第22話 アウェイ

 地元神宮での3カードが終了した。

 ここからはアウェイが3カード続くが、最初はタイタンズとの三連戦である。

 つまり移動の必要がない。

(楽だ~)

 さすがに直史も、もうMLBのスケジュールで回ることは、自分には無理だと思っていた。

 それに比べるとNPBのスケジュールのなんと楽なことか。

 パの千葉か、セのレックスかはそれなりに迷ったのだ。

 だが在京球団との対戦が多い、レックスを選んで正解であったと思える。


 とにかく回復力の低さが顕著だ。

 力の入ったストレートを主体として使っているというのもあると思うが、体全体の回復力が落ちているのは間違いない。

 肩肘に異常がないのは、それだけが幸いであると言うべきか。

 中六日のNPB、しかも上がりで完全に休養が出来るというのは、本当にMLBに比べれば楽である。


 直史の登板三試合目は、アウェイでの広島戦。

 広島は昨年あたりから、育成してきた戦力が結果を残してきている。

 今年は飛躍するのではと思われていて、このカードが終わればとりあえず同リーグ全てのチームと対戦がなったこととなる。

 その限りでは直史の目からすると、一番危険な相手はやはりライガースだ。

 ライガースと言うよりは、大介であるのだが。


 それにしてもライガースは、まだ大原が頑張っているのには驚いた。

 まさにあれこそ無事是名馬で、200勝が普通に現実的に見えている。

 ただ同年代はほぼ引退し、やや年下の層はMLBに挑戦しているので、やはり全く知らないピッチャーが多い。

 160km/hをぽんぽんと出すピッチャーが数人いて、本当にレベルが上がっているのだなとは思う。

 その中で直史が暫定奪三振王なのは驚きだが。




 タイタンズ戦が開始される。

 もう二度と来ないだろうな、と思っていた東京ドームに、直史はやってきた。

 ただしここで投げるローテーションではない。

 ベンチ入りもしないが、ドームの感触を試しておきたいというのと、あとはフリーバッティングで少し投げるためにやってきたのだ。


 直史にバッティングピッチャーをしてもらったバッターは、不思議に思うだろう。

 どうしてこのボールで三振をあんなにも奪えるのか、ということを。

 単純にたくさん投げているから、三振の数も増えるというのはまた違う話だ。

 伸びのいいストレートで、気持ちよく打たせてくれる。

 もちろん疲労を考えて、ある程度の球数しか投げてはもらえないが。


 ストレートにカーブで全体の80%ほどを占める。

 これにチェンジアップを入れて、90%といったところか。

 スライダーやシュートは、あまり割合が多くない。

 ただカーブを一球種と数えるには、変化量やスピードに幅がありすぎる。


 投げてもらうなら、球数を抑えて投げてもらう。

 直史は昔なら、シーズン中でも毎日100球ぐらいは投げていた。

 それをしてMLBでもクレイジーなどと言われたが、実際のところ抜いて投げた球ならば、負荷はそれほどかからないのだ。

 そして直史の場合、八割の力で投げた球でも、九割ぐらいの威力は出ていた。

 今はもう、そういうわけにもいかなくなっているが。


 誰が言うまでもなく、レジェンドである存在。

 だが緒方や青砥とは、高校時代には対戦した間柄だ。

 またノンプロ時代にボコボコにした迫水や左右田も、それなりに話すことがある。

 むしろ畏れ多いと思っているのは、その中間の主力層ではないか。

 復帰し、しかも復活したと言っても、もうそのプロ生活は長くないだろう。

 学ぶ機会は、これが最後になるかもしれないのだ。




 いいピッチングを続けているのに、今シーズンまだ勝ち星のない、レックスのエース三島。

 いや、今は準エースと言おうか。

 しかし今日の試合は、初回から味方のツーランホームランが出た。

 今日は勝てるというイメージが、頭の中にしっかりと描かれる。

 そういった状態で投げるピッチャーは強い。


 ストライク先行のピッチングで、どんどんと追い込んでいく。

 エースクラスの対戦で、テンポの早い試合展開。

 こういう時は負けている方は、ベンチが動いて上手くペースを落とさなければいけないのだ。

 攻撃時にゆっくりと、バッターボックスに入る。

 それに付き合うことはないと、バッテリーは手早くサインを交換する。


 クラブハウスでそれを見ていた直史は、拙速であると判断した。

 勝っている時の攻撃は、勢いに任せていいこともある。

 だが守備においては、安易に押していってはいけない。

 四回の裏、悟のホームランが出て、一点を奪われた。

 悟もこれで、今季3号ホームランである。


 やはりタイタンズは強いかな、と直史は判断している。

 消耗し過ぎないようにと考えて投げたものの、ヒットを五本も許していたのだ。

 フォアボールで歩かせたのも、やはり悟である。

 素直にメジャーに行ってくれていれば、今頃は直史も楽が出来たであろう。

 人間関係の問題で、日本に残った大物。

 西郷もMLBに移籍はしなかったが、あれはパワーヒッターを日本人に求めていなかったMLBの事情がある。

(その前後を抑えればいいか)

