第一章18 『それぞれの決意』
「ところで宮脇(みやわき)さん、愛待(あいまち)は大丈夫ですか?」
「病室にいるぞ」
「かなり怪我しましたか?」
「全身に打撲傷(だぼくしょう)があるけど、
「アナスタシアシステムって何ですか?」
「ロシアのイリーナ博士が作った回復を助ける機械だ。 人の治癒力を活性化させてくれる」
「そういうのがあったんですね・・・初めて聞きました」
「まだ導入されたばかりなんだ。 民間人は知ることもできないだろう。 まあ、お前は使うことはないだろうけど」
「あはは・・・僕もそう思います」
飲み終わったチョコラテをのぞく宮脇。 なんだか物足りなさが感じられた。
「愛待が心配だろ? 早く行ってこいよ」
「えっと・・・じゃあ・・・一緒に 行かないといけないんですよね?」
「別にいいぞ。変なことしないよなぁ?」
「はい、勿論です」
「じゃあ行って来い。 俺はここでブラウニーを食べてるから」
意外とチョコレートがお好きなんだなと思ったリョウタ。 飲み終わったプラスチックをゴミ箱に捨てて病室に向かった。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
病棟は初めて来ることになったリョウタ。 日本支部本部らしく病棟も大きく設備がしっかりしている。 医者や看護師たちは忙しく動き回っていた。 迷惑をかけたくなくて慎重に移動するリョウタ。 そうするうちに、愛待がいる病室を訪れることになった。
「・・・失礼します」
病室の中には愛待以外の人はいなかった。
「長谷川くん?」
「体は大丈夫?」
「うん。すぐ治るよ。 あなたは大丈夫?」
「僕は体はすぐ回復するから」
「さすがに侵食者は違うんだね」
「最初は侵食化状態じゃないと回復が遅かった。 でも侵食すればするほど速度が速くなったよ」
「あ・・・」
彼女はデパートでの出来事を思い出した。 リョウタがどう戦うのか。 暴走をすればどうなるかなど、彼女にとって初めて見るものが多かった。 特に、まだ新人の彼女は経験が多い方ではない。 そのため暴走したリョウタのように侵食化が激しい侵食者を見るのも初めてだった。
「ごめん、愛待」
「何が?」
「僕が早く行けば、愛待がそんなにケガをしなかったのに」
「何言ってるのよ、長谷川くん」
「・・・えっ?」
「あなたじゃなかったら私はきっと死んでいたよ。 死ぬところだった私を2回も救ってくれたし」
「・・・そうだったっけ?」
クローゼットと一緒にダイブした記憶はあるが爆弾から守った記憶はないリョウタ。
「むしろ私はあなたに感謝しなければならない、 命の恩人だからね。 だからちょっと遅くなったけど、あの・・・ありがとう」
「うん?最後に何て言った?」
「なっ、何でもないよ!」
頬が少し赤くなる彼女。 リョウタは彼女の頬を見て、まだ体調が悪いと思った。
「ところで長谷川くんは大丈夫なの?」
「さっき言っただろ? 体はすぐ回復するから大丈夫だぞ」
「体じゃなくて。 その・・・精神的にね」
「あ・・・うん、大丈夫。 普段と大差ない」
「・・・嘘」
クリスマスによる衝撃が残ったまま、デパートテロまで経験したリョウタ。 そして短い期間内に侵食者との戦闘を連続で経験した。
そして愛待は彼の戦闘を見ることになった。 それは人を守るため、また生き残るための必死の闘いだった。 その過程で経験する無数の攻撃は、PTSDがかかってもおかしくないほどだった。
専門的に訓練を受けた騎士団員とは違って、彼はただ侵食者の身体能力だけを信じて戦っている。 クリスマス以来、彼の意志に関係なく地獄に落ちているリョウタ。 愛待はそんな彼を気の毒に思っていた。
「僕は大丈夫、本当だよ」
平気な表情をしていたが、少し悲しい目をしているリョウタ。
「・・・でもその時、あなたの侵食化はかなり・・・」
「うん・・・記憶はあまりないけど僕がどうだったか大体話は聞いたよ。 多くの人に迷惑かけたよなぁ——?」
