三章 交流戦から

第33話 二つのリーグ

 失点はしたが完投にて、直史は両リーグ通じて最速の七勝目を達成。

 直史はあくまで勝ち星と完投にこだわっているが、勝率や防御率、奪三振でもトップを走っている。

 これは上杉がそのスタイルを、ストレートを投げても芯を外させる、やや技巧派になったことの影響でもある。

 投げているイニングが長いので、それだけ奪三振の数も多くなるのだ。

 奪三振率だけなら、クローザーなどにはこれ以上のピッチャーもいる。


 三振は取れる時に取ればいい。

 他は出来るだけ、打たせて取った方が、球数は少なくなる。

 そうは言ってもこの七勝目、球数は100球をわずかにオーバーした。

 それでもリリーフ陣を休ませることに成功はしたのだ。

 直史は単純に自分が投げたその試合だけではなく、自分が完投したことによって、リリーフ陣を休ませる。

 なのでその貢献度は、実は思っているよりも高い。


 ここまで三連勝のレックスであったが、スターズとの三戦目は、リリーフを駆使して投げる予定の試合。

 ここでリリーフ陣から百目鬼を先発に回してみようと決めていたため、スターズからどんどんと先に点を取られていった。

 結果的にここは捨て試合になったが、それでも二勝一敗で勝ち越し。

 ライガースとのゲーム差は、もう埋まる直前まできている。


 そしてここから、始まるのが交流戦だ。

 この数年はややパが有利に展開しているので、現在のレックスの実力が、違う視点から見ることが出来るだろう。

 対戦する順番としては、北海道、東北、千葉、埼玉、神戸、福岡となっている。

 この中で直史がオープン戦を含めても経験していないのは、北海道の新ドーム球場だけである。

 だがその対戦で直史は投げる予定がなく、またレックスのホーム神宮での試合でもあるのだ。




 特にパ・リーグのチームのファンにとっては、あまり直史という存在は脅威とは感じなかったりする。

 確かに交流戦でも、当たれば普通にノーヒッタークラスのピッチングをしてくるが、年に当たるのはせいぜい一回で、あとは日本シリーズぐらいだ。

 あとはセ・リーグのチームが蹂躙されるのを遠くから見物するぐらい。

 ただこの交流戦で当たってしまったチームはご愁傷様である。


 交流戦は予備日を用意しているので、終わってから四日間は休みとなる。

 ただ直史の場合は、中六日という日程に変わりはない。

 今年投げる予定の相手は、東北、埼玉、福岡の3チーム。

 埼玉と福岡は、10年以上前の日本シリーズで、木っ端微塵にされた記憶が残っているかもしれない。

 それ以前からスターズとライガースによって、パ・リーグは長く冬の時代が続いたものだが。

 もっとも選手にとっては、化物の少ないパ・リーグの方が歓迎されていたりもした。

 人気のセ、実力のパ、と呼ばれていた時代とは、隔世の観である。


 北海道からわざわざ東京まで。

 交流戦は大変だなと思うが、別に交流戦でなくても、北海道ウォリアーズは大変である。

 西は福岡から北は北海道まで、年間でどれだけいどうしなければいけないのか。

 もっともMLBの殺人的スケジュールに比べれば、これでもずっと楽なものなのだが。

 日本での試合はなんだかんだ、普通の定期便で移動が出来る。

 MLBの場合はチームの所有する、プライベートジェットでの移動が普通なのだ。


 今のパはどうなのかな、と直史は思っている。

 レックスにいながら直史は、実は千葉のライトなファンであったりする。

 もっともそれは地元球団を贔屓するというもので、熱烈に応援団に入っていたりなどはしない。

 もっとも千葉が数年前に日本一になった時は、少し手助けをしたりしたが。




 NPBはMLBと同じく2リーグ制で試合を行っているが、MLBはさらにその中でも、三つの地区に分かれている。

 そして今やMLBはどちらのリーグもDH制を取っているため、実質的な違いはほぼないと言っていい。

 これに対するとNPBの場合は、同じリーグで年間25試合を行う。

 このあたりの移動の手間や試合日程の密度を考えると、やはりMLBはタフなリーグと言ってもいいだろう。

 

