第一章12  『シスター』

私服のないことを思い出したリョウタ。 彼にある服は施設からもらった患者服、下着、制服だけだった。 簡単に市内を歩き回るには、いくら見ても適切ではなかった。


「患者服を着て歩き回るとどう見ても変な人に見えるよなぁ…、 だからといって制服を着て歩き回るのも..、人々が訳もなく不安になると思う」


愛待との約束がもうすぐなので、リョウタは焦った。 しかし、元々持っていた服は何も残らなかった。 サトウとの戦闘によって服は着にくいほど毀損され、スマホも完全に粉々になった。 文字通りリセットされた状態。 まさかこんなことで悩むとは夢にも思わなかったリョウタ。


「どうして服がないんだ…、こんな悩みは生まれて初めてだ」


方法を思いついたが、良いアイデアはなかった。 ふとニコラスに頼めばいいんじゃないかと思ったリョウタ。 しかし、その考えには乗り気ではなかった。


「もしニコラス隊長にお願いしたら…、 いや、そんなにお世話になったのに服まで頼むのは.. それに退勤したかもしれないし」


リョウタは騎士団の中で知り合いが3人しかいなかった。 それで頼む人が少なかった。 その上、3人はすでに部隊にいない確率が高すぎた。 甚だしくは連絡先もなく連絡する手段もなかった。


「はあ…、思ったより困るなぁ…、どうしよう」


リョウタはベッドに横になっていて、その次は座り、その次は部屋を歩き回りながら悩み続けた。 どう見てもいい方法が思いつかないリョウタ。 それで本部を回りながら方法を探すことにした。


「そうだ、こうしていても解決できることはない。まずは歩き回ってみよう」




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寮室と勤務地は分離していた。 退勤時間はもうずいぶん前に過ぎたので灯りがついているところはあまりなかった。 どうやら当直と警備だけが残っているようだった。 暗くて静かなので、リョウタは慎重に歩き回った。 そして本部を夜歩きするのは初めてなので不思議に思っていた。


「何か少し怖いけど、それでもなんか新鮮な気分だ」


リョウタは歩き続け、ニコラスの部屋に到着した。 彼は注意深くノックした。 しかし、何の反応もなかった。


「だよなぁ、当然退勤してる時間だから」


彼はただ歩き続けた。 電気がついているところに行っても大丈夫なのか、ずっと悩みながら。隊員だが、同時に侵食者であるリョウタ。 騎士団にリョウタの話がどれほど広まっているかはわからなかった。 多いかもしれないし、意外と静かかもしれない。それでも侵食者という事実は団員たちを驚かせるのに十分だ。 それでリョウタは人に会うのをためらった。


「はぁ…どうすればいいんだろう、だんだん時間は経つし..」


リョウタは廊下の方向を向いている途中、誰かとぶつかった。 彼は急いで謝罪した。


「す、すみません。怪我はありませんか?」


「…うん、大丈夫。私もごめん」


ぶつかったのは彼と同じ年頃の女の子だった。 長く美しく伸びた金髪。 サファイアのような青い目。 まるで人形のような外見をしている美人だった。 リョウタは彼女をこれまで見たことがなかった。


「じゃあね」


「あ、はい」


彼女は平気そうにまた歩いた。 リョウタは彼女の後ろ姿をしばらく見た。


「あんなにきれいな人もいるんだ…、ところでここに3ヶ月以上いたのに、僕は本当に知り合いがいないんだなぁ」


リョウタはそう言いながら歩き回った。 灯りがついている部屋に行きたかったが、ずっと迷った。 結局、悩みながら行ったり来たりした。 何の進展もなく、だんだんなくなっていく時間。 リョウタは本部ビルの外に出た。 そして外にある椅子に座ってぼんやりと空を眺めた。


「…どうすればいいんだろう」


しかし、他の隊員に会うのが怖かったリョウタ。 侵食者はこの世の公共の敵。ふと愛待が言った言葉が浮かぶ。


「おそらく、この組織に入ってくる人々の半分は侵食者に恨みがあるはず。それは私も同じ」


「すみませんですけど、僕も侵食者です…」


何の過ちもなく、ちゃんとした隊員であるリョウタだが、まだ他の隊員に会う自信がなかった。 リョウタはただぼんやりと歩いていて、小さな灯りがついている別の建物を見つける。 リョウタは好奇心で、また無意識にそこに入った。


「…失礼します」





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建物の中には長い椅子が並んでいた。 窓は派手な柄と色で塗られているステンドグラスだった。 数多くのろうそくが建物をかすかに照らしていた。 ゴシック様式で建てられたこの建物は聖堂だった。


「聖堂は初めてだ」


適当な席に座ったリョウタ。 周辺の風景を見ながらぼんやりしていた。 ろうそくのほのかな明るさに、なぜか心が安らかになった。 彼はそのように5分間座っていた。 その時、女性の声が聞こえてきた。


「何か悩みでもありますか?」


びっくりして声の方向に顔を向けたリョウタ。 そこには紫色の瞳孔を持つ美しいシスターが立っていた。 黒い修道服が彼女の瞳孔にとてもよく合っていた。 リョウタは当惑しながら彼女に答えた。


「あ、ごめんなさい。 こんな夜に」


シスターはさりげなく小さな笑みを浮かべた。


「大丈夫です。ここはいつでも開いていますから」


「…ありがとうございます」


リョウタは何を言うべきか悩んだ。 聖堂に来たのも初めてで、シスターに会ったのも初めてだった。 彼が修道女について知っているのは禁欲生活だけだった。 リョウタが何も言えないとき、彼女が先に口を開いた。


