第31話 深遠を覗く者は
五月の中旬に入ったところで、既に直史は六勝目。
他のピッチャーが足踏みしているので、ハーラーダービーのトップに立った。
そして完投こそしなかったものの八回を無失点に抑えた翌日、ベンチには入らないのでクラブハウスでテレビなどを見ている。
レックスとカップスの試合であるが、シーソーゲームとなっていた。
もっともレックスに有利な展開で進んではいたが。
直史への対策は、かなり入念に行ったものであろう。
だが他のピッチャーへの対策はどうなのか、ということを考えながら見ている。
今日のレックスはリリーフの継投で乗り切る日だ。
上谷が投げても良かったローテであるのだが、前日に肩に違和感を覚えて、本日は大事を取って休んでいる。
ここまで上谷は、投げた試合には全て勝ち負けがついていて、それだけしっかりと試合を作れたということでもある。
休まずに投げることで評価を上げることもあるが、プロは無理をしない方がいい。
無理をしなければどうにもならない、という境界線上の選手もいるが。
MLBではそれほどでもなかったが、NPBでは技術やパワーはあるのに、体力的にシーズンを戦うことが出来ない、という選手がけっこういたりする。
考えてみればアマチュアとプロとでは、シーズン内に行う試合数が圧倒的に違う。
また移動して即日に試合ということも、何度も繰り返されるのだ。
先発のピッチャーは中六日ないし中五日で投げるので、むしろトーナメントよりも楽に思えるかもしれない。
だがプロのバッターというのは全て、アマチュアの上澄みであるのだ。下位打線であっても油断が出来ない。
ピッチャーの中には一年目が一番良かった、という選手がそれなりにいる。
一つにはまだ情報の分析がされていないということだろうが、もう一つには無茶が利いて投げている、ということであるからだ。
無理をしてでも全開の出力で投げなければ、一軍にも上がることは出来ない。
そんな無理をしなければいけないのなら、どちらにしろ長くは通じないものであるのだろうが。
直史はカップスのバッターに、ずっと注目して試合を見ていた。
こちらの攻撃には興味を持たない。重要なのはバッターに対する観察である。
あちらが直史を分析したというなら、こちらもカップスのバッターをさらに深く分析するのみだ。
元々情報戦は直史の得意とするところであるが、レックスのスコアラーのデータだけでは、直史にとっては不充分だ。
これがキャッチャーに経験豊富な者がいれば、直史の負担も軽減されるのだが。
キャッチャーを育成するのも、先輩ピッチャーの仕事であろう。
この試合を見ていても、カップスが頑張っているのは分かる。
(新人のキャッチャーはバッターに対する対応なんて考えなくて、ピッチャーのストロングポイントをどう活かすかを考えるべきなんだ)
何人もいるピッチャーに対して、キャッチャーは正捕手固定なら各チーム一人だけ。
ならばピッチャーの分析より先に、キャッチャーを分析するだろう。
(社会人までキャッチャーをやってたなら、多くのピッチャーのボールを受けてたはずだよな)
組んだピッチャーの数が、そのままキャッチャーの経験値となる。
迫水は頑張っているが、プロなら頑張りではなく結果を見せなければいけない。
少なくとも打撃に関しては、キャッチャーの中ではかなり上位と言ってもいいだろう。
あとはキャッチャーとして、どれだけリードが出来るか。
いくら大卒社会人とはいえ、一年目のキャッチャーがここまで多くのマスクを被るのは、かなり珍しいことだ。
樋口などは一年目の途中から、完全に正捕手の座を獲得していたが、あれはかなり例外的な存在だ。
カップスはこの試合、打線陣が精彩を欠いた。
あるいはそれは、前日に直史に、ほぼ完封された影響も残っていたのかもしれない。
昔から直史は、対戦したバッターやチームを不調にすることで有名である。
こんなピッチャーがいたのでは点が取れるはずもない。
そう思ってもプロであれば、そこで挫折するわけにはいかない。
直史以外のピッチャーとも対戦するし、何も一つ負ければそこで終わりというわけでもないのだ。
食っていくためには、勝てるところで勝たなければいけないし、打てるところで打たなければいけない。