 そのあたりのタフさという点では、北海道は日本で一番苦しいチームかもしれない。

 だが意外と数年ごとに優勝をしているのは、ドラフトが上手く機能しているからだろうか。

 ポスティングで主力の流出はあっても、しっかりとまたチームを作ってくる。

 パ・リーグのチームはドラフトと育成、特に北海道はそれに成功しているイメージがある。

 ただ資金力の問題で、常勝軍団を長く維持することは出来ていない。


 結局は金か、という話になる。

 だが実際のところ、資金力があるチームというのは、下位に沈むことは少なくても、それでも優勝はなかなか出来ないのはMLBでも同じことだ。

 メトロズなどは大介が入るまで、なかなか優勝には届かなかったのだ。

 ただそこからFAで補強をしまくって、強いチームを作り上げはしたが。

 現在のメトロズは大介への高額年俸がなくなったので、またチーム再建中である。

 高額年俸の選手が怪我でプレイできない、というのもよくあることなのだ。




 現在の北海道には、直史の知っている選手はもう、ほとんどいない。

 高校時代は大阪光陰の後藤、大学では同じ早稲谷から土方と、それなりに長く活躍する選手が出た。

 ただ後藤は移籍したし、土方は引退している。

 同じ白富東の後輩としては、優也が北海道に指名されてプロ入りしていた。


 彼の同時代には、それはそれで化物のようなピッチャーが同時に存在した。

 毒島と小川という、両者共にピッチャーとしての役割は違うが、どちらも化物として彼と対戦し、そしてチーム力で白富東が勝った。

 あれが直史の母校の、最後の栄光であったと言えようか。

(まあ来年はまた面白いことになりそうだが)

 そちらを手伝っているほど、直史には余裕はない。


 交流戦はとにかく、目の前の試合に勝つことを考える。

 勝っても負けてもリーグ戦の順位には、直接作用するわけではない。

 ただ勝つことだけを考えるのは、他のチームも同じであろう。

 ライガースは五月の勝率を、まだ五割に戻していない。

 だがそれでも五月上旬の、空回りしている感じはなくなってきている。

 

 やはりレックスとの直接対決で、負け越したということが大きいのだろう。

 もちろんあそこではレックスは、勝てる先発の三島とオーガスが投げた。

 しかし実際にはオーガスは打ったものの、青砥を攻略しきれずに負けている。

 しかもあの青砥のピッチングは、今のライガースの問題を指摘するような、軟投派のピッチングであった。




 ライガースは交流戦前に、タイタンズとの三連戦があった。

 大介は五月の半ばを過ぎた時点で、まだホームランの月間算出は四本。

 四月は三月と一緒になって試合数が多かったとはいえ、12本を打っていたのだ。

 ただ大介としては、ライガースがいまいち勢いに乗れない理由を、少し理解している。

 自分の月間成績を見れば、その理由は明らかなのだ。


 単純にホームランが減っている、というのは確かにある。

 だが四月度と五月度を比べると、明らかな違いが一つ。

 それは得点と打点の割合。

 大介がせっかく塁に出ても、それを帰してくれる後続が弱いのだ。

 四月度は得点が41点に打点が32点。

 比べると五月は得点が22点に打点が21点である。


 打数が違うので、単純な数の比較は出来ない。

 しかしこういった割合でならば、しっかりと比較できる。

 打率と出塁率は、むしろ五月に入ってからの方が、上がっているのだ。

 それなのにライガースの打線は、出塁した大介を活かして帰すということが出来ていない。

 あとはホームランを打っても、ソロの場面が多いということもある。

 

