絵描き同好会の学園生活~前略、生徒全員おかしすぎるけど俺は元気で以下略~

霧雨

第1話「編入生はアイドルでお嬢様」

 公立六花りっか高校。

 生徒数約600人で、この高校がある六花市内では最大規模の学園。

 特に何の変哲もない、至ってどこにでもありそうな高校だ。

 そこの2学年にこの俺、榊原冷夜さかきばられいやは通っている。


 8月某日。

 2学期が始まり、生徒たちは9月下旬に来たる学園祭の準備を細々と始めている。

 無論、俺も授業を受けつつ学園祭の準備をゆっくりと始めているのだが……。

「……。」

 当の俺は今、ものすごく悩んでいた。

 2年B組の教室で俺は、授業の準備もしないで頭を抱えていた。

 他のクラスメイトにちょっといいか、の一言もかけられない俺は果たして。

「あ?サッキーのやつどうしたんだよ。」

 気さくに話しかけてきたのは俺の友人にして俺が所属している部活の部長、日向麻里奈ひなたまりな

 彼女は水色のメッシュが細い線のように混じった、太ももまであるだろう長い黒髪をポニーテールのように束ねて揺らしている。

 服は女子生徒であるにもかかわらず学ランを着ていて、インナーにはYシャツを着ている。

 粗暴な物言いと身長の高さもあってか、その在り方はまるで昭和時代の女不良だ。

 そんな奴がこんなナリで部長を務めているもんだから、新入生とか見学に来た後輩たちからすれば俺達は不良にしか見えない。

 実際のところ、日向も俺も他の部員も不良ではないんだが。 

「わかった。じゃあ悩み、聞いてくれるか?」

「あいよ。」

 俺は日向に今の悩みを話す。

竹内莉愛たけうちりあ、っているだろ?」

「あー、あのお嬢様でアイドルの?そいつがどうした。」

 ___竹内莉愛。

 こいつの事を一人で言うならば、なかなかに奴だ。

 まず、こいつが日本なら知らないやつはいない有名アイドルで歌って踊っているという点がすごい。

 しかも、ちょっと調べてみればこの町じゃその名を知らない人はいない金持ちと来ている。


「こいつが、今日ここに転校してくるんだってさ。いじめられないかなって。こんな陰キャ臭い格好してるしさ。」

 実際のところ、俺の格好は紺色のパーカーに地毛とはいえ銀色の髪。傍から見れば陰キャの極みのような風貌だ。

 沈黙の後、日向は堰を切ったかのように笑いだす。

「あっはははは!なんだそら!もしかして、どっかの漫画みたいにいじめられてると思ってんの!?あんたが!?ナイナイ!」

 へそで茶を沸かしたかとでも言わんばかりの笑いとは裏腹に、明らかに励ましている口調や態度からか、こちらも安堵の笑みがこぼれる。

「冷夜。服装とか風貌とか以前に、自信持ってたら案外うまく行くもんだぜ。世の中のコミュニケーションってそういうもんだよ。」

 屈託のない笑みを浮かべ、日向は元の席に戻る。

「そんなもんなのかな?」

 俺は一抹の不安と安堵と共に、再び本の世界に入ることにした。



 そして、朝のホームルーム開始のチャイムが鳴る。

「おはよう、授業を始める前にまず転校生が来たんで紹介する!入ってきてくれ!」

 がらり、とドアを開ける音と共に入ってきたのは先ほど話をした竹内莉愛という人物なのだが。

「は?」

 ___恐らく、俺が年老いておじいちゃんになったとしても今俺の前に展開されたこの光景を決して忘れない自信がある。

 結論から言ってしまえば、竹内莉愛の着てきた『制服』は、完全に制服の域を超越した魔改造品だ。

 白と桜色を基調とした丈の短いスカートを纏い、周りの女子生徒よりも大きい胸元を強調するように、フリルが付いた白いブラウスを着ている。