第一直史はもう40歳であるのだから、ここから数年我慢すれば、さすがにプロからは消えるはずなのだ。
NPBの選手としては、直史は今年を含めて三年しかプレイしていない。
五年間に渡って蹂躙されたMLBのバッターに比べれば、ずっとマシだと言える。
一試合が雨天中止となったため、二連戦となったこのカード、二つともレックスは勝利した。
そして勢いがうまくついたところで、次は本拠地神宮での、ライガースとの対戦である。
ここでもまた、直史が投げるローテには入っていない。
本来なら投げるはずだったのだが、あの故障離脱の期間が痛かった。
だが神宮で、出来る限りのデータを取る。
大介とはどこかで、絶対に当たる確信を持っている。
ライガースは相変わらず首位独走で二位のレックスとゲーム差があるのだが、実はここのところ調子が悪い。
打線は相変わらず打てているのだが、殴り合いで負けているケースが多いのだ。
また雨天の影響でローテが少し変わったこともあって、先発の強いところがレックス戦では投げてこない。
ここで上手く殴りあいに持ち込めば、意外と勝てるかもしれない状況だ。
試合の展開が雑なのだ。
先発もリリーフも、とにかくピッチャーが勝負をしたがりになっている。
そして打撃の方は、下手に調子がいいだけに、いじることが出来ない。
点を取られてもそれ以上に取ればいいと考えるのだろうが、実際には上手く行かずに追いつけないという試合になる。
相変わらず大介は、驚くほどの数を敬遠されている。
以前もライガースは、強打のチームというイメージがあった直史である。
確かに今も強打のチームではあるのだが、いまいちそこに重みを感じないとでも言おうか。
二番で大介が機能してしまっているのが、実は悪いのかもしれない。
敬遠を含む四球で歩かされることが多い大介なのだから、その後ろにはもっと勝負強く、チャンスを拡大していくバッターが必要なのだ。
雑な攻撃と、思い切りのいい攻撃は違う。
プロは魅せてなんぼであるが、同時に試合にもしっかりと勝たなくてはいけない。
そのあたりが今のライガースには欠けているスピリットで、大介ならそのあたりは分かっているはずなのだ。
ただ大介は最強のバッターであるが、相手に致命傷を与える針の鋭さではなく、巨大な丸太を振り回しているような、そんなイメージがある。
致命的な一撃というのは、樋口のようなバッティングを言うのだろう。
今後のことを考えれば、チームとしては直史がいないところで、ライガースに勝っておく必要がある。
実際に他のチームは、ライガースとの殴り合いを制していたりするのだ。
もちろんポストシーズンになれば、その戦い方も変わってくるだろう。
しかしかつて直史が見ていたライガースは、もっと骨太な試合をしていたように思う。
かつてのライガース打線と、今のライガース打線の違い。
それは一発狙いがより多くなり、打率が低下していることであろう。
西郷などは三割を簡単に打っていて、ホームランも40本以上打っていた。
しかし今のライガースは、極端な長打主義になっている。
もちろんホームランは、それだけで一点が入るので、得点効率は悪くない。
直史としてもいくらヒットを打たせても、単打が散発ならば、失点につながらないから問題ないと考えている。
だがそれが、粗くて雑な攻撃につながっている。
そして攻撃の前のめり感が、投球や守備にも伝染してしまっている。
皮肉なことに大介の影響が、悪い意味で出たと言うべきだろう。
かつて新人から中堅とまで言われていた九年目までの大介は、その前後に彼を活かすようなバッターがいた。
金剛寺や西郷などがいたため、下手に歩かせることも難しかったのだ。
しかし今の大介は、盗塁もかなり控えめになっている。
出塁してもそれを活かす、戦術が取られていない。
もったいないことだと直史は思うが、対戦するにあたっては、そういう雑なチームの方がいいだろう。
野球は点の取り合いであり、ライガースの平均失点もそれなりに高い。
上手く大介の打席を、ホームラン以外でしのげたら、失点は最低限で防げる。
今日のレックスの作戦も、その方針でいくらしい。
満員御礼となった神宮は、立ち見の観客も入れたいらしい。
