第20話 その一歩手前

 あと八人。

 出塁率フェニックスナンバーワンの松風を打ち取ったことで、現実的になってくる。

 パーフェクトピッチング。

 たとえ今、マウンドに立っているそのピッチャーが、ミスターパーフェクトと呼ばれる人間だと分かってはいても。

 五年以上のブランクがあったのだ。

 一度は肘の故障を理由に、引退までしたのだ。

 そしてついでではあるが、去年の一月の時点で、既にNPBの殿堂入りをしてしまっているのだ。


 早すぎた。

 こいつを殿堂になど入れてしまうのは、早すぎたと言える。

 だが現役時代、一年目の時点で既に、殿堂入りは間違いなしとも言われていたし、それだけの実績を作っていたのだ。

 タイトルをほぼ独占し、チームを勝たせて、シーズンを日本一に導く。

 まさに優勝請負人に相応しい、圧倒的な力量。


 衰えたなどと言ったのは誰だ?

 いや、ほとんどの人間が、勘違いしていたのだ。

 このマウンドの上の悪魔は、まだ本調子になっていなかっただけなのだ。

 ブランクを埋めるためには、実戦を少しは経験する必要があったのだ。

 オープン戦でも、ワンヒットに抑えた試合があった。

 あれを思えば、まだ衰えているなどとは言えないはずであった。


 神は復活した。

 球場と、球場の外で、信仰の祈りが捧げられる。

 静かな熱狂の中で、最も冷静でいるのが直史だ。

 厄介なバッターを打ち取った後は、油断しやすいものである。

 まだ上位打線のフェニックスを、甘く見てはいけない。

 だが球場全体の空気が、奇跡の再現されることを期待している気はしていた。




 二番と三番を、内野フライと内野ゴロに打ち取った。

 これで残りはあと六人。

 ベンチの中の雰囲気が、かなり凍りついたものとなっている。

 その中では緒方が、懐かしい空気だなと少しリラックスしていたが。


 八回を打ち取ったとしても、フェニックスは下位打線に、しっかりと代打を出してくるであろう。

 もはや試合の勝敗自体は決したようなものであるが、パーフェクトを前に打てないバッターに代打を出さない理由にはならない。

 そもそもそれ以前にまだあと2イニングもあるのだ。

 直史は冷静であるし、緊張もしていないし、プレッシャーもかかっていない。

 ここから普通にパーフェクトをしたことはあるし、逆にここからパーフェクトを防がれたこともあるのだから。


 この状況からパーフェクトを逃すことは、充分にありうる。

 幸い球数に余裕があるので、上手く組み立てて三振を狙っていくのがいい。

 ゴロはイレギュラーになる可能性と、内野安打になる可能性がある。

 フライも落ちる場所によって、ヒットになってしまうからだ。

(幸いと言うべきか、後逸するような落ちる球はないしな)

