に優勝して甲子園出場を決めている。
その帝都一で、一年生ながら四番打者を務めているのが、武史の息子の司朗である。
恵美理の巻き込まれた事件以来、武史はニューヨークに単身赴任し、そこからオフには日本に戻ってくるという生活が続いている。
恵美理は自分自身も父親が長期で家を留守にする仕事であったため、男親があまりいないということに注意を向けていなかった。
だが娘に父がいないのと、息子に父がいないのは、ちょっとどころではなく違うのだ。
父親代わりをある程度していたのは、千葉に住んでいる直史。
そして東京で野球を始めてからは、かなりジンが目をかけていて、そこから入学となったわけである。
ただ父親が史上最強レベルなピッチャーであるのに対し、司朗はどちらかというとバッターとしての資質に優れている。
もっともピッチャーとしても、名門の帝都一でエースに近いピッチングが出来るだけあるので、本多を思い出させるところがある。
ただ本多は、本職としたのはピッチャーであったが。
父親だけではなく伯父も、そして義理ではあるがもう一人の伯父もメジャーリーガー。
まさにサラブレッドとも言える血統の持ち主であり、母親も高校時代に女子野球で全国制覇しているのだ。
明日美のフィジカルモンスター具合に隠れるが、恵美理も中学時代の司朗と普通にキャッチボールが出来る程度には、運動神経が優れている。
両親の身体能力を比較すれば、昇馬とほぼ同じぐらいの潜在能力ではなかろうか。
もちろん野球は、肉体の素質だけで全てが決まるスポーツではないが、競技人口が多いスポーツは、それだけ素質の高い人間が集まる。
シャツにスラックス、そしてサングラスという格好をしていれば、プロ野球選手に見えないのが直史である。
なぜだろうかとは昔から思っていたが、それはやはり全身に満ち溢れた、文化系の香りからするものなのであろう。
グラウンドを見物するのは、OBも含めた帝都一のファンであろう。
ただちらちらと見えてるのは、プロのスカウトである。
その注目を集めながら、今はフリーバッティングをしているバッター。
もう直史よりも身長は高く、父親にもかなり近づいているはずだ。
ただ意外と言えばなんだが、全身のがっちりとした筋肉は、昇馬の方がついているような気がする。
昇馬もまたフィジカルモンスターであり、それはシニアの大会で既に有名になっている。
数日後に行われる全国大会では、より多くの目に晒されることだろう。
次の世代である。
直史が知る限りでは、この二人の甥を上回るような、同年代の才能はいない。
自分たちが、さすがに現役を引退する頃に、その子供たちが甲子園において活躍する。
今年の夏は、久しぶりに高校野球がスーパースターの誕生を見られるのかもしれない。
大介の持っている甲子園でのホームラン記録。
これを破るためには、強いチームにいなければいなければいけない、というのは明らかなことなのだ。
直史の顔は、野球関係者にとってはパスポートの代わりになる。
選手の父母であっても、また偉大なOBであっても忖度しないジンであるが、自分自身の人間関係からは、離れるはずもない。
「司朗はどうなんだ?」
監督室でジンと二人になって、直史はそう話しかける。
「そのことなんだが、お前復帰する前に、あの子と勝負してみたりしたか?」
「いや? キャッチボールとかはしたけど」
「あいつ、なんだかおかしいぞ?」
ジンのその言い方は、直史としても不思議に感じるものだった。
「おかしい、というのは?」
「打ってほしいと思ったところで、ほぼ10割打ってくれる」
「……極端に勝負強いってことか?」
「いや、相手の力量に関係なく、同点打、逆転打、勝ち越し打を打ってくれるんだ」
それは直史からしても、おかしな話だとは思う。
ただ、大介なら可能ではないのか。まだ高校野球のレベルなのである。
直史の内心を、ジンは見抜いたのかもしれない。
「大介よりは、樋口に似ているって言ったら分かるか?」
