第35話 郷愁
仙台でのカードでも勝ち越したレックスは、神宮に戻って千葉との試合に備える。
直史は復帰を考えた当初、レックス以外もある程度は選択肢に入れていた。
とりあえず外せない条件としては在京圏ということがあり、その中でもいざという時のことを考えると、千葉か東京が有力視された。
パの場合は移動しての試合が多く、それが40歳になる身にはこらえる、という事情もあった。
それでも千葉の可能性は、かなり残しておいたのである。
パのチームに行くことにも、メリットはあったのだ。
特に打席に立たなくてもいいというのは、デッドボールをぶつけられる可能性がなくなるということである。
MLBではピッチャーが打席に立つことがないので、もう完全にバッティングの練習は気分転換程度にしかしていなかった。
復帰するにあたって、さすがにバントの練習くらいはしたが。
加入することを考えていたため、特に千葉のデータ自体は詳細に取っていた。
その上でレックスを選んだのは、少しでも偶然の作用を減らすため。
マリスタは臨海部にあるため、海からの風によって打球が流されやすい。
神宮は神宮で欠点もあるが、そういった風による事故を、直史は忌避したのだ。
高校時代の数試合ならともかく、プロで26先発したとして、その半分の13試合を投げたとする。
それだけ投げれば事故も起こるだろう、と考えたのだ。
そんな直史のデータに、淳のデータが混じって、首脳陣には提出された。
このカードでは残念なことに、直史の登板はない。
もしもあったとしたら、千葉側にもファンはいたかもしれないが。
これがもしマリスタが球場で、直史が先発したとしたら、何か事故が起こったかもしれない。
だが結局投げる機会がないということは、そういうフラグすら立っていないということなのだろう。
直史の提出してくれた千葉のデータは、確かに膨大で貴重なものであった。
だがそれを正確に活用できる人間など、あまりいないのである。
重要なのはデータを見た上で、そのデータ上最善と思えるところから少しだけ外す。
データでの最適行動は、データで読まれるものだ。
そのあたりを気づかず、統計をそのまま使っていると、痛い目に遭うのだ。
この日、千葉との第一戦は、五月の最終日でもあった。
そんなこともあってか、先発の三島は七回二失点の好投を見せる。
レックスは大量点を取ったわけではないが、ちゃんとリリーフも仕事をする。
オースティンはまたもセーブを積み上げたが、クローザーの自分よりも、直史の方がずっと防御率がいいのには、なんとも言いがたい顔をしてしまう。
仕方がないのだ。それが彼が彼であるゆえんなのだから。
五月の直史は、四試合に先発して全勝。
完投も三試合あって、二試合は完封している。
驚異的なのはここまでに、73イニングと1/3を投げているのに、失点がホームランの一点ずつしかないことだ。
こんなピッチングをしているのに、先発した試合が全勝でないのは、やはりさすがは上杉といったところなのだろうか。
ただ上杉はあの試合以降、ある程度の数字は落としている。
かつてグラウンドボールピッチャーとして投げていたNPBでの二年間は、奪三振率が二年間とも12を超えていた。
しかし本格派に見える現在は、10に届いていない。
やはりフライでアウトを取ることが多く、そのためホームランも打たれている。
ソロホームラン二本の二点しか自責点がないというのは、なんとも恐ろしく珍妙な記録である。
防御率はかつては、0.1を下回っていたが、さすがに今は0.25ほどもある。
四試合に投げれば一試合は点を取られるということだ。
他のピッチャーが聞いたら、どう考えてもおかしいと思うだろう。
バッターが聞いても同じことかもしれない。
対する大介の成績は、試合数が少なかったこともあってか、五月の成績はまだしもおとなしいものであった。
ただそれでも打率は0.390 出塁率は0.593 OPSは1.48となっている。
ホームランが月産で8本というのは、大介にしてはおとなしい。
それでも五月が終わった時点で、20本である。
ライガースはレックスよりも、試合の消化が二試合多かった。