 追い込んでからはドロップカーブなどは使わなければいい。


 レックスの七回の攻撃も、特に動きはなく終わる。

 残り2イニングであると、確かに現実味を帯びてきているのだ。

 他のピッチャーであるなら、まだまだこれからと思われるかもしれない。

 しかし直史はこれまで、プロの公式戦だけで、20回以上のパーフェクトを達成している。


 複数回パーフェクトの達成者は、日本人しかいないというのも、なかなか愉快な記録である。

 ただその日本人のパーフェクトの中で、一人で半分以上を達成している化物がいれば、それはもうほとんど人間ではない。

 調子が悪いときで完封。

 調子が良ければパーフェクトに、おまけでマダックスなどが付いてくる。

 こんなピッチャーを、どうやって攻略すればいいのか。

 それはもう、徹底的に消耗させて、無理やりに隙を作るぐらいしか方法はない。




 八回の表、先頭打者は四番の野原。

 松風に比べるとOPSでは上回るものの、記録達成のためならむしろ、攻略はしやすいバッターであると思う。

 それは確かにそうだろうな、と直史も考えている。

 パーフェクト以外なら、もう完封でさえなくてもいいのだ。

 ただ完投数を稼ぐ必要はあるだろうが。


 ピッチャーにとっての評価が勝ち星であるのは、MLBではもう随分と前に終わった。

 NPBでも投球内容が年俸の評価基準になってきてはいるが、それでも日本はまだ勝利に対する飢えが大きい。

 勝てないピッチャーが評価されないというのは、そのあたりにあるのだろうか。

 直史などは中学時代に散々、力投しても勝てなかったため、そのあたりにトラウマがある。 

 高校でも一年の夏以降は、大阪光陰戦以外、負ける要素はピッチャー以外にあったと言っていい。


 この野原を、しっかりと抑えられるかどうか。

 代打を最終回にはどんどんと出してくるにしても、この四番はなんとか抑えておきたい。

 そう考えて投げた初球は、高めに外したストレート。

 だが野原はそれを振ってきた。

 ジャストミートではないが、内野を越えるかどうかという程度の飛距離。

 しかしそのままなら、後退したセカンドか、前進するライトが追いつく。

「声出せ!」

 緊張してボールを追いかけるだけのセカンドとライトに、緒方の叫びが届く。

 わずかにそれは遅く、二人はボールの落下地点で激突。

 ライトは落ちたボールを拾ったが、セカンドはその場で転倒したまま。 

 そして野原は、一塁のベースに到達していた。




 野球はこれがあるのだ。

 ピッチャーは自分一人では勝てない。そして逆にひどいピッチングをしても、チームメイトにフォローしてもらえる機会があったりする。

 だが直史は基本的に、平均以下のピッチングをしてしまったことなど、片手で数えるほどしかない。

 ため息をついたが、これが野球なのだ。

 しかし球場のスタンドからは、大きな嘆声が聞こえてきた。


 それはそれとして、激突した選手の方が問題である。

 ライトはすぐさま立ち上がってボールを確保したが、セカンドは足を抱えてその場に転がったまま。

 激突の拍子に、どこかを怪我したのだろう。

 担架に運ばれて、そのまま負傷退場。

 交代して出てきたのは、終盤の守備固めに出てくるメンバーであった。


 ベンチにはオープン戦で結果を出したため、一軍に合流している左右田もいる。

 だがこの状況では、使ってもらえるはずもなかった。

 エラーが記録されてパーフェクトは消滅するも、まだノーヒットノーランは残っている。

 またランナーが一塁であるのなら、ダブルプレイになる可能性もある。

 得点が必要でもないこの場面、実績のある選手が守備に就くのは当たり前であった。


 直史としてはもう、パーフェクトが途切れた時点で、ノーヒットノーランにも興味は失っている。

 だがチーム的には、ノーヒットノーラン達成というのは、絶好の宣伝にはなる。

 興行的に見れば、復帰第一戦こそ満員になった神宮であるが、この試合はわずかに空席がある。

 そこまで埋めるためならば、やはりノーヒットノーランは効果的なのだ。


 直史もそれは分かる。

 分かるがゆえに、とりあえずやっておくことがある。

 打席に入った五番バッターに対して、まずはカーブから入る。

 落差があったこれはワンバンしたが、さほど足も速くない野原は盗塁などしかけない。

 それは分かっているので、直史は返球されてすぐ、またセットポジションに入る。

 そこから投げるのが早いとは、誰もが知っている。

 野原は距離こそ小さいが、安易にリードを取ってしまった。

 直史はその様子を確認することもなく、一瞬で一塁に牽制。

 ボールが中に入ったファーストミットは、戻ろうとした野原にタッチアウト。

 やっと出たノーアウトのランナーを、あっさりと殺してしまう直史であった。




