第8話 年齢的限界

 チキンレースに似ている。

 だが決定的に違うのは、かかっているのは自分の命ではないということ。

 そして失敗しても、やり直しの余地はあるということだ。

 条件を改めて確認する。

 

・パーフェクト

・沢村賞

・シーズンMVP


 この中で一般的に、一番難しいのはパーフェクトである。

 なぜなら沢村賞とシーズンMVPは、原則として毎年選出されているからだ。

 シーズンMVPは個人成績であるが、野手も選出の対象となる。

 するとピッチャーだけの沢村賞か、ということになるのだが、沢村賞は先発投手に与えられる賞である。

 まずローテーションの一角に選ばれなければいけない。


 他者との競争を考えるなら、パーフェクトは別に競争の必要がない。

 他のピッチャーがパーフェクトをしても、自分がパーフェクトをすれば、それで条件は達成される。

 そもそものパーフェクトの難易度に目を瞑れば、これが一番機会は多い。

 かつての直史であれば、確率的にこれが出来たであろう。

 しかし今は、問題があるのだ。

 

 肝心なところでは三振を奪えるが、基本的にはゴロを打たせるグラウンドボールピッチャー。

 それが直史のスタイルであることは間違いない。

 だが本来グラウンドボールピッチャーは、パーフェクトを達成しづらいのだ。

 ゴロを捌くということは、エラーの可能性が増える。

 かといってフライボールピッチャーでも、ボールは外野まで飛んでいけば、下手をすればホームランの可能性すらある。

 それをとんでもない幅のコンビネーションでどうにかしていたのが、かつての直史であった。


 野球は統計であり、ピッチングもまたそうだ。

 どこに投げたらどういった打球になるかは、ある程度の確率で分かっている。

 最も打たれない、あるいは凡打になりやすいボールを、投げられればいい。

 その範囲が狭いので、打たれる確率がやや高めのボールも投げなければいけない。

 直史はそれなりに苦悩している。




 周囲から見れば、直史は考えることはあっても、悩む姿はあまり見せない人間であった。

 もっとも弱い部分を見せる相手が、いないわけでもなかったが。

 大介から見ても武史から見ても、そしてこの日は付き合っていた桜から見ても、直史の試行錯誤は前例のないことだ。

 基本的には頭の中で組み立てて、えぐい構成でボールを投げてくる。

 ただそれが上手くいかないのも、理由が分からないでもない。


 バッテリーを組むキャッチャーがいない。

 それはセンターには専属のキャッチャーもいるし、大介も桜もキャッチャーをすることは出来る。

 コンビネーションの組み立てならば、桜も考えることは出来る。

 しかし直史は、やはり変化球が戻ってこない。

 武史の指摘については、それはそうだと頷くしかない。


 今の自分ではパーフェクトなど、何かよほどの幸運でもない限り、達成できないことは明らかだ。

 ノンプロチームを完封したと言っても、プロの一軍はさらにそれを上回る。

 体力やローテーションも考えれば、そもそも完投することすら、今の直史には難しいことかもしれないのだ。

 パーフェクトは機会は作られるが、達成の可能性はほぼない。

 ならば何を求めていくのか。


 ヒットを打たれることも、点を取られることもあってもいい。

 なんなら一度や二度ぐらいは、負け星がついてもいい。

 投手五冠などというものも目指さないし、そこを達成できないのなら、シーズンMVPも難しいだろう。

 だが確実に勝利を積み重ねれば、沢村賞には届くかもしれない。

 上杉でさえ最近は、そうそう完投はしないようになっている。

 むしろ二桁勝利を続けているだけで、充分凄いのだ。

 来年は現役を続ければ、42歳になるのだから。


 


 上杉は肩を壊して一年を治療に使い、一年をアメリカで復帰のために使った。

 二年間を丸々、NPBに戻ってくるために使ったのだ。

 だが結局はそれが良かったのだろう。

 スターズはやはり、上杉のチームとなっている。

 その引退がさすがにもう近いのは、誰もが分かっている。

 

 去年の時点で400勝を達成し、もう引退かとも言われた。

 だが今年もまたローテーションをある程度守り、しっかりと貯金は作ったのだ。

 単純な戦力とは違う、カリスマ的な引力が上杉にはある。

 しかし一度壊れた肩は、結局は元には戻らなかった。

 精神的にはともかく、単純にピッチャーとしての指標は、チームでも二番目ほどになっている。

 それでも合計15回の沢村賞というのは、空前絶後の大記録であろう。


 40歳を過ぎるというのは、そういう年齢なのだ。

 いつまでも若いつもりでいた直史だが、もちろんそんなはずもない。

 トレーニングをして負荷をかけると、その回復に時間がかかる。

 ローテーションピッチャーにはならないければいけないが、もう中五日で投げることも不可能であろう。

 調子がいいときに、完投が何度か出来るぐらいであろうか。


 それを考えると大介と、それに武史は異常である。

 大きな故障をしなかった、というのが結局は良かったのだろう。

 もう今からでは、追いつけないのか。

(焦るな)

 レギュラーシーズンが開始するまで、まだ三ヶ月以上。

 冬は深くなってきていた。




 直史の本気が分かる冬であった。

 これまでは何があっても、年末年始には正月の行事を優先させてきた直史が、センターを貸切にしてまで、そしてスタッフに特別報酬まで出して、練習やトレーニングをしている。

 もう一日や二日、休養にあてるという段階ではないのだ。

 一日休んだら、それだけまた目指すところから遠ざかる。

 もちろん休養は必要だが、まとまって都合よく取れるというものではない。


(まずいな)

 直史の正直な感想であった。

(俺ってこんなに野球が下手だったか?)

 ピッチングだけではなく、フィールディングの練習もしないといけない。 

 そちらはクラブチームの好意で、ある程度練習に混ぜてもらっているのだが。


 冬の寒空の中、雪が降っていないことをいいことに、万全の状態まで体を暖めて、ノックを受ける。

「行くぞ~」

 大介のかなり本気混じりのノックは、それでも手加減されたものだ。

(ピッチングも下手だけど、そもそも速い打球についていくのが難しいぞ)

 アマチュアレベルのノックならともかく、大介がちょっと本気を出しただけで、グラブが届かなくなる。 

 ただ重要なのは守備範囲を広げることではなく、守備範囲に飛んで来たボールを確実にアウトにすることだ。


 クラブチームのバッターを相手に、実戦的なシートバッティングで投げることもある。

 このレベルであれば直史のボールが、そうそうジャストミートされるわけではない。

 大学野球の二部リーグ、名門ノンプロチームと、他にも数試合はある程度練習試合で投げてきた。

 なのでアマチュアトップレベルならば、完投ぐらいは上手く出来る。

 だがアマチュアでもトップレベルが、プロには行くのだ。

(二月からキャンプが始まって、オープン戦の後にレギュラーシーズン本番か)

 完璧に仕上げるというのは、おそらく間に合わない。




 映像で見る限りでは、どうも今のプロのレベルを、感覚として捉えることが出来ないのだ。

 オープン戦が始まってからが、そのあたりの微調整をしていくことになるだろう。

 ただ現在の環境は、かなり豪華なものである。

 なにしろ大介と武史が、その金にあかせて、専属で雇ったトレーナーに一緒に見てもらっているのだ。

 完全に自己流でやっていた直史は、引退するまでは己の体は、自分自身が一番良く知っていた。

 だがこの錆付いた肉体をどうすれば元に戻せるのか、それは他人の力が必要になってくる。


 自分のためではないのだ。

 本来ピッチャーというのは、もっとエゴイスティックで、傲慢で自信家で、一人一流派というところがある。

 しかし引退するまでの直史には、そういうところがなかった。

 そもそも助言を受ける必要がなかったと言うか、助言をする余地がなかったとも言えるであろう。

 実際、今もトレーナーたちは当たり前のことしか言えない。

 直史と会話をしていると、野球のピッチングというものに対する考え方が、他のピッチャーとは違いすぎるのだ。


 どんなピッチャーでも基本は、真っ直ぐをど真ん中に投げることから始まる。

 そこは直史も同じである。

 技巧派と呼ばれるグレッグ・マダックスはコントロール重視と思われ、実際にコントロールもいいのだが、その投げるボールは案外真ん中寄りで、そこから少し動かしてくるということが多い。

 だが直史は、対角に投げたり、変化球で角度を作って審判の判断を狂わせたりと、やっていることがおかしい。

 カーブを何種類も、違う軌道や速度で投げられれば、それは確かに面白いだろうなとトレーナーたちも思うのだ。




 今の直史の状態だと、自分が帰ってきた意味はないな、というのが大介の正直な感想である。

 もちろん直史は、そういった印象を本番で塗り替えてきたピッチャーであるが。

 瑞希は顔を出さないが、ツインズの他には恵美理も顔を出して、少しでも武史と一緒の時間を作ろうとしている。

 下手にMLBでまだまだ通用しているだけに、武史は恵美理から引退の許可が下りない。

 一度は浮気騒動まで持ち上がったときは、まだ余裕があった直史が、事態の収束に務めたものだ。


 そんな恵美理と武史は、違う車で佐藤家の実家に向かう。

 目の前にある事態は、それなりに難しい。

 ただ武史自身は、大介がMLBから戻ったことでフロリダの別荘を処分したため、自主トレもこちらで行うことにした。

 スプリングトレーニングには参加しなくてはいけないが、今年からは完全に一人きりとなってしまう。 

 正直に言って、超寂しい。


 武史はそう感じているのだが、恵美理は少し別のことを考えていた。

「直史さん、前とはかなり違うと思う」

「ん? そりゃあブランクもあるし年齢もあるし、仕方がないとは思うけど」

「それはそうなんだけど、なんて言ったらいいのかな……」

 恵美理はフィーリングを重要視するが、それをちゃんと言語化する能力も持っている。

 このあたりの特殊性は、周囲の他の人間にはないものだ。

「技術とか体力とかじゃなくて、もっと根底にあるものが、何か違ってしまってると思うんだけど……」

 直史はイリヤに似ていると思うのだ。

 だから明確な言語化は難しい。

 しかし彼女もまた、直史も復帰については、心から心配している一人であるのだ。




 直史と恵美理は、基本的に相性が悪い。悪かった。

 仲が悪いわけではないし、友好的に接することが出来ないわけでもない。

 ただとにかく、お互いの持っている属性や、人間関係が二人の間を隔てているのだ。

 たとえば直史は、大人っぽい外見で背も高く、胸の大きな女性というのが苦手である。正確には性的に全く女性として反応しない。

 これは過去のトラウマが関係しているので、直史自身としてもどうしようもない。


 恵美理にとって直史は、自分のトラウマと言うか、巨大な挫折であったイリヤが、一目置いている相手ということで、やはり苦手意識に似たものがあった。

 また直史が自分のような「女」を苦手と感じていることもなんとなく感じられたのだ。

 彼女の感受性は豊かである。

 ただ巨大な才能という点では、明日美によって恵美理も浄化されたといういきさつはある。

 なのでお互いに距離感を保てば、普通の人間関係は築ける、という程度の暗黙の了解はあったのだ。


 そんな二人の関係性がより改善したのは、恵美理のPTSDから後のことである。

 トラウマからどうやって脱却すればいいのか、直史としてはある程度の経験がある。

 未だに好ましく思う女性に、どこかしら童顔であったり、化粧っ気の薄さを要求してしまうあたり、これはもうどうしようもないとも思えるのだが。

 だが恵美理がトラウマを抱えたまま生き、武史がシーズン中は別居するというのをしっかりまとめたのは、恵美理のトラウマに対して理解があったからだ。

 自分は尊厳の問題であったが、彼女は生命の危機であったのだし。




 またその後、一人寂しくニューヨークで暮らす武史に、女性スキャンダルの話が浮かび上がったこともあった。

 これもまた両者の間をしっかり取り持ったのは、直史である。

 元々長兄として、弟を守ってやるのは義務だと思っていた直史だ。

 事実関係を確認し、そして武史の言い分を聞き、その上で恵美理と話すことにしたのだが、その折に恵美理の親友である明日美を、しっかりと巻き込んだ。

 事実関係を詳細に書いたら、10万文字程度になるような話であった。


 MLBに限らず北米四大スポーツのスーパースターには、普通に女性が群がるものである。

 武史のうかつなところは、それまで愛妻家ぶりを示していたのに、事件後は恵美理が表舞台に出てこなくなったことを、軽視したからである。

 基本的にアメリカ社会というのは、大人がパーティーにでも出席する場合、パートナーが必要となる面倒な世界である。

 幸いと言うべきかアメリカにはツインズがいるので、パートナーを頼めばそれで良かったのだ。

 しかしそもそも、武史は悪魔の双子のことが苦手である。


 そんな武史が、タイミングが合えばパートナーとして頼んだのが、イリヤの友人でありニューヨークに滞在していることが多いケイティであった。

 武史ももちろん、織田との関係は知っているので、そこはちゃんと説明した上で頼んでいる。

 織田もケイティも、そこは誤解などしなかった。

 誤解したのは周囲の人間である。


 恵美理は日本時代、学生の頃からの恋人であり、子供にも恵まれている。

 それに比べるとケイティは、アメリカの音楽シーンの中でも、相当に有名な存在だ。

 嫌な言い方をすれば、トロフィーワイフのような関係に見えたのであろう。

 このあたりケイティなどはともかく、武史はまだアメリカ文化に対する理解が足りなかった。

 有名人相手の不倫疑惑。

 ケイティはもちろん勘違いしなかったが、チャンスがあるのではと思ったグルーピー的なファンは多かったのだ。

 そして武史は変に天然なだけに、ファンとの距離感と女性との距離感を誤っていた。




 一方的に迫られて、そんなつもりではないと否定して、そんなつもりをなんで持たせた、とまさに一方的に責める。

 いやいや、結婚している俺がどうして他の女性と関係を持つんだよ、というのが武史の言い分である。

 ここは武史が正しいと、かろうじて言えるだろう。なにしろ彼はハグや頬にキス程度のことは、アメリカナイズされて行っていた。

 しかし寝室に女性を招きいれたことも、正体をなくすまで酔っ払うこともなかったからだ。


 だが袖にされた女性が逆にこれを、武史のスキャンダルとして売り込んだ。

 問題になったので直史は、本当に素早く動いた。

 セイバーの知り合いから、弁護士を多数しっかりそろえ、完全に物的証拠がないことを示して、むしろ女性側を訴え返したのだ。

 これによって武史自身は守られたが、問題はその時、日本にいる恵美理が妊娠してナーバスになっていたことである。

 このあたりはさすがに、直史も散文的な人間だけに、自分の手に余ることは分かっていた。

 なので適切な人間に、フォローを頼んだのである。


 友人である星や西の妻は、高校時代の恵美理の級友であった。

 またそこから明日美とも接触し、精神的な安定を取り戻すように頼んだ。

 この人選は間違いのないもので、事態は無事に終息した。

 そして雨降って地固まるというわけでもないが、直史の働きには恵美理もしっかりと感謝したわけだ。

 直史のメンタルの問題は、イリヤが生きていたら、あるいは樋口がいれば、理解したのかもしれない。

 だが今ここで力になれるのは、恵美理が一番のようである。




 感覚的、直感的なものである。

 もちろんそういった直感は、大介や武史にも備わったものだ。

 しかし直史の持っていた、計算の果てに行き着く直感は、むしろ芸術的な才能に近い。

 なので恵美理は、はっきりと違和感を抱いていた。

「引退の前のフォームは、もっと足が地面と一体になっているような」

 言語化はしているが、結局はフィーリングに近い。


 正月に佐藤家の母屋に集まって、大人組は揃って検証作業をしている。

 もっとも子供たちは子供たちで、年長組が面倒を見ているのだが。

 普段は離れて暮らしている祖父母や、曽祖母に甘える年齢の子供たちもいる。

 ただ全体的に、山に入るアウトドアな人間もいる。

 大介の長男の昇馬は、この数年は年末年始も日本に戻らず、ボーイスカウトなどもしていたハンターなどに、キャンプに連れてもらっていたりした。

 久しぶりに会ったら武史並に大きくなっていて驚いたものだ。


「フォームのタメがコンマ一秒ぐらい足らない?」

 ツインズによる動作解析をしているが、それは誤差の範囲ではないだろうか。

「要は肩や肘のメカニックじゃなく体幹、特に足腰なのかな?」

「だと思うけど」

 直史の問いにも、さすがに自信のないツインズである。


 佐藤一族総出で、直史の復帰には協力している。

 なんなら武史もレックスに復帰して、一緒に優勝を目指そうか、などという話題も少しは出たりした。

 こういう状況であるならば、さすがに恵美理も反対はしない。

 だが直史自身が反対した。

 今の武史が戻ってくれば、おそらく直史よりも上の成績を残す。

 そうなると沢村賞やMVPも取れなくなるのだ。




 恵美理の感覚によると、直史のフォームは以前に比べ、安定していないように思えるらしい。

 それはそうなのかな、と直史もある程度は考えている。

 ただそれならばコントロールがもっと利かないのでは、という疑問にもなる。

 今は変化球はともかく、ストレートのコントロールには問題がないと言えるからだ。


 頭脳を結集しても、限界があるということか。

 あるいはMLBのスタットキャストを使えば、もっと詳細なことが分かるのかもしれないが。

 居間で頭を悩ませる一同に、その原因となっている明史がやってきた。

「大変だね」

 基本的に年長組に連れられて、外に遊びに行っている子供たち。

 だがそれが不可能なのは明史なのだ。


 その明史は、モニターと睨めっこをしている親世代に、すっとメモリを差し出す。

「この間の練習試合とその前の練習試合、映像に動作解析ソフト走らせて分析しておいたから」

 直史たちが何かを言う前に、欠伸をした明史は立ち去る。

 この家にもノートPCぐらいは持っては来ていたはずだが、そのスペックでそういった計算が出来るのか。

「あの、なんだかすごく頭よくありません?」

「そうなんだ」

 恵美理の言葉に、直史は胸を張る。

 明史は理系脳というか、どうも数字を追いかける能力というのが、ちょっと一般的な人間とは違うらしい。

 それだけに直史としては、その才能が惜しいと思っているのだ。

 もちろん惜しいと思うだけではなく、親として未来を作ってやりたいとも思っている。




 明史は自殺志願者ではない。

 ただ人生に対して、諦観しているだけだ。

 もちろんまだ子供でありながら、どこか老成したところを感じさせるのは、人生二度目かよ、とでも言いたくなるのだが。

「あたしたちとは違ったタイプの能力だよね」

 知能指数ではこの中で一番高いツインズも、明史の知能検査の結果には、ある分野では負けているところがある。

 もっとも年齢が違うので、あまり鵜呑みにしても意味はないのだが。


 明史は別に、自分の人生を完全に諦めているわけでもないらしい。

 データの分析というのは、おとなしい彼の趣味の一つではあるのだ。

 他にも本を読むことは好きだが、小説ではなくビジネス書などを読んでいるのを見たとき、この子はちょっと違うな、と瑞希などは思った。

 目次を見てから明史は、本を終わりから読んでいたのだ。

 結論を先に知ってから、それに至る過程をたどる。

 ちょっと思考のパターン自体が普通の人間とは違う。


 そんな明史が、こうやってデータ分析をしているのは、完全に趣味である。

 おそらく成長すれば、数学者かプログラマか、理系の道に進むのではなかろうか、と直史は思っている。

「お兄ちゃんの小さい頃に似てるよね」

「そうだったか?」

「似てる」

 ツインズと、そして次いでは武史に言われる直史である。

 そうか、自分は子供の頃、あんな感じであったのか。

 いや、もちろんもっと、野山に出て遊んでいた気はするが。


 ともかく明史自身のまとめたデータ分析も、まとめて使うことが出来る。

 ただこの実家に持ってきたパソコンではスペックが足りないし、ソフトも足りない。

 かといって正月では、そう簡単には注文の品も揃わないかもしれない。

『だ~いじょうぶ。ま~かせて』

 電話の向こうでは、新年何それ、のセイバーがそう請け負ってくれていた。

 データの塊をぶち込むなら、MLBのコンピューターを使った方が確実である。

 なにやらどんどんと、復帰までの道のりがしっかりと見えてきた気がする。

 いや、単に復帰するのではなく復活、あるいは新生する必要があるのか。

 希望の光というのは、確実に大きくなってきていた。

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