第3話 衰えた神

 加齢によって衰えるのは、まず回復力。

 あとは柔軟性である。

 筋肉の柔軟性などは、まだしもマシである。

 だが明らかに腱などは損傷しやすくなっている。

 また骨の頑丈さも、若い頃には及ぶべくもない。


「ランディ・ジョンソンにはなれそうにないか」

 40歳を過ぎても活躍したピッチャーとなると、MLBならばその名が出てくるだろう。

 しかしそのランディも、30代後半がピークであったのだ。

 直史の場合肉体のピークに加えて、ブランクが大きい。

 世界一の打線を相手に投げ切ったのが、34歳になる三ヶ月ほど前。

 現在は39歳と五ヶ月である。


 かなり多い球数を投げたのは、その後に母校のバッティングピッチャーで一日に100球以上は投げている。

 しかしあれは高校生を相手に、ある程度は打たせることを前提としたものだ。

 プロのバッターを相手に、試合で点を取られないことを考えるなら、そんなところで満足していられるはずもない。

 コントロールと球威が、必ず必要になってくる。

 だが投げ込みは、投げ込み過ぎないように気をつけて、慎重に限界を見極めていかないといけない。

 今から故障などして、治癒するまでの時間をかけるわけにはいかないのだ。


 単純に出力で勝負していてはいけない。

 もちろんある程度のパワーは、取り戻していく必要がある。

 しかし重要なのは、目的を間違えないことだ。

 かつての全盛期の自分を取り戻す必要はない。

 そこにまで至らなくても、バッターを抑えさえすればそれでいい。

 勝ち星と防御率さえしっかりしていれば、沢村賞は狙っていける。

 もっとも今のレックスは、打線の援護があまり望めないチームであるのだが。


 

 

 毎朝の走り込みが、直史の日課に戻ってきた。

 単純なジョギングではなく、ある程度のスピードを伴った走り込みだ。

 そして広場にまで到着したら、ダッシュを繰り返す。

 念入りにストレッチとアップをして、フットワークも鍛えておく。

 ピッチャーとは投げるだけではなく、投げた後の守備も仕事のうちだ。

 