 パーフェクトが達成できなかったのは、明らかに野手のミスである。

 もちろんちゃんと声を掛け合っていても、エラーが起きた可能性はある。

 しかしセカンドはそのまま病院に運ばれてしまい、ライト一人が残るという地獄のような状況。

 それに対して気にするなと言えるのは、一人しかいない。

 だがさすがに直史も、そこまで人格は出来ていない。


 もちろん直史は、自分にとってのパーフェクトがどういう意味を持つのか、チームメイトには話していない。

 それを伝えていれば、より野手はプレッシャーを感じるであろうからだ。

 どちらにしろもう、終わってしまったことだ。

 あと三人、しっかりと終わらせてしまおう。


「あと1イニング、マダックスが出来そうですね」

 そう恐れ知らずにも声をかけてきたのは、バッテリーを組む迫水だ。

 敵としてフルボッコにされた経験もある彼は、直史が安易に感情を露にしないことを知っている。

 ただ冷静すぎる態度は、不機嫌に見えることはある。

 今は見えるのではなく、実際に不機嫌なのである。パーフェクトを味方のミスで潰されて不機嫌にならなければ、それはもう聖人である。


 直史も何も気にしていないというわけではない。

 ただ終わってしまったことを、引きずるのは建設的ではないと割り切っているだけだ。

「マダックスか。確かにそうだな」

 ランナーを牽制でアウトにしたので、その分の球数が節約できた。

 現在88球で、直史のピッチングとしては余裕がある。


 パーフェクトなど、そのバックを守る野手たちも、そうそう機会に恵まれるものではない。

 ただ緒方は何度か、直史の背中を守って経験はあるが。

 だからこそあそこで声が出たのだろうが、それでも遅かった。

「怪我の具合はどうなんだろうな」

「あれは重傷でしょうね」

 声かけなど基本であるのに、パーフェクトという空気はそれを忘れさせる。

 やはりゴロを打たせた方が良かったか。




 直史が迫水と会話をして、ベンチの空気がわずかに弛む。

 弛めすぎたらそれは問題であるが、今の状態ならまたも、エラー以外でもミスが起こる可能性はあっただろう。

 オープン戦でもヒットを一本しか打たれない試合があった。

 今後もこういった試合は出てくるであろう。


 出したランナーも牽制で殺して、結局は27人で終わりそうな様子。

 これを昔は、当たり前のようにやっていたのだ。

 試合の映像は何度でも見たが、実際に同じベンチに入ってみると、その空気の異常性が分かる。

「緒方さん、昔からあんな感じだったんですか?」

 そんな問いを後輩にされて、緒方としては苦笑する。

「昔は守備力がもっと高かったから、ずっと簡単に達成してたと思う」

 まさに苦笑するしかないような、過去の明確な記憶である。


 八回の裏には追加点はなし。

 そしていよいよ、ノーヒットノーランのかかった九回の表。

 やる気はほぼ失っているが、それでもやる価値はあるだろうと、直史はゆっくりとマウンドに向かうのであった。




 パーフェクトがなくなって、直史のモチベーションはどうなっているのか。

 普通ならまだノーヒットノーランがある、と思うのがピッチャーであろう。

 事実、出してしまったランナーを、即座に牽制で刺している。

 クイックの速度や牽制の精度、そして単純なフィールディング技術など、直史の脅威はその投げるボールだけにあるわけではない。


 九回の表には、フェニックスは代打の準備をしっかりとしている。

 ここから逆転などは起こらないだろうが、代打の選手を試しておくというのは、シーズン序盤では重要なことである。

 駄目で元々ではあるが、チャンスを与えられた選手にとっては、なんとしてでも塁に出たい。

 ここでバッティングを見せようとするか、しっかり出塁しようとするかでも、その選手の意識が見えるものだ。


 直史のやったことはノーヒットノーランと言うよりは、準パーフェクトかほぼパーフェクトと呼ばれるピッチングである。

 フォアボールのランナーさえ出していないこの試合、あの機械よりも正確なピッチャーを、乗せてしまうわけにはいかない。

 そうは言ってもフェニックスは、今年も最下位なのでは、などと言われているチームだ。

 そしてそんなことを言われることに慣れてしまっていては、未来も明るいものではない。


 直史としては次の対戦、蹂躙された記憶を残しておくためにも、ここで手を抜くはずはない。

 徹底的に叩き潰す。

 もう一度対戦しても、絶対に勝てないと思わせるぐらいに。

 容赦なく投げて、代打の選手など凡退させていく。

 重要なのはここで、無駄に消耗しないことだ。


 沢村賞の選考には、色々な基準がある。

 その中にノーヒットノーランやパーフェクトという項目はない。

 一試合だけで素晴らしいピッチングをしても、それがシーズンを通して出来なければ意味はない。