「読みが深いってことか?」
「いや、普段からもそれなりに打ってはいるんだけど、どうでもいいところでは打たずに、打率を調整しているような」
「そんな馬鹿な」
それは樋口でもそんなことはしない。
だがもしもそれが本当であるならば、いまだかつて直史も対戦したことのない、あまりにも異質な才能だろう。
「どこかで確認したいもんだ」
どのみち、自分と対戦することなどはないのだ。
司朗のバッティングは、確かに長打も打てなくはないが、アベレージヒッターとしてのスイングを思わせた。
そしてマシーンのボールよりも、バッティングピッチャーの投げるボールの方に、鋭く反応している。
甲子園を控えて、練習量は調整する期間に入っている。
代わりに座学の時間を作るわけだが、その前のわずかな時間で、ジンは直史に試合のビデオを見せていた。
「一番苦戦した準決勝なんだが、相手のエースはセンバツでも投げた二年生エースで、ちょっと苦しいかなと思ってたんだが」
一打席目、司朗は内野ゴロで凡退している。
ただ試合は帝都一が追いかける展開になっていた。
二打席目は2-0の場面から、ツーアウトながらランナーを三塁に置いている。
ここで司朗は相手が外してきた、内角低めのボールを上手く掬って、ライト前に持っていっていた。
一点が入って、2-1と迫る。
三打席目はまたツーアウト二塁という場面で、外角に外された球に手を出した。
これが上手く外野の前に飛んだので、俊足のランナーが一気に帰還。
これで同点となっている。
一度は逆転し、そして第四打席。
ここでは外野フライに倒れていた。
また逆転されたが、今度は他の選手の打撃もあって、どうにか追いついたらしい。
らしいと言うのは、ジンがその過程を飛ばして見せているからだ。
3-3で延長戦に突入する。
そして司朗の第五打席目が回ってきた。
左バッターの司朗相手に、向こうも温存していたらしい、スライダーを使ってくる。
よく大介が困っていた、背中から向ってくるようなボールだ。
しかし司朗はツーストライクに追い込まれてから、逆にそれを狙っていたように、完全にミートしている。
この打球がスタンドに入って、決勝打となったのであった。
直史はこの五つの打席を頭の中でまとめる。
「得点圏打率が10割ということか」
「その通り。ランナーのいない第一打席と第四打席は、スイングに迷いが見られたと思わないか?」
「だけど同じくランナーのいない第五打席は、確実に狙っていたな」
「それもその通り」
5打数3安打3打点1ホームラン。
これは確かに四番の成績であろう。
直史は司朗の私生活を確認するはずであったのに、なぜこんなものを見せられているのか。
ただジンの言っていた「おかしい」という言葉の意味は分かった。
バッターとしてのタイプは、確かに樋口に一番近いだろう。
しかし樋口であっても、ここまで極端に、点につながるバッティングはしていなかった。
アベレージヒッターに近いが、そんな括りで評価していいものではないだろう。
実際に対戦してみないと、この違和感の正体は分からないだろう。
ただ子供の頃の司朗には、こんな特徴は見えなかったはずだ。
「少し、話してみたんだけどな」
ジンとしても100人近い部員の中から、一年生一人を特別に時間を取っている暇はない。
「高校野球にもなると、コントロールがいいピッチャーが増えて、相手の狙い通りのコースに投げてくるから、対応しやすいんだそうな」
「完全に読みで打っているタイプだな」
あるいは直史にとっては、最も厄介なバッターか、最も安牌のバッターかのどちらかであろう。
プロ野球選手ではあるが、それ以前に伯父である直史は、アメリカにいる弟の代わりに、保護者として面会する権利がある。
やはり高校に入ってからは少しがっちりしたが、それでもまだ細い甥を見る。
もっとも直史も、プロの野球選手としては、かなり細身ではあるのだが。
「どうだ? 母親には相談しにくいこととかはあるか? あとは野球部で困っていることとか」