「そんなことないよ!」
愛待はリモコンで病室の中にあったテレビをつけた。 ニュースではデパート事件を取り上げていた。 そして人々のインタビューが続き、その中でリョウタに言及する部分が多かった。
「その少年が私の母を救ってくれました」
「自分も危険になるかもしれない状況だったのに、 彼はずっと人を救いました」
「優しい侵食者がいるということを知りました」
「誰なのか分からないけど 本当に一生の恩を受けました」
愛待が口を開いた。
「見える?こんなに多くの人たちが3日前からあなたの話をしてたよ」
「・・・」
「もちろん身分は露出しないように放送局に頼んだと思う。 それでもあなたはすでに人を救った侵食者として話題」
「・・・僕が」
「・・・だから自分をもっと誇らしく思ってもいいよ」
彼はもともと自分のことがあまり好きではない。 その上、多様な試練によってそのような感情は以前よりさらに大きくなった。 だから、自分がいくら優れた仕事をしても大したことではないと思う癖がある。 まだ15歳の少年の価値観はきちんと成り立っていなかった。
「長谷川くん、大丈夫?」
「うん、大丈夫」
「・・・そう」
「正直に言うと、ずっと不安だった。 僕が人をいくら救っても、僕は依然として侵食者だ。 それで人を助けてもやりがいを大きく感じられなかった。 特に多くの騎士団員は僕を依然として認めていない。 悔しくないと言ったら嘘だ、僕が望んでできたわけではないから」
「・・・」
「そして殺人を拒否する僕が3日前に殺す直前まで行った。 僕は相変わらず矛盾して不安な奴だ。 口だけで理想を叫ぶ嘘つきだった」
「・・・」
「しかし、今僕が何を望んでいるのか、またどうすればいいのか分かった。 僕は・・・それを行動で証明する。ありがとう。愛待のおかげだよ」
リョウタは病室のドアに歩いた。 彼の後ろ姿から決意が感じられた。
「・・・行くの?」
「・・・うん。最後にもう一度確認したいことがある」
「・・・」
彼女は彼が今後どのような行動をするか予想していた。 いつも他人に配慮と譲歩(じょうほ)をするが、決定的な瞬間に明確にな彼の意志を。
「・・・長谷川くん。無理しないで」
「うん・・・分かった」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
聖堂を訪れたリョウタ。 まだ夜ではないのでろうそくの灯りはついていなかった。 椅子に座って物思いにふけっていると、アンジェリカが声をかけてきた。
「長谷川さん?」
「あ、こんにちは アンジェリカさん。すみません服を完全にダメにしたこと、まだ謝っていませんでした」
「大丈夫ですよ。 ずっと寝てたんじゃないですか? 他の騎士団員の方々にある程度話を聞きました」
「はい・・・今日起きました」
「フフッ、意外とお寝坊さんですね。 そういうことを経験したんだから仕方ないと思います」
「・・・ありがとうございます」
「ところで服に関する話だけしに来られたんですか?」
「あ、違います。 実は・・・あの、アンジェリカさんはどこまで知っていますか?」
「3日前の事件のことですよね?」
「・・・はい、そうです」
「長谷川さんが数多くの人を救ったと聞きました。 本当にすごいと思います」
「あはは、ありがとうございます。 でも、それ以外にも・・・」
「侵食化がひどくなった話のことですか?」
「はい。僕はその時、相手を殺す直前まで行ったと聞きました。 いくらかたきでも殺人はだめだと思います。 でも結局は・・・僕は仕方のない侵食者なのでしょうか?」
「・・・マタイによる福音書5:21、あなたがたも聞いているとおり、昔の人は『殺すな。人を殺した者は裁きを受ける』と命じられている、という言葉があります。 殺人は決して許されない行為です」
「・・・」
「しかし、大多数の侵食者は人を殺すのに迷いがない場合が多いです。 そんな人たちを相手に対話だけで解決するというのは不可能に近いと思います」