 SBCにおいては基本、ピッチングとバッティングのメカニックについて調整する。

 ノックを受けてそれを捕球してから送球するまでは、さすがに出来ることが限られてくる。

 それに守備力よりはやはり、投げるボールを戻していくのが、ピッチャーとしては大切なことであろう。

 ストレッチから柔軟をして、しっかりアップまで行う。

 トレーナーが感心するほど、直史は故障に対して注意深くなっている。


 単純にもう、故障などしている余裕がないのだ。

 怪我を治して、それからまた仕上げるのに、どれだけの時間が必要になるか。

 そもそも直史は昔から、故障に対しては人一倍気をつけていた。

 高校時代に軽い故障があったが、それ以来は故障らしい故障はしていない。

 プロは投げてこそプロというものであり、大学時代もプロの意識で投げていたからだ。


 球速はもう少し上げられるとは思う。

 しかしながらそれは医者やトレーナーと相談しながら、徐々にやっていくべきことだ。

 なんとかシーズンが終わるまでに、140km/h台の半ばまで戻せないか。

 ただ今はもっと、切実な問題がある。

 コンビネーションに幅を持たせるための、変化球を戻していくことだ。




 ほとんど苦労もなく、元通りに投げられるようになったのは、カーブ一種類である。

 いや、もう一つチェンジアップも、上手く投げられたと言うべきだろうか。

 これで上手くストレートを投げ分けることが出来れば、ある程度のレベルに達したと言えるかもしれない。

 カーブを微調整して投げ分け、そしてチェンジアップと共に緩急を作る。

 ただゴロを打たせるための球種が、やはり一つぐらいはほしい。


 スライダーはあの高速で大きく変化するものは、投げられなくなっていた。

 ツーシームにしても、ストレートとほぼスピードの変わらないものは投げられなくなっている。

 ただそれらも確かに問題ではあるが、最大の問題は魔球が投げられなくなっていることだ。

 スルーが投げられず、それに伴いスルーチェンジも投げられない。

 空振りを取ることと、ゴロを打たせることに秀でている二つの球種が、使えないということである。


 もちろんこれから指先の感覚を取り戻し、また投げられるようにはするつもりだ。

 しかしこれらに限らず、変化球全体の精度は落ちている。

 カーブの微調整だけは上手くいっているのは、果たして投げることから離れた期間が長かったからなのか。

 直史としてはもちろん、そんなに単純な話ではないだろうな、と推測している。

 またこれだけの変化球では、とても狙ってパーフェクトなどは夢のまた夢だ。


 指先の感覚の問題である。

 加齢によって人間は、感覚がどんどんと鈍くなってくる。

 代謝機能も落ちて、皮膚などもそのわずかな感触が感じられないようになったのかもしれない。

 もちろん単純に、投げ方を忘れた、ということもあるだろう。

 ある球種をせっかく使えるようになったら、違う球種が投げられなくなったというのは、実際にある。

 ピッチャーとは繊細な生き物なのだ。




 微妙な指先の皮膚感覚。

 これもまたやはり、加齢によって衰えるというのは、当たり前のことではある。

 ただ直史の投球スタイルがゆえに、これは問題となっているのだ。

 スライダーなどは指先の感覚が命などと言われたりもする。

 これに対してカーブは、特に直史の場合は、抜いて投げるという意識がある。

 速度のあるカーブが、いまいちコントロール出来ていないのは、そのあたりに原因があるのかもしれない。


 スルーは大きく分類すると、スライダーの指の使い方に近い。

 またリリースのタイミングが、とても重要な球種になる。

 抜けて同じような変化になった、という例は確かにあるのだ。

 しかし意識して再現するのは、かなり難しい。

 百回投げて全て同じように変化しなければ、直史のコンビネーションは完璧にはならない。


 当の自分のことなのに、本当におかしなことをやっていたのだな、と直史は思う。

 確かにあの頃の自分は、天才と言われてもおかしくはないのだろう。

