第19話 雨の後……

 スターズは上杉が投げて、彼に勝ち星はつかなかったものの勝利はした。

 レックスはこれでエース三島は、いいピッチングをしながらも、二試合連続で勝ち星がない。

 ただスターズとの第二戦は、二番手ピッチャーのオーガスがまたも勝利。

 シーズンの最序盤で気が早いが、既に二勝目である。


 直史はこの日の試合は、一応ベンチに入っていた。

 オーガスは七回を三失点と、調子としてはそれなりであった。

 だが珍しくというほどではないが、レックスの打線が奮起して、最終的には五点を獲得。

 リリーフ陣も一失点に抑えて、僅差でありながら勝利したのだ。

 ここで少し、面白い数字が出てくる。


 レックスはここまで勝利した試合は、直史の試合を除けば、四点以上を取っている。

 逆に四点以上取っていれば、試合には勝てているのだ。

 直史が勝った試合は、三点しか取っていないが、直史に打線の援護がないのは、もう今更のことであろう。

 打線陣はむしろ、レジェンドの投げる姿を見ながら、バッティングではバットがよく振れているのだが。

 これはバッターボックスに直史がバッターとして入った場合、全く打つ気を見せないのも、士気を落としている原因なのかもしれない。


 そしてスターズとの第三戦は、雨が降って中止となった。

 リリーフ陣を休ませることが出来るが、どうせ次のフェニックスとの第一戦は、直史が先発である。

 だが現在のレックスは、勝敗がかなりしっかりとしていて、勝ちパターンのリリーフは余裕のある日程で使われている。

 直史からすると、二試合連続でクオリティスタートを決めている三島は、かなり気の毒だなと思うが。




 第三戦が雨天中止となり、この日の先発予定であった上谷は、ローテーションを一度飛ばされることになる。

 これがかつての直史であれば、一日スライドして、そのまま先発登板であった。

 同じく三島やオーガスであっても、スライド登板となっていたであろう。

 現在のレックスにおいて、上谷は勝利を狙えるピッチャーではなく、試合が成立したらいいなという程度のピッチャーなのだ。

 だがライガースとのカードの第三戦などは、五回までを三失点で抑えている。

 あと少しきっかけがあれば、勝てるピッチャーになるかもしれない。

「何か気づくことはあるか?」

 調整のために室内練習場にいた直史に、豊田はそんな質問をしてくるのであった。


 直史からすれば、それは越権行為でないのか、という意識がある。

 だがそれはMLBの常識であるし、MLBでもピッチャーが同じ選手に教えを乞うということは、普通にあったことなのだ。

 勝手に教えるのはまずいことだし、そもそも直史はプロでは7シーズンしか投げていない。

 実績というのは短期間のものではなく、長期間に積み重ねたものの方が重要なのである。


 ただそのあたり、豊田は少し違う考えを持っている。

 この間、ジンとも電話で話をしたのだ。

『ナオはそもそも、精神的には中学生の時点で完成していたと思うよ』

 ジンはこの二人のボールを、共に公式戦で捕っている経験がある。

『高校一年の春の時点ではトヨの方が上だったと思うけど、夏にはもう逆転してたんじゃないかな』

 言いづらいことでも本当に必要としていたら、容赦なく答えてくれるのがジンである。


 直史の野球に対する姿勢というのは、まさにストイックを地で行くようなものだ。

 ただ本人からすれば、やらなくてはいけないことをやっているだけ、となる。

 上手くなりたい、勝ちたい、打たせたくないと、感情からなる欲望が、本能からなる欲望を凌駕する。

 野球のために食べ、野球のために眠る。

 そして野球をする。

 こういった野球馬鹿なところを、他の選手にも見せ付けてほしいのだ。




 レックスは現在、先発固定されているピッチャーが五人しかいない。

 そのため上谷は中八日で、リリーフ継投で乗り切るつもりであった試合に投げることになる。

 彼が少しでも勝てるピッチャーになるために、ピッチングコーチ陣は育成する必要がある。

 育成に関してだけは、現在のレックスは真摯であるのだ。

 豊田もセットアッパーとして機能していた、先発に四人勝てるエースを置いていたレックスの黄金期。

 自分がやるのは、あれをまた目指すことだ。


 直史はそれへの、協力者であればいい。

 ピッチングコーチは基本的に、選手の管理の方が重要だ。