 甘くは見ないが、厳しくも見ない直史である。




 タイタンズの先発馬場は、FAで移籍してきたピッチャーだ。

 現在ではエースとして投げていて、ほぼ160km/h近いストレートを持ちながらも、器用に多数の変化球も投げ分ける。

 ただ稀に一発病があるため、そこで負けがつくことがある。

 彼は大卒であるため、年齢的なことも考えて、MLBには挑戦しなかった。

 しかし彼もまた、通用したであろうと思われるプレイヤーの一人だ。


 ピッチャーとしての格は、三島よりも上であろう。

 だからといって勝てるとは限らない。

 野球の先発など、七割も勝っていれば上等。

 それが競技としての常識であるのだ。

 もちろんレックス打線が相手であるなら、もう少し勝率は上がるかもしれない。

 対戦するピッチャーの質にもよるだろう。


 三島は六回までを投げて、悟のソロホームラン一本という上出来の具合に収めた。

 対する馬場も、初回のツーランホームラン以降は、単打が出た程度に抑えて七回までを二失点で投げぬいた。つまりハイクオリティスタートだ。

 こんなピッチングをしていても、負けることがあるのが野球だ。

 事実現時点では、馬場には負け投手になる可能性がある。


 タイタンズはチーム構成は、どの部分も安定して高いと言える。

 だがリリーフ陣の層は、レックスとほぼ同じぐらいだ。

 そしてそれに対し、打線はタイタンズの方が上。

 となれば追いつかれ、さらに逆転されてもおかしくはない。

 しかしここで、ランナー二塁という場面に悟に回って、敬遠策を取る。

 スタンドのタイタンズファンからはブーイングが飛んだが、これはいい選択だろう。


 悟は確かにバッティングがいいが、ミスタートリプルスリーと呼ばれるぐらい、走塁も優れている。

 しかし前にランナーがいる状態では、それもあまり活かせるものではない。

 事実ここで、レックスは相手を無得点に抑える。

 試合後に考えてみれば、ここがターニングポイントであった。




 先発がクオリティスタートと、ハイクオリティスタートで投げた試合。

 そしてリリーフ陣は、完全に己の仕事を果たした。

 最終的なスコアは2-1で決着。

 結局はあの初回の二点で、勝負が決まったことになる。


 馬場はいいピッチャーであるが、ややスロースターターなところもある。

 そのため先発としては、こういう試合が少なくはない。

 今日のヒーローインタビューは、先発の三島であった。

 今季三試合目にして、ようやく初白星である。


 まだ序盤であるが、三島の現在の防御率は、丁度1となっていた。

 それなのにこの結果なのである。

 三試合連続でクオリティスタートを決め、ようやく一勝。

 これはやはりハイクオリティスタートを決めないと、勝ち星には結びついていかないのかもしれない。


 まずはエース対決を制し、敵地ながらレックスの士気は上がった。

 そして翌日は、ここまで二戦二勝のオーガス。

 ピッチングの内容は三島の方がいいのに、勝ち星はオーガスの方についている。

 統計上の偏りというのもあるし、相手ピッチャーのレベルにもよる。

 それでも事実として、オーガスは試合を勝たせているのだ。


 完全に他人事として、直史はこれを見ている。

 だが第二戦、オーガスが勝つのは難しいのではないか、とも思っていた。

 これでレックスは、二試合連続で勝ちパターンのリリーフを使った。

