第一章10 『意味がある事』
リョウタの姿と周辺の風景が恐ろしいな雰囲気を醸し出す。 まだ戦闘経験が多くない彼女だったが、このような現場は初めてだった。 6人が同時に戦った3階よりも壊れていた。 リョウタは愛待が来たことを知らず、ただぼんやりと立っていた。
「ハセガ···、アイユーブ!」
あわててリョウタを呼んだ愛待。 リョウタは声を聞いて振り返る。 依然として瞳孔と虹彩は変わっており、顔にタトゥーのような黒い模様が少しあった。 誰が見ても侵食者であることが分かる様子。 愛待は彼を見て一瞬ビクッとしたが、仮面に顔が隠れていてその姿を見せなかった。 ふとニコラスの言葉が浮かんだアイマーチ。
『君が暴走したら俺たちは君を全力で止める』
愛待は彼の言葉を思い出し、いざという時を考えた。 リョウタが正確にどのような戦いをしたのか分からないが、確かにそれは尋常ではないことだと感じた。 不本意ながら騎士団に入り、まともな戦闘を学ぶこともできず侵食者と戦ったリョウタ。 わずか15歳の少年には重すぎることを愛待は知っていた。 そのため、今回の経験が彼にどのような影響を及ぼしたのか予想できなかった。 心配だがニコラスの別の言葉が浮かんだ。
「二人に頼むよ」
愛待はそれを思い出してリョウタと向き合うことにする。
「あ…、愛待か? いつ来たんだ?」
意外と落ち着いて話しかけるリョウタ。 しかし、そのためむしろぞっとした。 また、コードネームで呼ぶのも忘れたため、普段より正常でないことが分かった。 愛待は彼の言葉を聞いてもどかしさを感じた。
「作戦中はコードネームで呼ぶのを忘れたの?」
「あ…そうだった。 ごめん、ミスした。 また失敗した、僕は···」
「…下にいるのは侵食者なの?」
「…うん、そうだよ。かなり強かった」
「…あなた、大丈夫なの? 一体ここで何があったの?」
「うん、大丈夫。ここでは…、 ただまぁ…、お互い戦いばかりしたんだ。それだけだよ」
リョウタはいつもよりも落ち着いて淡々と話した。 まるで何かに取り憑かれた様子。 手も細かく震えていた。 愛待はそれを感じたので、これで終わりたくなかった。 そのため、仮面を脱いでリョウタに近づいた。 侵食者になってしまった彼が危険だと知りながらも。
「あなた、本当に大丈夫なのか? 正直に言って」
「僕は大丈夫。本当だよ。あそこに生存者がいるから連れて行って降りよう」
リョウタは愛待に焦点を当てていなかった。 正確に言えば焦点がなさそうだった。 考えているのか全く考えていないのか、見分けがつかない姿。 愛待はそれでも話し続けた。
「生存者も重要だけど、今は君が優先だよ!」
リョウタの前に向かい合った愛待。 彼女はリョウタの目をまっすぐに合わせた。 彼女の目は金色に鮮やかに輝いていた。 反面、リョウタの赤い虹彩は依然として鮮明で恐ろしい雰囲気を漂わせた。 ただ、なぜか彼の目は悲しく見えた。
「長谷川くん、私をまっすぐ見て」
「コ、コードネームは…?」
「コードネームはいいから!」
愛待はリョウタの目を見て、なぜか哀れな気持ちになった。 相変わらず侵食者の目をしているが、怖いという雰囲気よりむしろ悲しそうな感じ。 愛待はリョウタがみんなの前で宣言したことを思い出す。
『天性的に戦いが嫌いです』
「あなた…戦闘のせいなの?」
リョウタは返事をしていなかった。
「そうなの? ねえ、黙っていないで答えて!」
「そうだ!そのせいだよ! 見れば分かるじゃん! 僕は最初から戦いなんかしたくなかった!」
愛待はリョウタの覚悟を直接聞いた人の一人だ。 しかしリョウタはあくまで平凡な少年。 望まないのに侵食者と戦うことになった少年。 覚悟を決めて数年間訓練を受けた騎士団員たちと比べれば、意志が弱くなるのは当然。 愛待はそれを知っているので哀れに思った。
「でも、私たちは騎士団じゃん.. 侵食者と戦うのが私たちの仕事だよ」