いやいや、確かに立ち見で見ている観客はいるが、あれはちゃんと指定席のチケットを買った上で、あえて立ち見を選んでいるわけで。
相手がライガースということもあり、やはり観客動員数はすごい。
たとえ試合の結果がどうなったとしても、面白い試合になることは想像できるのだろう。
この日の直史は、ベンチに入って観戦していた。
ライガースベンチの様子を、こちらからしっかりと観察するつもりである。
一位と二位の直接対決なので、勝敗がそのままゲーム差に影響する。
レックスとしては出来れば勝ち越しておきたいし、ライガースとしてもそれは同じであろう。
直史はこのカードの勝敗にはあまり興味はない。
五月の半ばの時点での順位など、ペナントレースを占う上ではさほど役に立たないと見ているからだ。
半年のシーズンの中では、どんな強いチームでも失速する場面がある。
そこで確実に勝っておくことと、自分たちのチームの失速を、最低限に済ませること。
それがペナントレースを勝利する上で重要なことなのだ。
さらに言えば直史は、ペナントレースで勝利することさえも、さほど重要視していない。
クライマックスシリーズのアドバンテージを考えれば、確かにペナントレースで優勝することは有利にはなる。
だが直史の今年の勝利条件は、チームの優勝ではない。
最終的に自分と大介、どちらがMVPに選ばれるかということだが、直接対決があれば、そこでも判断されるだろう。
そこで大介に確実に勝てるとは、思っていない直史である。
地元東京のホームゲームでるのだが、関西出身や関西から遠征に来たライガースファンによって、ある程度スタンドの色がライガースとなっている。
日本のスポーツファンの中で、一番熱量が多いと言われるだけのことはある。
地元人気ならカップスも相当のものであるが。
そのライガースが先攻で、そして一回の表から大介の打席が回ってくる。
先頭打者を打ち取ることが出来ても出来なくても、ここは敬遠しておきたいな、などと直史は考えたりする。
レックスはホームなので後攻。
ライガースは大介がいるので、当然ながら強力な得点力を誇る。
以前にNPBにいた頃は三番を打っていたが、今では二番となっている。
それだけ打順が多く回ってくるし、MLBでは主に二番を打っていたからだ。
同じパワーヒッターでも、走力があるかないかで、打順の適性位置は変わる。
いまだに走れる大介は、打順の前に置いておいて、打席を多く回すのが得策であるのだ。
その初打席、三島の投げたボールを、フェンス直撃弾とする。
ワンナウト二塁と、これで得点圏にランナーがいる状態になった。
ただ一回の表なので、あまり気にする場面ではない。
大介は今年はもう、三塁への盗塁を試みていないのだ。
(あいつ本来の考えなら、その隙を突いて三盗も狙っていくんだろうけど)
それをやるのは、今ではないだろう。
後続の打線が外野フライと空振り三振に倒れたため、大介はそのまま二塁に残塁。
とりあえず最初の攻撃は防ぐことが出来た。
(確率のバッティングになってるな)
直史はライガースの攻撃に、確実性を感じない。
確かに外野まで飛ばすことは、長打につながるであろう。
だが野球は打ってもホームラン以外、七割ほどはアウトになる。
もっと試合の中で、戦略性を持つべきではないのか。
勝ったからそれでいい、ではいずれ破綻する可能性が見えている。
ライガースの先発が弱いところに当たっているため、レックスは一回の裏に先制点を上げた。
ただライガース打線というのは、一点や二点ぐらいは取られた方が、逆襲の炎に燃え盛ったりするものなのだ。
そこを上手く淡々と処理すれば、打線は空回りしていくだろう。
しかし下手に逃げのピッチングなどをしていっては、それはそれで対応してくるとも思うが。
レックスの三島を、迫水は上手く誘導していると言っていい。
考えてみればこの二人の間には、あまり年齢の差もないのだ。
あるいは直史と組むよりも、精神的には気楽かもしれない。
ビッグイニングを作らない重要性。
それを迫水は直史から散々言われたので、リードにも取り入れているらしい。
ライガース打線の得点力を考えるなら、難しい場面では失点を防ぐより、アウト一つを確実に増やすべき場合がある。
