第16話 復帰第一戦

 先発の朝が来た。

 希望の朝だ。

 試合の開始までには、まだまだ時間がある。

 もちろんその間に、練習などは行っていける。


 レックスのクラブハウスではなく、24時間やっているジムでまず、体をほぐしていく。

 三月末の空気は、まだ体には冷たい。

 カリフォルニアのような、年中ある程度暖かい場所とは違うのだ。

(どのぐらい体が動くかな)

 この年齢になると、ウォーミングアップを念入りにしないと、すぐに怪我をするらしい。

 加齢による肉体の劣化は、もうどうしようもないものだ。

 それでも野球のピッチャーというポジションは、それなりの年齢でも投げている選手はいる。

 もっとも一時期のMLBは、薬物問題があったので、いまいち参考にならない。


 神宮球場周辺は、なぜか既にファンたちによって、行列が出来ていたりした。

 それもかなり年配の姿が見て取れる。

 元気なことだなと思うが、チケットの席は決まっているだろうに。

 昔からこの光景は変わらない。

(昔……いや、甲子園の頃からか)

 20年以上も昔のことだが、いまだにはっきりと記憶に残っている。


 あの年、甲子園への切符を、本当にあと一歩で逃した一年生の夏。

 秋季県大会を前に、甲子園を訪れた。

 上杉の最後の夏ということで、世間の注目が集まった夏でもあった。

 もっともあの夏の次に、さらに盛り上がるものが待っているとは、さすがに誰も予想していなかったろうが。

 なにせその出演者であった直史たち本人でさえ、そんな予感はしていなかったのだ。


 終わらない夢が続いている。

(人生は一瞬の夢の如し、って誰の言葉だったっけ?)

 そんなことを考えながらも、直史はクラブハウスから、室内練習場に向かう。

 人生が一瞬の夢のはずはない。

 ただ年を重ねるごとに、一年が過ぎるのは早くなっている気がする。

 平均寿命の半分を超えて、つまり人生の半分は過ぎたであろうことが、どうにも実感出来ない。

 今はただ、たった一人の人生を短く終わらせないために、直史は投げるのだ。




 お互いの練習時間が終わる。

 試合を控えて直史は、最後のミーティングを行う。

 今回も直史と組むのは、ルーキーの迫水。

 ライガースとの三連戦では、初安打と初打点も記録している。

 今のところは打撃重視の起用なのだろうが、首脳陣の期待が大きい。


 一定以上のレベルのキャッチャーがいないなら、ルーキーでもベテランでも、一定以下のレベルでない限り、直史としては問題にしない。

 少なくともオープン戦で組んだ限りでは、問題だとは思わなかった。

 貧打のレックスにおいて、打てるキャッチャーは貴重だ。

 もっともバッティングのいいキャッチャーとなると、どうしても直史は樋口と比べてしまうが。


 直史は自分のピッチングは、もう自分で組み立てる。

 コンビネーションのバリエーションが狭まったことは、逆に考えることが少なくなるわけで、外部演算装置の重要性は低くなる。

 各種データからタイタンズ打線の攻略を考えていく。

 ただ首脳陣はどうも、この間のオープン戦で、直史がタイタンズ打線をほぼ封じたということを、計算に入れていない気がする。


 あそこまで封じられてしまえば、対策はしっかりと考えているはずだ。

 情報とは蓄積されてしまえば、変化していくのが当然なのだ。

(まあどのみち、マウンドに立ってから考えればいい)