 ツインテールにまとめた、腰まで届くほど長い金色の髪に水色のリボンを頭につけ、靴は厚底でヒールはまるで針のように鋭い。

 挙句に、学校の屋内であるにもかかわらず小さい白黒の傘を持ってきている。

 秩序もクソもない。

 そんな風貌の、彼女の屈託もクソもない純真無垢な笑みを浮かべて挨拶をする姿に俺たちは逆の意味で戦慄する。

 幾ら服装自由の高校とはいえ、こんなの頭お堅い生徒会長が見たら激怒どころの騒ぎではない。間違いなく卒倒する。

「おはようございます、皆さま。」

 傍から見ればそれは学園という無法地帯に咲く一輪の花。それも大輪の花が来たのと同義である。

「お、おう。」

 もうすごすぎてこんな台詞しか言えねぇよ。とはその場にいた全クラスメイトの所感だろう。


 まぁ、そんな風貌の転校生が来たもんだからクラスメイトの大半は竹内に振りむいてもらいたいのか積極的に話しかけてきている者と、「よくもまぁあんな恰好できるな」とひそひそ話に明け暮れる者で二分されている。

 俺はなるべく後者寄りの対応を取ろうと努める。ああいう恰好で、しかもアイドルと着ている。むやみに話しかけようものならば謎の羞恥心でどうにかなってしまいそうだ。

「全く、よりによってあんな恰好するかぁ?」

「お嬢様だから、ってないわ。」

 などと、俺と日向は話していた。

「でもよかったじゃねぇか!人いじめそうな顔じゃなさそうだぜ?」

「そうかぁ?あの手のキャラに目つけられたらいじめられようがなかろうが、いろんな方向性で面倒なことになりそうだ。」

 頭に疑問符でも浮かべてそうな表情をする日向。

「いいか?相手はアイドルでかつ、有名な家のお嬢だ。そういうやつの9割はぶっ飛んだ性格かお堅い頭してるか庶民見下しているかで分かれている。」

 淡々と説明をした。

 にも拘わらず、日向の奴は依然頭に?マークを浮かべている。

「どうした?」

「いや、あいつ……何やってんの、こっち見てさ。」

 俺の背後を指さすものだから、俺も背後を振り返ってみる。

「は?」

 するとそこには、竹内莉愛が俺の方を見てウィンクしていた。

 もう、ただ、は?である。

「あいつ、もしやお前の事……。」

 日向が笑いながら俺の事を茶化す。

「冗談じゃねぇ。御免だ。俺なんかよりももっとふさわしい奴がいるだろうに。」

 と言いつつ、俺はフードを被って小説を読み始めた。


 俺はその後も何とか、竹内に存在を察知されないようにしていたのだが、朝のホームルームの後もなぜかあいつは俺の事を見ていた。

 1時限目の数学の時間も、俺が先生に指名され回答する時に遠いはずのあいつの席から視線を感じてきていたし、続く2時限目も3時限目も同様だ。

 この時までは、俺もそこまでは気にせず授業を受けていた。まだ「竹内莉愛が俺を見ている」という確証がなかったからだ。

 しかし、4時限目の体育の時間。

 その時の俺たちは体育の授業でサッカーをしていたのだが。

「なぁ冷夜、竹内の奴なんで俺らの事見てんだ?」

「はぁ?俺ら?」

 俺は休憩がてらサッカーのベンチで幼稚園時代からの幼馴染の一人、佐倉礼二さくられいじと話をしていた。

 礼二は馬鹿正直な奴で、決して嘘をつかないうえに目が。目の良さに関しては天体望遠鏡を双眼鏡代わりに取り付けたハゲワシ並だ。

 しかも経年劣化したり、パソコンとかゲームとかを1週間耐久でやっても劣化したりはしないと来ている。

 だから、遠くのグラウンドで女子だけでやっているはずの竹内の事もはっきり見えるというのだ。

「にしても、すげぇなあいつ。ことあることに俺ら見てピースサインしてくる。なんでさ。」

 気づいてんのか?俺らの事が?