 直史と違って大介は、去年までMLBでバリバリに働いていた一級品だ。

 今はもう直史も、それと変わらないと認識されているだろうが。

 大介をどう封じるかで、ライガース打線の攻略難易度は変わる。

 ただそれを単純に、敬遠を増やすという手段にしてはいない。

 実際のところ四月度と、フォアボールで歩いている割合はほぼ変わらない。

 なので塁に出したとしても、それがホームに帰らないよう、工夫をしているわけだ。




 大介としてはいくら自分が年長で、そしてライガースのレジェンドといったところで、出戻りという意識がある。

 自分がチームを引っ張っていくというのは、なんだか違うと思ったのだ。

 ただ過去の話をするなら、ライガースは金剛寺という選手、後には監督が、チームを率いていた。

 思えば今の自分の年齢は、金剛寺の選手生活の晩年にほぼ匹敵する。


 自分がチームを引っ張っていくのだろうか、と大介は考えたりする。

 しかし大介は生まれてから今までずっと、チームの主砲になったことはあっても、チームキャンプテンになったことなどない。

 それはもう大介の性格とでも呼べるもので、永遠の野球小僧であるのだ。

 だから率いるのが無理なら、自分はパフォーマンスでチームを活性化させる。

 そう考えて、タイタンズとの試合に臨んだ。


 初戦は落としたものの、二戦目と三戦目は勝利。

 三位とのゲーム差は開いたが、同じく二位のレックスも、二勝一敗とスターズのカードに勝ち越していた。

 なのでゲーム差は変わらず。

 そして大介は、17号ホームランを打っている。

 五月の下旬にかかるところで、既に17号。

 四月度は12本も打っているので、それに比べれば少ないかもしれない。

 だがそれでも、ホームランダービーは余裕でトップである。

 