相手のチャンスを最少失点に抑えれば、ビッグイニングを防ぐことが出来る。
点の取り合いになったとしても、ジャブによるダメージ程度なら問題はない。
重要なのは長打で一気に点を取られることを防ぐのだ。
六回を三失点と、まさにクオリティスタートで、三島は己の責任を果たした。
この時点でレックスは、わずかに一点だがリードしている。
ただライガース相手に一点リードというのは、いささかならず心もとない。
しかしライガースは終盤も、リリーフがあまり強くない。
双方共に、ここからも点の取り合いとなる。
やはりライガースは、ここぞという時の競り合いに弱い。
乱打戦であれば問題はないのだが、勝ちパターンのリリーフに入ったときに、点を取られてしまうのだ。
一度は追いつかれたレックスであるが、その後にまたも突き放す追加点を奪う。
三島の勝ち星は消えてしまったが、クオリティスタートの実績は残る。
年俸更改の折にはそれを持ち出して、球団と交渉すればいいだろう。
レックスの勝ちパターンのリリーフでも、一発などを防ぐことが出来ない。
だがここで踏み込んで、殴り合いに持ち込む。
むしろ直史としては、レックス首脳陣が、こんな殴り合いを挑むことの方が意外であった。
もちろん相手が点を取っている以上、こちらも点を取らなければ、負けてしまうのは間違いないのだが。
同じく点を取るといっても、レックスの場合はかなり、緻密な攻撃をしたりしている。
ライガースは大介に引きずらせて、スモールベースボールが出来ていない。
すると統計ではともかく、目の前の一試合を見れば、どちらが有利かは分かるものであろう。
九回の表には、オースティンがマウンドに立つ。
点差は一点と厳しい場面だが、大介に回る打順ではない。
これはおそらく勝てるだろう、と直史としては判断する。
ただランナーがたまって大介に回れば、逆転されてもおかしくないな、とも思う。
最後の守備でオースティンは、しっかりとライガース打線を抑え込む。
スピードのあるボールで、空振りを奪っていくのだ。
最後まで長打を狙うのが、ライガースの攻撃。
しかしそれも及ばず、最後には内野フライでゲームセット。
レックスは重要な、エースの投げた試合で勝利を掴んだのであった。
今日の試合には、色々と考えさせられることがあった。
大介は三打数一安打であったが、回ってきた打席は五打席もあった。
つまり二打席はフォアボールで歩かせているのだ。
その中で点に結びついたのは一点だけ。
折角出塁しても、後のバッターがそれを活かしきれていない。
戦力が空回りしているのだ。
自分が監督だったらどうか、という問題ではない。
一試合の中の戦術的なものではなく、このシーズンを通してのもの。
ライガースは点を取ることに対して、大雑把過ぎる。
だからこそ守備の面でも、一点を守るという意識が薄いのではないか。
レックスはビッグイニングを作れはしなかったが、しっかりとチャンスで得点していった。
なのでピッチャーとしても、丁寧に投げていったのだ。
意識の問題ではある。
おそらく逆にライガースは、一つの試合で嘘のように、相手の投手を粉砕することもあるのだろう。
だが五月に入ってからのライガースの不調は、打線が点を取ったとしても、守備でやり返されることが多いからだ。
ピッチャーの集中力の問題もあるだろうが、勝ちパターンのリリーフで逆転されていては、先発としても苦しいだろう。
逆転されて負ける以外で、勝ち星を消されても問題だ。
今では勝利数などというのは、ピッチャーの能力以外の要素が関係していると分かるが、それでも最多勝というタイトルは魅力的だ。
だが勝つか負けるか、継投が主流となった現在では、自分の力で勝ち星をつけるのは難しい。
それはどんな先発ピッチャーも抱えているジレンマであるだろう。
直史は違う。
ここまで確かに、リリーフ陣に勝ち星を確定してもらった試合もあるが、七回途中で降板したときも、八回までを投げた時も、常に味方が有利であるという状態で継投してきた。
そして味方が有利な状態は、直史が相手の打線をほぼ完全に封じることで、これまで自ら作ってきたものなのだ。
ピッチャーの中でも、エースの条件というのは、まず勝つことだ。