 基本的にリリーフ陣は、三連戦はさせない方がいい、というのが今の風潮になっている。

 シーズンもまだ序盤。

 レックスの首脳陣は、博打をこんなところで打ってくるタイプではない。




 直史の予想は、おおよそ当たった。

 ただオーガスは、負けがつかないところで、マウンドを降りることとなった。

 試合は五回が終わった時点で、4-4の同点。

 今日は単純に、オーガスの調子が悪かった。


 先発ピッチャーの調子が悪ければ、あとは首脳陣がどう、リリーフを使っていくかで試合は決まる。

 この点レックスは、ここ二試合に勝ちパターンのリリーフを使っている。

 そして明日はリリーフ継投で乗り切る予定の日なのである。

 またタイタンズの方が打線はいいことを考えると、この時点で勝利は厳しいことが分かる。


 こんな時、レックスの首脳陣は、冷徹な采配を行う。

 保守的な采配をすることは多いが、経験の多さは割り切りもあっさりすることにつながるらしい。

 試合を統計で見ていけば、捨てる試合は捨てていかなければいけない。

 いや、捨てざるをえない試合と言うべきか。

 一点でもリードしているなら、明日の試合は若手を先発させて、長いイニングの経験を積ませてもいい。

 そのあたりの判断が、レックスの首脳陣は乾いている。


 同点の状態でリリーフで結果を残せば、ローテーションが一枚空いているレックスは、そこに入ることが出来るかもしれない。

 お互いの打線陣が暖まっている状況で、それは難しいことではあるだろう。

 しかし難しいからこそ、チャンスだとも言えるのだ。

 プロはどこにでもチャンスがある。

 戦力は必ず評価される。

 だがこの流れに逆らうのは難しい。

 結局、試合はだらだらと点が入り、8-6でタイタンズが勝利したのであった。




 レックスの首脳陣は、かなり汚染されてきている。

 それは直史なら、きっとどうにかしてくれるという信仰だ。

 これがあながち間違っていないのだから性質が悪い。

 広島との第一戦、リリーフ陣は必要だとしても一枚程度だろう。

 そんな甘い考えで、タイタンズとの第三戦は、リリーフ陣をフル回転させた。


 元々リリーフ陣は、短いイニングで全力を出すタイプのピッチャーにしか向いていない。

 もちろんリリーフも先発も出来る、器用なピッチャーもいるが。

 青砥なども最初はリリーフで投げていた期間が長く、そこから先発に転向した。

 本人の資質としては、首脳陣が見る限りでは、むしろ先発の方が向いていたと思われる。

 だがあの時代はレックスの先発ローテは、NPB最強とも言われていたので、なかなか定着する機会がなかった。


 リリーフ陣はかなり強いのに、そこから先発のローテに定着するピッチャーは少ない。

 クローザーは別としても、ピッチャーは先発をしなければ、年俸はなかなか高くならない。

 中継ぎでも勝ちパターンに定着すれば、それなりの年俸にはなる。

 だが中継ぎはおおよそ、選手生命が短いとも言われる。

 それは試合で投げる球数に加えて、肩を作るのに必要な球数が多く、また連投することで肩や肘がなかなか休まらない。


 極端に言ってしまえば、中継ぎは消耗品だ。

 勝ちパターンの勝利の方程式に組んでもらえば話は別だが、普通に中継ぎをするのならば、そこで結果を出して、先発なりクローザーなりを目指していかないと、なかなか長期間活躍することは難しい。