「母さんはまあ、一時期のことを考えると、もう本当に大丈夫だよ」
恵美理がPTSDで酷い状態であった時、既に司朗は物心が充分についていた。
逆に心配するほどの精神に成長している。
現在の司朗は、神崎姓を名乗っている。
別に両親が離婚したというわけでもなく、単純に祖父の養子となっているのである。
恵美理が一人娘である、ということも関係しているが、他にも色々と事情はある。
ただ本当に司朗自身には、困っていることなどはなさそうだ。
「野球に関する質問でもいいぞ。ここは二人きりだし、質問に答える程度なら問題はないだろうし」
ある。
「質問ってわけじゃないけど、伯父さんは俺がプロ入りするまでは現役じゃないよね?」
司朗は直史の復帰の内情については知らない。
「それはまあ、そうだろうな」
三年後にまで現役であるというのは、ちょっと考えにくい。
43歳までに条件を達成していなければ、明史の命に関わる。
司朗はそこで、悔しそうな顔をした。
「伯父さんみたいな究極の技巧派と、本気で対戦したかったんだけどな」
「実戦形式ならこっそりとやってもいいぞ」
直史は、バレなければそれはいい、という精神を持っている。
そもそもプロアマ協定自体に、疑問を抱いている者でもあるのだし。
「試合の中じゃないと、やっぱり分からないものがあるんだよね」
司朗もまた、ちょっと不思議なことを言う。
本気の読み合いというのは確かに、実戦の中でしか生まれないものかもしれないが。
この甥もまた、異能の資質を持っている。
うちの子供たちは普通なのだな、と間違った認識を持つ直史であった。
野球部は甲子園行きを決めたこの時期、通いの生徒も合宿を行っている。
そのためわざわざ直史が、様子を見に来たりしているのだが。
正直なところ、これは司朗や恵美理のためというより、自分のためである部分が大きかった。
いまだに精神的に、あのライガース戦を引きずってしまっている。
それをリセットするのに、高校野球の空気を必要としたというわけだ。
司朗はピッチャーもしているが、バッティングの方が得意というのは、本人も口にしている。
ただ苦手な方のピッチングでも、普通に140km/hは出してきたりしているらしい。
左利きなので、守備はファーストか外野になるが、足もあるので外野のセンターを守ることが多いのだとか。
将来どこまでの選手になるかは分からないが、外野のポジションをしっかり守れるというのは、日本人選手にはいいことだ。
MLBに挑戦して成功している野手は、外野の方が圧倒的に多いのだから。
「左で140を出す一年なら、甲子園でも通用するだろ」
「本人の気質なのかな。ただプレッシャーを逆に力に換えるタイプではある」
父親はプレッシャー知らずであったことを思えば、そのあたりは大介に似ているとも言える。
「問題は本当の世代代表レベルの三年ピッチャーと対戦するとどうか、ってところかな?」
「東京なら遠征とかで当たってないのか?」
「一年生だからなあ。コーチの中にもまだ線が細いとか言ってる人間は多いし」
高校野球はそのあたりの判断が難しい。
戦力として使いたくはあるが、まだ体が完全には出来ていない者も多い。
男性の肉体の成長が、鍛錬ではなく自然と成長するのはおおよそ23歳前後までと言われている。
つまり大学に入学した時点でも、まだ成長の余地がある選手は多い。
ただ高校の時点で既に、プロで通用するピッチャーがいることも確かなのだ。
可能性の塊である素材を無事に育てることと、チームを勝たせること。
両方やらなければいけないというのが、難しいところである。
直史が司朗に感じたのは、バッターのスタイルの新たなものである。
彼の中で最強のバッターはもちろん大介で、あれはバットが届く範囲なら、どこでもホームランを打たれることを覚悟しないといけない。
実際に高めや内角、外角、ワンバウンドなどのボール球をスタンドに運んでいる。