なので単純に比べることは難しいが、このペースだとホームランは、シーズンで55本ほどにはなるであろう。
ランナー二塁で一塁が空いていると、もう自動的に申告敬遠となる。
こちらフォアボールで逃げられる数は、自己の持つ日本記録を更新するかもしれない。
これは大介の打順が、かつては三番であったのが、二番になっていることとも関係しているのだろう。
チームとしての比較をすれば、ライガースが1.5ゲーム差で首位となっている。
ただ消化した試合がライガースが多く、ほぼ互角といっていい状況かもしれない。
もっともミーハーなファンにとって重要なのは、ここまでまだ直史と大介の対決が、一度もないということかもしれない。
ミーハーではないファンであっても、これは楽しみにしているに違いないのだが。
レックスの首脳陣が直史の能力に懐疑的になっていなければ、開幕戦から直史と大介の対決となった。
しかし大学時代から神宮を本拠地としていた直史を、地元開催に持っていったため、ここでの対決は実現しなかった。
それは四月の二度目のカードでもそうである。
ただ当初予定なら、五月のカードでは当たる予定ではあったのだ。
これまた今度は直史の故障で、ローテが変更されてしまった。
かつては運命のように、二人の対決する舞台は設けられた。
だが今はその運命が逆転したかのように、二人の対決が避けられてしまっている。
もっとも大介はともかく、直史としてはその方がありがたい。
故障することを庇うような今の自分では、大介と対戦しても勝てる自信がほとんどない。
よほど打球が守備の正面を突くといったように運が良かったとしても、野手の守備範囲の外、スタンドにまで飛ばされえしまえばさすがに無理がある。
直史は今、勝利することを心の底から欲している。
おそらく勝てるだろう、という程度の算段であっては、絶対に勝負はしない。
充分なリードがあって、一発打たれても大丈夫という場面なら、勝負してもいいだろう。
だがそれは自分に自信があるからではなく、観客や味方を納得させるための勝負になる。
今なら大介以外にも、たとえば故障する前のブリアンや全盛期の西郷などにも、勝負は挑まないであろう。
プロ野球は興行である。
だが同時に選手にとっては、自営業としての仕事でもあるのだ。
大介と勝負して負けるより、勝負を回避して勝つ方が、仕事としては正しい。
直史は本来、職人的な気質の人間であるからだ。
ましてや今は、目の前の名声など、どうでもいいものが双肩にかかっている。
大介を敬遠することに、全く躊躇はない。
その大介はまさにアウェイで、千葉と対戦した。
結果としてはホームラン一本を含む二打点でカードを終えたが、三試合で七回も歩かされてしまった。
大介が高校時代、千葉県の代表として戦ったことは、年配のファンなら誰でも知っていることである。
今もオフシーズンになれば、千葉に戻ってきているのだ。
なので地元であるにも関わらず、大介を敬遠したことに対して、ブーイングが飛んだものである。
歩かされた大介は、盗塁を二つ決めていた。
さすがに一度盗塁失敗はあったが、それでも驚異的な成功率は維持している。
チームとしても勝ち越して、ほどほどには満足。
ここで重要なのは、レックスとのゲーム差が縮まらないことなのだ。
次のカードでは千葉は、神宮でレックスと対戦することは、もちろん大介も分かっていた。
そこでは大介のように、敬遠をされまくるバッターはいない。
しかしそれにしても、本当にフォアボールの数が増えている。
やはり新記録のペースであり、大介としてはちょっとぐらい、自分に最多安打のタイトルを取る機会を与えてほしいのだ。
他のタイトルに関しては、全て大介の独走態勢である。
しかし最多安打だけは、上に何人も選手がいる。
そもそもNPBでの九年間は、一度も200安打を達成していなかったのだ。
長打率が九割近いバッターと、まともに勝負したいピッチャーはネジが外れている。
最多四球というタイトルはないが、あったとしたら二位にダブルスコアやトリプルスコアの数で、大介は獲得していたであろう。
ライガースが次に対戦したのは、ホームでの埼玉戦である。
ここで大介は一本のホームランを第一戦で打ち、五月度が終わったのだ。
