つむぎの紡ぐ
河野守
第一話 彼に近づきたい
つむぎは物静かで引っ込み思案、人見知りと内向的な女の子。小学生の頃は外に遊びに出かけることはなく、学校の昼休みも友人とおしゃべりして過ごしていた。趣味はボードゲームや音楽鑑賞といったインドア。漫画も読むが、友人から勧められたものだけ。父が小学校入学時に買ってくれた本棚には教科書だけ入っており、空白が目立つ。学校の図書室に通ったのは、朝の読書週間や夏休みの読書感想文の時のみ。
だが、中学校三年生の今は違う。毎週月曜日と木曜日は必ず図書室を訪れる。東北地方の中でも田舎のこの中学校は古い建物。図書室は壁や床が燻んでおり、クーラーもなし。本も古いものばかり。都内の最新設備の学校と比べるまでもない。唯一の魅力と言えば、図書室からは豊かな自然が見れること。今なら満開の桜を見ながら、本を読める。だが、ただそれだけだ。
では、魅力に乏しい図書室に何故決まった曜日に訪れているのか。イベントがあるでもない。最新のファッション誌を取り寄せているわけでも無い。そう、目的は本ではないのだ。
木曜日の昼休み、つむぎはすぐに図書室に足を運んだ。自身がかろうじて興味を持てるファンタジー小説の棚を訪れ、小説を探す。珍しく入った新しい本を手に取り、受付に向かう。図書室で本を借りる際は、背表紙の裏に付けられた貸出カードに自分の名前と借りた日付を記入する決まりとなっている。つむぎは受付に置いてある鉛筆に手を伸ばしながら、ちらっと視線を動かす。視線の先にいるのは、一人の男の子。彼の名前は
おわかりだろう。つむぎが特定の曜日に図書室を訪れる理由、それは彼である。
つむぎは悠太郎が読んでいる本に注目。どういう本を読んでいるのか、知りたいのだ。
あ、前と同じ人の本、読んでる。
「大沼刑事の事件簿 大雪に隠された死体」という名前で、題名から推理小説であることがわかる。
この作者の本、あとで読んでみよっかな。
つむぎは視線を短い時間だけ悠太郎に向けた後、すぐに外す。長い時間見つめると、気づかれてしまうため。本当はずっと見ていたいのだが。
つむぎが貸出カードを取り出した時、あることに気がついた。カードの欄が全て埋まっていたのだ。記入するためには新たに発行してもらわなければいけない。
大抵ならば、申告するの面倒だなとか思うだろう。
だが、つむぎは違う。彼女はこう思ったのだ。
ラッキー、だと。
「あ、あの、悠君」
声のトーンがいつもより少し上がり、それを自分でも自覚する。好きな人の前では声のトーンが上がると言われているが、まさにそれ。
「んー?」
名前を呼ばれ、悠太郎は本から視線を上げた。悠太郎は受付の椅子に座っており、自然とつむぎを覗き込むような形になる。
視線が合った瞬間、つむぎの心臓はドクンと跳ね上がる。
「どうしたの?」
「貸出カードが、もう、書けなくて……」
「貸出カード? ちっと見せて」
受け取った悠太郎は「あー」と納得顔。
「確かに全部埋まってる。待ってて、新しいのに変えるから」
悠太郎は立ち上がり、後ろにある戸棚から新しいカードを取り出し、つむぎに渡した。
「これに書いてくれる」
「うん、ありがとう」
つむぎは嬉しそうに受け取った。もちろん、真新しい貸出カードをもらったからではない。悠太郎と話をできたことが嬉しいのだ。
いつもならここで終わりだが、今日はちょっぴり勇気を出してみる。
「その本」
「うん?」
「悠君が読んでるその本、面白い?」
「面白いよ」
「その作者さんの本、よく読んでるよね」
「作風や文体が好きなんだよ」
「わ、私も読んでみよう、かな」
その言葉を聞き、悠太郎は少し困ったような表情を浮かべた。
「この作者の描写はね、ちょっと過激なものがあるんだよ。つむぎちゃんには合わないかな」
「そ、そうなんだ」
確かに暗い表現やスプラッタな表現は、気の弱いつむぎには無理だ。
「推理小説に興味ある? いつもファンタジーばかり読んでから、他のジャンルには興味ないのかなって思ってたんだけど」
私のこと、見ててくれたんだ!