 事前の研究は既に済んでいる。

 おそらくオープン戦ほどには上手くいかないだろう。

 どうにか七回一失点ぐらいまでに抑えれば、あとは打線の責任である。

 それこそがまさに不安であるのだが。




 日没とほぼ同じ時間に、試合は開始される。

 その前のグラウンド練習から、既に照明には照らされているが。

 夜になるとまた、温度が下がり始める。

 直史は以前と違って、かなりしっかりと肩を作ってから、マウンドに登る。


 変化球主体であった以前と比べると、ストレートの割合が増えている。

 抜いて投げるカーブに、あまり頼りすぎてもいけない。

 ストレートを力強く投げることを考えると、肩への負担はかなりかかる。

 実際のところは今のフォームだと、テイクバックも小さいし、これはこれで負荷は小さいはずなのだが。


 タイタンズの先頭打者が、バッターボックスに入る。

 審判がコールして、試合が始まる。

 直史はサインに頷くと、セットポジションからすぐにクイックで投げる。

 ランナーのいない今、クイックで投げることに意味はない。

 だがそれは、この初球だけを考えた場合の話だ。


 撓った右腕から投じられたストレートは、ほぼど真ん中に入っている。

 一番バッターはそれを、見逃さざるをえなかった。

 タイタンズはその試合の一番打者に、最初の打席はボールを見ることを徹底させている。

 別にそれはいいのだが、やりすぎるとこういったことをされてしまうのだ。

 もっともデータとして分かっていても、実際にそれが出来るかは、ピッチャーの度胸が重要となるが。

 ただこのストレートの見逃しを、バッターは失敗だとは思わなかった。

 おそらく振っていれば、空振りしていただろうと思ったからだ。

 ホップ成分の多いストレート。

 その伸びはさらに球威を増していると感じた。




 バッターが一番有利なのは初球だ、と言われている。

 もちろんボール球が先行すれば、その限りではないが。

 ストライクをどんどん投げてくるピッチャー相手なら、下手に見ていけばどんどんとカウントは悪くなるのみ。

 それでも初回の先頭打者は、先発の調子を確認する必要がある。


 打てると思ったなら打てばいいのだ。

 少なくともデータを安易に利用されるほど、方針を定めてしまわない方がいい。

 たまに初球攻撃をするだけで、ピッチャーはずっとやりにくくなる。

 そのあたりタイタンズも、あまり監督が有能とは言いがたいのか。


 タイタンズの現在の監督は、かつて大介がプロ入りした頃に、キャリア最晩年であった森川である。

 60歳にもなる監督というのは、やはり思考も硬直する傾向にあるのか。

 だがそれよりもずっと年上であっても、鶴橋などは柔軟な思考をしていた。

 もちろんプロとアマチュアの違いというものはあるのだが。


 ストレートの次はカーブ、というのが常道である。

 もしもストレートが来ればそれを打てるタイミングで待ちつつ、カーブならそれも軌道を確認する。

 そして投げられたのは、緩急差50km/hにもなるスローカーブ。

 140km/h台のストレートでも、この後であればもっと速く感じるだろう。


 ツーナッシングまで追い込んだ直史は、一球も遊び球を投げるつもりはない。

 ストレートで三振を取る。

(一球目よりも、ずっと力を伝えて)