その結果は前述の通りであり、相変わらず頭のおかしな数字を残している。
それでも全盛期よりはマシ、などとも言われたりする。
正確には全盛期よりもさらに敬遠されているため、打率はともかく打点やホームランが伸びないだけなのだが。
強打者のジレンマである。
もっと露骨なものを言うならば、クライマックスシリーズがなかった頃は、シーズン終盤の消化試合が多く、ホームラン王争いをしているバッターが敬遠されまくっていた。
あの頃の野球は本当にひどかった、と懐古爺も言うぐらいなので、本当にひどかったのであろう。
商業的な面が大きかったのかもしれないクライマックスシリーズの導入であるが、試合の価値が終盤までなかなか下がらないというシステムにしたのは、本当に素晴らしいことであると言えよう。
埼玉も今は弱いな、と大介は感じている。
かつてはドラフト指名とその育成で名を馳せた埼玉だが、そのドラフトではかなり際どいこともしていた。
まあ逆指名時代の真っ黒な時代に比べれば、少しはマシであるのかもしれないが。
埼玉はFA流出が一番多い球団であるのは確かで、そのくせ万年最下位ということもないのが、育成力の違いと言えようか。
資金力も充分にある福岡などが、それでも育成が上手いというのは、単純に地理的な要因があるとも言われる。
ぶっちゃけ在京圏、関西圏に比べると遊べる環境などが少ない。
そのために野球以外の面で、人気が弱いのだとも言われたりする。
ひどい話だ。
そんな埼玉はどうでもいいと、本気で思っているのが直史である。
もちろん日本シリーズで対戦した時は、しっかりと分析はしたが。
現在は千葉と対戦しており、登板予定もないのだが、懐かしいものを感じている。
直史は引退する以前から、漠然としたマーリンズファンである。
なぜなら地元の球団であるため。
プロ入りをレックスにしたのは、在京圏というのがあまりに便利であったことと、タイタンズは球団政治が面倒だと話に聞いたからだ。
引退後にプロ野球を見ることはあっても、スタジアムまで行くことはあまりなかった。
あったとしてもプロ野球ではなく、料金の安い高校野球であることが多かった。
それでも千葉の試合は、鬼塚がいた頃は少しは家族で見にいったものだ。
(父親がお気に入りのチームと対戦しているのは、娘的にはどうなんだろう)
真琴は普通に千葉のファンだと思っている直史であるが、彼女は実際にはそれ以上に、父親のファンである。ファザコンである。
そんな愛する家族とも、かなり離れてシーズンに集中している直史であるが、千葉との三連戦は二試合目も勝てそうである。
ロースコアゲームであるが、淳から得た千葉のデータがしっかりと役に立っている。
ピッチャーの決め球を狙い、主砲の弱点を攻める。
特に変なことはしていない、普通のことをしているだけだが、それでいいのだ。
もっと直感的に優れた指揮官であれば、これをどうにかしようと思っただろうが。
この試合で他に良かったことは、5-1の点差で八回を迎えたため、勝ちパターンのリリーフを一枚しか使わずに済んだことだ。
クローザーのオースティンは、ここまで無茶な使い方はせずに投げている。
セーブの失敗がないというのは、ちゃんとコンディション調整をする余裕があるということだ。
そして三連戦は最終戦を迎える。
直史はあと一回ぐらいは、マリスタでも投げたかったな、と柄にもなく思っていたりする。
高校時代は夏の地方大会、マリスタは常に決勝では使われていた。
あと一歩足らなかったあの試合も、マリスタで行われたもの。
決勝のみではなくくじ運がよければ、一回戦からマリスタで試合を行うことは出来たのだ。
今年はオールスターも、福岡ドームと四国の正岡球場で行われるため、日本シリーズまで両者が進まなければ、対戦の機会はない。
そしてそれはさすがに難しいだろうな、と思えるのだ。
来年もまた、自分は投げているだろうか。
目的を達していないなら、投げているだろう。
だがこの一年で目的を達成できていないなら、それは直史にとって敗北に等しい。
40歳の自分が、41歳になる。
鉄人とも超人とも言われた上杉でも、このぐらいの年齢からは衰えが顕著であった。