 得失点差を見れば、ライガースは五月度も、レックスよりもいい数字となっている。

 それなのにゲーム差が縮まってきているというのは、もう原因は競り合いに弱いというしかない。

 レックスの特徴的な勝利は、クローザーのオースティンがしっかりと仕事をしているということだ。

 今年はまだここまで、一度もセーブ失敗がない。

 上杉や直史も、MLBでやったことだが、NPBではさすがに数が多くなれば、それなりに失敗もする。

 なのに未だに、競った試合でちゃんと勝っているのだ。

 直史が自分の先発試合で、完投しているということ。

 それが微妙に、リリーフ陣の援護をしているのだとは、気づいている者はまだあまりいなかった。




 ライガースも当然ながら、この時期は交流戦に突入する。

 その中で特筆すべきは、千葉戦であろう。

 甲子園ではなく、マリンズスタジアムでの試合となる。

 ライガースにとっては完全なアウェイであるが、大介にとっては魂のホームとも言える。

 他は特筆すべきことはない。

 いや、千葉での試合も、直史と違って大介は、そこそこ出場しているのだ。

 何と言っても先発ピッチャーではないので。


 初戦はまず、ホームでの東北戦。

 タイタンズには勝ち越したものの、この交流戦の試合結果によっては、一気にレックスに追いつかれてもおかしくはない。

 しかしここまで惰性に近く、大雑把な攻撃をしていたのとは、違う戦い方になるかもしれない。

 今のペースが保たれれば、レックスには追いつかれる。

 もっともそれも、レックスがずっと今のままという、ありえない前提があってのことであるが。


 ライガースは確かに、勝つ時は派手に勝ち、そのくせ競り合いに弱い。

 こういったチームはポストシーズンに入ると、急に負けてしまうものだ。

 大介はMLBにいる間、常にポストシーズンに進出するメトロズで戦ってきた。

 金満球団などと言われながらも、メトロズは常に、勝てるチーム作りをしてきたのだ。

 よって大介のいた時代は、メトロズの黄金時代とほぼ重なっている。

 なおワールドチャンピオンになれなかった年の原因のほとんどは、直史である。




 パ・リーグのチームとの対戦は、大介にMLBを思い出させる。

 なにしろMLBはどちらのリーグも、ピッチャーにDH制が導入されていたからだ。

 なお打てるピッチャーなどがいた場合、打てないキャッチャーにDHを使ったりもする。

 そういった例はまずないが。まずありえないが。

 おかげでと言うか、パ・リーグのピッチャーは相手のバッターがピッチャーであることがないので、打線の中で休むところがない。

 もっとも昨今はキャッチャーの打力不足が目立っているので、キャッチャーの打順で休むということはある。

 そんな中では当然、打てるキャッチャーというのは貴重なのだ。 

 これがセ・リーグであるとキャッチャーまで打てなければ、打線の中に安牌が二人もいることになる。


 そう考えると樋口は恐ろしいキャッチャーだったのだな、と大介は思う。

 同じチームになったことは、オールスターとせいぜい国際大会ぐらいであるが、やたらとショート大介を酷使するように、相手のバッターに打たせる配球をしていた。

 もちろんそれは大介の守備力を信用してのことなのだろうが、本当に狙ったところに打たせるということなど、直史以外と組んでも可能であるのか。

 ある程度は可能だったのだな、と普通に思うしかない。


 そういえば、と大介は思い出す。

 東北は今年から、淳がコーチ陣として入っているはずである。

 地元が仙台であったこともあり、淳はFA権も行使せず、その代わりのように複数年契約で投げた。

 東北の打線が弱い時期に重なったため、なかなかタイトルなどは取れなかった。

 しかし二桁勝利を合計で11回ほどもして、年俸も最終的にはかなり高くなったはずだ。

 あの性格からしてコーチなどはあまり合わない気もするが、逆にマッチする人間には本当にマッチするのかもしれない。


 試合前に会えないかな、とも思ったがあちらもそれほど暇ではないだろう。

 大介にしても普段は接近してこない、東北側の番記者などがやってきたりする。

 同期だけではなく後輩でさえも、ほとんどがもう引退していたりする。

 しかし野球の世界には、それなりに関わりあいながら生きていく人間が多い。

 アメリカに行っている間に、ちょっとした浦島太郎の気分を味わう大介であった。




 直史は意外と言えば意外だが、浦島太郎気分など味わってはいない。

 ただもっと以前から、プロの世界からは離れていたが。

 鬼塚が引退した時に、地元の球団を応援するのも、もう控えめになってしまった。

 何より球界とほとんど関わらなかったということがある。

 もっとも殿堂入りの時はさすがに、東京まで出向いたが。


 殿堂入りしてから現役復帰した、唯一の選手。

 別に狙っていたわけではない。

 そもそも日本のプロ野球では、二年しかやっていないではないか、というのが一部の見方。

 しかし学生野球での実績を見てみると、大学時代に数々の記録を樹立している。

 アマチュアまで含めたとしても、これほどのピッチングをしているピッチャーは、他には上杉ぐらいである。

 その上杉の衰えがはっきりしてきた年齢で、現役復帰でハーラーダービーのトップを走る。

 ちょっと妖怪じみた力であろう。


 そんな直史は自軍の試合と、ライガースの試合を同じように見ている。

 いずれ対決した時に、勝てなくてもどうにか負けない方法が必要だ。

 大介を封じられるのならそれでいいが、それは無理だとする。

 するとその前後のバッターを、どうにか防がなければいけないのだ。

(下手に歩かせるだけだと、走ってくるかもしれないからな)