 リリースしたボールは、綺麗にバックスピンがかかっていた。

 そしてそれをバットは迎え撃つ。

 ほんのわずかにチップしながらも、迫水のミットに納まるボール。

 まずは三球三振で幸先のいいスタートを切れた。




 オープン戦で直史と対戦しているタイタンズ打線は、そのストレートの特異性を体感している。

 146km/hがMAXであり、実際にはそれよりも少し遅いあたりを投げてくる。

 だがどうしても、体感速度はそれよりも5km/hは速いように思える。

 ボールの回転数が平均よりも高いのでは、という想像はされる。

 実際に直史のストレートは、確かに回転数が高い。しかしそれは平均を大きく上回るほどではない。


 このからくりが分かっているのは、レックスの分析班を除けば、バッターとしてもキャッチャーとしても相対した、迫水ぐらいであろう。

 簡単に言えば、失速せず、落ちないストレート。

 だから空振りを奪うことが出来る。回転数も関係なくはないが、一番重要な要素ではない。


 強い踏み込みと、粘りのある下半身から投じられるボール。

 リリースされた瞬間から、おそらく最も、直線に近い軌道でミットに入ってくる。

 アウトローに投げたストレートには、これほどの粘りは感じない。

 高めのストレートが、驚異的な空振り率を誇っているのだ。


 直史にこのストレートについて、質問したことがある。

 すると紹介されたのは、いくつかの動画サイトや単語であった。

 理屈の上でこのストレートの威力は分かった。

 そしてこれを活かすためには、カーブとチェンジアップが重要であることも。

 出来ればスプリットがあれば、さらにいいのだが。


 一回の表の攻撃は、三振の後は内野ゴロと内野フライが一つずつ。

 それぞれスライダーとカーブで打ち取った。

 球数も一桁で終わり、おそらくは体力の消耗も少ない。

 だがベンチに戻った直史は、水分補給をした後、ぐったりとベンチに座り込んでいるのであった。




 簡単に三人で終わらせてしまった直史のピッチングは、少なからずタイタンズにプレッシャーを与えたであろう。

 悟は守備位置のショートに立ちながら、次の攻撃の自分のバッティングを考えていた。

 ストレートを自信を持って投げ込んでくる。

 そのスタイルは明らかに、かつての直史とは違う。

 かつてのストレートの使用法は、インハイとアウトローの対角線を主にしたもの。

 しかし今は、コントロールではなくパワーで押している、ような気がする。


 実際のところは、これこそがテクニックなのである。

 緩急差、そしてカーブとチェンジアップの落差に対して、落ちないストレート。

 これがピッチングの主軸となっている。

 本格派に見えながらも、その根底にあるのは理論。

 そもそも理論を応用していくには、多くの手の内が必要になってくる。

 引退前の直史は、それなりにストレートで空振り三振を奪っている。

 またここぞという時にはストレートで、フライを打たせていることもあるのだ。


 ベンチから呼吸と鼓動を整えて、肉体に冷静さを取り戻させる。

 ペナントレースの熱量は、オープン戦の比較になるものではない。

 だからこそあくまでも、思考はクールさを保っておかなければいけない。

 勝ち方にこだわるのではなく、どんな形からでもいいから勝つ。

 それが今の直史であるのだ。


 タイタンズの先発のフォアボールから、レックスは一点を先取。

 かつてならこの瞬間、ネットは「勝ったな」の言葉であふれかえっていたであろう。

 追加点は取れず、二回の表に入る。

 直史はこれで勝ったなどとは全く思わず、目の前のピッチングだけに集中する。




 オープン戦、9イニングを投げきった直史は、悟の一打がなければノーヒットノーランを達成していた。

 もっとも今の直史に、ノーヒットノーランなどはなんの意味も持たない。

 確かに復活に華々しい記録となったかもしれないが、しょせんはオープン戦。

 重要なのはレギュラーシーズンで、どんなピッチングをするかである。

 また達成の最年長記録にもならないし、そもそも既に何度となく達成している。

 直史にとっては本当に、なんの価値もないのだ。


 今は目の前のバッターに集中する。

 四番の悟は、単純に強打者というわけではなく、出塁の上手い巧打者というだけでもなく、状況に応じたバッティングが出来て、しかも勝負強い好打者だ。

 タイプとしては樋口ににているかもしれないが、長打力ではこちらの方が上だろうか。

 少なくとも先頭打者として、塁に出したい存在ではない。


 呼吸を整えて、相手の全身を観察する。

 視覚から得られる情報がほとんどとなるが、それ以外にも何か感じるものはある。

 深く潜れば、その意図まで察することは出来るだろう。

 だがその領域に達すれば、もう脳が疲れてしまう。

 糖分の補給は、それなりに効果的なのは分かっているのだが。


 試合中に眠くなるのを防ぐため、まだ第一打席はそこまで深く潜らない。

 たとえホームランを打たれても、同点で止まるというこの場面。

 直史はここで、カーブを主体としたピッチングをした。

 打たれてもホームランにはなりにくいように。

(振らないな) 