 だがノーヒットノーランというのは、完投しなければ記録にならないのだ。




 ラストバッターのピッチャーにも代打が出される。

 まだ高卒20歳のルーキーで、ようやく一軍に上がり、これから経験を積んでいくといったところだ。

 そんな未来のある選手であっても、直史は叩き潰すことに躊躇はない。

 どのみち一度や二度の挫折ぐらいで、へこたれていては未来などない。

 これをピッチャーゴロに打ち取って、試合は終了した。


 公式戦復帰後の第二戦。

 第一戦も完投勝利と、ブランクを感じさせないものであった。

 これでローテーションを回すのは楽になるな、とレックスの首脳陣は考えた。

 ミスター完投は、リリーフを休ませてくれるからである。


 現在のレックスの戦力事情では、リリーフをどう運用するかが、シーズン全体を戦っていく上では重要なこととなる。

 直史のイニングイーターっぷりは、以前の引退前にはよく知られていた。

 軽く200イニング以上を投げていたし、MLBでは300イニング投げたこともある。

 体力自体はそれほどないが、抜いて投げるボールが通用するし、コンディションを保つのにも優れている。

 今年もこれまで、二試合連続で完投勝利。

 そして99球を投げてノーヒットノーランをマダックスと一緒に達成した。


 この内容はもう、まさに怪物としか言えない。

 ノーヒットノーランは、あくまで結果だ。運が悪かった面と、良かった面の両方がある。

 だがマダックスというのは完全に、本人のピッチングスタイルによるものだ。

 ヒーローインタビューは当然ながら直史。

 NPBにおけるノーヒットノーランの達成記録を、さらに伸ばしていく。


 さすがにヒーローインタビューなので、パーフェクトが消えたことに対する言及はなかった。

 だが直史もそこは気にしている。

『野球はチームスポーツだから、守備に助けられることはたくさんある。全てのアウトを三振で取れるわけでもないのだから、エラーはファインプレイか打撃の援護で返してくれればそれでいい』

 明らかに本心ではない、いい子ちゃんなコメントであった。




 スタメンのセカンドは、接触の際に膝の靭帯を一部断裂していた。

 このため二ヶ月ほどは戦線を離れることなり、スタメンを新たに選ぶ必要が出てくる。

 レックス首脳陣はここで、得点力につながりそうな選手を入れることを考える。

 新人の左右田にも、少しチャンスが与えられることとなった。


 セカンドはショートと共に、守備での連携が多いポジションだ。

 左打者が増えるのと共に、その重要性はどんどんと増している。

 状況に応じた判断力も必要なので、身体能力以外の要素はショートよりも必要かもしれない。

 今日は勝った。おおいに勝った。

 それは望ましいが、あくまでもシーズン序盤の、一つの勝利に過ぎない。


 ここでスタメンのセカンドが離脱してしまう影響は、かなり大きいものだろう。

 得点力だけなら、控えの方が打てる選手はいたりするが。

「緒方をセカンドにコンバートして、ショートは身体能力の高い若手に任せてみようか」

 ヒーローインタビューの途中でも、既にそんな会話がなされている。

 緒方は視野の広いプレイが出来るので、総合的にはそれがいいかもしれない。

 シーズンは始まったばかりであるのだ。




 レックスの試合が終わったその時間、ライガースはスターズとの対戦を、大阪ドームで行っていた。

 直史の投げる試合は、終わるのが早いのだ。

 センバツ後のこの日、まだ甲子園は使えない。

 そんなわけでテンションの上がらない大介は、まだ今日はヒットも出ていなかった。


 大介自身はこの時点でようやく、ぎりぎり打率は四割を切っている。

 だが残り一打席でヒットが出れば、また四割に乗るという状況。

 復帰二戦目で、ほとんどパーフェクトと言ってもいいノーヒットノーラン。

 ついでに球数も100球以内に収めてしまうという結果は、ライガースの試合を見ている観客にも、伝わってざわめつかせるものとなっていた。


 復帰初戦、直史はヒットも打たれ、フォアボールのランナーも出し、さらにホームランまで打たれていた。

 平均的なピッチャーよりもはるかに上で、まだエースと言ってもいいような内容であったが、それでも大介に比べれば、ずっと衰えたと言っていいだろう。

 だが落ち着いたところに、爆弾を投下するのが直史である。

 それを昔から知っている大介は、特に驚くことはない。

 ただ、こうまで早く戻してくるとは、さすがに思っていなかったが。


 この試合、あと一打席回ってくる。

 点差は少し開いているので、ライガースとしては逆転は難しい。

 だがそれはそれ、これはこれ。

 大介のモチベーションは上がってきている。


(思ったよりも早かったな)

