第9話 賢き愚者

 正月の間も、直史に付き合ってくれたトレーナーなどは多い。

 いくら金があったと言っても、本来なら直史は、こういったことをするのは嫌いだ。

 そもそも正月は休む、と決めているのが直史であった。

 今年は例外だ。完全に、人生初と言ってもいいだろう。

 ただ課題が明確になってきたので、進んでいるイメージは持てている。


 直史の問題点は、おそらくバランスであろうという結論が出た。

 引退前はそもそも、体幹が鍛えられていて、体軸もしっかりとしていた。

 おかげでコントロールに注ぐ労力は、最低限に抑えられている。

 人間の脳のリソースを、バランス以外の場所に割いているため、指先までのコントロールが利いていたのだ。

 今はその弱くなった体幹と体軸を、取り戻すのにトレーニングをしている。


 そしてこの状況においては、直史のボールを受ける、重要な役割のキャッチャー。

「本当に大丈夫なのか? もう最後にマスクを被ったのは20年以上前だろ?」

「キャッチボールは司朗としてるわよ」

 臭いプロテクターをお洒落ジャージの上に装着し、恵美理が直史のボールを受ける。

 考えてみればこの中で、キャッチャー経験が多いのはツインズを除けば恵美理である。

 そのツインズにしても、実は公式戦などでキャッチャーをした経験は、それほど多くはない。

 恵美理は高校時代、少しばかりコントロールは甘い、明日美とバッテリーを組んでいたのだ。


 武史の息子の司朗もまた、野球をしている。

 本当なら父親として、武史は司朗ともっと時間をかけるべきだろう。

 彼は東京の名門に特待生として入学が決まっている。

 ただ父親に似ず、ピッチングもするがバッティングの方が得意である。 

 いや、それならそっちにも協力させろという話なのだが、これから高校生になる少年に、現役のプロが関わるのはまずい。

 そのあたり日本のプロアマ協定は、ややこしいものであるのだ。




 ボールを投げることに、全ての力を注ぐべきだ。

 わずかに崩れたバランスを、コントロールして思い通りの球を投げるというのも、もちろんすごいものではある。

 しかし元々コントロールは、下半身でするなどとも言われている。

 現在では老害の戯言、などとも言われたりするが。


 別にこれは間違ってはいない。

 ただ昔は、足腰を鍛えるのにひたすら、走り込みなどを行っていた。

 これは効率が悪いし、そもそも長距離の走り込みが無駄なのは、ほとんどの人間が認めるところである。

 直史はそれなりにやっているが。


 ともかく体幹の地道なトレーニングに、体軸のバランスの回復。

 しかしこれらは40歳まで半年を切った肉体には、なかなか戻ってくるものではない。

 恵美理は直史の投げるボールを、最初はおっかなびっくりキャッチしていたが、やがて感覚を取り戻した。

 ピアノ弾きがキャッチャーなんてやっていいのかというのは、もう高校時代に今更と言われたことだ。

 それに基本的に直史は、明日美よりもはるかにコントロールがいい。


 これまで直史には、強力な相棒となるキャッチャーがいた。

 高校時代には初めての理解者としてのジン。

 そして大学では、まさに盟友とも言える存在の樋口。

 樋口との付き合いはプロでも続き、また彼がいないときも、坂本という曲者が組んでくれていた。

 しかし現在のレックスはキャッチャーを固定できておらず、社会人出身の迫水が開幕一軍を期待されるぐらいである。

 今度は本当に一人だ。

 マウンドの上で、孤高の存在となるしかない。




 映像などから分析した動作解析は、確かに課題を浮き彫りにした。

 二月からは本格的にキャンプに入るが、おそらく直史の練習やトレーニングは、球団が要求するよりもはるかにタイトなものとなる。

 ここまでの年齢になって、ここまでの蓄積があると、もう一般的な常識では図れないのが、スポーツ選手であるのかもしれない。

 純粋にメカニックが改善すればそれでいい。

 野球というのはそんな競技ではないのだ。


 テクニックに、バリエーションに、コンビネーションに、何よりメンタル。

 野球は比較的大番狂わせが多い競技であり、その中で直史が安定していたのは、奇跡と言うよりは悪魔との契約めいている。

 ただ悪魔と契約した程度で、その領域に立てるものではない。

 魂を差し出してでも野球が上手くなりたいという人間は、世界に何百といるし、何百といただろう。

 また野球以外のことにおいても、そういったものはある。


 恵美理からすると武史や、それに上杉のピッチングというのは、ある意味分かりやすいのだ。

 そのパフォーマンスは確かに超人的であるが、それでも人の範疇にある。

 直史はもっと、機械的と言えるだろうか。

 だが機械ではこんな成績は残せないだろう。

 超能力めいたものなどは、ないはずである。

 それでも歴史に刻んだ足跡は、他の誰よりも印象的であるかもしれない。


 休養をしっかりと挟んで、しっかりと投げる。

 医師の検査やトレーナーの検査も受けて、無理はしない。

 無理をしなければどうにもならない気もするが、それをするならパーフェクトを達成する時だ。

 境界に直史は立って、ボールを投げている。




 時間がない。

 当たり前の話である。人間の限界のぎりぎりのピッチングをしていた生活から、引退して五年のブランクである。

 普通の人間であれば、復帰など無理な話だ。普通でなくてもこれほどのブランクの後、復活出来た人間はいないであろう。

 直史にとってのピッチングというのは、イリヤにとってのピアノのようなものであったろう。

 毎日の練習をしていなければ、必ず技術が落ちていく。


 実のところ落ちているのは、単なる技術ではない。

 技術を支えている、肉体的な性能である。

 体幹と体軸もそうであった。

 だがそれ以上に、柔軟性というものが衰えている。


 体全体の柔軟性は、それほど理想との差異はない。

 だが肝心要の指や、肘に不安が残っている。

 そもそも肘を治すための治療で、靭帯はやや硬くなってしまったのだ。

 それがスルーを投げられない原因なのだろう。

(なんて動かない体なんだ!)