一つ年下の武史も、やはりこの二年ほどはサイ・ヤング賞は取れていない。
復帰して一年目で、直史のスタイルに対戦相手が戸惑っている。
今年がほぼ唯一の、チャンスと言っても過言ではない。
日本一になるのは、どうでもいいことだ。
ただリーグ優勝を決めれば、おそらく大介ではなく自分がMVPになるか、あるいはMVPが二人選出というおかしな事態になるだろう。
競争相手を考えて、一番現実的なのは沢村賞。
しかしそれも、体が故障してしまえば、シーズンを通しての活躍は出来ない。
カムバック賞はおそらく取れるだろう。
だが沢村賞が、条件であるのだ。
逆に沢村賞をこの年齢で取れたら、やはり大介との二人選出はあるかもしれない。
ただ沢村賞と違ってシーズンMVPは、本当にこれまで複数が選出された例はないのだが。
本日の先発である青砥は、千葉出身である。
直史の高校野球最後の年に、地方大会で当たった。
苦戦というほどではないが、全国制覇をした白富東相手に、健闘したと言ってもいいだろう。
もう20年近くもプロにいる青砥は、当然ながらFAの権利を得た。
だが結局は、レックスとの複数年契約に同意した。
一つのチームでずっと続けるということは、NPBにおいてはMLBよりも好意的に見られるのだ。
もっともMLBでも数少ない、フランチャイズプレイヤーというのはいる。
そしてそういった選手の人気は、やはり高いものとなる。
デレク・ジーターなどはその最たるもので、全米の全スポーツの中の選手で、一番の人気と選出された年もある。
もっともジーターは、ニューヨークの人気球団、アメリカ出身のアメリカ人、特筆すべき人格者などと、他にも色々と理由はあったのだが。
ちなみにこの分類では、大介もフランチャイズプレイヤーである。
日本においてはライガース一筋、MLBではメトロズ一筋。
直史はMLBで二ヶ月ほど、メトロズにトレードされていたので、この資格はない。
本人としては何も気にしていないが。
大介はMLBで12年、NPBは今年で10年目と、どちらも一筋の選手ではある。
もっともNPBはともかくMLBは、さほどニューヨークには関心もなかった。
青砥はレックスのフランチャイズプレイヤーだが、チームの主力と言うにはやや弱い。
だがこういった一筋の選手がいれば、それだけチームの人気も長続きするのだ。
スターと呼ぶには微妙な、ただそれでもずっと一軍にいるようなピッチャー。
青砥はそういうピッチャーであり、ただ20年いるだけでも、プロとしてはたいしたものなのである。
FA資格を取れたとき、パのチーム、特に千葉に行こうかと思ったこともある。
だがそれを選ばなかったのは、打算があったからだ。
直史と同じ考えで、移動などの手間による体力の消耗。
長くプロでやっていくためには、質の高いトレーニングなどと共に、質の高い休養も必要とした。
レックスは親会社が食品もやっているので、アスリート向けの食事内容もしっかりと作ってくれる。
パのチームは対戦回数の少ないバッターが多いので、そちらを考えたりもした。
しかし根本的に、パの方が打線は強い。
セはピッチャーが打席に立つが、パはDHがいる。
つまりそれだけ息の抜けないピッチングが多いということで、それを脅威に感じたりもしたのだろう。
もちろん自分もバッターボックスに立たなくていいという利点はあるが、それよりも相手打線を恐れたというものだ。
またその時期にはレックスの先発が足りなくなっていて、ポジション争いが比較的楽であった、ということもある。
打算で野球をやっているというのは、まさにその通りであろう。
だが妥協や惰性はともかく、打算をしないプロ野球選手は、おそらくその選手生命は長くない。
青砥は高卒から育成されてしっかりと先発にもなったので、長くプロの世界に選手として活躍することを望んだ。
東京のチームにいるということは、それだけ引退後の仕事も多くなる。
まさに打算ではあるが、青砥は軟投派で理論派なので、これで正しいのだ。
初回から千葉の攻撃は、積極的ではあった。
千葉出身の青砥が相手の先発となると、応援団も複雑な感情になる。
あいつは高校時代から見てたんだぜ、という年配ファンもいたりする。