実際のところはレギュラーシーズンのローテーションの中では、全てを勝つことは難しいだろうが。
野球は統計と確率のスポーツと呼ばれるが、直史はその概念に喧嘩を売っている。
ただライガース相手に投げるのは、かなり敗北の可能性が高いとは思う。
第一戦も勝ったとはいえ、五点を取られているのだ。
果たして第二戦も、勝てるのかどうか。
そして第三戦ともなると、青砥が先発となってくる。
よほど投打がかみ合わない限り、残りの二試合も勝つのは難しいだろう。
翌日には試合の画像から分析されたデータが、バッテリーや首脳陣に共有される。
本日の先発のオーガス以外にも、直史もこのミーティングには呼ばれていたりする。
第一戦をかろうじて勝利したが、まだまだライガースとの差は大きい。
しかしライガースがここのところ、かなり調子を落としているのも確かなのだ。
試合をロースコアに持ち込むことは、ほぼ出来ていない。
これまでのライガースの試合は、負けていても三点は必ず取っていて、二点までしか取れなかったという試合がない。
つまり得点の平均値が高いだけではなく、安定してその得点も取れているわけだ。
平均値はおおよそ六点ほどで、これはかなりの攻撃力と言える。
また完全に勝った点差の試合では、若手の起用もしっかりと行っている。
ライガースはイケイケドンドンのチームではあるが、同時に若手を使うだけの余力もある。
そこはレックスも意識的に、若手の育成には手をつけているのだが。
第二戦が始まる。
この試合でレックスが勝てるかどうかは、直史にも分からない。
ピッチャーのコントロールミスや、バッターの打球の行方など、運勢がどちらかに偏っていれば、そちらが勝つだろう。
また精神状態も問題となるはずだ。
ここのところ点は取れているのに、勝敗につながっていない。
ただピッチャーも極端に悪いというわけでもなく、ほどほどに点は取られている。
いっそのことここで、ボロ負けでもした方が、一度チームを見直すのにはいい機会なのかもしれない。
ただ首脳陣がそう考えても、打線はしっかりと点を取ってくる。
先発のピッチャーも出来がひどいというわけではなく、普通ならもっと勝っていてもおかしくない。
しかし結果としては、得点の平均値と失点の平均値がそのまま試合で出るわけではないので、それなりに負けることが多くなるのだ。
それを別にしても、ライガース首脳陣は、雑になっているプレイには、頭を悩まさせている。
下手に勢いを殺すようなことはしたくないし、四月の貯金は随分と大きい。
まだ前半戦の半分ほどしか終わってないと考えれば、修正の余地は充分にあると思えるのだ。
(な~んか嫌な感じなんだよな)
大介はそれを感じている。
勝っている試合であっても逆転される時、どこかにその兆候がある。
今のチーム状態は、点だけはしっかりと取っているものの、あと一歩が足りていない。
大介はもう、20年以上もプロで飯を食っているのだ。
その大介に嫌な予感がするのだから、これは何かが起こる前兆とは思えるのだが。
(それを考えるのは指揮官だよな)
目の前のピッチャーとの勝負に、大介は集中するのであった。
試合には流れがある。
統計では絶対に見えない、偏りというものである。
もしも統計を平均化すれば、ライガースは全ての試合に勝つことになる。
それがないことが、競技というものであるのだろう。
野球はチームの戦力差が、試合の結果とはそれほど結びつかないスポーツだとも言われる。
それは野球が選手の人数が多く、誰か一人に比重がかかっていないからだ。
ただそれでも、先発のピッチャーには一番の、責任がのしかかっているが。
この試合を直史は、ベンチからは見ていない。
レックスの分析班が入っている、スコアラーの部屋に入っていたりした。
逐次流れてくる、試合の展開を数値化したもの。
それと直史の感じた印象を照らし合わせて、数値化されない分析をしていく。
いいキャッチャーがいれば、もっと楽だろうなとは思う。
しかしないものねだりをしても仕方ないし、迫水は新人としては使えるキャッチャーで、打撃での援護もしてくれる。
直史と一年組んでいれば、それなりに学んでくれるだろう。