 なんか、変な気分になる。


 こうして、俺は竹内莉愛からの視線を気にしながらその日一日の学校生活を過ごしていた。



 その日の放課後の事だ。

 俺が入っている部活___美術部。まぁ周りの奴は人数が少ないからと「絵描き同好会」と呼んでいるのだが、今は閑話休題。

「何なんだよあいつ~~!思った以上の恋愛脳恋する乙女か!?」

 竹内の奴が、今日の朝っぱらからあそこまでアプローチしてくるとは思わなかった。

 その話を聞いてほしくて、俺は同じ部員である佐倉や部長である日向に事情を話す。

「俺も体育の時間であいつが見ちまっているのを教えたとはいえ、実際は遠くの鳥でも見てたんじゃないか?」

「そうなのか?にしても、なんで俺なんだ?」

 そうして、朝から感じていたあの視線は何なのか。本当に俺に向けてのものなのか。という疑問に帰結する。

「気にしすぎだって!あんまり気張っていると、疲れちまうぞー?」

 考えすぎだ、とは日向はカラッとした太陽のように笑いながら言う。

 事実その通りなのだと思うけれども。あそこまで視線を感じ、友人にも見られていると言われればたとえその期間が1日だけでも気になってしまうのもまた事実であるのだ。


「わりぃ、あたし便所行ってくるわ。」

「いってら。」

 と、日向がトイレに向かおうとした瞬間だ。

「ああああ!?た、竹内!?」

「ブッ。」

 飲んでいたお茶を吹きそうになった。いや、吹いた。

「お前、すっとあたしらのこと待ってたん?」

「ええ、どうしても話したい人がいまして……榊原冷夜さんはいます?」

「いるけど……サッキー?」

 もう逃げられない。

 でも、逃げるわけにはいかないわな。

 ここで決着をつけるつもりで、俺は竹内莉愛の前に立った。

「とりあえず……、廊下で話すか?」



「えーと……その……。」

 呼び出されて、廊下に出てみたはいいものの。竹内はしどろもどろにしか話さない。

 俺は単刀直入に、今日の事を聞いてみることにした。

「いろいろ言いたいことあるけど、まず質問を。」

 びく、と竹内の肩が震える。

「え、えーと、何ですの?」

「今日一日俺の事見てたよな……?間違ってたら否定してくれ。」

 俺の質問に、黙ったまま数回頷く。

 そののち、竹内はゆっくりと口を開いた。

「なぜ、見てたの?正直恥ずかしかったよ。」

 傷つけないように、竹内に質問を続けた。

 彼女はゆっくりと、されど加速していく新幹線のように答えた。

「だって、私は……あなたと友達になりたかっただけだもん!」

「………………なんだって?」

 一瞬、硬直した。

 皮膚と神経が痙攣する。

 しかし竹内は澱むことなく言葉を紡いでゆく。

「教室に入った時、あなたの姿を見て一目ぼれしたんですの。とてもかっこよくて、素敵に見えたんです……!」

 彼女の言葉はどんどんと紡がれてゆく。

 その語気は次第に悲壮感と、今までの人生の苦労をにじませてくる。

「私はただ、あなたたちと友達になりたかった。アイドルをやってて忙しく、それに家に帰れば跡継ぎの令嬢として勉強漬け。だから、今まで友達とは無縁の存在だったのよ。だから……友達の作り方が分からなくて……見ていることしか……!」

 俺は竹内莉愛じゃないから、彼女がどんな人生を送ってきたのは分からない。

 どんな両親なのかも知らないし、アイドルがどんな仕事なのかも詳しくはわからない。

 だけど、その声には悲哀があった。話し方には真実味があった。

 だからこそ、俺の脣は。

「あのな、そういうことははっきり言ってくれないと分かんねぇよ。」

 自然と震えていた。

「……まぁ俺もお前の機微や意志に気づけなかったこと、謝るよ。ストーカーだと思って警戒しすぎていたこともな。申し訳なかった。」

「え?……いえ、気にしていませんわよ。」

 優しい返しに、俺は少し恥ずかしくなった。

「だからさ……。あの、なんだ。今度から言いたいことがあるならはっきり言ってくれ。こういうことは言わないと、伝わらないだろ。それに黙って見られると何というか、恥ずかしい。」