 苛立ちが全身を叩く。

 しかしそう思いながら投げるボールが、毎日のように良くなっている。


 要求が高すぎる。

 だがそれでも、かつての自分の感覚が、遠い先に見えるようになってきた。

 もっとも見えてくるのと同時に、とても追いつけないことも分かってくる。

 肉体の限界がはっきりと見えてきたのだ。

 若い頃であったら、壊れることを覚悟でその境地を目指していただろう。

 今はそんなことは許されない。


 以前のスタイルが完全に失われたわけではない。

 ただ完全に取り戻すのは不可能だ。

 ならばあの引退試合の、本格派のようなストレートでの奪三振。

 その道を目指すしかないのか。




 明史の渡してきたデータの中には、直史のデータ解析のみが入っていたわけではない。

 現在のMLBで通用している、高めのストレートに関する考察サイトなどのアドレスも解説付きで入っていた。

 さすがはMLBと言うべきか、直史の考えていることを、既に分析で明らかにしていたりする。

 だがこれを知ると、重大なことに気づく。

 そのMLBで打っていた大介には、そのままでは通用しないことに。


 同じリーグで対戦する以上、ライガースとの試合は25試合。

 直史は中六日で投げるつもりであるから、おそらく対決は五試合分ほどになるだろうか。

 直史の先発起用も、おそらくは25試合程度。

 MLBでは30試合以上を軽く投げていたが、さすがに回復力が足りなすぎる。

 ピッチャーの消耗というのは、選手全体の中で九割を占めるとも言われる。


 MLBの方がNPBよりもレベルが高い、というのはごく普通に言われている。

 そして実際にNPBのトップレベルがMLBに行き、そして全く通用しなかったりもするのだ。

 ただWBCをはじめアマチュアの国際大会でも、日本が上回ることはそれなりにある。

 MLBはそもそも、アメリカを含む世界中から選手が集まっているからだ。


 そんなMLBとNPBの大きな違いは、選手の環境にもある。

 あの頃の直史は全盛期ではあったが、それでもフル回転するには、休養を最大限に取らなければいけなかった。

 それに試合数が多いだけではなく、移動にかかる時間も多い。

 専用のジェットのファーストシートで移動すると言っても、長い時間をしっかりと休めるわけではない。

 またNPBであれば先発ピッチャーは、ローテーション的により楽になったりもする。




 MLBとNPBでは、ロースターに登録できる人数と、ベンチ入り人数が違う。

 先発ピッチャーが多い球数を投げて試合を作ったら、NPBの場合は上がりとして、次の登板まで何日か、少なくとも二三日はベンチに入らないことが多い。

 日程によるがチームが遠征している間、ローテーションピッチャーは本拠地に残ったままということもある。

 このあたりもMLBとNPBでは、選手の扱いが違ったりするのだ。


 直史は本来的には、体力はあまりないのだ。

 それは体格と体重を見ても、はっきりと分かるだろう。

 なのでシーズン中は、とにかく回復が重要であった。

 もっとも今はシーズン中であっても、ピッチングを磨いていく必要があるだろう。

 MLBの日程と移動では、とても不可能である。

 そしてNPBであっても、セの在京球団でなければ、かなり苦しい。


 かつてタイタンズのサウスポーに、荒川というピッチャーがいた。

 彼は理由は全く違ったが、在京圏での試合にのみ投げる、変則的なローテーションピッチャーであった。

 直史は別に、そういった理由があるわけではない。

 もっとも息子の近くにいてやりたいという気持ちはあるが。


 レックスもしくはタイタンズあたりであるのが、一番移動に時間を取られない。

