第2話「貴様のような幼馴染がいてたまるか 前編」

 8月の夏の日の事だった。

 その日は夏であるにもかかわらず、土砂降りの大雨だった。極めつけに雷まで降り注ぐ始末。

 ゴロゴロと鳴り響く雷鳴が、校内にまで届いていた。

「今日は来ていないのか。竹内の奴。」

「ライブのためにダンス練習に明け暮れますわ!って言ってたよ。」

「へぇ~。」

 当の竹内自身はアイドルを現役でやっていて部活までやると忙しすぎる、ということもあって部活には入っていないのだが、時たまここに遊びに来ると言っていた。

 まぁ、せっかくできた友達がこうして遊びに来る、というのだ。お互いに嬉しくないわけがない。きっと竹内も同じはずだ。

「関係のない話な、なんで異世界転生ものって揃いも揃ってトラックにはねさせるんだよ。」

「あ?そんなのやりやすいからに決まってるからだろ。現実的だし。」

「だったら落雷とか隕石とかの方がよくね?青天の霹靂って言葉もあるし、むしろ晴れの日の落雷に巻き込まれて異世界転生の方がファンタジー味を感じていてよくね?」

「まぁまぁ、そこはな。」

 なんて、今日も今日とて他愛もない話をしていたら。廊下の方から大音量の叫び声とか慟哭が。


「うわあああああああああ!!こーろーさーれーるー!!」

 うるせぇ。ひたすらに、うるせぇ。

 雨が降っているせいか、咆哮やら悲鳴やらがよく響く。

 にしても、ここまで叫ぶことがあるか?

「よく聞いて見ろ、なんか変だぞ!?」

 と、佐倉がそう言ってきたので俺は耳をよくそばだててみる。

「ぎゃああああああ!!」

「悪魔だ!悪魔だ!」

「ああ!バケモン!バケモン!殺される!」

 廊下の外がえげつなく騒がしい。

 騒音交じりの悲鳴を聞いて、俺は思い出す。

「悪魔?バケモン?……確かそんな風に呼ばれてた奴がいたな。」

「なんだそいつ。」

「いただろ。山からやってきたヒグマを一撃で仕留めた俺の幼馴染。」

「あー、あいつか。」

 俺らが口をそろえて言うのこと。

角谷真彩かどたにまあやな。」

 角谷真彩。

 彼女は俺の小学校時代からの幼馴染。

 山岳警備員を父に持つ娘として生まれ、小学校入学のために山を下りてきたんだが……そんなあいつは、まぁ強かった。

 俺達は、まるで「そんな怪物が現実にいてたまるか!」と突っ込みたくなるような真実ことを話していた。

「確か、入学式の時不良の先輩5人を全員蹴りで病院送りにして、それの落とし前つけさせに来たOBでボクサーやっている奴も再起不能にさせ、挙句にゃ極道連中を返り討ちにしたって伝説もあるんだよな。」