「ところで隊員の方に見えますが、退勤しなくても大丈夫なんですか?」


「僕は隊員ですが···、 家がありません。 それで部隊の寮で過ごしています」


「あらま、私が敏感な質問をしてしまいましたね。本当にすみません」


「あ、違います。謝る必要までは…。 正直に言いますと、去年のクリスマス事件の時、家や物。大切な人たちがみんないなくなりました。 相変らず苦しくて忘れるのが大変だが.. それでも頑張ってみようと思います」


聖堂という場所のせいだろうか。 ほのかに灯されているろうそくのためだろうか。 それとも温かい雰囲気を持った修道女のおかげだろうか。 リョウタはなぜか率直にすべてを言いたい気分だった。 自分でさえ今の状況に不思議がっていた。


「ああ…、本当に残念なことを…。 何とも申し上げることがなくてすみません」


「いいえ、こうやって話を聞いてくださってありがたいと思っています」


シスターはいつの間にかリョウタの隣に座った。 リョウタは落ち着いていた心が急に緊張し始めた。 15歳の少年にとって落ち着いた年上の美人は刺激が強かった。 でも、シスターだからそんな目で見てはいけないと自らに念を押すリョウタ。


「ところで見たことのない方ですが、 新しくいらっしゃった隊員の方ですか?」


「はい、そうです。 長谷川リョウタと申します。今日が初日です」


「長谷川…、あ、もしかしてあの侵食者なのに騎士団になった方でしょうか?」


リョウタは彼女の言葉に少し戸惑った。


「あ、はい、そうです。 もうご存知なんですね」


「もちろんです。騎士団であなたの話を知らない人はいないでしょう。 どうしても…、こんな場合は初めてですからね」


リョウタはある程度見当はついていた。 自分の噂が広がったという事実を。 しかし、彼女の言葉を通じて今や確実に分かるようになった。 そして、彼女が今後どのような態度を取るか心配になった。 神に仕える彼女が侵食者にどう接するか。 彼は彼女の次に来る言葉が怖くて先に口を開いた。


「あの…シスターさんは大丈夫ですか? 僕は世間で悪魔と呼ばれる侵食者ですが.. このように二人きりでいるには怖くないですか?」


彼は彼女がどのように答えるか楽しみで不安だった。 しかし、彼女はむしろリョウタの手を両手で握った。 そして温かい声でリョウタに話しかけた。


「怖くないと言ったら嘘です。侵食者たちの破壊は依然として活発ですから。しかし、私たちは皆、生まれた時から主の子供です。 皆がこの世でかけがえのない大切な存在です。 長谷川さん、あなたにどのような過程があったので侵食者になったのかわかりません。 私は想像もできないほど大変なことを経験されたでしょう。 言葉だけの慰めではあなたの傷を癒すことはできないでしょう。 だから私はただこの場で待っています。 あなたが困っているときに私を訪ねてきてください。私ができる限り、どんなお手伝いでもします」


「あ…」


リョウタはいつの間にか目から涙が出ていた。 こんなに暖かく繊細な慰めを聞くのは久しぶりだった。 昨日までは隔離室で毎日を過ごし、今日は騎士団になった初日だった。 クリスマス以来、平凡な生活どころか、余暇も享受していないリョウタ。 そんな彼にとって彼女の言葉はとても暖かかった。


「大丈夫ですか?」


シスターはハンカチを取り出し、リョウタの涙を拭いた。


「あ、すみません。 なんで涙が出るんだろう.. あはは…」


「大変なことが多かったみたいですね」


リョウタは肯定の意味で沈黙していた。 彼女も彼の合図を理解した。


「ありがとうございます。僕のような侵食者に親切にしてくださって..」


「長谷川さんは大切な人です。 そして、あなたは騎士団です。 それだけの信頼を受けたという証拠でしょう。 だから私とこんな風に話もできるんじゃないですか?」


彼女は少し茶目っ気のある笑みを浮かべた。リョウタは意外だと思ったが、それがまた彼女の魅力だと思った。


「はい、そうです。 恥ずかしいですが否定できません」


「フフッ、それではこれからの素晴らしい活躍を期待しています。 侵食者のあなたが人だけでなく侵食者も救える存在になることを応援しています。 もし助けが必要でしたらいつでも言ってください


人と侵食者の両方を救える存在。リョウタはそれを聞いて、形容できない何かを感じた。そうするうちに、ふとリョウタは重要なことを思い出した。


「あ、そうだ!シスターさん、早速すみませんが、頼みがあります」


「は、はい。何か助けが必要ですか?」


リョウタはこれを言っていいのか、また恥ずかしくて迷った。


「あの…、明日出かけないといけないのに服がなくて…。 でも、騎士団に知り合いがいなくて···、その、服をお願いしてもいいですか?」


「えっ?私の服をですか?」


いつも穏やかで落ち着いた態度を見せた彼女だったが、今回だけは心から驚いた表情を浮かべた。


「あ、違います! 誤解です!誤解!その..、 僕が言おうとしたのは.. 他の方々にお願いできますか?」


「あ、ああ。そういう意味だったんですね。 了解致しました。 私が一度お聞きします。 明日の朝、ここに来てください」


「ほ、本当ですか? ありがとうございます! あの..、その、お名前は…」


「あ、すみません。 まだ自己紹介をしていませんでしたね」


彼女は隠れていた髪を出した。 長く伸びた紫色の髪が瞳孔によく似合っていた。


「私はアンジェリカ。 アンジェリカ·アリギエーリと申します。 よろしくお願いします、長谷川さん」

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