 移動時間が少なくて済むということは、それだけ練習も出来たりするし、休養にも大きく時間を割けることになる。

 スターズでもいいのだが、あそこはチームの若返りを第一と今は考えている。

 そうすると選択肢として、先発が足りていないレックスになったというわけだ。

 技術の限界というのではなく、単純に加齢による体力の限界。

 それもまた今、直史を縛り付けているものの一つではあるのだ。

 生物ですらなく機械でさえも、使えば使うほど消耗するのだから。




 仕事は段取り八分、などという言葉があったりする。

 他にも始まる前に勝負は決まっている、などという言葉もあったりする。

 試合に入る前の準備で、その日のピッチングはおおよそ決まっている。

 これをさらに拡大するなら、シーズンの成績はおおよそ、キャンプの成績で判断することが出来る。

 そしてキャンプ前にどれだけ仕上げていくかが、究極の事前準備と言えるだろう。


 直史は休んでいる間も、ただ休むという時間と、体を回復させる時間の二つを作っている。

 頭を動かすエネルギーも、直史にとっては必要なものではある。

 プロ野球において一発勝負と違うのは、リーグ戦であるということ。

 即ち去年までのデータを分析することが、事前の準備のうちに入るのだ。

「はい、これ映像解析でまとめたの」

 などと言ってまた明史は、メモリを渡してきたが。


 本当に天才じゃないのか、などと親馬鹿になりそうな直史であるが、明史自身は単に映像にソフトを走らせただけである。

 そのソフトにしても、MLBの誰かさんが、最新のものをこっそり渡してくれたわけなのだ。

 MLBとNPBでは、バッターのバッティングに傾向の違いが見られる。

 以前のようにMLBのつもりで投げていたら、痛い目に遭うかもしれない。

 確かに日本とアメリカで、野球は同じルールでやっている。

 だが間違いのない差異はあるのだ。


 引退試合において直史は、MLBの主力を含めた、NPBオールスターのような打線を相手にした。

 あの時は勝てたが、あれもまた一発勝負。

 重要なのはシーズンを通して成績を残すこと。

 そのために必要なのは、コンビネーションの幅。

 もしくは分かっていても打てない、問答無用のボールを投げることだ。




 かつての直史は、コンビネーションの幅を第一とするものがあった。

 いや、お前は分かっていても打てないボールを投げているじゃないか、と言わなくてもいい。

 本人の意識という問題であるからだ。

 コンビネーションの幅を広げるのに必要なのは、当然ながら変化球。

 その変化球の種類が、直史はまだ足りていない。


 ならば分かっていても打てない、問答無用のボールを投げるか。

 たとえば今の試行中のストレートは、コンビネーションの中には入っているが、分かっていても打てないものである。

 しかし分かっていたら打てるバッターが、何人かいるのは間違いない。

 そしてそれは今のNPBにおいては、大介だけではないと思う。

 ただ衰えてから技巧派になるピッチャーが多いのに対し、直史は今からストレート主体のピッチャーになりつつある。

 完全に順序が逆だとは言えるだろう。


 セパ交流戦の記録を見れば、初対決のピッチャーを相手にも、打っているバッターは当たり前のようにいる。

 また逆にNPBのレギュラーシーズンは、MLBよりも多くの試合を、似たような相手と対戦している。

 MLBでは同じチーム相手は、同じリーグの同じ地区の対戦となるが、それでも19試合。

 それに対してNPBでは25試合となる。

 この違いをどう捉えるかはピッチャー次第であろう。

 だがバッターは同じピッチャーには、慣れれば慣れるほど打ちやすいという傾向はあるのだ。