 多くの人間が、いくらなんでも無理だろう、と予想していた。

 年齢的なこともそうであるし、怪我からの復帰ということもあるし、そしてブランクの問題が一番大きい。

 それでもオープン戦では、パーフェクトに近い試合をやっていたので、ある程度の期待は出来たのだが。

 昔からそうであると、大介には分かっていた。

 直史は追い詰められているように見えても、まだ底を見せていないのだ。

(なら俺も、頑張ってみるかな)

 そして五打席目、大介はライトスタンドに特大のホームランを叩き込む。

 開幕10試合目にして、既に第五号のホームランであった。




 最後の打席でホームランを打ったことで、打率は丁度四割となり、長打率が10割となった。

 OPSは1.6を超えて、NPB時代の自己記録を超える様子さえ見せている。

 まだここから、長いシーズンを戦っていかなくてはいけない。

 だがそれでも、関西の期待は高まってきている。


 チームとしてもここまで、7勝3敗と好調を維持。

 この先は甲子園を使えるので、大介のモチベーションも上がっていくであろう。

 MLBのスタジアムもどこか古風な感じがして、嫌いではなかった。

 だが甲子園球場の姿というのは、大介の野球の原風景であるのだ。


 ホームラン王争いでは、当然ながらトップを走っている。

 そもそもこの調子で打っていけば、NPB時代の自分の記録を更新するかもしれない。

 それは技術がさらに高まっているとか、MLBに比べればNPBの方がレベルは低いとか、そういう問題ではない。

 大介のモチベーションが、一番の問題なのだ。


 マスコミへの取材には、おざなりな対応をする大介。

 だが一刻も早く、録画されている直史の試合を見たいのだ。

 それをそのまま口にする正直さに、マスコミも毒気を抜かれる。

 40歳まであと一ヶ月となっても、大介のメンタルはまだ、あの日の野球少年のままであるのだ。




 大介の子供たちは、おおよそが千葉の方に残っている。

 それはこの先、大介の現役期間が、さすがにもう長くないと思われるからだ。

 今後の教育を考えれば、ツインズの両親が揃っている、千葉の方がフォローを受けやすい。

 またあちらには椿が残っているが、ある程度の期間を置いて、桜と交代してこちらにはいるようにしている。


 ほとんど二人だけで住むにしても、ある程度のトレーニングスペースはほしい。

 そう思った大介は、ジムやプールなどが入っているマンションを購入していた。

 金遣いが荒くなってきているが、それよりも重要なのは、残りの選手生活を、少しでも長く過ごすこと。

 もう金よりも、時間の方が貴重な年齢になってきているのだ。


 試合終了後、CMに出た報酬の一つとして受け取った、レクサスを走らせてマンションへ帰還。

 そして部屋に戻ると、しっかりと桜は準備をしてくれていた。

 食事をしながらも、直史のピッチングを確認する。

 集中してそれを見つめる大介は、時折手が止まって食器を落としそうになる。


 やはり上がってきた。

 それでもまだまだ、今の自分なら打てる。

 MLBの最終年よりも、今の大介は状態が良くなっている。 

 もしもアメリカに戻れば、また70本ぐらいは打てるかもしれない。

 だがもう、色々な記録にこだわる必要はない。

 ただ自分が、やりたいと思う場所で、やりたいと思う相手と対戦したいのだ。

(このままのペースなら、五月には……)

 直史が中六日で投げていけば、五月の頭に甲子園で、ライガースに投げることになる。

(もっと上がって来いよ)

 そう思う大介の目は、獲物を見つめる肉食獣のものとなっていた。

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