 実感としては天才と言うよりは、ピッチャーとしてあまりに異形であったと思うのであるが。

 それはともかくとして、考えていかなければいけない。

 かつての自分のスタイルを取り戻すのか、あるいはまた違うスタイルに変化するのかを。

 別にこれは大変なことでもなく、かつて直史は年を重ねるごとに、微妙にスタイルは変えていた。

 なんなら試合ごとに、異なるスタイルを使っていたわけだ。

 それだけバリエーションに富んでいたのだ、と言えるであろう。


 指先の感覚は、単純に投げ込めば戻るというものではない。

 むしろピッチングではなく、キャッチボールから始めるべきだろう。

「だからって、どうして付き合わせるかなあ」

 そう言っている真琴ではあるが、表情からは嬉しさが隠しきれない。

 明史の病気がはっきりとしてからは、直史は真琴と一緒に野球をすることを、出来るだけ慎んでいたからだ。

 それは動けない明史に、楽しそうに体を動かす真琴の姿を、見せないようにするという意図の下で行われたことであった。




 指先の感覚というのは、別に変化球に限って重要なことではない。

 ストレートでも最後のリリースの瞬間、弾くというイメージがあるのだ。

 強烈にバックスピンをかけるのが目的。

 だがスピン量が低くても、空振りが取れるストレートは投げられると、直史には分かっている。


 とりあえずコントロールが微妙なカットボールは戻ってきた。

 またツーシームは上手く変化しないが、シンカーの握りで速球と遅い球を投げ分けることには成功した。

 ただこれはやはり、かつて投げていたツーシームとは別のものになっていたが。

 あとは指先の感覚ではなく、抜くというイメージならばスプリットだろう。

 しかしこれは、コントロールが微妙につかない。


 体が万全の状態であるのなら、いくらでも投げられた。

 しかしもう万全の状態を取り戻すのは難しいのだから、出来る範囲内でなんとかするしかない。

 一球ごとの精度や威力を取り戻すのも重要だ。

 ただいいボールだけを投げて、試合に勝つというのも傲慢な考えだ。

 相手を分析して、駆け引きを行う。

 そういったことも得意ではあったではないか。


 それにあの、引退試合で投げたストレート。

 あれは誇張抜きで、ピッチャーにとって究極のボールである。

 あれをメインにするならば、今の球種でも充分に戦える。

 しかし安定してあれを続けて投げるのは、足腰への負担が今以上にかかる。

 故障しては意味がないのだ。

 直史は選択をするのに、さらに熟慮しなければいけない。




 真琴は弟に感謝する気持ちになっている。

 最低だな、と自分でも思う瞬間はあるが。

 子供の頃から両親は、おとなしい明史ではなく、活発な真琴の方に手を焼いていた。

 逆に言えば、多く構ってもらえたのだ。

 しかし明史の病気が発覚してからは、共に明史にかかりきることになっていた。

 同時期に下の弟が生まれたことも関係している。


 だが家族の中で、直史とキャッチボールが出来るのは真琴だけだ。

 単にキャッチボールというなかれ。野球の基本はキャッチボールと素振りである。

 直史は現役の頃から、たっぷりとキャッチボールに時間をかけていた。

 加えて遠投も、メカニックを大きく使うために、かなり重視している。

 普段からほとんどクイックに近いスピードで投げている直史。 

 キャッチボールは肘から先の感覚を、しっかりと確認するものだ。


 キャッチャーミットにプロテクターを装備した真琴は、直史のボールをキャッチしたりもする。

 これはいつもなら、センターに所属するブルペンキャッチャーに捕ってもらうものだ。

 だがたまの真琴のわがままには、直史も付き合ってやる。

 真琴がキャッチャーをするならするで、センターのキャッチャーにはそれをさらに客観的に見るという、重要な役割が生まれてくるのだ。


 一球を受けるごとに、真琴は不思議な感じになる。

 機械で測定したスピードと、自分の実感するスピード。

 明らかに後者は、本来のスピードよりも速く感じる。

(何、このストレート?)

