第二話 お姫様とヒーロー

「私、小説書く!」

 学校の玄関で待っていてくれた真央に、戻ってきたつむぎはそう言った。「何を言ってるの?」と真央は困惑顔。

「えっとね、図書委員がね、小説を募集しているの。生徒が書いたのを。それで、えっと、わ、私のこの気持ちを、わかってもらうと……」

「あー。なるほど。要は図書委員の悠太郎につむぎの小説を読んでもらって、好きだと伝えるってことね」

「うん!」

「ちょっと、いや、だいぶ回りくどい気がするけど、まあ、いいんじゃない、つむぎにしては。それでどういう小説を書くの? ていうか、そもそも書けるの?」

「大丈夫、妄想得意だから! 最近は本も読んでるし」

 つむぎは引っ込み思案で、なかなか行動に移せない。それで頭の中で、もしこうしたらどうだろうと、よく考えていた。それがいつしか癖のようになってしまったのだ。

 真央は呆れ顔。

「あのね、考えるのと書くのは違う。私の親戚に小説家がいるけど、言葉にするのが難しいっていつも言ってる」

「うう、そっか。そうなのかな……」

 つむぎの言葉は尻すぼみになっていく。さきほど前の勢いはどこへやら。すっかり萎んでしまった。その様子を見て、真央はしまったと思う。やり方はともかく、あのつむぎが積極的に行動しようとしたのだ、それを潰すべきではない。

「でも、何もやらないよりはいいよ。私も協力するから、ね。がんばって、悠太郎と付き合えるようになろ」

 真央はつむぎをなんとか奮起させる。付き合うと言葉を聞き、つむぎは俄然やる気を出した。

「うん! がんばる! 」

 そう、つむぎは意気込むだったのだった。


「うーん」

 その日の夜、つむぎは机に座りノートパソコンを前に唸っていた。悩んでいる内容はもちろん小説だ。宿題はすでに済ませ、小説を書くことに集中しようとしたのだが、パソコンの画面は真っ白。いざ物語を描こうとしても、指が動かない。真央の親戚が言葉にするのが難しいと言っていたが、なるほどその通りだ。うまくセリフや描写を説明できない。言葉が足りなく唐突になったり、逆に説明口調になってしまう。

「ダメだー」

 つむぎはパソコンを閉じ布団に横たわる。目を閉じ、頭の中で物語を想像する。文字で表現するよりも、まずは物語を想像した方が良い。

 内容はそうだな。ヒーローが悠君で、私がヒロイン。囚われた私を、彼が助けてくれる。そして、最後には……。

 つむぎは夢の中に落ちた。


 舞台は中世。海賊が海で悪さをしている。その中でも悪名高い海賊がいた。彼の名前はキャプテン・クック。クックはそれはそれは悪いやつだった。具体的にどのような悪いことをしているかというと、お金を盗んだり、人を誘拐したりしている。国も彼には困り果てていた。

 そして、数日前にクックはツムギ姫を誘拐した。

「ふははは! 姫は頂いたぞ!」

 クックはツムギ姫を横に抱え高笑い。

「いやー、助けてー!」

 ツムギ姫は助けに来た従者に必死に助けを求める。従者達は必死にクックの部下と戦っている。

「姫!」

 一人の従者がクックの部下達を薙ぎ倒しながら、ツムギ姫の方に向かっていく。

「騎士ユウ!」

 怪我を負いながらも、必死にこっちに向かってくる彼は従者の一人である騎士のユウだ。彼は幼少期に両親を亡くしており、一人で幼い兄弟達の面倒を見ている優しい人物だ。十二歳の時に王国の騎士の試験を受け、一番の成績で入団。ツムギ姫の護衛を勤めており、一番親しい異性である。彼は誠実な人物で、そこにツムギ姫は惹かれていた。

「姫を離せ!」

 ユウはクックに剣を向けるが、クックは彼の姿を見て大笑い。

「ヒーロー気取りか、小僧! かかってこい!」

「いくぞ!」

 ユウとクックは激しく剣を打ち合う。だが、相手は歴戦の海賊だ。徐々にユウは押されていく。ついにユウの剣は弾き飛ばされた。

「おわりだ、小僧!」

 その時だ。従者達の砲撃を受け、海賊船のマストが折れた。そのマストはそのまま落ちてきてクックを直撃。

「ぐわー、やられたー」

 クックはマストに潰された衝撃で気絶した。その際、ツムギ姫はクックの手から離れ甲板に落ちる。ユウは姫の手を取り立ち上がらせた。

「助けに来ましたよ、姫」

「うん、ありがとう!」

「僕と結婚してほしい」

「はい!」

 二人はうっとりと見つめ合うのだった。


 という夢をツムギは見て、それを早朝文章に起こした。真央に読んでもらうため、メールで送信。

「……うん」

 昼休みに校庭の端に真央を呼び出し感想を聞いたのだが、なんとも微妙な顔をしていた。

「だ、だめかな?」

「えっと……」

「はっきり言って」

「……わかった。まずね、わかりづらい。文章がとびとびで誰がどんな行動をしているか、わからない。それでいて、変に説明口調な箇所があって、読んでて苦痛」

「うっ!」

「それと都合が良すぎる。悪役がラッキーで負けるなんて。ヒーローの見せ場を潰しちゃってるよ。ここは苦戦しながらもヒーローの手で悪役を倒すべき」

「うぐっ!」

「それと登場人物の名前がストレート過ぎる。別に他の人知られても良いというなら別だけど」

「うう……」

 感想はボロクソだった。忌憚のない意見を求めたのだが、いざ面と向かって言われると落ち込んでしまう。

 シュンとするつむぎを見て、真央は慌ててフォローをする。

「だ、大丈夫だよ。初めて書いたものなんだから。これから何回も書けば自然と上手くなるよ」

「ほ、本当?」

「親戚のおじさんも、書くのが一番の練習だって言ってたし」

「そう、だよね。ちょっとずつ上手くなれば良いよね」

 前向きになるつむぎを見て、真央は胸を撫で下ろす。

「そういえばさ、締切っていつ?」

「締切?」

「そう、小説の締切。いつでも提出して良いわけじゃないでしょ?」

「えっと、確かね……」

 つむぎはスマートフォンを取り出す。つむぎが通っている中学校はスマートフォンの使用を制限しており、簡単な調べ物なら許されている。写真に撮った図書委員のプリントを確認した結果、五月のゴールデンウイーク明けが締切となっている。

「ゴールデンウイーク後だね」

「今が四月の半ばだから、一ヶ月もないのか。まあ、連休もあるしなんとかなるでしょ」

「うん。てか、間に合うようにがんばる!」

「その意気」

「でも、やっぱり物語を書くのは難しいよ」

「確かにね。そうだ、おじさんに聞いてみるよ。小説を書くコツを」

「ほんと? お願いね」

 任せなさいと胸を叩く真央に、つむぎは頼もしさを感じる。

 真央ちゃんは私のことをいつも助けてくれる。彼女が親友でよかった。

 昼休みの終わりを告げるチャイムが学校中に鳴り響き、二人は慌てて教室に戻った。

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