 ツーボールツーストライクになっても、悟はバットを振らない。

 外に外したストレートには手を出さず、カーブにも手を出さない。

 これはあえて、勝負球のストレートを待っているということなのか。


 かつての直史であれば、ここでも選択肢は多かった。

 しかし速くて落ちるボールが使えないと、悠々と見逃されてしまう。

 チェンジアップを投げてフルカウントにした後、最後はアウトローに微妙に外す。

 フォアボールでノーアウトのランナーが出た。




 盗塁数は減ってきたが、悟には走力がある。

 だがここで盗塁のサインを出すほど、タイタンズは思い切れていない。

 直史の過去の幻想が、采配を振るうことを限定させる。

 続く打者はライトへのライナーフライで、進塁打も打つことが出来なかった。

 さすがにライトフライでタッチアップは無謀である。


 アウトカウントを一つ取れた。

 これであとは、進塁させたとしても、一つずつアウトを取っていけば間違いない。

 エラーがあっても無失点に抑えられるだろう。

 そう考えていた直史は、内野ゴロを打たせてダブルプレイに取るのに成功する。


 レックスもそうだがタイタンズも、なんだか攻撃がちぐはぐしている気がする。

 いや、レックスの場合はどうにか、ちゃんと一点は取っているのだが。

 試合が進むテンポは早い。

 三回は両者三者凡退で、序盤が終わってしまった。

 直史としては久しぶりの打席で、ボールを見送るだけで終わってしまった。


 やはり少しは、打撃の方も練習をするべきであろうか。

 だがピッチング以上にバッティングは、ブランクが長い。

 MLBではピッチャーは、基本的に打席に立つことがなかったからだ。

 下手に打ちにいって、手が痺れでもしたら問題になる。

 一点リードしているのだから、今の自分が考えることは、とにかく点を取られないことである。




 四回、上位打線に回ってくる。

 だがここでも、直史は三者凡退に終わらせた。

 フォアボールで出塁は許したものの、ダブルプレイでランナーを殺しているので、ここまで12人でタイタンズの打線は沈黙している。

 出したのはそのフォアボールだけなので、いまだにノーヒットノーラン。

 もっとも直史としては、エラーならばともかくフォアボールがあるのでは、ノーヒットノーランの価値もさほどない。


 そしてその裏、レックスは先頭打者の四番近本が、追加点となるソロホームランを打った。

 四試合目で今季二号と、いいペースでホームランを量産している。

(これで取られてもいい点は、一点までになったわけだ)

 そう考えたところに、油断があったのかもしれない。

 五回の先頭の悟はセンターライナーで打ち取ったものの、続く五番に今日初めてのヒットを打たれる。

 これでノーヒットノーランもなくなった。


 タイタンズはここで、下手に送りバントなども使わなかった。

 ワンナウト一塁から送っても、得点の確率はむしろ減るからである。

 もっとも打順によっては、それもありえたことであろう。

 続くバッターを三振と内野フライに打ち取り、この回も無失点。

 だがタイタンズとしてはやっと、わずかに手が届いたという感触を得たかもしれない。


 手が届いても、そこからさらに差をつければいい。

 レックスは三点目を追加する。

 対して確かにタイタンズは、またヒットを打った。

 だが単打のみで、打線が続かないのだ。


 確率の問題である。

 直史から連打を打つということが、どれだけ大変であることか。

 MLB時代の直史は、ごく稀に失点することがあった。

 だがその多くがソロホームランであり、事故のような失点なのだ。

(まさか、このまま終わるのか?)