 技術的な面はよそからトレーナーを持ってきて、そちらに教えてもらう。

 直史にもまた、トレーナー的な要素を期待している。


 上谷は現在27歳で、キャリアハイは10勝である。

 もうこれ以上の伸び代は、少なくとも投げるボールにおいてはないだろう。

 だからここから上を目指すなら、投球術が必要になる。

 だが直史の持っている投球術というのは、絶妙なコントロールがあることが前提となっている。

 なので教えるのは、変化球の投げ方だとか、コンビネーションであるとか、そういったものになるのであろうか。

「雨天中止になった日に、トレーニングをやっているあたり、意識はしっかりしていると思うけどな」

 長くプロの世界から離れていて、教え方も忘れている直史であった。




 日曜日の雨の翌日は晴天。そして一日かけてグラウンドが乾いていく。

 火曜日のマウンドに立つ直史は、その日は午前中を調整のために投げて、それから瑞希に連絡を取ってみた。

 相変わらず真琴は元気と言うか、大介の息子の昇馬が同じシニアチームに入ったので、刺激になっているらしい。

 確かに中学生で150km/hが出せるというのは、驚異的だなと直史も思った。

 大介が引退するまでにプロに来れば、親子対決が実現するかな、とも思う。

 だがそんな先のことは、直史には特に関係はない。


 明史は相変わらず、自室で色々なことをしているらしい。

 プログラミングに昨今はハマっているらしいが、直史も簡単なITならともかく、専門的なことまでは分からない。

 だが息子が厭世的で、将来を完全に悲観しているわけではないと分かれば、自分もやる気が湧いてくるというものだ。

(フェニックスは打線がひどいし、運が良ければ……)

 そうは思っても、さすがに楽観的過ぎるな、と現実的になる。


 もう少しすれば、大学のリーグ戦も始まる。

 ライガースが甲子園を追い出される春と夏のように、レックスも神宮を追い出される日があるのだ。

 なんといっても試合が長引けば、プロの練習時間の方が削られるという、大学野球の聖地。

 このバッター有利の球場で、直史は記録を量産したわけだが。


 甲子園は明確に目標となっていった。

 一年の夏には届かず、しかし秋に結果を出して、センバツに出場した。

 そこでの試合が、その後の人生を大きく変えたと思っている。

(結局神宮で、一番たくさん試合をすることになったわけか)

 正確にはMLBで、アナハイム本拠地での試合の方が多かったかもしれない。

 ホームとアウェイでどれだけの差があったか、調べたことなどなかったが。


 直史の肉体は、神宮でのピッチング用に最適化されている。

 いや、このオープン戦の期間に、調整しなおしたと言った方がいいだろうか。

 そして今年、今までとは違った気持ちで、この舞台で投げている。

(フィジカルでは勝てない)

 それはずっと思っていたことだ。

 しかも長いブランクの後で、肉体の衰えは激しい。

 だが勝たなければいけないというのが、今の直史の役目である。




 空気の中には水分が多く混じっている。

 まだ肌寒いが、直史は嫌いな感触ではない。

 カリフォルニアはとにかく暑かった。

 指先の感覚が感じられるので、寒いよりはマシであったが。


 ホームゲームなので本日も、レックスは後攻。

 まっさらなマウンドに、直史は立つことになる。

(フェニックスは確かに戦力的に弱いけど、全然打てないわけじゃないしな)

 特にこの一番松風から始まる打順だと、なんだかんだ一点は取ってくるというパターンが多い。

 典型的な俊足巧打のバッターであり、長打力はあまりないが、まさに昔の一番打者というタイプではある。


 これを直史は、ボール球を上手く見せてから、最後はストレートで内野フライに打ち取る。

 松風は何気に、得点がかなり高いので、これを処理できたのは大きい。

 今日はフェニックスのピッチャーも、エース級のローテーションピッチャーは登板させていない。

 なのでレックスの打線でも、ある程度の援護は見込めると思える。

 だからといってあまり期待しすぎるのも良くないが。


 先頭の松風には少し球数を多く使ったが、その後の二番と三番は上手く打たせて取ることに成功。

 まずは三者凡退で、幸先のいいスタートである。

(これで味方が先取点を取ってくれたらな)