「僕も同意します」
「結局、私たちは皆試練を受けています。 これをどう克服するかは本人次第だと思います。 長谷川さんが本当に望んでいることは何ですか?」
「僕は・・・やっぱり殺したくないです」
「それでは許すつもりですか?」
「許したくないけど・・・それでもそれが正しいでしょう。 以前アンジェリカさんが言ったこと覚えていますか? 人と侵食者の両方を救える存在」
「もちろん覚えてます」
「僕はそれが可能かどうかずっと疑問に思っていました。 特にコテキという敵の前で、僕はまた感情的になるかもしれません。 それでも人達と話をして、 ある程度考えがまとまりました。 そして僕は今回証明します。 僕なりのやり方で許します」
「フフッ。それがどんな方法なのか楽しみですねえ」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
部屋に戻って制服に着替えるリョウタ。 焦らず、だからといって遅くもなく、ただ淡々と身につける。 そして机の上に置いてあるネックレスを握って目を閉じる。
「みんな・・・僕を見守って」
彼はネックレスを机の上に置き,部屋のドアを出る。 部屋の前の廊下では宮脇が待機していた。
「長谷川、どこに行くんだ?制服を着て」
「宮脇さん、お願いします。コテキを止めることを許してください」
「ダメだ。さっき言ったの忘れたか? これはニコラス隊長の命令だ」
「それでも・・・」
「よく知っているように奴はクリスマス事件の主動者。 お前にとって敵以上の存在。もし接触したら、また暴走するかもしれないぞ」
「そうです・・・」
「お前の正義感は知っている。 しかし、今回は違う。 きっとお前は正義よりは復讐のために行くことになるだろう」
「それはある程度認めます。 クリスマスの夜を思い出すと、その人が憎くて殺したいと思うほどです」
「ならばっ・・・」
「それでも、それでも僕は今回の作戦で見つけたいです。 ただ復讐のために戦うのではなく、人々を救うために活動する自分を」
「・・・」
ニコラスとの会話を思い出す宮脇。
「あいつ、言うことを聞きましょうか? 敵が目の前にいるのに、じっとしているのが難しいと思いますけど」
「うん、それは正しい。 でも長谷川はいい子だから素直に聞いてくれると思う。でも...」
「?」
「それでも行きたいとずっと言ったら送ってくれ。 いい子だからじっとしていられないだろう」
宮脇が口を開いた。
「長谷川、お前は騎士団か侵食者か?」
「・・・僕はただの僕です」
宮脇がため息をついて口を開いた。
「じゃあ、行こう。コテキを捕まえに」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
ある廃工場で座っているコテキ。 誰かと電話をしているようだ。
「はい。準備は終わりました。 逃げたり投降したりするつもりはありません。 どうせ身分はばれてしまいましたから。 だから最後まで戦います。 はい、これで電話切ります。」
電話を切ってスマホを崩す彼。追跡を防ぐためだった。深いため息をつくコテキ。 内心これから起こることに対して若干の迷いを持っているようだ。 そして目を閉じて過去を思い出す。 彼がかつて通っていた会社の社長の前に立っているコテキ。 彼が叫ぶ。
「ならば・・・俺たちが今まで作ったものはすべて意味のないゴミだったんですか——————?!」
次は妻と娘が彼のもとを去っていく姿だった。 娘は彼と別れたくないようで、コテキも娘に向かって手を伸ばしていた。
「パパ——————!!」
「リコ——————!!」
彼は閉じていた目を再び開けた。 彼の目はさっきまでの迷いはなく決意が感じられた。
「・・・来い、長谷川リョウタ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます