第5話 新生

 緩急差とコントロールで、上手く三振を奪われた。

 それが迫水の感想である。

 ただストレートが、思ったよりも良かったのは確かだ。

 しかし伸びがある、と形容するのは何か違う気がする。

 ベンチに戻って試合を見ていると、ツーアウトから六番打者に、クリーンヒットを打たれていた。 

 やはり打てなくはないピッチャーだな、と判断するのだ。


 事情を全て知っている監督も、二回にヒットが出たことで、少しだけほっとした。

 直史よりも本の少し年上で、その全盛期を完全に知っている彼としては、全盛期の力はないでもある程度のテクニックだけで、ノーヒットノーランぐらいはされることを覚悟していたのだから。

 さすがに神も衰えた。

 それに使っている変化球の種類が、かなりオーソドックスなものである。


 せっかく出たランナーも、活きることなくスリーアウトチェンジ。

 しかし打てないピッチャーでないことは確認出来た。

 もっとも牽制やクイックも上手かったので、厄介なピッチャーであることには違いないのだが。

「ちょっと難しいピッチャーだな」

「二巡目以降が問題だろ」

 まだ相手のノンプロチームには、こんな会話をする余裕があった。


 ただクラブチーム側も、それなりに意地を見せる。

 三回の表にはヒットがつながって、一点を先制。

 野球というのは相当の実力差があっても、一点ぐらいは取れたりするのだ。

 またこの練習試合には、ノンプロ側はピッチャーを酷使する理由もなかった。


 三回の裏、直史は外野に飛ばされたがフライでツーアウトを奪う。

 基本的な考えとして、直史は外野に飛ばされたボールは、よほどの高く上がっただけのボール以外は、問題であると考えている。

 逆に内野の頭をちょっと越えた程度のポテンヒットは、さほど問題視しない。

 ヒットにはなっていても、ハードヒットではないからだ。

 ツーアウトから、一番に戻ってバッターボックスには左右田。

 難しくなってくる、二巡目のバッターである。




 緩急を活かすのが上手いと、140km/hぐらいのストレートでも充分に通用する。

 それはプロの世界でも、昔から証明されていることだ。

 この二打席目、直史はストレートを高めに外した。

 打てなくはないボールであったのに、左右田はこれを見送った。


 このあたりの判断としては、何が正解なのか直史も分からない。

 大介であれば絶対に手を出したであろうし、他にも直史の今の球速なら、手を出してくるバッターは多いはずだ。

 しかし左右田は、ボールカウントが一つ増えることを選んだのだ。

(初球でボールカウントが増えるなら、それもありかな)

 バッターのスタイルや、状況によっても変わってくるのだろう。


 現在の状況は、バッターから見れば一点リードされたものである。

 しかし既にツーアウトで、この回の得点に結びつけるのは、上位打線でも厳しい。

 前の打席では空振り三振をしているので、ストレートを見たいという意識はあるのだろう。

 ならばそれを逆手に取る。

 こういうものが駆け引きであるのだ。


 二球目のカーブに対しては、見逃してストライク。

 打つ気のない見逃し方だな、と直史は感じた。

 三球目、ストレートをアウトローに外す。

 これもやはり見逃していった。

(すると次は……)

 直史の想像通り、キャッチャーが要求したのはカーブ。

 それに頷いて、直史はカーブを投げた。


 ボール先行した状態で、この球威のストレートをゾーンに投げ込んでくるのは難しい。

 左右田はそこまでは読んでいた。

 なのでカーブが投げられたことは意外ではなく、それを充分に左足に体重を残し、打つタイミングを測っていた。

 意外であったのは、カーブのスピードが予想よりもずっと遅かったことである。

 スイングを止めることは難しく、下手にフェアグラウンドに飛ばないよう、ファールグラウンドにカットした。

 これでストライクカウントが増えた。




 平行カウントは勝負のカウントである。

 直史は太く息を吐いて、精神を集中する。

 ここで投げる球種は決まっている。

 ストレートだ。


 ストレートというのは、あまり変化しない変化球である。

 どんなボールであっても、必ず重力と空気抵抗によって、そのボールは落ちていく。

 またマウンドの高さもあるので、より落差はつけられて落ちてくるようにも見える。

 かつてはこの上から高さを使って投げるのがいいなどとも言われていたが、これも時代のトレンドによって、有効性が変わってくる。

 特に直史などは、スリークォーターで上背もそれほどはない。

 なので単純に上から投げ込めというのは信じられない。


 投げられたのは、間違いなくそのストレート。

 左右田は前に投げられたストレートの軌道から、バットをしっかりと振り切る。

 しかし快音が響くことは、やはりなかった。

 ファウルチップすることすらなく、ボールはミットへ。

 第一打席に続き、空振り三振である。


 ベンチに戻ってきた左右田は、スターティングメンバーを見る。

 直史のユニフォームは背番号0であり、名前の印字がない。

「佐藤さんじゃどの佐藤か分からんじゃないか」

「年齢は30歳ぐらいか? グラサンかけてるから分からんが」

 左右田の二打席連続三振に、ようやく動揺してくるベンチで、監督一人は変な笑いをこらえているのであった。




 四回の表は、クラブチーム側に得点はなし。

 そしてその裏、二番からの打順となっている。

 ランナーが一人でも出たら、迫水のホームランで逆転するという場面。

 ただし前のバッターを二人とも抑えたら、ツーアウトから四番となるので、かなり有利な状況になる。

 迫水は長打力のある四番としては、かなり足が遅いという欠点を持つ。

 ランナーとしては怖くないのだ。


 逆にノンプロ側としては、迫水の前にランナーを出したい。

 意表を突くかのような、セーフティバント。

 かなり本気になっているのだが、直史が素早く処理してアウト。

「フィールディングはいいな」

「クラブチームでもここまでずっとやってるなら、そりゃ守備に穴はないか」

 続く三番は、打ちに行って空振り三振であった。


 ツーアウトで四番の迫水である。

 まだ点差は一点しかないので、ホームラン一発で同点。

 なのでここは原則的に、歩かせてもいいぐらいのつもりで勝負していい。

 直史としてもそれは承知している。

(必要なのは強いピッチャーとしての自分じゃなく、勝てるピッチャーとしての自分だ)

 もちろん申告敬遠などで、安易に歩かせるわけにはいかないが。


 ノンプロチーム側のベンチでは、そろそろおかしいと思う者が出てきた。

「三振は全部ストレートを打ちにいって空振りか……」

「スピードは出てないけど、そこそこはキレがあるか」

「なんか変だな……」

 この当惑は、選手たちだけではなく、監督も抱いているものだ。


 直史は現役中、技巧派として鳴らしてきた。

 その華麗にして変幻自在のコンビネーションは、打たせるのも三振を奪うのも、自由自在といった印象があった。

 変化球投手の技巧派でありながら、その奪三振率は相当に高い。

 日米の両リーグで、奪三振のタイトルも取っているのだ。

 しかし今日の直史は、最後にはストレートで三振を取っているパターンが多い。




 本日二打席目の迫水。

 さすがにプロを視野に入れているだけあって、ここまでの異常性に気づいている。

 出塁率が高く、ボールへのコンタクトも上手いはずの左右田が、二打席連続で三振を奪われている。

 そして主砲である自分の前に、ランナーをためないようなピッチング。

 他は全てそれなりに、打たせて取るピッチングをしているではないか。

 しかし一打席目は自分も、空振りで三振を喫してしまった。


(何かがおかしいぞ?)

 そう考える迫水だが、ここで狙うのはホームラン一つである。

 ツーアウトでランナーがいなければ、四番は長打を狙うのが当たり前なのだ。

 もちろんそれは、気づいている直史である。

 歩かせるという選択肢もある。

 相手がそう思ってくれていたら、自分の選択肢が増えるのだ。


 直史の判断基準では、20代でNPBで投げていた時と今で、どれぐらい技術が変化したかなど、色々と現場で確認したいことがある。

 たとえばNPBにおいては比較的、高めへのストレートというのは、まだ一般的ではなかった。

 MLBでこそ、高めのストレートの威力は高かったのだ。

 日本の場合は極端なアッパースイングが、そうそうは主流にもなっていない。


 そんな中で迫水は、典型的なダウンスイングからのアッパースイングだ。

 フォローが大きく、ある程度はコンタクトではなくパワーで持っていく。

 つまるところ長打の打てるパンチ力はあるが、それなりに三振も多くなってくる。

 セイバー・メトリクスはこの三振について、また最近では評価が変わってきている。


 バッターに求められるのは、まず長打。これは間違いない。

 しかしそれ以上に、出塁も大切にしなければいけない。

 樋口などは読みでも打つが、カット技術も高い。必要のない時は使わないだけで。

 天才にも色々とあるが、凡人寄りの人間であれば、大介よりは樋口を目標にすべきであろう。




 ツーアウトからなのでシングルヒットはOK。

 また結果として歩かせても、それはそれで問題はない。

 だが直史としては、ここで三振を奪う実験がしたい。

 そのためにはストライクカウントを稼ぐのだ。


 初球はカーブから入ったが、ゾーン内のそれを迫水は見送った。

(やっぱりストレートを狙いにいってるな)