 そう上手くはいかず、フォアボールの出塁が一つあっただけで、得点にまでは至らず。

 直史は二回の表のマウンドに登る。




 フェニックスの打線で注意すべきは、一番の松風と四番の野原。

 野原はタイトル争いにそれなりに絡んでくるが、主に打点が多い。

 三塁ランナーがいる場面で、外野に犠牲フライを打つことが多く、それで打点を稼いでいる。

 打率自体はそこまで高くはないが、長打がおおいのでOPSでは危険なバッターだと分かる。


 かなりのアッパースイングをする野原の弱点は、大きな変化球である。

 特にカーブに弱いというのは、直史相手にはかなり致命的な相性の悪さではなかろうか。

 そんな相手にだからこそ、直史はカーブを意識的に投げないようにする。

 少し外れたストレートでも、振ってくるからだ。

 三振が多いことは、今の野球ではあまり気にすることではないとも言われる。

 だがコンタクト率や、ストライクの見極めというのは、かなり重要なことである。


 バッターには全て、長打が求められる歪な時代があった。

 だが長打も打てればいいというわけであって、長打が打てなければいけないのとは違う。

 野原はスイングスピードが速いので、ストレートにはついていける。

 だが変化球の中でもカーブに弱いというのは、縦の大きな変化に弱いということであろうか。

 まずはボール球を打たせて、ストライクカウントを稼いだ。

 ストライクが先行すれば、どんどんピッチャーが有利になる。

(一発だけは警戒のバッターなんだよな)

 直史としては苦手なタイプだ。




 インハイとアウトローの対角線。

 ピッチングの基本の中の一つである。

 アウトローぎりぎりを外れるぐらいのストレートを投げられて、次はインハイへのチェンジアップ。

 これは見極めるのが相当に難しい。


 レジェンドと呼ばれるピッチャーであった。

 野原がプロ入りした時には、既にMLBで記録をいくつも打ち立てていた。

 たったの二年でNPBから去り、そしてMLBでも優勝請負人などと言われた。 

 その高校時代のピッチングなども、今ならネットで見ることが出来る。

 いつかは対戦したいと思っていたが、とても打てるものではないとも思ってしまったのも確かだ。


 プロに来るような選手は、どこかしら頭のネジがぶっ飛んでいる。

 プロになるだけでも難しいのに、そこから一軍に選ばれて、さらに活躍してそれで食っていく。

 それがどれだけ競争の激しいものか、少し想像すれば分かるだろう。

 もっとも今はネットと技術の発達によって、プロとアマチュアの垣根が低くなっている分野はある。

 プロ野球はその分野ではないが。


 ツーストライクまで追い込まれて、次に何を投げてくるのか。

 過去のデータまで調べてみると、NPB時代もMLB時代も、遊び球は投げないピッチャーだという統計が出ている。

 しかしオープン戦や第一戦などを見ると、そこそこボール球を投げているのだ。

 変化球投手でありながら、奪三振率も高い。

 そんなスタイルは、過去のものとなっている。


 最後に投げ込まれたのはストレート。

 真ん中よりの絶好球に見えた。

 だがバットはボールにコンタクトすることなく、その下を空振り。

 本日最初の空振りを奪って、直史は四番を打ち取った。




 強打者を打ち取った後は、気が抜けてヒットを打たれるということがある。

 この間のタイタンズ戦で、直史がやってしまったことである。

 氷のように冷たく、感情を動かしてはいけない。

 最初から最後まで、ギアを上げるというわけではないが、平常心は保っておかないといけない。

 そうやって続く五番と六番も、連続三振で打ち取る。

(もっとゴロを打たせたいな)