 タイタンズベンチに凍るような不安が蔓延する中、悟は爪痕を残す準備をする。

 最終打者は彼になりそうな流れであった。




 八回の表が終わった。

 ここまで直史は、四本のヒットを打たれてフォアボールが一つ。

 しかしランナーを一つダブルプレイで殺しているので、最終回のタイタンズは二番からの攻撃となる。

 3-0というスコアであるが、球数はまだ90球。

 ノーヒットノーランも消えているが、マダックスの可能性は残っている。


 レックスベンチとしては、ここは完投を期待する。

 いや、完封を期待すると言った方がいいか。

 タイタンズとのあと二戦、ここでリリーフを一枚も使わなければ、いい状態で投げさせることが出来る。

 それに完封というのはタイタンズ打線を萎縮させるかもしれない。

 シーズン序盤に、ある程度のスタートダッシュを決めるため、三連勝が一つぐらいはあってもいい。


 ブルペンは一応、ゆっくりめにリリーフ陣に肩を作らせている。

 しかし豊田からすれば、直史ならもう完投するだろうな、という信頼感がある。

 ここまで三振は八つで、やや少な目と言えるだろうか。

 打たせたボールはフライが多く、それが上手く外野の手前に落ちるというパターンが多かった。


 長打を許していないため、得点にはつながっていない。

 ランナーが出てからはギアを上げて、内野フライまでしか打たせないようにしている。

 完全に計算されたというか、事前に事態を想定したピッチングの内容だ。

 ただそうすると決めていても、実際に出来る人間は、そうそういない。

 もちろん豊田も出来なかった。リリーフは基本的に、パワーでバッターを圧倒するのが仕事なのだ。

 直史のやっていることは、本格派の内容に近いが、根底では異質なものを感じる。




 三点差があって、タイタンズは二番から。

 普通のピッチャー相手なら、まだ大逆転が待っていると思える。

 下手にクローザーを出したら、炎上する可能性もあるだろうが、ほぼこれは勝負は決したといってもいい。

 タイタンズベンチは、苦々しい顔をしている人間であふれている。


 この試合、攻撃における最初で最後のチャンスらしいチャンスは、二回の表であったのだと今なら思う。

 あそこで少なくとも進塁打を打てていれば、悟の足ならヒット一本で帰ってこれた可能性が高い。

 あの時点では1-1の同点になったので、まだ試合は分からなかった。

 たらればを言えばきりがないが、あそこが急所であったのだ。


 打ったヒットは全て単打で、長打が出ていない。

 そしてランナーを出した後は、意識的にギアを入れ替えているのが分かる。

 タイタンズの監督の森川は、元々は捕手であった。

 なので直史のやっていることが、ある程度は分かっている。

 対処するためにすべきは、この試合終盤に来れば分かる。

 ランナーが出た時点で、送りバントをすべきだったのだろう。


 直史のやっているピッチングは、まず先頭のランナーを出さないということ。

 それに失敗したのが、二回の表の悟の出塁だ。

 長打力のある五番バッターに、送りバントをさせる必然性。

 そんなものはないはずだが、期待値の問題ではなく、直感的にそれをすべきだったと分かっている。


 この試合は負けるだろう。

 だが負けたとしても、どう爪痕を残すかは重要だ。

 せめて一本、いや一点。

 間もなく40歳になる、ブランク明けのロートルピッチャーに、復帰戦を完封負けというのは外聞が悪すぎる。

 これはオープン戦ではないのだ。




 直史としては、悪くないピッチングであった。

 ところどころではヒットを打たれてはいるが、先頭打者に打たれていないのが、運があったといってもいいピッチングであった。

 あとはこの点差なら、確かめることが出来る。

 最後の打者にならホームランを打たれても、ソロなら問題はない。


 力んだバッターは、チェンジアップで上手くゴロを打たせることが出来た。

 ここまでずっとストレートを主体で投げていたのが、印象付けられていたのだろう。

 ツーアウトとなって、最後の打者に悟が回ってくる。

 さすがにここまで上手く、打線が調整できるとは思っていなかった。


 レギュラーシーズンの勝負で、試しておきたいことはあったのだ。

 それは今の自分のストレートが、本当に一流の打者に通用するかというものだ。

 いや、一流ではなく、超一流というべきか。

 悟はおそらく日本人野手のメジャー移籍が増えた中では、西郷と並んで日本に残った超一流の一人だ。

 西郷の場合は守れるポジションが少なかったため、MLBのスポーツマンタイプの人選に嫌われたということはある。

 だが悟の運動能力なら、MLBには絶対に通用したと思う。

 ただタイミングが悪かったのだ。


 WBCなどでもしっかりと結果を残していた、NPBの歴史を通算して見ても、屈指の好打者である悟。

 これに対して、真っ向勝負をしたらどうなるのか。

(少なくともこれを攻略できないなら、大介に確実に勝つのは無理だな)

 帰国した大介が、自分のボールに向けていた冷静な目を、直史は忘れていない。

 少なくとも闘争心を刺激させるようなボールを、自分はまだ投げられていないのだ。

(別に実験台というわけじゃないけど、上手く歯車が噛み合ったな) 

 組み立てを考えて、最後には出来ればストレートで三振か内野フライに打ち取る。

 本日の直史は、最後に明確な課題を見出していたのであった。

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