「ぼ、僕が望んでやったと思う? 愛待も知ってるじゃん! 僕には選択権がなかった! 実験用ネズミのように閉じ込められているか、戦うか、選択権は一つしかなかったんだ! 僕がいくら覚悟を決めても、いざ侵食地の前では怖くて意志が崩れる。 殴られるのもどんなに痛いのか.. 骨が砕け、血が散って、腹が開いて···.. その記憶がまだ生々しい。 僕がどれほど痛いか知っているから、他人にも苦痛を与えたくない! 僕は愛待や宮脇さんのように武術と武器を習ったこともない。 僕の体を守る方法が分からないって.. だから僕は.. ただこの体一つで戦っているんだ。 死にたくないから戦うんだよ。 死にたくなくて他人に苦痛を与えている。 でも僕は.. 今の戦いで分かった。 僕は生まれつき喧嘩が嫌いな性格で生まれたことを。 でもしょうがないじゃん!僕は騎士団になってしまったから··· これからもどれだけこんな戦いを繰り返さなければならないのか··· 一体どうしてこんなになってしまったのか.. 僕はただみんなとクリスマスを過ごしていただけなのに…」
リョウタの目にはいつの間にか涙が流れていた。 愛待は彼の話をただ聞いていた。 彼女はふと昔のことを思い出した。 施設で数ヵ月間見守ってきた彼の姿を。 そのため、彼女も既に以前から知っていた。 リョウタは侵食者どころか喧嘩にもほど遠い人であることを。 世の中の理不尽さが彼をこの世界に引き込んだことを。 愛待は言葉を続けられなかったがやっと口を開いた。
「長谷川くん。 今あなたが罪悪感を感じて暴力に対して嫌悪しているのは理解する。 私が見たあなたはそんなこととは距離が遠い人だから。 他の隊員たちと違って、あなたは強制的に侵食者と戦っているから」
リョウタは彼女の言うことを黙々と聞いていた。
「しかし、それでもあなたは生存者を救った。 かわいそうな人たちが犠牲になるのを防いだ。 あなたは自分自身を嫌悪するかもしれないが、生存者にとってあなたは救世主なのよ!」
愛待は普段落ち着いて、同年代より大人っぽいと言われる。 同年代の子供たちが関心を持つような流行や恋愛には一切関心がない。 そのため、仕事に集中して自分の感情をあまり表さないようにする。 しかし、今回の彼女の言葉には普段よりも真心が込められていた。 リョウタは彼女の言うことを聞いて、少しだが何か気づいた。
「僕が人を救った..」
「そう。そして、クリスマスの夜もあなたはただ戦ったんじゃない。 アユムと言うあなたの家族を守ったんだよ。 だから自分を誇らしく思ってもいいんだよ」
愛待の言葉をかみしめるリョウタ。 侵食者たちとの戦いは、誰が見ても苦しい過程だ。 特にリョウタは自分が言ったように、ひたすら自分の体だけを信じて戦っている。 そのため、戦闘によるPTSDは他人より何倍も感じやすい。 しかし、その苦しい過程の末、人を救った。 有意義な事をやり遂げた。 その事実がリョウタに慰めを与えた。
「…ありがとう、愛待。 僕がしたことの意味が少しは分かった気がした」
「…じゃあ、これからもっと多くの人を救えばいいんだよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
生存者たちと一緒に建物を出る騎士団員たち。 ドアが閉まっていた4階にも追加の人質が4人いた。 騎士団員は彼らを救出した。 4人とも大人で、幸い軽いけが以外はけがはなかった。 みんな明るい表情で建物の外に歩いて行った。 これで事件はすべて無事に幕が下りた。 リョウタは5階にいた子供たちの手を握って建物を出ていた。 彼の血まみれの顔は建物のトイレで拭いた。
「わぁ——————!!!」
「騎士団が人々を救った——————!!」
人々は皆を熱烈に歓迎した。 警察、救急隊員、市民全員が拍手を送り、彼らの帰還を祝った。 彼らの表情からは純粋な喜びと安堵だけが感じられた。 生存者を待っていた家族たちは生存者たちを見ながら駆け寄って抱きしめた。 喜びの涙を流している人も多かった。 死んだかもしれない家族の生存は、彼らにとって何よりもうれしいことだ。
「リッちゃん!タッちゃん!」