 普通に投げているはずの、直史のストレート。

 しかしこれは明らかに、ただのストレートではなかった。




 七色の変化球、などという言葉がある。

 かつての直史は、無限の球種を持っている、などとも言われたものだ。

 だがそれは、ある意味どこで壊れてもいい、という無茶な前提で成り立っていた。

 直史は野球をすること自体はともかく、プロにはこだわっていなかったからだ。


 もちろん故障をするような、でたらめな練習やトレーニングをしていたわけではない。

 だがどこで壊れても、それで本望。

 そんな気持ちで投げていたから、様々なことを試みるのが可能であったのだ。

 しかし今は、そんなわけにはいかない。

 故障してはいけないのだ。

 故障してしまえば、全ての目的が果たせなくなる。


 高校生の時も、そして最終的な引退の原因となったのも、右肘である。

 かつてピッチャーの故障というと肩がよく言われていて、今でも肩をやってしまうとまず戻らない。

 現代では肘が多く、これは原因にもよるが、手術によって復帰することの出来る可能性が高い。

 真田なども一度はトミージョンを受けて、そこから復活した。

 なんとか200勝には到達したが、今度は肩を痛めて引退した。


 腰をやったり、膝をやったり、背骨をやったりと、ピッチャーはどこを故障しても投げられなくなる。

 極端な話、リリースする指の一本を骨折しただけで、当たり前だが投げられなくなるのだ。

 直史はしっかりと負荷をかけて投げ込みを行う。

 今時投げ込みなどありなのか、という話をするのは低レベルである。

 投げ込まないと鍛えることは出来ない。

 重要なのは壊れないように、しっかりと休みを取りながら、投げ込んでいくことである。




 プロ野球ではレギュラーシーズンが終わった。

 直史はかけられる時間がもう残り少ないと分かっている。

 そしてそのかけられる時間の、休養している間にも、NPBの各球団の情報を確認していく。

 自分が投げる目的は、優勝ではない。

 優勝ではないが、ある程度のチーム力がなければ、そもそも勝利することが難しい。

 勝ち星は沢村賞の選考要素の一つである。


 11月からは各球団が、来年の戦力の編成にかかる。

 その中では40歳のロートルを取るかどうか、球団の状況も考えないといけないだろう。

 直史は先発ローテーションに入らなければいけない。

 絶対的クローザーとして存在するのは、今の力では難しいと思う。

 それにクローザーが必要とされるのは、勝っている場面であるのだ。

 また出来れば、ピッチャーに有利なチームに入った方がいいだろう。

 もう昔のように、どんなチームでどんな球場であろうと、自分が点を取られなければ勝つ、などとは思えない。


 自然と条件から外れたのは、球団での育成力が高い福岡と埼玉。

 特に福岡は三軍まで存在し、チーム内での競争が激しい。

 そして若手を育てていく、という方針が当たり前のようにある。

 また選手の流出が多い埼玉も、同じく育成が優れている。

 ここもまた、候補にはなりにくいだろう。


 また人気や球団の体質などからも、除外すべき対象というものはある。

 極端な話、パのチームは千葉以外は、候補から除いておきたい。

 それはなぜかというと、単純に体力の問題だ。

 回復力が衰えているのは、間違いようのない事実。

 ならば少しでも移動の少ない、千葉か埼玉に絞る。

 そして埼玉が除外されるなら、地元の千葉に入るのが一番であろうと思うのだ。




 セのチームにしても、果たしてどこがいいのか。

 極端な話、大介が戻ってくるならば、ライガースが一番いい。

 大介と勝負しなくていいというだけで、ピッチャーとしての精神的な負担は減る。

 そもそもライガースは、今一番打撃指標が高いチームでもあるのだ。

 甲子園で投げるというのも、直史にとっては悪い話ではない。

 なんだかんだ言って、直史は高校時代に甲子園で英雄であった。

 また単純に球場の広さの割には、ホームランは出にくい。

 ピッチャーには有利な球団と言える。


 チームの今年の編成と、来年の編成も考えなくてはいけない。

 単純に取れそうな戦力は取る、というならタイタンズは今でも大手だ。

 しかし福岡の育成事情とはまた異なり、タイタンズはFAでの選手の取得が多い。

 また高年齢化したチームからは、生え抜き以外は放出しやすい。

 与えられるチャンスが少ないという点では、やはり選ぶのは難しい。


 フェニックスは単純に弱い。

 外国人の獲得に失敗ばかりしており、どうにも低迷している状態である。

 この暗黒期とも言えるフェニックスは、戦力補強も微妙なところがある。

 また移動の体力消耗という点でも、フェニックスは日本の真ん中近くにあるが、それゆえに東西南北に移動する必要がある。


 なんだかんだと考えていくと、チームは三つにまで絞られてきた。

 レックス、スターズ、マーリンズの三つである。

 やはりレックスは大学時代から直史が投げてきたスタジアムを持っているだけあって、慣れというのが大きいだろう。

 チーム編成についても、先発を必要としている。

 少なくなったとはいえ、顔見知りもまだ一番多い。

 決定的なのは、この三つの全てが関東圏ということだ。

 もっともどこになるにしろ、あちらが獲得してくれなければ、全ては絵に描いた餅になるのだ。