 これはもうバッターの本能と言えるだろう。いや、四番の本能か。

 さほど速くはないはずのストレートで、三振を奪われている。

 他にも重要な場面では、直史は三振でアウトを取っているのだ。


 ツーストライク目をどうやって取るか。

 最後はストレートと決めている。

 迫水はストレートを待っている。

 それが分かっていても、打たれないためのピッチングはどうすればいいか。


 二球目、アウトローにストレートを外す。

 見送ればボール球であり、さらにプレートを使って角度をつけたため、これを打ってもファールにしかならない。

 迫水はこれに手を出してきた。

 そしてファールにはなったが、危うくホームランというぐらいに、ポールの近くにまでは飛んでスタンドに入った。

 それでもこれでツーストライク。

 ボール球を上手く見せて、三振を取ってしまおう。

 三球目は完全にタイミングを外すためのチェンジアップ。

 これはバットが止まって、完全に見送られた。 




 カウントは整えた。

 ただ過程はあくまでも結果オーライであって、ファールになったとはいえ外野スタンドまで飛ばされているというのは、あまりいいことではない。

 今後の課題ではあるが、今はこの状況を最後まで完了させることが重要だ。

 三振を取れば満点であり、内野フライなら及第点。

 ランナーがどの状況にいても、アウトカウントがどうなっていても、点を取られないピッチングをしたい。


 ボールの握りを確かめる。単純にフォーシームであればいいというわけではない。

 もっともNPBでも使っているこのボールは、MLBのボールに慣れた直史には、逆に使いにくかったりもする。

 NPBで使っているボールは、はっきり言って質がいい。MLBのものよりも、全て均質に作ってあるのだ。

 だからこそ逆にMLBの、不ぞろいなボールであれば、わずかにボールによってピッチャー有利であったりバッター有利であったりする。


 ただここで重要なのは、とにかく真っ直ぐ投げること。

 呼吸を整えてから、セットポジションで構え、全身を脱力させる。

 そしてその状態からの、爆発的な瞬発力。

 仕掛けは腕の角度にある。

 だがこの工夫に果たしてどれだけの人間が気づくか。


 追い込まれていても、迫水はフルスイング。

 今はそれでいいかもしれないが、それだけであればプロに入っても、普通のいいバッターにしかならないだろう。

 直史のボールに対して、わずかにタイミングが合わない。

 そしてそれ以上にコンタクトすることが出来ずに、空振り三振。

 プロ注目の四番打者を、二打席連続で空振り三振に打ち取った。




 ほしい時には、しっかりと三振でアウトが取れること。

 これは重要なことなのである。

 外野フライや内野ゴロでも、一点が入ってしまう場合というものはある。

 確実に三振か、あるいは内野フライを打たせる。

 つまりバットの上を通過するようなボールで、空振りを狙っていくのだ。


 迫水はあのスイングで、やや詰まらされる、というタイミングを感じてはいただろう。

 しかし空振りになるとまでは思わなかったかもしれない。

 直史はベンチに戻ると、大きく息を吐いた。

 計算どおりと言うか、予定通りのピッチングが出来ている。

 プロ注目の即戦力級バッターを、二打席連続で抑えた。

 だがこれで力が戻ってきた、などとは全く思わない。


 高校野球までと、社会人野球。

 それに対して大学野球やプロ野球の、決定的な違い。

 何かと言われれば、つまるところデータ分析の多さになる。 

 大学野球は春と秋にリーグ戦があるため、データはどんどんと蓄積されていく。

 プロ野球ならばそれ以上に、どんどんとデータが蓄積されていくのだ。

 さらにプロ野球は、そのデータの分析にもとんでもない労力と時間がかけられる。

 そういった分析を潜り抜けて、直史のピッチングが通用するのか。


 この試合でも、既に一本はヒットを打たれている。

 また外野まで飛ばされたことも、珍しくはない。

 これではパーフェクトの難易度は、圧倒的に上がるであろう。

 正直なところ、出来るとしたらシーズン序盤の、まだデータ分析が不充分な段階しかないのではないか。

 直史の選択できるコンビネーションは少ない。

 それでもやらなければいけないのが、パーフェクトを目指すということなのだ。




 相手のノンプロチームとしては、理解しづらいところであったろう。

 この後の三打席目も、厄介な左右田と迫水は三振に倒れた。

 ただ左右田の三打席目は、遅いシンカーを空振りしたものであり、迫水もチェンジアップを空振りした。

 見逃し三振が取れないところに、直史の難しいところがある。


 ただ回が進むごとに、なんとか攻略できるだろう、という楽観はなくなっていった。

 二回に早々にヒットは出た。

 しかしその後、クリーンなヒットがなかなか出ない。

 クラブチームにはさらに一点を取られて、スコアは2-0と変化している。

 そしてなんとなく、自分たちのバッティングがコントロールされていることにも、気がつき始めている。


 ポテンヒットと、イレギュラーによるエラーで出塁が一つ。

 しかしそこからチャンスが広がっていかない。

 直史のフォームのクセを見抜き、盗塁を仕掛けるというのが難しくなっている。

 元々クセなどはないピッチャーであるのだ。

 牽制でアウトになることはなかったものの、危うい場面は何度かあった。

 そしてランナーを塁にとどめておいて、バッターとの勝負に集中する。


 気がつけば九回の裏にまで試合は進んでいた。

 先頭打者の左右田は、この日初めてボールをフェアグラウンド内に飛ばすことが出来た。

 しかしセンター返しの打球は、そのままピッチャーへのライナーとなる。

 上手くキャッチした直史によって、まずはワンナウト。

(頼む、四打席目をくれ)

 そんな迫水の思いも虚しく、直史は淡々と残りのバッターを処理していく。


 迫水の目の前で、直史はこの日10個目の三振を奪い、ゲームセット。

 数えてみれば九回を投げて、94球、被安打二、失策一、与四球0というマダックス。

 前回の試合よりも、はるかに強いチームを相手に、完封勝利。

 復調への目は、よりしっかりと見えてきたのであった。




 いったい何が起こったのだ。

 ノンプロチームとしては、それが素直な感想であっただろう。

 ノーヒットノーランやパーフェクトを食らったというわけではない。

 そもそもこのレベルのチームの選手であると、そんなものを食らうことはまず人生においてありえないのだ。

 ただ完全に、ピッチャーの手のひらの上で泳がされていた気がする。

「94球しか投げさせてねえ……」

「マダックスかよ……」

 沈鬱なベンチの中で、監督だけはため息をつきつつも、納得はしていた。


 もはや神と言ってもいい存在。

 それでもロートルであり、ブランクも長い。

 ある程度仕上げてきているとはいえ、それにも限界はあるだろう。

 また現役時代の必殺技とでも言われていた、あの変化球は投げてこなかったようだ。

 それなのに結果としてはこういうことになるのか。


 左右田と迫水、二人のドラフト有力候補を、完全に封じてきた。

 左右田の四打席目は惜しい当たりであったが、あのピッチャーはNPBでもMLBでも、毎年ゴールデングラブやゴールドグラブに選ばれてきたのだ。

 だから、この結果は仕方がない。……のか?

(故障引退してから治療したとして、こんなとこまで戻してきてるのか?)

 海の向こうでの活躍はもちろん、レックスでの試合は現地で見たこともある。

 完全にピッチャーとしての存在感が、他とは隔絶している。

 そんな印象を受けたものだ。


「今日はどうもありがとうございました」

 クラブチームの監督がやってきて、そんな声をかけてくる。

 そのすぐ後ろに、完封勝利をしたピッチャーがいて、ノンプロの選手たちの視線を浴びている。

「いやあ、こちらとしてもプロから指名されそうな人間が、このピッチングと対決するというのはありがたいものでしたよ。いい経験……いや、思い出になったと思います」

 監督だけは、このピッチャーを知っていたのか。

 だからクラブチームなどの練習試合の申し込みを受けたのか。

 なぜクラブチームに、こんな……支配的なピッチャーがいるのだ?