 かつての直史であれば、1シーズンで当たる回数などを考え、スタイルを変えたりもしていた。

 しかし今の直史には、そこまでのコンビネーションの幅がない。

 やはり球威自体を上げる必要がある。

 そこまでは分かっているのだ。




 年齢を重ねればピッチャーは、技巧派に転身することが多い。

 対してバッターはというと、もちろんバッティングのメカニックの調整はあるだろうが、対応力が変化していく。

 あとは駆け引きに読みも加わってくる。

 パワーだけでどうにかするのは、ある程度の年齢で頭打ちになる。

 特に速球に対しては、動体視力の低下によって、どうにも対応出来なくなる。


 直史が目指すのは、スピードがあるというわけでもない本格派、ということになるのだろうか。

 実際に過去には、そういうピッチャーがいなかったわけではない。

 根本的に転身するなら、あるいはサイドスローというのも考えるべきであろう。

 もっともフォームの微調整によるリリースポイントの変化は、既に行っていることであるが。


 球種はカーブが球速と変化量で数種類、他にシンカーとチェンジアップ。

 あとはシュートというわけであるが、右打者への逃げていくボールが足りない。

 一応カーブは斜めに変化するものを持ってはいるが、これを空振りさせる狙いで投げるのは難しいだろう。

 高速スライダーの復活を考えているが、指先の感覚の問題があるのだ。


 シンカー系のボールにしても、ツーシームのような速球もほしい。

 今のシュートなどは、まだ球速差がストレートに対して大きく、見極められやすいからだ。

 とにかくかつては存在した、カットボールにツーシーム、そしてスルー。

 これらの速球系変化球がなければ、コンビネーションの幅には限界がある。

 この年齢になって復帰し、この年齢になってスタイルを変える。

 まったく馬鹿げた所業であるが、それに挑戦する勇気はある。

 とにかく誰の目にも分かる結果を出さなければ、そもそも先発のローテーションに入ることも難しい。

 苦難の道のりは、まだまだ続いていく。




 冬場の運動は怪我につながりやすい。

 ただピッチングに関しては、室内で出来ることが多い。

 大介は大介で、武史は武史で、それぞれやることがある。

 特に武史などは、大介のいなくなったニューヨークで、まだまだ無双してもらわなければ困る。

 年齢と、あとは故障の少なさから、同年齢の時の上杉よりも、武史の方が衰えは少ない。

 ただこれは、高校時代から無理をしていた上杉に、さすがに勤続疲労があったという見方も出来る。


 直史はバランスを取り戻すのと、あとは指先の感覚を取り戻すのに、時間がかけられる。

 どうしても変化球はほしいのだ。

 今は完全にコントロール出来る変化球は、カーブのみと言っていい。

 だがそのカーブにしても、球速の幅が相当に広いのだが。

 キャッチャーは主にツインズがやっているが、椿はまだ体勢によっては、足が痺れる場合がある。

 なので桜がこれに付き合うことが多い。


 無理をしているな、というのはさすがに周囲から見ていても分かる。

 大介などは特に、直史の衰えがはっきりと分かっている。

 今の直史相手なら、確実に打てる。

 そんな確信を持ててしまうのが、どうしようもなく悲しい。

 これならアメリカに残って、新しく出てきたピッチャーたちと勝負した方が、面白かったのかとさえ思う。

 ただNPBはNPBで、また新しい才能は出てきているのだが。


 大介にしても、全盛期の力は失われている。

 昔と違ってボール球を無理やりホームランにする、ということは減っているのだ。