「ほんとにそれ、真実?お前のホラ話じゃねぇの?」

「真実だよ。実際、ヒグマ仕留めた時感謝状貰ってたし。んで、そいつの中学校時代のあだ名が『悪魔』とか『バケモン』だったな。」

 なんて、俺の幼馴染の伝説とか武勇伝とかで盛り上がっている中、外の悲鳴はやむことを知らない。

 異常すぎる悲鳴の量についに嫌気がさしたのか、日向が語気を強めて口を開いた。

「文句言ってくる。」

 日向は席を立ち、ドアを勢いよく開ける。

「いい加減うるせぇよ!静かにしやが……ってぇえええ!?」

 その時飛び出してきたかのように、サッカー部の男が冷汗だくだくでかつ迫真の表情で入ってきた。

「た、助けて!命が!俺たちの命が!!」

「おう、佐野じゃねぇか。どうした?」

「真彩に……蹴り殺される……!冷夜、お前あいつの幼馴染なんだろ!?あいつ止めてくれよ!」

「あー、分かった。」

「早くしてくれ!死にたくないんだよ!」

「分かったから、その無数のゾンビでも見たような顔すんな!まず落ち着け!」

 焦りと恐怖のあまり、滅茶苦茶なことを言い始めたサッカー部の男___佐野明さのあきらをまずは落ち着かせようと努める。

 しかし一向に、佐野の表情から焦りの色は消えない。

「はぁ!はぁ!!はぁ!!!はぁ!!!!」

「呼吸すらうるせぇ!まず水を飲んで来い!」

「いやだ!そしたら廊下に出ないといけないだろ!蹴り殺される!タマ潰される!」

「殺されねぇし潰されねぇよ!」

 焦り、震えるばかりで一向に話が進まない。

 もう仕方がないので、俺は日向と佐倉、そして佐野と4人で廊下に出た。


「ごわ゛い゛……殺される!!」

 声が震え、脚も震えている。

 オーバーすぎるほどに、佐野はおびえていた。

「そこまでビビることあるか!?」

 佐野の名誉のために言っておくと、この男は普段ここまでビビる奴じゃない。

 むしろ自信たっぷりで、誰にも優しい優等生だ。それに勇敢で、ここまで臆病者じみた物言いなんか決してしない。

 まさに、主人公属性のスポーツ少年とでもいうべき存在なのだ。

「さぁ水飲みに行くぞ!全く、子供じゃねぇんだから!あたしらに迷惑かけさせてんじゃねぇ!」

「普通にこえーよ!」

 と、恐怖に震える佐野をどうにか落ち着かせていると。

「おぉ!冷夜じゃないか!久しぶりだな!」

「ぎゃああああああああ!!出たアアアアアアアアア!!!」

 佐野が超高速とでも言わんばかりの速度で逃げる。

 俺達の目の前にいたのは、佐野が怯える原因となった俺の幼馴染。

 赤いサイドテールに黒いアホ毛を生やして、学ランを着て脚をかつかつと鳴らしているこの女子高生こそが、角谷真彩その人である。

「何やってんだよ真彩。というか、山岳警備の手伝いはいいのか?」

「それはすでに終わったぞ!熊どころか蜂も出なかったぞ!」

 白い歯を出し、屈託のない笑みを浮かべる。

 しかし。ふと振り返ってみると背後にいた佐野の表情は依然曇ったままだ!

「というか、なんでサッカー部にお前喧嘩売ってんだよ。」

「喧嘩じゃないぞ。オレとPK勝負しようといっただけだぞ!」

 背後から佐野が吠える。

「あんなのがPKだと!なめるなよ怪物フリークスッ!」

怪物フリークスとは心外だな!オレの事は異星の姫君と呼ぶがいい!」

「「なぁにが異星の姫君だ!」」

 つい、俺も吠える。

 その場は咆哮と怒号の混声合唱で、傍から見ればうるさすぎる。

 ここの近くにいる皆さん、本当にごめんなさい。

「まぁ喧嘩はそこまでにして、佐野。実際のところ真彩の奴に何されたんだ?」

 と、日向の冷静な質問とは対照的に、佐野は恐怖に駆られるように今までの経緯を話始めた。

「まず、俺達が普通に部活してたらだ!真彩の奴がPKしようぜって言い始めたんだよ!そこまではいいんだ!だが、まさかだ!」

 俺は、あいつとの付き合いが長いからよくわかる。

 あいつは筋肉馬鹿で生まれつき強い。

 ヒグマとか不良とかを蹴りで再起不能にしたというのはすべて事実だし、それ以外にも格闘技選手をタイキックの一撃で病院送りにしたというし、拳によるパンチでも大木にクレーターを作れる程。

 そんな戦闘力を持った奴の蹴りだ。

「キーパーはサッカーゴールごと10m吹き飛んで病院送りにされ!ディフェンスもあいつのボールをトラップした瞬間肋骨12本のうち11本が骨折と来た!とにかく、一言言っといてくれよ!」

 予想通りだよ!

 真彩よ、頼むから手加減してやれよ……世の中お前と同じ戦闘力を持った人間は少ないんだから……。

「お、おう。なんか……ごめんな。真彩には後で強く言っておくから。」

 その後、佐野は何とかいつもの元気を取り戻して自分の寮部屋に戻っていった。角谷の方は俺がきつく𠮟っておいた。反省したようで部活が終わったら謝りに行くんだそう。


 その翌日の放課後。

「あの2人は何とか和解したそうなんだが……。」

「そりゃよかった。」

「へぇ、そんな強い方がいるのですね。私のツテで自衛隊に彼女を派遣……。」

「やめとけ。たぶん自衛隊の皆さんが大変なことになる。」

 俺たち3人と竹内は昨日の角谷の話をしていたのだが、その時。

「ちょっといいか?」

「なんだ!?」

 昨日の慟哭の声の主、佐野明が美術室にやってきた。

 彼の慟哭の件もあってか、竹内以外の全員がビクッとしてしまった。

「俺らのサッカー部が隣のバレー部のせいでつぶされそうなんだよ!」

「「「「はぁ?」」」」


 それは、にわかには信じられない一言だった。

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