もちろんみずから積極的に育てる気はないが、育ってくれるように投げるのみ。
この試合もライガースは、打線が序盤には爆発しない。
相手に点を取られてから、打線が爆発する。
そんな攻撃的なチームと言えば都合がいいかもしれないが、つまり先制点が取れていないのだ。
これは先発のピッチャーなどには、精神的に隠れた疲労として出てくる。
俺が投げて試合に勝つ、と思うピッチャーは多いだろうが、楽な状況で投げられる方が、精神的にも楽なのは確かだ。
直史でさえそう思うのだから、おおよそのピッチャーはそれで間違いないだろう。
レックスに先制されてから、まさにライガース打線は動き出した。
ここから点の取り合いとなるが、一歩リードしているのはレックスである。
さらに上回るパワーで、これを逆転したいと考えるのがライガース。
しかしいい当たりがあっても、野手の正面であれば取られてしまう。
フライを大きく打っても、スタンドに入らない限りは得点になると限らない。
「あ」
そう思っていたら、大介のソロホームランが出たりする。
ソロならいいのだ。
ただここで萎縮すると、続くバッターがどんどんと打ってくる。
オーガスとしてもそれは分かっているのだろうが、自分でもいいボールと思ったのを、簡単に放り込まれてしまってはたまったものではない。
ここからライガースは逆転に成功。
そしてレックスはこうなると、再度逆転するというのは難しい。
まずは同点に追いつこうと思っても、先にライガースが追加点を入れていく。
勢いが一度ついてしまうと、止められないのが今のライガースだ。
ただ直史からすると、勢いを弱めることは出来そうだな、とも思う。
そしてそれが可能なピッチャーが、今のレックスにはいる。
結局試合は、8-5でライガースの勝利となった。
そして選手たちが解散しようという時、直史は声をかける。
「青砥、ちょっといいか」
そう、レックスにおいて緒方と並び、ずっとレックス一筋の男。
彼は単純なピッチャーではなく、分類するならば技巧派。
それも直史がこの場合、求めるタイプの技巧派であるのだった。
高卒からこちら、もう20年目の選手となる青砥。
プロでそれだけ続けられるというだけで、既にすごいことなのだ。
プロ入り後一軍に上がってもしばらくは、中継ぎで投げることが多かった。
それこそ敗戦処理もあったし、ビハインド展開で投げたこともあった。
だがそういった部分で実績を残してきたので、ローテーションで今は投げている。
同期で入団し、そして今もプロの世界にいる選手が、全球団を通じて見ても何人いることだろうか。
そんなしぶとい青砥であるからこそ、直史のアドバイスを試してみる気になって、そして結果も出しているのだ。
(驚いたな)
ぽつぽつとヒットは出ているが、内野ゴロなどを打つことも多い。
(遅い球の方が効果的なのか)
チェンジアップも含めた、カーブなどの遅い球を主体で投げる。
ストレートは基本ボール球だ。
おそらく次に当たった時には、もう対応してくるだろう。
だが強打のライガースが、打たせて取るピッチングにやられている。
基本的にパワーピッチャーのオーガスト違い、技巧派の青砥の方が、こういったピッチングには慣れているのだ。
スコアラーと一緒にいる直史としては、自分の予想が当たっていて嬉しい。
ライガースのみならず、高校時代も強打のチームで、やたらと振り回してくるチームはあった。
そういう打線こそまさに、直史にとってはご馳走であったのだが。
そして今、それが青砥のスタイルにぴったりとハマってしまった。
直史としては別にチームのためではなく、ライガースの打線対策の一環として考えただけなのだが。
(それでも大介は打ってくるか)
敬遠気味のフォアボールで二度歩かされても、得点圏にランナーがいれば、ボール球を打ってくる。
打点を稼がれたりはしたが、それでも無理に打ってくれば、打球の方向もコントロールは出来ない。
この試合もレックスは勝利。青砥は七回を投げて一失点と、見事なピッチング。
レックスは首位ライガースとの三連戦を、勝ち越して済ませたのであった。
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