 盗塁が減ったと言われる大介であるが、今季は既に15盗塁。

 何より一度も、盗塁失敗がないのであった。




 五月に入ってから五連勝を一回、三連勝を二回と、安定してきたレックス。

 元々リリーフ陣は強いと言われていたので、重要なのは試合の序盤から中盤までで、試合を壊さないピッチングを先発がすることである。

 一点差や二点差の試合をしっかりと勝利するその姿は、勝負強さを特に感じさせるものだ。

 北海道との三連戦は、三島とオーガスが六回までをしっかり投げて、リードした状態で勝ちパターンのリリーフにつなぐ。

 それが上手くはまって、まずは連勝した。


 ただ完全に、投手陣が穴のない状態になったわけではない。

 今季ビハインド展開や、同点の場面で投げていたピッチャーの中から、百目鬼を先発に回してしまったため、そういった展開にはやや弱くなったと言える。

 青砥は五回までを投げて同点でリリーフに託したが、そこで失点する。

 前の二試合で勝ちパターンのリリーフを使っているので、ビハインドの試合では休ませるというのは、当然の処置である。


 この一試合を落としてしまった。

 直史の知る昔のレックスであれば、リリーフ陣はもっと層が厚かった。

 もちろんそんなピッチャーが選んでドラフトで取れたわけではなく、あの頃は樋口がピッチャーを育てていたのだ。

 野球の世界からは離れた樋口であるが、新潟で色々と動いているのは知っている。

 なにせ東京に来ることも多く、その時はついでのように法律に関した相談もやっていたからだ。

 ああいうキャッチャーは本当に、そうそう出てくるものではない。 

 段階こそ違え、ジンなどもそういったタイプのキャッチャーではあった。


 二勝一敗で、まずは最初のカードを終える。

 悪い始まり方ではない。

 ただ確認してみれば、ライガースも同じく二勝一敗でスタートしている。

 あちらは大介がまたホームランを打ち、打点を増やしていた。




 翌日、その東北と対戦するため、レックスは仙台に向かう。

 こちらはまだしも楽なものだが、東北は甲子園からホームまで戻らなければいけないのだから、どうにも大変なことである。

 いっそのこと東京でやった方が、あちらさんも楽なのではなかろうか。

 そうも思うがこの対戦の順番は、コンピューターが前年までの移動距離などを考慮して、算出しているものなのだ。


 東北の選手にも、直史に近しい人間はもういない。

 ただ現在コーチとして、義弟である淳が所属はしている。

 現役時代はサウスポーのアンダースローとして、安定した活躍をしていた淳。

 だがアンダースローは足腰のどこかを痛めたら、それでもう終わりである。

 ピッチャーはどこをやっても、一箇所だけで終わりになると言ってもいいか。


 直史も今の投げ方は、昔よりも足腰への負荷が強いことは分かっている。

 なので球数もだが、カーブで上手くカウントを稼いでいる。

 ストレートもボール球のストレートと、空振りを奪えるストレートでは、特に股関節などにも、かかる負荷がまったく違う。

 分かっていても使わなければ勝てないので、しっかりとケアした上で、最低限のところを使うのだ。

 まさか左の背中と脇腹などという、変なところにダメージがあるとは思わなかったが。


 オープン戦で仙台には行ったことはあるが、あの時は結局は投げていない。

 レギュラーシーズンで投げる場合、向こうが神宮にやってくるカードであったりした。

 ただプライベートでは仙台に行ったことはある。

 淳が現在も住んでいるのだから、ある程度は当たり前のことである。




 東北との第一戦は、上谷の先発である。

 直史は第二戦、そして百目鬼が第三戦。

 ピッチャーの実力的には、一勝は必ず勝てる組み合わせだ。

 しかし上谷はローテを埋めるためのピッチャーであるし、百目鬼はこれが初めての本格的な先発。

 第一戦からハイスコアゲームに持ち込んででも、先に勝っておきたい。

 ただ負けの展開であっても、リリーフを休ませることが出来るなら、それはそれで意味はある。


 上谷は現在、防御率がお世辞にもよくない。

 投げるイニングも5イニングまでというのが多く、これは単純に球数が増えているからだ。

 雨天などで試合が中止になっても、三島やオーガスなどはスライド登板するが、上谷はそのまま次のローテにまで飛ばされる。

 それでもここまで七試合に先発し、大きく崩れた試合はせいぜい、五回で五失点した試合ぐらいだ。

 前の試合では勝ちパターンのリリーフを使っていないし、翌日はミスター完投の直史であるから、ここでリリーフを贅沢に使える。

 充分に勝算はある、というのが首脳陣の考えである。


 ただこの試合は、微妙な展開になっていった。

 初回にレックスは先制したものの、その裏にすぐに逆転を許す。

 そしてまた同点に追いついて、相手が勝ち越す。

 これだけ簡単に点が入ってしまう試合だと、下手にリリーフを投入しても、炎上してしまう可能性がある。

 五回まで五失点で、上谷はマウンドを降りた。

 ただこの時点では、一応レックスが一点リードしていたため、勝ち投手の権利は持ったままである。

 五点も取られて、一点リードで勝ち投手も何もないだろうが、勝ち星の数というのは先発には大事なものだ。