もちろんチームには勝ってほしいが、相手は千葉出身のピッチャーなのである。
だからといって負けを望むというファンはいないが。
青砥は軟投派なので、三振の数は増えない。
だがデータ野球というのはむしろ軟投派や技巧派にこそ、必要とされる戦術である。
パワーだけで押し切れるピッチャーもいるが、上杉でさえある程度は、年齢を重ねるごとに技術を多くしてきた。
統計的に考えて、打たせて取る野球は、確実性が低い。
だが統計的に勝てるピッチャーは、必ず需要がある。
本日の青砥は、まさに統計で充分なピッチングをした。
六回を三失点のクオリティスタート。
だがレックス打線も三点までしか取っておらず、勝利投手の権利はつかない。
ならば残りは、リリーフ陣に任せるしかない。
自分自身のことに関しては、クオリティスタートが出来たことで、充分と考えるべきなのだ。
同点の状態で、千葉はここから奮起した。
青砥としてもここから勝ち越しをされても、自分の成績には関係がない。
ベンチで試合の推移を見ていたが、レックスは勝ちパターンのピッチャーを使っていない。
ペナントレースのこの先の展開を考えれば、まだまだ無理をするべき時期ではない。
目の前の一勝にこだわるのは、その試合で成果を出す選手である。
首脳陣はペナントレースをしっかりと、最終的にリーグ優勝を狙っている。
ライガースには弱点がある。
それは日程の歪さというものだ。
レックスにもある程度はあるが、ライガースほどではない。
夏休みの間に、甲子園で行われる選手県大会。
その間はアウェイの試合が多くなって、選手たちに疲労がたまりやすいのだ。
今でこそ大阪ドームがあるため、ある程度はそこでホームゲームをすることは出来る。
しかしそれでもライガースの日程に、移動が多くなることは避けられない。
レックスも春と秋に大学野球で神宮を占拠されるが、ナイターは普通に出来る。
ただ大学野球の試合時間が長くなってしまえば、レックスのプロのチームの練習時間が削られるのだが。
直史はもちろん、この二つを学生側としても経験している。
そして結論としては、神宮の方がまだマシというものである。
この夏場の失速を計算して、レックスは好調を維持し続け、無理をしない。
それが首脳陣の考えである。
直史はレジェンドなどと言われても、一人の先発ピッチャーであることに変わりはない。
ただその経験から、ミーティングに呼ばれることが多く、おおよそ首脳陣の考えも理解してきている。
NPBに比べればMLBは、さらに統計で戦うリーグであった。
おおよその首脳陣の方針を理解して、あとは助言を求められたら答える。
あくまでも個人としての成績を重視する直史だが、リーグ優勝を果たしたならば、MVPも近づいてくるというものだ。
MVP投票は基本的に、リーグ優勝をした選手から選ばれる。
そしてこれもおかしな話だが、クライマックスシリーズで下克上を果たしたチームから選ばれるということは、まずないのだ。
選考基準はリーグ戦の優勝と、あとは特筆すべき個人記録。
直史が狙うべきは、その後者にした方がいいのかもしれない。
この時期、まさに大学野球では、リーグ戦が行われている。
もともと神宮は大学野球のために作られた球場であり、そこは高校野球のために作られた甲子園と、共通する存在理由がある。
ただ甲子園への憧れ、それをしっかりと持っていた郷土を考えれば、ライガースは贅沢なものだなと思うのだ。
大介にとって甲子園は、特別から日常へと変化していったであろう。
だが直史にとっては神宮は、最初からずっと日常の存在だ。
高校時代にも神宮大会に出場し、優勝している。
だが神宮大会は甲子園に比べると、高校野球においてはどうしても地味なものになる。
春夏の甲子園や国体と合わせて、四つの全国大会にはなるのだが、おおよその高校球児は夏で燃え尽きる。
その後の国体まで三年生は出られるのだが、ほとんどの場合は甲子園にまで出場したとしても、夏で高校野球は終わるのだ。
秋の大会も神宮につながっていると言うよりは、春のセンバツへの出場切符を手に入れる、という目的の方が強かった。
そもそも関東大会で優勝という、出場自体のハードルが高いのに加え、機会も二回しかないのだ。
