第三話 名探偵ツムギ

「プロット、か」

 夕食を食べ終わったつむぎは、リビングのテーブルでパソコンを開いていた。真央から教えてもらったプロットを考えている最中。

 プロットとは物語の世界観やあらすじ、登場人物を書いたもの。要は物語の骨格だ。つむぎが昨日作成した物語は夢で見たシーンを適当に継ぎ接ぎし、書きたいシーンを入れただけ。物語の破綻は当然。

 つむぎが唸りながらプロットを作成していると、妹のゆいが横に座って覗き込んできた。

「お姉ちゃん、なにしてるの?」

「小説書いてる」

「小説? ああ、図書委員の?」

「そ」

「なんで書き始めたの?」

「なんでって……」

 悠太郎に気持ちを伝えるために書いてるとは、口が裂けても言えない。実の妹でも、いや、身内だからこそ自分の恋愛話は気恥ずかしくて教えられないのだ。

「ま、まあ、何か新しいこと始めてみようかなって」

「ふーん。担任の先生も積極的に参加しなさいって言っていたし、私も書こうかな」

「担任の先生が?」

「うん。先生、図書委員の担当だから」

「そうなんだ」

 結はつむぎの二つ下で、今年中学校に入学したばかり。結の担任が図書委員の担当教員だとは、つむぎも初めて知った。

「あ、イケ探始めまった!」

 結はテレビに集中。テレビ画面に映っているのは、とあるドラマ。正式名称はイケメン探偵。その名の通り、イケメン俳優をわんさか起用したドラマである。探偵モノというよりは、イケメンを楽しむ番組であり、若い女性を中心に人気がある。

「お姉ちゃんは、どの俳優が好み?」

「いや、特にいないかな」

 悠太郎以外の男性は、つむぎにとってはどうでもよい存在だ。

 結は「ふーん」と言い、すぐにテレビに熱い視線を戻す。

 画面では事件が起きて、探偵が調査している最中だった。

 探偵ものか。そういえば悠君もミステリーとかよく読んでるな。

「あ、この人、悠太郎先輩に」

 結の言葉に、つむぎは即座に反応。テレビの画面を凝視。

「この人、悠太郎先輩に似てない?」

 結が指差すのは、刑事役の男性俳優。確かに悠太郎に少し雰囲気が似ている。似ているのだが……。

「悠君はもう少し体細いかな。逆に肩幅は広めで」

「お姉ちゃん?」

「目もなあ、悠君はもっと目が大きいし二重。まつ毛も女の子みたいに長いんだよね。よくまつ毛が目に入って苦しそうにしているし」

「お姉ちゃん?」

「喋り方も。この人関西訛りで喋るスピードが早い。一方の彼は東北訛りが強くて、ゆっくりとした話す。相手のことをきちんと考えて、喋ってくれんだよね。ああ、違う。そういう笑い方じゃないよ。悠君はもっとやわらなかく笑うのに」

「お、お姉ちゃん……」

 気が付くと、結はドン引きした表情でつむぎを見ていた。つむぎは慌てて取り繕う。

「いや、えと。まあ、似てるっちゃ、少し似てるね」

「だ、だよね。それにしても」

 結はニヤニヤと愉快そうに笑う。

「悠太郎先輩のこと、よく見てるね」

「え、う、うるさいよ!」

「テレビの音が聞こえないので、静かにしてくださーい」

 結はそう言い、再びテレビに集中。

 結はいたずら好きでコミュニケーション能力も高い。だから、口喧嘩してもいつもつむぎが負けてしまう。今のようにからかわれたりもする。

 つむぎは頬を膨らませながらも、テレビに視線をやる。

 ヒロインが犯人に襲われピンチになったところに、主人公の探偵が現れ彼女を颯爽と助けた。

 そうだ。これだ。これを参考にしよう。



 山の天気は変わりやすいとはよく言う。先ほどまでは晴れだったのだが、今は雨が降っている。山中のロッジ。そのロッジには数人の男女がいた。皆、不安そうな顔でそれぞれ椅子に座っている。彼らの視線は一点に集中。部屋の中央にいる、一人の少女。その少女の名前はムギ。女子中学生探偵として名前を馳せている女の子だ。どうも事件に巻き込まれることが多く、親戚の誘いでこのロッジに来たのだが、殺人事件に巻き込まれた。なんとも不幸だ。だが、それは犯人も同じ。ムギが居合わせたのだから。殺人が連続する中でムギは緻密な捜査の結果、犯人を特定。今、この場でその推理を披露しているところだった。

「こうして、犯人はAさんを殺し、アリバイを作ったのです。さて、その犯人ですが……」

 瞬間、部屋の緊張感がさらに引き締まった。この場で凶悪な殺人犯の正体がわかるのだ。無理もないだろう。犯人にしても、死刑宣告を待つことと同じだ。

 ムギはゆっくり部屋の中を見渡す。そして、ある一人の人物で止まった。皆もその視線を追う。視線が集まったことで、その男性Bは激しく動揺。

「そう。あなたですよ。Bさん。あなたが犯人だ!」

 ムギに指差されたBは突如叫び声をあげた。もう逃げられないと悟り、ムギに男は飛びかかった。犯人であると見抜かれたことと、人質にしてこの場を乗りきろうとしたのが理由だろう。

「あ、あ」

 ムギは男の気迫に押され、後ろに後退り、思わず尻餅をついてしまった。立ちあがろうとするも、足が震えて立てない。ムギは有名な探偵であっても、所詮はか弱い女の子。

 男の手が伸びてくる。来るであろう衝撃に対し、思わず目を瞑る。

 だが、衝撃は来なかった。

 目をゆっくりと開けると、B男の手を掴む存在が一人。同級生の優だ。たまたまこの場に居合わせたのだが、それはムギにとっても幸運だった。優はB男の足を払い、体制を崩させる。そして、男の顎に手のひらを打ちつけた。

「がっ、ぐっ……!」

 B男は白目をむき、倒れた。

「大丈夫?」

 優が伸ばした手を、ムギは嬉しそうに握り返した。

「うん、ありがとう!」



「どう? うまく書けたと思うんだけど」

 つむぎはベッドの上に寝転びながら、スマートフォンの向こう側に問いかける。相手は真央。二作目を昨日の土曜日に読んでもらい、今感想を聞いているのだ。わざわざ日曜日に付き合ってくれるあたり、本当に真央ちゃんは良い子だなと思うつむぎであった。

「まず、良いところからね。前よりも文章が上手になってる」

「へへ。推理小説をいくつか買ってね、参考にしたの」

「なるほどね。だいぶ読みやすくなったよ」

「そうでしょ」

「次に悪いところね」

 つむぎはその言葉に思わず身構える。

「あのね、登場人物の名前がAとかBって、どういうこと? 手抜きすぎない?」

「あはは。他のキャラクターの名前を考えるのが面倒になっちゃて。悠君意外は別にこだわらなくていいかなって」

「本当に悠太郎のことしか考えていないね……」

 電話の向こう側からは呆れた声が聞こえてくる。

「あともう一つ。つむぎはさあ、小説を通して悠太郎に気持ちを伝えるんでしょ?」

「うん!」

「伝わる?」

「え?」

「これで伝わるの? 読んでもただの探偵物にしか思えないんだけど」

 その真央の言葉に、つむぎはただ呆然とするだけだった。

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