 直史はそんな贅沢な気持ちでいたりする。


 打たせて取らなければ、球数が増えていく。

 もっとも追い込んでからなら、三振を奪えた方が効率がいい。

 それが直史の全盛期のスタイルであったが、今はそうではない。

 内野ゴロを上手く打たせることが、あまり出来ていない。

 手元で鋭く動いたり、落ちる球が使えていないからだ。


 カーブを投げるにしても、これは引っ掛けてフライを打たせる場合が多い。

 単純にデータだけを見たら、今の直史はフライボールピッチャーである。

 本格派と技巧派の軸で対比するより、この軸で対比した方が、よりその変化は分かりやすかったかもしれない。

(さて、先制点は取ってくれるかな?)

 直史が投げると、試合が動かなくなることが多い。

 この回もレックスは、単打が一本出たのみ。

 0がスコアに刻まれていく。


 三回の表、まだ一人のランナーも出していないフェニックスは、下位打線からの攻撃。

 ここでも直史はピッチングのスタイルを変えず、ファーストゴロとサードゴロで打ち取ったあと、ピッチャーを三振にしとめる。

 九番のピッチャーに打撃が期待できないのは、セならどのチームでも同じことだ。

 本日四つ目の三振で、まさに数字だけを見れば本格派と思える。

 一巡目はパーフェクトでフェニックス打線を完封した。




 三回の裏、フェニックスのフィルダーチョイスから、レックスは一点を先制した。

(まだ一点か)