内心そう大きく喜びながらも、「うん……」と頷く。
「他のジャンルも読んでみたいと思って」
「じゃあ、今度もっとマイルドな本、紹介するよ」
「うん、ありがと。楽しみにしてるね」
今日は悠君と結構おしゃべりできた!
つむぎは借りた本を胸に抱え、ルンルン気分で自分の教室に戻る。
卓球部の部活中にそのことを友人の坂上真央に話すと、デコピンが返ってきた。
「い、痛いよー。まーちゃん」
赤くなったオデコをさするつむぎに、真央はため息を見せ首を振る。トレードマークの長いポニーテールが左右に揺れた。
「あのねー、それぐらいじゃダメ! もっとグイグイいかなきゃ!」
つむぎと真央は幼稚園の頃からの付き合いで幼馴染。中学校でも同じ部活、同じ美化委員に入っている。一番の親友である真央は、つむぎの初恋の相談相手。真央と悠太郎とは同じクラスであり、悠太郎と積極的に会話しては情報を仕入れて、つむぎに教えてくれるのだ。
「グイグイ行くって、たとえば?」
「今度本を買いに行こうって、デートに誘うべきだったんだよ」
「デ、デートって、むりー」
つむぎは引っ込み思案で口下手。異性をデートに誘うなど、つむぎからすればとんでもなくハードルが高い。
「あのね、私達もう中学三年生。中学卒業まであと一年しかないんだよ。その間に進展しないと」
「別に無理しなくても。私、悠太郎君とは同じ高校行くし、ゆっくりと仲良くなっていけば」
「それがダメなの!」
距離を急に詰めると、引かれるかもしれない。だから少しずつつ親交を深める。それがつむぎの考え方。だが、何事にも積極的な真央からすればもどかしいのだ。
「悠太郎が他の女の子と付き合ったらどうするの!」
「そ、それは……」
それは最もつむぎが恐れること。
残りの中学生生活が短くなり、卒業前にと思いを伝える生徒が多くなり、三年生の間で最近カップルが増えている。
「悠太郎は意外と人気があるからね。盗られるよ」
そう言われ、つむぎは少し離れた場所にいる悠太郎に目を向けた。彼は同級生とラリーをしている。
悠太郎はあまり目立つ生徒ではないが、背が高く顔も整っている。性格はちょっと変わっているが、大人びており頭も良い。彼氏にするには申し分ない。
真央は自分の指を、つむぎの鼻先に押し付ける。
「と、に、か、く、もっと関係を深めないと。恋愛は早い者勝ちだからね!」
つむぎが通う公立
「あった、あった。これを持って帰らなきゃ」
部活が終わり、さあ帰ろうとした時。つむぎは数学の宿題のプリントを机に忘れていることに気がついた。そのため、自分のクラスに取りに戻ってきたのだ。
「早い者勝ち、か」
一人廊下を歩くつむぎはそう呟いた。もちろん、そんな当たり前のことはわかっている。だが、積極的になれない。怖いのだ。告白して断れることが。もし今告白して断られたら、残りの一年気まずい雰囲気で過ごすことになる。告白はもう少し仲良くなってから、もしくは向こうからしてほしい。そう考え、つい先延ばしにしてしまう。
「でも、どこまで仲良くなれば良いんだろ」
真央の仲介のおかげで、悠太郎とはある程度親しくなれた。今は
でも、その方法がわからない。毎週図書室に通い、言葉を交わす程度ではダメ。もっと自分のことを知ってもらえる何かを。
そこで廊下の掲示板が目に入った。いつもならスルーするのだが、図書委員発行のプリントが貼ってあり足が止まる。
つむぎは顔を近づけ内容を確認。
「これだ!」
見つけた、彼ともっとお近づきになる方法を。
そのプリントにはこう書かれていた。
小説を大募集! 皆さんが胸に秘めた思い、想像した物語を見せてください。
これで彼に思いを伝えるんだ。
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