「ママ————!!」
「母さん————!!」
リョウタが手をつないでいた子供たちがオフィス服を着た母親に駆けつけた。 彼女は安堵のため息をついて涙を流していた。
「よかった…本当によかった…、 もしあなた達に何かあったと思ったら···」
「母さん、あのお兄ちゃんが私たちを助けてくれたよ!」
女の子がリョウタを指差した。 母さんと呼ばれた人は指で指した方向、リョウタを見た。
「あ…、あなたが助けてくれたんですね。 きっと救ってくれると信じていました。 ありがとうございます…、本当にありがとうございます。 一生の恩を受けました…!」
彼女はリョウタに感謝を伝えた。 リョウタはそれを見て、これまで以上に大きな喜びを感じた。 まるで以前孤児院の子供たちを遊んであげる時や老人ホームに奉仕に行った時のように。
「いえ、違います。 当然やるべきことをしたんですよ」
リョウタは照れくさくてどんな表情をしたらいいか分からなかった。 それでぎこちない笑みを浮かべていた。 しかし、それでもクリスマス以後、毎日絶望を感じていたリョウタは久しぶりに心から笑うことができた。 愛待は彼のそんな姿を見て仮面の中でかすかに笑っていた。 そして肘で軽くたたいた。
「ほら、あなたがやり遂げたことだよ。 やっと分かった?」
「うん…、愛待の言うとおりだよ。僕は意味のあることをしたんだ」
宮脇は警察と話していた。 建物での出来事の詳しい経過を伝えていた。
「結果的に侵食者は5人でした。 遺体は残念ながら3階に3体、4階に2体ありました。 もっと詳しく見てみると、また別の結果が出るかもしれません」
「はい。それは私たちに任せてください。 騎士団さんは役目を見事に果たしました。 残りは私たちに任せてください。 お疲れ様でした。」
「はい。警察官さんもお疲れ様です」
宮脇は愛待とリョウタのそばに行った。
「お前たち、お疲れだった。もう帰ろうぜ」
「はい」
現場近くに騎士団の車が待機していた。 運転手が彼らに挨拶した。
「お疲れ様でした」
「ありがとうございます」
宮脇は助手席に乗り、愛待とリョウタは後部座席に乗った。みんな黙って車に乗っていた。 どうやら戦闘による疲労のためだった。 5分ほど経って宮脇が先に口を開いた。
「愛待、怪我したところは?」
「軽い傷以外はありません」
「長谷川は?」
「僕は大丈夫です」
「あ…、そうか、侵食者だったか」
彼らに静寂が訪れた。 宮脇が再び口を開いた。
「長谷川、今回はよくやった。 お前のおかげで5階の人質を無事救出できた」
「いいえ、当たり前のことをしただけです」
「ところで5階にいた侵食者はどんなやつだったか?」
「あの人は…」
リョウタは侵食者との戦いを思い出す。 血が噴出し、骨が折れて腹を貫通した記憶。 建物でいた誰よりも熾烈に命をかけて戦った。 宮脇と愛待はその姿を見なかったが、リョウタ自身はそう感じていた。 しかし、それだけの衝撃が依然として強く残っていた。
「その人は強かったです。いくら攻撃しても、また立ち上がって僕と戦いました」
「侵食者たちは再生するからなぁ…、 それで長期戦に行くと不利だ。 早く気絶させたほうがいい。 それとも殺すか」
「殺す…」
リョウタは誰も聞こえないほど小さくささやいた。 宮脇が口を開き続けた。
「人質が4階に多かったけど、なぜか5階に子供たちがいた。 その理由が何か知っているか?」
「たぶん…、その人は騎士団を罠にかけるためだったと思います。 それに目の前で殺して戦意を削ろうとしたようです」
宮脇がリョウタの言葉を聞いて舌打ちした。
「まったくクソみたいなやつらだ…、 だから侵食者は···」
リョウタと愛待は宮脇の言葉を聞いて驚いた。 しかし、すぐに宮脇が言った。
「もちろんお前は除外だ、長谷川。まあ、まだ分からないけど」
「あはは、ありがとうございます」
リョウタは宮脇の言葉に安堵した。
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