 ランナーが残塁していたので、そこはもったいないなと思う直史である。

 だがこれで味方が一点も取れず、0-0のまま延長に突入するということは防げた。

 そして四回の表は、先頭打者は一番の松風に戻る。

 ランナーに出したくはないが、ようやく戻ってきたスライダーの感覚は、あまり通用しない相手である。


 インローへのストレートを、上手く掬われた。

 打球はラインをわずかに割って、まずはファールでストライクカウントが増える。

 ストライクが先行すればするほど、ピッチャーには有利になる。

 次に投げたのは、上手く抜きつつもスピンをかけたカーブ。

 落差の大きなボールに、松風は空振りしていた。


 遅いボールの後は、速いボールで決める。

 ごく普通の配球であるが、直史はここで本日の最速を出すこともなく、松風から空振り三振を奪った。

 スイングすることさえ出来ないストレートではないが、スイングしても当たらないストレート。

 どちらが上であるのかは、議論の余地があるであろう。


 試合は順調に進んでいく。

 レックスがツーランホームランで追加点を入れたあたりから、スタンドのざわめきが大きくなり始めた。

 打者二巡目が終わったフェニックスは、六回まで一人のランナーも出せていない。

 外野にフライがそれなりに飛んでいるので、運の良さというのは間違いなくあるであろう。

 しかしここまで、ヒットもフォアボールもない。

 エラーもないので、パーフェクトピッチングとなっている。


 そこそこ年配のファンでなくても、あの時代を憶えている者は多いであろう。

 甲子園やプロ野球と比べると、比較的注目の薄かった舞台が、頻繁にニュースになった時代。

 直史はパーフェクトを継続中である。




 オープン戦でヒット一本という試合に抑えたことはあった。

 だがシーズン初登板ではヒットを打たれてホームランも打たれ、以前ほどの支配的なピッチャーではなくなっているとも言われた。

 完投してたったの一失点で失望される。

 そんな無茶な成績を、直史は残していたのだ。


 誰もが目を奪われていく、彼は完璧で究極のエース。

 金輪際現れない背番号1の生まれ変わり。

 その魔球で、パーフェクトをして、誰も彼も虜にして絶望させていく。

 コンビネーションから生まれるそれは、人跡未踏の完全試合。


 アイドルに旬があるように、アスリートにも全盛期はある。

 その全盛期を過ぎた円熟期をほとんど捨てて、それでも戻ってきた。

 だが初めて直史を見た若者は、こう思うだろう。

 彼は今が全盛期だと。


 六回の表までを封じられた時点で、フェニックスは投手陣の気力が尽きた。

 まるで点を取れる気がしない、水の中でスイングを行っているような、ジャストミートのないバッティングばかりが続く。

 ここでレックスの打線は爆発し、一気に五点を奪取。

 7-0とスコアは大きく突き放した。


 フェニックスは敗戦処理に取り掛かる。

 そこで出てくるベテランは、せめてこれ以上の出血は防ごう、というピッチングをしていく。

 逆転を期待できるほど、今のフェニックスには打線の爆発力はない。

 だがこのままパーフェクトでもされてしまえば、果たしてどうなるか。

 七回の表、打順はまたも先頭に戻り、一番の松風。

 長打は完全に捨てていい。

 単打を一本打ってみせる。




 直史は観察し、松風のフォームが前の打席と変わっていることに気づいていた。

 狙っているのは完全に、パーフェクト阻止であろう。

 MLB時代はノーヒッター継続中は、バントヒットを狙ってはいけないなどという、暗黙の了解があったものだ。

 この状況でもさすがに、ただパーフェクト阻止のためだけに、バントなどしていったら顰蹙を買うであろう。


 ただ松風は首位打者争いで、この数年はずっとトップ5にいるようなバッターである。

 今の直史のボールを、単打にするのであれば、それなりに打てると思う。

(落ちる球があったらな)

 一応はチェンジアップもカーブも落ちる球だが、鋭く変化し空振りを取るのは難しい。

 ならばここは、ストレートで押していくのが一番順当か。


 あと九人を終わらせれば、直史の復帰の理由が達成されてしまう。

 フェニックスは貧打とはいえ、それでもパーフェクトは難しいと思っていた。

 狙って出来るようなものではない、と直史は昔から言っている。

 実際にパーフェクトを達成した試合でも、ほんの少し打球が違えば、ヒットになっていたというものは多いのだ。


 初球からストレートを、ゾーンに投げ込んだ。

 インローいっぱいのボールを角度をつけていたので、松風はミートしたがファールにしかならない。

 まずこれでストライクカウントが増えた。

 次はどうやって投げていこうか。

(最後はストレートを使いたいんだが)

 二つ目のストライクは、どうにか変化球を打たせて取りたいものである。

 ならばカーブやチェンジアップを、上手くコンビネーションを使ってファールを打たせたい。


 直史からのサインが出て、それに対して迫水はサインを出す、とういのがこのバッテリーの手順になっている。

 だがどうやってバッターを抑えるかは、試合前のミーティングでおおよそ話し合い、あとは試合の進行に従って、ベンチの中で調整をしていっている。

 迫水の知るどんなピッチャーとも、直史は違う。

 ミスターパーフェクトなどとも呼ばれていたが、その真骨頂を見る思いだ。

 この人と組んだなら、パーフェクトを達成できるかもしれない。

 キャッチャーにそんな予感をさせるほど、直史のピッチングは際立っているのである。




 カーブの緩急差で、ファールを打たせることに成功した。

 ここから二球、ボール球を投げてバッターの視線と意識を誘導する。

 いざという時の切り札を、ここで使ってしまってもいいだろう。

 ツーストライクからなら、これが使えるのだ。


 松風のフォームは、完全にミートに徹したものだ。 

 だからといってフォロースルーが適当なわけでもなく、内野の頭を越えていくだろうな、という感じのスイングはしている。

 パワーではなく、ミートによってヒットを打つ。

 それが分かっているので、レックスとしても外野まで、前進守備をしている。

 直史にとってはもう何度も達成したものであっても、多くの選手は初めて経験するパーフェクト。

 まだ九人もいるが、過去の試合を見ればもう、達成してもおかしくはない。


 呼吸を整えた直史は、ほんのわずかに重心を変化させた。

 ホームベース方向ではなく、三塁側方向へ。

 即ち体も傾き、リリースポイントも変わる。

 バッターボックスの松風も気づいていただろうが、それが何を意味するのかは分かっていない。

 投げられたのはストレート。

 その軌道を予測して、松風はスイングを開始する。

 そして気づいた時には、もう軌道が交わらないことを変える余裕がなかった。


 ストライクバッターアウト。

 本日10個目の三振で、19個目のアウトを取る。

 残り八人となり、パーフェクトが現実的になってきていた。

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