 いったい何者なのだ、という視線を受けて直史はサングラスを外す。

 実は最近、少し乱視気味になっているので、実用品なのであったりする。

 数秒の後、ベンチからは絶叫が洩れた。

 げーっ! 関羽! などというものではなかったが。




 左右田と迫水は、プロ注の選手であり、今年のドラフトの有力指名候補でもあった。

 左右田は21歳、迫水は24歳。

 共に指名が解禁されるこの年、プロに行けるかどうかが将来を決めてもおかしくない。

 即戦力候補であるだけに、その最終チェックは念入りにされる。

 スタンドで見ていたプロのスカウトからすれば、MAXで144km/hのストレートしか投げず、変化球もそこまで多くないクラブチームのピッチャー相手に、ここまで打てないのは印象が悪かった。

 渋い顔をして話し合うスカウトに対して、同席していた鬼塚は肩を震わせていた。

(だ、駄目だ、笑うな。いやネタバレ禁止はされてもいないんだけど)

 直史という存在は、本当に他の存在を蹂躙する。

 蹂躙されないためには、味方になるしかない。


「これは、かなり指名順位を見直す必要があるなあ」

 そんな台詞に対して、お前らほんと見る目ないのな、と鬼塚は思わないでもない。

 別に後から言ってもいいのだ。ただ直史が相手だからといって、打てなかったという事実は変わらない。

 実際に直史は、まだスルーが投げられないと言っていた。

 それにストレートの球速も、スピードガンで測った限り、全盛期の最速よりも10km/hも落ちてしまっている。

 これはただ、大学に入学して無双していた頃と、同じ球速であるのだが。

 直史はまだ、復活の途上にある。


 マーリンズのスカウトは、左右田も迫水も、指名順位を見直すことになる。

 そしてこの事実は、それなりにスカウトの間で広まっていくことになる。

 直史が自分の名前を刻印されていない、背番号0のユニフォームを着ていたことからの誤解と言うべきか。

 少なくとも二人の運命は、かなり変えてしまったのである。

 ただ、事情を知っているレックスのスカウトからすると、事実は全く異なって見えてくる。

「左右田と迫水、低い順位で取れそうですね」

 鉄也がにやにやと笑っていた。

 出塁率が高い俊足のショートと、昨今は少ないバッティングに優れたキャッチャー。

 そういった選手がほしいのは、レックスも同じことであるのだ。




 とりあえず勝った。そして完封した。

 しかし投球内容を見てみれば、パーフェクトには程遠いものである。

 やはりスルーがないと、確実に内野ゴロまでに抑えるのが難しい。

 今日は初見であるから勝てたものの、今後はデータが出回っていく。

 そうすればやはり、変化する速球がほしくなる。

 スプリットあたりは候補に上がるが、あれは肘にやや負担がかかる、とも言われているのだ。


 100球以内の完封というマダックスを達成しながらも、直史の帰りのバスでの表情は冴えなかった。

 同じチームでプレイした選手たちは、この人の自分自身への要求の高さは、いったいどれぐらいのものであるのか、と思われたが。

 ノンプロのチームは名門であるなら、プロの二軍相手には、普通に勝ってしまうぐらいの力はある。

 それもまた確かなことだが、直史は満足しない。


 ハングリー精神という言葉がある。

 簡単に言えばハングリーというのは、飢えているということだ。

 戦後復興期の日本というのは、まさに飢えていた時代であった。

 そのために人々は、豊かさを目的に必死で働いたものだ。

 今の若者にはハングリー精神がないなどと言われるが、それはある程度豊かな生活に慣れていれば、そこに安住するものである。

 結局のところハングリー精神というのは、周囲の環境が問題なのではなく、本人が自分自身に何を求めるか。

 それが一番重要なのであろう。


 当たり前の話だが、復帰したらその一年目が、一番目的を果たすのには条件がいい。

 直史の年齢的なこともあるし、データの蓄積も関係してくるからだ。

 一度は衰えたものを、再び元のところまで引き上げる。

 ただしもう、無理が利く年齢でもない。

 慎重に故障などはしないように、負荷をかけていかなくてはいけない。

 そんな縛られた状態で、果たしてパーフェクトが出来るのか。

(チーム状況にもよるけど、MVPとかを目指した方がいいのかもな)

 直史はそう判断していた。


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