 獲得という話になると、レックスとマーリンズの二つが特に有望視される。

 つながりが太いという点では、レックスであるだろう。

 ポスティングなど、契約したときのしがらみなどは、引退後の臨時コーチ就任などで、おおよそ解決したと思いたい。

 ただこちらは、本当に実力を評価してくれるかどうか。

 鉄也の目などは相当に厳しい、と直史は思っている。


 千葉との関係性は、鬼塚の代理人をやった時に、それなりに編成の人間とは話し合ったことがある。

 そもそもここは直史のことを、昔はほしくてほしくてたまらなかった。

 地元出身の大スターなのである。

 直史としてはパのチームに入るというのも、利点はかなり大きいと考えている。

 一つには大介が戻ってくるであろうライガースと、交流戦以外では対戦しなくて済むということだ。

 ただ問題点もないではない。


 パ・リーグはDH制を採用している。

 このため投手枠で実質ワンナウト取れるセ・リーグよりも、打線が強力なのだ。

 直史はパーフェクトを達成すれば、それで目的が果たされる。

 なので自分も打席に立たなければいけないということを考えても、セ・リーグの方がいいかもしれない。

 しかしセ・リーグはそれはそれで、やはり問題があったりする。

 それはピッチャーに打席が回ってくることとも、関係していることだ。


 直史はもう、随分と長い間、バッティングをしていない。

 つまりチャンスで打席が回ってきた時、代打を出される可能性があるのだ。

 もっとも終盤でパーフェクト継続中であったなら、普通は代打などは出さない。

 しかし直史にとってのパーフェクトは、今更珍しいものでもない。

 そう考えて代打を出すのも、逆におかしなことではないのだ。

 判断は直史がするのではなく、コーチなどの意見を含めても監督が行う。




 球速はあまり問題ではない、と鉄也は思っている。

 元々直史は、技巧派の極みとも言われたピッチャーなのだ。

 そしてクイックからタイミングを崩したり、リリースの瞬間を変えたりと、器用に色々とやってきた。

 ただそれでも、ストレートのコントロールぐらいは重要である。

 そう思って見に来たのだが、直史が練習するのはストレートが多い。


 センターのスタットキャストで計測してみると、球速もスピンもそれほどではない。

 いや、球速に対してならば、スピン量は比較的多いのかもしれないが。

 ただその目でもって数々の選手を発掘してきた鉄也としては、直史のストレートの気持ち悪さに気づいた。

 そして思わず口を出す。

「お前、本格派にでも転向する気か?」

「違いますけど、近いものではありますね」

 さすがに絶句する鉄也である。


 本格派はいい真っ直ぐを基本に、球威で押していくタイプだ。

 上杉などは完全に、その極みとも言えるであろう。

 直史の球速はどうやっても、150km/hまでは回復しないであろう。

 しかしそんなストレートでも、通用しないわけではない。

 山本昌や星野伸之など、球速はそれほどでもない本格派、というのはいるのだ。

 もっともこの二人はサウスポーではあったが。


 もちろん完全に本格派に転向、などというつもりはない。

 ただ引退試合で直史は、ストレートの奥深さにようやく気づいている。

 お祭り騒ぎであったからこそ出来た、あの壮大な実験。

 強打者相手に連続奪三振というのは、直史のキャリアではなかったものだ。




 フォームがわずかに変わっているのだな、と鉄也の目には分かった。

 直史の元のフォームは、全身の力を完全に、ボールに伝えるお手本のようなものであった。

 今のフォームであると、わずかながらボールへの力が逃げている。

 だがそれは徐々に改善していくかもしれないし、そもそも全力で投げても145km/hに届かない今ならば、球威以外の要素をフォームに求めたい。

 それは球質だ。


 鉄也の目に分かるそのストレートは、スピードの割にやたらとキレがある。

 ホップ成分もそれなりにあるが、それよりも確かなのはキレというものである。

 この伸びとかキレとかいうものは、存外ふわっとした感じで語られることが多い。

 ボールに力がある、などというのもその類だ。

 直史はこの伸びやキレを、自分の中ではちゃんと分類している。

 はっきり分かるのは、初速と終速の球速差だ。


 スルーを投げるために、スピンのことについて色々と試していた。

 するとジャイロボールとまではっきりとは変化せず、またカットボールのような変化にもならないが、特殊なストレートになるボールに気づいた。

 リリースする時のスピンは、握りはフォーシームで間違いない。

 しかしそこに、バックスピンをあえてそれほどかけないようにする。

 こうやってキレのあるストレートが生まれたのだ。


 直史から詳しい説明を受けると、理論的にはそれで正しいのかな、と思う鉄也である。

 実際にこれは、投げているピッチャー以外は、キャッチャーと対戦するバッターにしか分からないことだろう。

 しかし直感的に、このストレートは気持ち悪いと思ったのだ。

(この年齢で、自分のスタイルを変えていくのか……)

 直史は分かりやすい野球馬鹿ではない。

 だが研究者めいた情熱を、野球にかけている男であるのは間違いなかった。

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