それで優勝したのだから、白富東のあの一年間は、とんでもない密度であった。
大学のリーグ戦と違って、高校野球はほとんどがトーナメント。
最後の夏は完全トーナメントのため、負けたら終わりという悲壮感がある。
神宮に埼玉がやってきた。
第一戦は上谷が先発で、これまた直史からデータは得ている。
だが直史の見るところ、上谷は一年を通じてローテを投げれば、それで充分というピッチャーだ。
勝ち負けが五分であればそれで充分で、あとは他のピッチャーで勝ち星を稼ぐ。
今年は全ての試合で五回までは投げているし、勝敗も3勝2敗であるのだから、ローテの一角としては充分なものだ。
かつてのレックスは、勝って当然というピッチャーを、四本も揃えていたものだが。
神宮で投げる直史は、仕事をしているな、という気分になる。
だがマリスタと甲子園は、高校時代を思い出す。
もっともその甲子園で、今年はまだ一度も投げていない。
それどころか雨天での延期だのも関係するが、このままでは七月まで甲子園で投げるというか、ライガースと対戦する機会がない。
ピッチャーとしての成績を上げる上では、その方がありがたいのだが。
直史は第一戦を、しっかりとクラブハウスで見る。
明日の午前中には、今日の試合の分析も、しっかりと上がってくるだろう。
淳から提供されたデータは、あくまでもあの時点でのデータである。
今日はリアルタイムで、自分の中の配球を考える。
出来れば勝ってほしいが、負けても自分が明日は勝つ。
埼玉は本日、打線の調子が良かった。
とは言っても長打が多いというわけではなく、上手く単打の連打が守備の間を抜けていった。
上谷もやはり、自由自在に三振が取れるというピッチャーではない。
先発ローテに入ってはいても、他に強力な競争相手が出来れば、リリーフか二軍に落ちていくことも考えられるのだ。
もちろんリリーフはリリーフで、必要なポジションではあるが。
直史はもう、いい加減に気づいている。
今のNPBでは強力な打撃のチームとそうでないチーム、二つがかなり分かりやすく分かれている。
レックスはそれほどでもなく、若手は二軍でじっくりと育て、一軍は上手くベテランで回している。
ただ育ってきた若手は、一軍でしっかりと打たせていって、本格的に育てるのだ。
勝利と育成、両方をいいバランスでこなさなければいけないというのは、首脳陣にとっては大変なことだろう。
これが金満チームであると、三軍まで使って長期的な育成も出来るのだろうが。
昨日は勝ちパターンのリリーフを使わず、明日は直史の先発。
するとチームとしては今日の試合、七回にリードして回ってくれば、全力で勝ちにいけるわけだ。
埼玉の攻撃力は、純粋な打撃よりも、ランナーを上手く動かす戦術を採用している。
そういうタイプのチームは、打たせて取るタイプのピッチャーよりも、三振を奪うタイプのピッチャーの方が、相性はいいはずだ。
直史は現在の自分自身のスタイルに、自信がない。
ストレートで空振り三振を奪ってはいるものの、実際には内野フライを打たせることの方が多いからだ。
クローザーならばまた別で、ゴロを打たせるよりもフライを打たせた方が、ランナーの進塁の可能性は低くなる。
ただゴロであると、併殺失敗などで、ランナーが進んでいくことはある。
そんな状態であると、失点につながりやすい。
今日のレックスは、クローザーのオースティンのボールが、いつもよりは走っていないようであった。
わずか一点差ではあるが、九回の裏を迎える。
だがここまでシーソーゲームでリリーフがつないできたため、完全に肩が出来ていたとは言えない状態だったのかもしれない。
わずかに伸びのない球を痛打されて、それが内野を抜けていく。
そしてフォアボールのランナーも出て塁が埋まっていった。
ここまでがずっと、上手く行き過ぎていたという見方も出来るだろう。
しかしついにここで、セーブ失敗。
20度目のセーブ機会において追いつかれて、ここで降板。
試合自体も敗北してしまったのであった。
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