緩急で完全に崩しても、場合によってはステップをボックス内で踏んで、ホームランにしてしまう。
直史が一番点を取られない方法としては、低い弾道を打たせてスタンドに入れない打球にするというものだ。
高校時代は主に、これで紅白戦を乗り切っていた。
大介と全く違うスタイルで、バッティングの信頼できるのが、樋口であった。
彼はピッチャーとの駆け引きと読み合いの中で、自分が打ちたいボールに誘導するか、ピッチャーの投げてくるボールを完全に絞る。
それで、甲子園の史上唯一決勝での、逆転サヨナラホームランを打っている。
打たれたのは直史ではないが、あの時に対決していたらどうなったか。
おそらく直史であれば、ホームランを打たれても大事な状況にしておいたであろうが。
直史からすると司朗のスタイルは、樋口の方に似ていると思う。
まだ大介のような、圧倒的な瞬発力から生まれるパワーが、備わっていないこともあるだろう。
だが実際にどういうタイプなのかなど、実戦で対戦してでもみないと分からない。
もし司朗がNPBの世界に高卒で入ってくるとしても、その頃には直史は43歳。
いくらなんでも衰えは顕著であろうし、現役でいる可能性はない。
こういう世代間の断絶があるからこそ、史上最高の選手などというのは議論の余地が大きいのだ。
数日後には、シニアの全国大会がある。
時期的に東京にいるし、日中の試合でもあるので、直史はこっそりと見に行くつもりである。
娘の晴れ舞台というか、おそらく高校のスカウトやプロのスカウトは、昇馬を完全にマークしているはずだ。
関東の予選で優勝候補相手にパーフェクトをしてしまって、その注目度は嫌でも高まっている。
厳密に言えば違うのだが、一応は試合で使えるレベルのクラッチピッチャーで、どちらでも150km/hオーバーが投げられる中学生。
上杉の中学時代でも、ここまで騒がれたことはなかっただろう。
昇馬の場合は、これまでずっとアメリカにいたということも大きい。
白富東に進学予定であるし、それで間違っていないと直史も思うが、もしもこの帝都一に進学したとしたら。
学年は一年違うものの、投打に強力な核を持つことになる。
二人が揃う夏春夏と、連覇出来るだけの戦力がそろうのではないか。
ジンとしては昇馬は、いわゆる強豪の野球部には合わない、としっかり割り切って考えているようだが。
それは間違いないが、あの才能を見てもその判断が出来るあたり、ジンも指揮官として間違いなく一流の道を歩んでいる。
二人はすると、違うチームで対決する可能性がある。
練習試合などを別にすれば、夏の甲子園、秋の神宮、春のセンバツ、そして夏の甲子園か。
さすがに全て勝ち残るというのは、考えにくいものだが。
(これが若さかあ)
しみじみと感じる直史であった。
夜になって、神宮にフェニックスを迎えての三連戦となる。
ただ天気予報では、また三戦目あたりが雨で中止になるかもしれない。
もっとも首脳陣も、直史の登板間隔は変えないであろう。
元々次のタイタンズとのカード、第一戦がローテであるからだ。
直史はこの日、ベンチにも入っていない。
目的は同時間に行われる、ライガースの試合を見ていたのだ。
ライガースと対戦するタイタンズは、チームの戦力構成が、おそらくセ・リーグでは一番バランスがいい。
本来ならそういうチームが、レギュラーシーズンでは一番強い。
それにライガースは今、打線が絶不調である。
ただ直史に完封された試合以降は、一点、二点と少しずつ得点するようになっている。
大介に打点が付いていないというか、得点に絡んでいないところが、やはり問題ではあるのだろう。
ここまでほとんどの試合で、二番の大介には五打席目が回ってきた。
しかしレックス戦では、直史が三打席に抑えた以外にも、オーガスと三島が四打席までに抑えている。
スランプというのは結局、実戦の中で克服するしかない。
プロというのは毎日のように試合があるので、調整をするとしたら二軍に落ちるぐらいのことまでしないといけない。