 ピッチャーというのはそれぐらい、壊れやすいものなのだから。




 中継ぎをガンガンとつないでいく贅沢な起用。

 それは次の日が移動のため休養日であることも関係している。

 基本的にリリーフは、三連投は極力避ける。

 レックスはこの原則は、かなり長い間守っている。

 もちろん勝負どころでは、この原則を破ることはある。

 だがそれはシーズン終盤などで、クライマックスシリーズ進出がかかっていたり、ペナントレースが最後の競り合いになっていたりする場合だ。

 あとはポストシーズンの試合であろうか。


 直史はポストシーズン、無茶な登板間隔で投げていた。

 そしてそれで勝ってしまうのだから、周囲も感覚が麻痺しているだろう。

 だがそれは若かりし頃、あるいは円熟した年齢の直史だ。

 今はさすがに、そんなことをやっては壊れてしまうだろう。


 タイタンズとの三連戦、最終戦はこのリリーフ継投が上手くいった。

 イニングごとにころころとピッチャーを変えて、全力でそのイニングだけを抑えてもらうのだ。

 その間に打線の方は、少ないチャンスを着実にものにしていく。

 なんとも華のない、しかしながらめまぐるしい試合展開。

 結果として4-2でレックスはタイタンズに勝利。

 このカードを勝ち越して終わることに成功したのであった。




 月曜日には広島に移動。

 新市民球場にて、火曜日からのカップス戦に備える。

 予告先発は、当然ながら直史。

 ただでさえファンの熱い広島は、当然のようにチケットは全て売り切れている。


 公式戦二試合を終えて、直史のピッチングスタイルの変化は、かなりの人間が周知している。

 変化球投手と言うには、ストレートの割合が多すぎる。

 そして球数も多くなっていて、昔のような全てを計算づくにしたような感じは受けない。

 だがそれでもオープン戦やフェニックス戦のノーヒットノーランを見れば、モデルチェンジして帰ってきた、という期待を抱かせるのだ。


 チームのファンからすれば、むしろ憎たらしい存在であるだろう。

 それを考慮してもなお、そのピッチングは見たいと思ってしまう。

 チームの垣根を越えて、競技の垣根を越えて、国籍の垣根も人種の垣根も越えて、誰もが認めるスーパースター。

 そんな存在が同時代にいれば、憧れざるをえない。

 やっていることは、場面場面を切り取ってみれば、地味に見えるかもしれない。

 だが試合の終盤に向かっていくその展開は、とにかく圧倒的と表現する以外に何もない。


 終わってみればまるで、最初からそうなるのが決まっていたかのような、確信された勝利。

 それが直史のピッチングである。

 若返りに成功しているカップスは、選手にはもう誰も、直史と現役が重なった選手はいない。

 強いて言うなら当時ベンチに入った者には、数人同じ試合に参加していた者がいるが。

 伝説のピッチングを、見るのではなく体感する。

 その機会を考えれば、試合の勝敗など、どうでもよくなってしまう。


 普段の試合とは空気が違う、というのをカップスの選手たちは感じていた。

 日本一のチームから移籍してきた者や、高校時代に甲子園の決勝を経験した者などは、似たような空気であると感じたかもしれない。

 何かを期待している、スタジアム全体の空気。

 もちろんホームゲームであるのだが、アウェイであるという感じもしている。

 試合前の練習では、もちろん感じていなかった。

 だが客席が埋まってくると、圧倒的なプレッシャーが発生してくる。


 そんな中で直史は投げる。

 どんなプレッシャーであっても、決して崩れることはない。

 それが直史というピッチャーの、根底にあるものなのだろう。




 まるで波のようだな、と大介は考える。

 基本的には全試合出場する自分と違い、直史はローテーション投手。

 選手としての価値はともかく、プレミア感は違いすぎる。

(まあ、こっちはこっちで頑張るしかないけど)

 本日のライガースは、アウェイでのフェニックス戦である。


 大介はある意味、直史を信じていた。

 さすがに根拠はないが、直史ならどうにかすると思っていたのだ。

 高校時代から、ずっと直史は大介の予想を超えてくる。

 いや、途中からはさすがに、あいつならなんとかするだろう、と思えるようになってきたものだが。


 あまりSNSなどはしない大介であるが、ネットでは直史が登板するたびに、トレンドを席巻するのを見ている。

 やはり大介と違って、希少価値があるからだろう。

(週に一度の登板って、アニメとかドラマみたいな感覚だな)