「ふふ、何言ってますの?それはお互い様でしょうに。」

 ならば、無下にできない。

 踏みにじるなんてことはできない。

「そうだな。じゃ……。」

 そうして、俺は優しく右手を差し出す。

「え?これって……。」

「仲直りと、友達の握手だ。これからもよろしくな。」

 そうすると、彼女は俺の手を激しく振り始めた。

「やりましたわ!初めての友達ですわ!」

「痛い痛い!腕が外れる!!」

 嬉々とした表情を浮かべて握手を終えると、あいつはうれしそうにくるくると回りながら帰宅した。

 俺も内心嬉しいならそれでいい。人に迷惑さえかけなければそれでいいんだ。と思っていた。

 ___と思っていたんだけど。



 その直後、絵描き同好会の部室にて。

「へぇ、そんなこと言ってたのか。」

 知らないうちにトイレから帰ってきた日向と、俺を待っていた佐倉が竹内についての話をしていた。

「ああ、あいつは友達が欲しかったんだってさ。俺がストーカーの警戒をするほどでもなかった。正直そこんところは申し訳なかったな。」

「まぁ、あいつが幸せならいいんじゃねぇのか?実際知らんけど。」

 と、その時。

「あーっ!いましたわ!冷夜氏、言い忘れていましたが早速付き合ってくださいまし!」

「はぁ!?」

 驚愕。ただ、驚愕。

 周りに部員以外の人がいなくて本当に良かった。

 もし他にいようものなら恥ずかしくて恥ずかしくてたまらない。

 先のしどろもどろさはどこへやら、明るさ全開で竹内が話しかけてきた。

「お、お前そもそも論絵描き同好会所属じゃないだろ!?なんでここに来たんだ!」

「失礼ですわね!友達だからに決まってます!こう見えて一目ぼれした人には真剣ですのよ!?」

「ざけんなッ、友達になったからってすぐに恋人になってくださいなんて言ってくるやつがいるか!?」

「ここに一人いますわよ?」

「あー、嬉しいけどだな!恋人はもう少し友情とか絆とか深めてからにしてくれよ!?」

 押し問答に引き問答が繰り広げられる。

 ふと、俺が助けを乞うように2人を見ると。

「仲良くなれて良かったじゃねぇかよ!かかッ!」

「恋人同士仲良くなー。」

 いたずらそうに、佐倉と日向も俺の事を茶化している。

「とにかく、恋人はまだ早いって話だ。正直もっと先でもいいだろ!?」

 努めて優しく、俺は竹内を説得すると。

「もーっ!仕方ありませんわね!こうなってしまった以上、どんな手を使ってでも好きになって見せますわー!恋愛RTAですわー!」

「なぜそうなるんだァーーッ!?」

 理解できない!

 脳細胞がショートしそうだ!

「いやいやいやいや!今は無理!俺逃げる!」

 椅子を飛びあがるように立ち上がり、そして廊下に向かって俺は走った。

「ちょっ、待ってくださいー!こうなったら知り合いの軍人に頼んで、軍隊を雇ってでもあなたを捕まえて見せるわーー!!」

「そんなことで軍隊呼ぶなァーーーッ!!」

 曇る暇のないほど必死の形相を顔に浮かべ、砂漠の太陽よりも燃える憔悴の表情で俺は逃げた。

 対する竹内も、広大なお花畑を超高速で駆ける白馬のように俺を追いかけてくる。

 ああ、このアイドル編入生は俺に、恋をしてしまっている。

「絶対あきらめないわよーーーー!!」

 別に恋をしてくれるのはいいんだ。正直嬉しいし。

 だが、せめてストーカーだけはマジで。

「勘弁してくれーーーーッ!」


 やめてくれ。うん。

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