だが今、レックスと首位争いをしているライガースが、大介を落とすことはとても出来ないだろう。
東京ドームで、一回の表から大介に打順は回ってくる。
レックス戦では不調であったとはいえ、大介相手にまともに投げてくるピッチャーはもういない。
しかしそのかわしていくボールを、不充分な体勢から、大介はフェンス直撃に運ぶ。
スタンド入りとまではいかないが、打てるボールをしっかりと打っていく。
余裕のスタンディングダブルで、大介は復調を感じさせた。
同じ時期に、実はシニアの全国大会が行われている。
各地の球場に分かれて、連日の試合で一気に日本一が決められる。
ただその日程からして、エースクラスのピッチャーが二人いないと、日本一になるのは難しい。
真琴と昇馬の所属する三橋シニアも、九割昇馬の力でここまで勝ち進んだが、さすがに決勝にまでは進めなかった。
ただこの試合をこっそりと、直史と大介は見に行ったりしている。
昇馬の精神性は、大介とも違うし直史とも違う。
上杉のような強固な大黒柱という感じでもない。
一匹狼という言い方が、一番正しいのかもしれない。
「坂本みたいな感じか?」
「あんな風にはなってほしくないなあ」
あまり精神的に大人びたところはない大介だが、父親としては息子のことが心配ではあるのだ。
「けれどあいつなら、どこでも生きていけるだろう」
「それはそうかもしんないけど」
直史も大介も、社会性を持って生きている。
人間であるからには、その方が楽であるのは間違いない。
だが昇馬のことはさっぱり分からない。
「あのぐらいの年齢だと、一人でいたいって思う子供がいるのは普通ではあるけど」
直史はそう思うが、昇馬の生き方はそういうものでもないと思う。
先日は祖母と一緒に、梅干などを作っていた。佐藤家の実家の夏の風物詩である。
ただ、親としては心配するのと同時に、頼もしくもある。
「生きていてさえくれたらそれでいいや」
「お前のところはタフだからなあ」
昇馬を筆頭に、養子の花音まで含めて、確かに自分で人生を切り開いていけそうな感じはしている。
「俺は子供たちには幸福になってほしいと思うが、こういうのも親のエゴなのかもな」
「いやいや、さすがにそれぐらいは俺も思うぞ?」
大介としても、程度問題だとは思うのだ。
タイタンズとの三連戦、大介は調子を戻していった。
得点にしっかりと絡み、打点も上げている。
ただ三試合連続でホームランはなく、これでオールスター前から通算であると七試合連続でホームランが出ていないことになり、今季最長の無本塁打期間となる。
他のバッターであったら、別にホームランが出ていなくても、三割を打っているので普通に許される。
だが大介の場合、この程度の期間ホームランが出ないだけでも、心配される。
シーズン通算打率は、まだ0.38を超えている。
ホームランの数も44本で、例年であればこの数でホームラン王になってもおかしくはない。
一人、大介が自分自身で、ハードルを上げているのだ。
「そういえば甲子園の決勝戦あたりは、大阪にいるんだったか?」
「そのあたりはな。ただアウェイが多いのは間違いないけど」
「司朗が出ることは知ってるよな?」
「高校野球の取材で、俺にコメントもらいにきた記者もいたから知ってるぞ」
「ジン曰く、必要な時の打率が10割近いそうだ」
「ほう?」
大介はその生涯において、多くの好敵手と戦ってきた。
だがそれは全てピッチャーであり、バッターで対抗したような選手はいない。
「もし機会があったら見てやったらいいと思う」
「子供たちが甲子園で試合すんのか。年取ったもんだなあ」
「人間だからな」
人は老いる。だがそれは当たり前のことである。
そして生きるごとに、出来ることが増える生き方をしていた人間こそが、まさに正しいのだと、直史は思っている。
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