 まあ、確かにローテーションで回っているのは、そういうものに似ているのだろうが。


 ライガースのチーム状態は悪くなく、ここまで10勝4敗。

 ただこの四試合、大介はホームランが出ていない。

 たったの四試合なのに、不調だと言われてしまう。

 またここからの三連戦は、ホームランの出にくい名古屋ドームではある。


 それでも大介は、打撃指標のトップを独走している。

 特に打率においては、二位以下を圧倒的に引き離している。

 まだ全試合の一割も消化していないが、それでも圧倒的なことは間違いない。

 それでいて大介は、飢えている。

(早く五月にならないかな)

 もちろんそれまでに直史が、復調していることが条件であるが。

 ノーヒットノーランした姿を見ても、まだ大介の脳裏に焼きついている直史には及ばない。

 自分が本当に衰える前に、最後の勝負を。

 そのためにMLBの各種記録を、更新することを途中でやめてきたのだから。




 カップスの戦力は、上昇傾向にある。

 だが勢い任せな部分もある、と直史は分析している。

 チーム的に元々、それほど資金力が豊富ではない。

 もっとも現在では、フェニックスほどの緊縮財政を行ってはいないが。

 広島県民は全員がカップスファンというのは言いすぎだろうが、球団の存亡をファンの力で乗り越えたというのは本当だ。

 そういうチームを相手に、直史はどういうピッチングをするのか。


 とりあえず一回の表、レックスは先取点を取れなかった。

 守備では上手くセカンドとして機能しているが、緒方のバッティングの調子があまりよくない。

 地味に名球会入りの条件も達成している緒方だが、体格からは想像できないほど、長打力もそれなりにある。

 それが二番打者として上手く機能していないのが、打線の不調につながる。


 むしろこの数試合は、下位打線での得点の方が目立った。

 ただ直史が投げると、九番は自動的にアウトになるか、せいぜいが送りバントにしかならない。

 それを加味したとしても、直史のピッチャーとしての制圧力は他に類がない。

 とりあえず二点取っておけば、勝てるだろうというのがベンチの計算になる。


 直史としてはそこまで、自分のことを信じてほしくない。

 試合に勝ち筋が見えたなら、リリーフに継投したいというのが、正直な気持ちなのだ。

 そんな直史が、いよいよマウンドに登る。

 スタンドのざわめきが小さなものとなり、投球練習が開始される。

 いつも通りの力感のないフォームからの、スピードのない投球練習。

 それを懐かしいと感じているファンも多いだろう。




 前の試合では、わずか一つのエラーに抑えた。

 だがあのエラーの原因は、フライを打たせたことにある。

 やはり自分は、グラウンドボールピッチャーの方が向いていると思う直史。

 なにせフライを打たせるとなると、これまで経験したデータが、あまり役に立たなくなってしまう。


 カップスの打線に対して、直史はやや注意している。

 昨年のリーグ出塁率でトップであった、福田という一番バッターがいるからだ。

 直史の最終的な目的を考えれば、厄介なのは出塁率が高いバッターである。

 打率はあくまでも、二番目以降の脅威でしかない。

 打率も上位五人に入り、盗塁も高い成功率でやってくる。

 これでまだ22歳というのだから、新しい力というのはやはり現れるものなのだ。


 初球、投げたのは高めに外したストレート。

 だがこの試合の初球であるのに、福田はそれを振ってきた。

 小気味のいい音を立てて打球は、ショートの方向へ。

 頭を越えるかという打球を、左右田がジャンプしてキャッチしていた。


 危なかった。

 あと少しで、先頭打者を出してしまうところであった。

 もちろんそう都合よく、パーフェクトが出来ると思っているわけではない。

 だが初回に先頭打者を出してしまうというのは、直史のいわば美学に反している。

 左右田に軽くグラブを上げると、同じようにして返ってきた。

 直史にボコボコにされたのがかえってよかったのか、左右田や迫水は古くからのチームメイトである緒方と共に、いい意味で遠慮がないように思える。

(雑に投げることは、雑に生きることにつながる)

 キャリアの終盤に至って、直史がたどり着いた境地とでも呼べるもの。

 この回は三者凡退で、お互いに一回の攻防は0で終わったのであった。

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