 理由は分からなくても、勝てる先発というものがいれば、それだけで使っていくことになるのだから。




 六回の攻防は重要なものとなる。

 勝ちパターンにつなげられるかどうか、というのが一つの課題であるからだ。

 ここで一点ビハインドや、同点であった場合、首脳陣はどういう判断をするのか。

 勝ちにはいかない、と決めていた。

 今年のレックスは直史の加入によって、計算出来る勝ち星が一気に増えた。

 ポストシーズンへの進出はかなり可能性が高く、今の状態を上手く維持し、故障者なく勝率を保つ。

 そのためには勝ちパターンのリリーフ陣は絶対に必要で、こんな時期に消耗させるわけにはいかない。

 リードしているならともかく、同点の場面では出せないのだ。


 その六回に、レックスは失点してしまった。

 リリーフ陣もビハインド展開、ひどく言えば敗戦処理が出てくるわけだが、ここからいいピッチングをすれば、勝ちパターンのリリーフになることもある。

 もっとも今はレックスの勝ちパターンのピッチャーに隙がないので、それも難しいことではるが。

 ただレックスは、五回までを投げて降板というピッチャーがいるので、そこで1イニング限定で投げるリリーフも必要になる。

 安定感のあるリリーフは、ペナントレースを制するために必要なのだ。


 結局この試合は、東北が戦力の投入を迷わなかったことで勝利。

 長いシーズンを考えれば、ブルペンの消耗度の管理は重要なことなのだ。

 これで勝ちパターンのリリーフ陣を、二日休めることが出来た。

 明日は直史なので、三日休めることが出来るだろう、と首脳陣は都合のいいことを考えている。


 ただそうやって、ある程度楽観的になるのもいいことだ。 

 慎重になりすぎるのも良くないが、ペナントレースは長期的な視野を持って、勝ち星の計算をしていかなければいけない。

 ライガースが調子を落とせば、充分に首位を奪うチャンスはある。

 今のレックスであれば、アドバンテージさえあれば、日本シリーズに進むことは充分に可能だと思う。

 だが逆にアドバンテージがなければ、かなり苦しい。




 正直なところ貞本は、自分はつなぎの監督だと思っていた。

 レックスはこの数年は低調な成績であり、なかなかAクラス入りをすることが出来ていない。

 今は育成をして、そこで上手く選手が揃ったら、FA市場にも参加して戦力を整える。

 毎年優勝争いをするには、難しいチームではある。

 一時期の栄光は、本当に特異なものであったと認識するべきなのだ。


 そういうことを考えると、投手王国であった頃のレックスは、本当に強かったのだなと分かる。

 樋口の台頭により、それまでも実績を積んでいたピッチャーが、安定して投げられるようになっていた。

 いずれはプレイングマネージャーでも出来るのでは、などという声も聞かれたものだ。


 だが樋口はMLBに行き、そこで充分すぎるほどの活躍をした。

 わざわざもう、NPBに関わることはない。

 そもそも彼がプロの世界に進んだのは、野球が好きだったからと言うよりは、周囲の環境がそれを望んだからであったのだから。




 そして第二戦、直史の先発日。

 試合前に調整をしていた直史の前に、淳が現れた。

 義理の兄弟でもあり、同時に血縁上も従兄弟ではある二人。

 対戦するチームの間柄であっても、会話があってもおかしくはない。

 淳もまた、直史の事情を知っている、数少ない人間の一人だ。


 柔軟体操をしながら、直史は淳に目を向ける。

 その淳は周囲をざっと見回した。

 グラウンドの片隅に、注目している人間はいない。

 ここなら会話をしても、聞こえることはないだろう。


「調子、いいみたいだね」

「ああ、ただやっぱり、昔みたいに無理はきかないな」

 無理をしていないのにこの成績を出す従兄に、淳は思わず苦笑する。

「沢村賞は両リーグを通しての成績だから、交流戦の結果は重要だね」

「実際のところ、東北はともかく他のチームはどうなんだ?」

 直史もさすがに、優先順位の低いチームの分析は、それほどしていないのだ。


 淳としては、彼も優先順位を間違っていない。

 チームの勝利よりも、義理の甥の命の方が、重要だと認識している。

 今日の試合に関しては、直史は勝つだろう。

 今の東北は、チーム事情があまりよくない。

 淳としてもコーチ陣よりは、スカウトか、一番いいのは分析班に行くことだと思っている。

 そもそも監督やコーチといった首脳陣は、数年ごとに入れ替えがある。

 不安定な職というのは、淳の好みではないし、別にユニフォームをずっと着ていたいとも思っていないのだ。


 学歴を活かして、フロント入りしたいというのが、淳の正直なところである。

 直史たちと違い、淳は子供が生まれるのが遅かった。

 なのでまだ小さい間は、出来るだけ育てる環境にいたい。

 それに夫婦共働きであるので、嫁さんばかりに育児をやらせるのは不公平だろうとは思っている。

 ただ家事は淳の方がおおよそ上手いので、そこでバランスは取れているのかもしれないが。

 引退しても再び、ユニフォームに袖を通す。

 多くの選手が望んでいることを、別に淳は望んでいない。

 このあたりはやはり、佐藤家の血が流れるゆえんであるのかもしれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る