 打率も下がってきたし、出塁率も下がっている。

 それでもまだブランクのあった直史よりは、はるかな高みにいる。

(ただそう思ってると、あっさり追いついてきそうでもあるんだよな)

 なので油断はしてやれない。




 直史が一番焦っているのは、やはり追い込んだ練習やトレーニングが出来ないことだ。

 極論してしまえば直史は、壊れてしまっても構わない、というつもりで野球をしてきた。

 壊れることよりも、目の前の勝負に負けることの方が嫌であった。

 特にプロの世界では、引退を常に頭の隅に考え、ピッチングを行っていたものだ。

 球数があれだけ少ないので、誰も信じてくれないだろうが。


 パーフェクトをするのに必要なのは、奪三振能力と、内野フライを打たせる能力。

 内野ゴロや外野フライは、それなりにヒットになりやすい。

 ゴロを打たせるグラウンドボールピッチャーの直史が、ストレートを磨いている理由はそこにある。

 ただ練習試合などでも、かなり内野ゴロを打たせていた回数は多い。

 空振りを取るストレートは、やはり一番力が必要なものだ。

 あまり投げてはいられない。


 賢しいな、と練習をしながらも直史は考える。

 この年齢になってくると、己の過去も冷静に見返せるものだ。

 まったくなんであんなに簡単にパーフェクトが出来ていたのか、自分でもよく分からない。

 基本的に直史よりも、奪三振能力の高い武史の方が、パーフェクトなどはしやすいであろうに。

 ただ防御率などは、直史の方が上回ることはありうる。

 実際に怪我でもない限り、武史は毎年、直史よりも三振を奪った数は多い。


 野球馬鹿になりきれない自分が、自分の力をセーブしてしまっている。

 ここで故障という失敗をしたらまずいのは、大前提ではある。

 しかしトレーナーの言うとおりに投げていても、パーフェクトが可能なほどには、回復はしないとも思う。

 その限られたリソースの中で、自分は何をしないといけないのか。




 現在のNPBでは、直史が目指すのは、沢村賞が一番現実的だ。

 MVPや沢村賞など、普通なら狙って取れるものではないが。

 しかし直史は沢村賞とサイ・ヤング賞を合計で七回も取った。

 同時期に日本では上杉がいたし、真田もいたのにだ。

 上杉は衰え、真田は引退した。

 だがそれでも、新たな才能がリーグを牽引している。


 新陳代謝がされない業界、というのはあまり健全ではない。

 若い力というのは、やはり望まれるものなのだ。

 スポーツの世界ばかりではなく、芸術の世界などでもそうだろう。

 もっとも巨匠と呼ばれるような存在が、長く君臨する業界もあるが。

 野球はそういうスポーツではない、はずだ。

 もう20年以上、打者のトップは大介のままであるが。


 結局、ここでも一番手助けをしてくれた大介が、やはり最大のライバルとなるのか。

 予想はしていたと言うか、大介はまだ余力を残している。

 直史としては自分や武史と比べても、どうやら一番衰えが遅い。

 どういう理屈なのかとも思うが、事実としてそうなのだから仕方がない。

 あれを抑えるのか、と憂鬱な気分にはなる。


 もう一月も半ばを過ぎた。

 これだけ野球のことに集中したのは、いつ以来のことであるか。

 プロ入り初年度などは、こんな感じであったかもしれない。

 あの時は新人扱いであったので、合同自主トレに参加したものだ。

 キャンプに入れば、現在のプロのレベルが分かる。

 そしてそこから、しっかりと調整していかなくてはいけない。

 人生で最大の挑戦。

 苦しいシーズンが、もう間近に迫ってきていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る