第一章6 『人類の小さな一歩』
「一緒に戦えって…?」
ニコラス以外の誰もが驚いた。
「大将、それは本当ですか? 侵食者が隊員だなんて、大丈夫ですか?」
「みんな驚いただろ?今から説明してあげる。ご存知のように3ヶ月前の大事件、通常【クリスマスの悪夢】以後、侵食者に対する警戒度はさらに高くなった。それにネットもかなり盛り上がってる。極端な発言をする人が増えたんだ。しかし、これは良くない。侵食者は結局自分の欲望に率直になった存在たちだ。人の思想と価値観は普段自分の行動と考えに作られると思う。結局、長期的に見るともっと多くの侵食者が出るかもしれないってことだ」
リョウタはクリスマスの夜を考えた。死という瞬間を目前にして生存への欲求と恨みに包まれていた自分を。だから侵食者になってしまった事実を。仮面をかぶった男が口を開いた。
「それと侵食者が隊員になることと何の関係があるのですか?」
「上層部の人々の考えは異なるが、大きく見ると穏健派と強硬派に分かれている。強硬派は侵食者をもっと強く処断しなければならないと主張している。以前よりもっと無差別的に侵食者を狩るんだってさ。 一方、穏健派は騎士団の改革を主張している」
「改革といえば、どのように行われるのですか?」
「今までは人々の性向とストレスを検査し、侵食者になることを予防してきた。しかし突発事態はいつでも起こり得る。実際、侵食者と距離が遠い長谷川も侵食者になったからな。これからもこのような事例がもっと出てくるかもしれない。だからといって、彼らをすべて悪と規定することはできない。だから備えておかないといけないってことだ。これまで侵食者は打倒の対象と見なされてきた。しかし今は彼らを理解するために努力しなければならないと思う」
「…理解ですか?」
仮面をかぶった男が興奮した。リョウタはその姿に驚く。今までいつも落ち着いていた彼だったが、いつにも増して興奮した。
「侵食者たちは今も多くの被害を出しています。 市民は今日も愛する家族が無事に家に帰れることを祈りながら過ごしています。 俺たちはそのために存在します。しかし理解しなければならないということは納得できません」
「落ち着いて。先ほど言ったように、あくまでもごく少数の事例だよ。 実際、大多数の侵食者たちは欲望に率直になって怪物になってしまった存在たちだ。多くの被害を出しているのも事実だ。 無実の人を傷つけた侵食者たちに同情するつもりは全くない。それに見合う罰は必ず下さなければならないと思う。俺が言いたいのは長谷川のように悔しくなってしまった場合のことだ」
「結局、侵食者たちは自分の欲望に屈した存在です。いつでも変わる可能性があります」
リョウタは男の言葉に寂しさを感じた。
「そう、その可能性はいつも考えている。しかし、まだ分からないことだから速断するには早い。 だから長谷川、俺たちと一緒に戦ってくれ。侵食者の視線で侵食者と騎士団、そしてこの世を眺めてくれ。無害な侵食者がいることを君が証明してくれ。君の経験が長期的に人類全体に役立つだろう」
リョウタは突然の提案に戸惑った。さらに、単なる提案でもなく、騎士団の一員になることだ。人類全体に影響を及ぼすことだ。けんかを嫌い平和を追求した15歳の少年にはあまりにも重い話だった。
「ちょっと待ってください。人類全体だなんて.. 騎士団だなんて.. あまりにも急な話なのでどうすればいいか.. もし拒否したらどうなるんですか?」
「拒否したら···、 今まで通り、ずっと隔離室にいないといけない。脅迫しているようで申し訳ないと思っている。しかし、俺たちとしてはこれが最善だ」
リョウタはためらった。身体能力は平凡で、戦いを習ったこともない。もちろん侵食化すれば身体能力は一時的に上がることができる。しかし、侵食は良い経験ではない。リョウタはサトウへの狂気に自分も驚いてしまった。もし隊員になれば、今後も多くの侵食を経験しなければならない。暴走につながって本当に怪物になるかもしれない。だからこそ、簡単に言うことができなかった。
「ちょっと考えてみてもいいですか?」
「いいぞ」
親が殺された記憶。孤児院が崩壊した記憶。サトウとの戦い。血のついた手など、さまざまな記憶が浮かんだリョウタ。 怒りと恨み、嫌悪感を同時に感じた。それとは逆に、立ち去った人々の笑みも浮かんだ。アユムとミウの記憶も思い出した。施設で親切にしてくれたニコラスも見えた。クリスマスに清水に言った言葉を再び刻むリョウタ。
「僕がもらったものを返してあげたいです。そして未来にはもっと多くの人々を笑わせたいです」
リョウタは決心したように口を開いた。
「僕は頭も運動能力も平凡です。天性的に戦いが嫌いです。おそらく侵食者の暴力を目撃したからです。多分皆さんの足を引っ張るかもしれません。ミスもたくさんすると思います。それでも僕が役に立つなら一緒に戦います。侵食者である僕が人々が笑いながら過ごせるように努力します。人類の小さな一歩になります」
平凡だが悲劇を迎えた少年。不本意ながら悪魔になってしまった少年。 理不尽さの連続を経験したが、彼の善良な心はそのままだ。自分の限界を知って謙遜するが、それでも未来への強い意志が感じられる言葉。彼の言葉にリョウタを除いた3人は胸に小さな響きを感じた。
「ハハハ、今考えたセリフか? すごいね。本をたくさん読んだ影響が見える。いいぞ、長谷川良太。俺たちと一緒に戦ってくれ。 ニコラス·ジェラードは君を心から歓迎する」
「ありがとうございます」
「長谷川も正式な隊員になったから、 君たちも一人ずつ仮面を脱いで自己紹介して」
「はい、分かりました」
男の方が先に仮面を脱いだ。
「
ミヤワキはよく整えられた黒髪、黒に近い茶色の目、まつげの長いイケメンだった。身長は170後半に見える。3ヶ月間何度も見たが、顔を見るのは初めてなので、リョウタは不思議さを感じた。
「俺はお前に対して個人的な感情はない。お前に起こったことについては残念だと思っている。しかし、侵食者は侵食者。それに対して俺はお前を警戒するしかない」
「...信用を得られるように努力します」
その次に女が仮面を脱いだ。長い黒髪に金眼、鋭い目つきを持つ美しい顔をしている。リョウタは女の顔を見て驚く。
「き、君は…!」
「こんにちは、久しぶりだね。長谷川くん。ようやく紹介できるね」
「あ、
「私のこと知ってる?」
「そりゃあ、うちの中学校でアイマチを知らない人はいないだろう。学校の有名人だったから」
「···そうだったかしら。私は、そういうことには興味がなくて」
彼女の名前は
「僕はアイマチと同じクラスになったことがないからよく分からないけど、皆の間では有名だったよ。告白して振られた奴たちが数十人という噂まであった」
「はぁ、それに関しては否定しない。でもどうせその時の私は恋愛は考えてもいなかった」
「アイマチは何か忙しく過ごしてる気があったからなあ。騎士団を目指していたんだ」
それを証明するかのように、彼女の優れた業績はリョウタもよく知っているほどだった。
「まあ、そうね。幼い頃からの目標だったから」
「幼い頃からだなんて…、すごいなあ。ところでアイマチが僕を知っているのが不思議だ。僕はアイマチと比べてあまり目立たない方だから」
「同じ学校だから分からないわけがないじゃん」
「…そうだよな」
ただその理由だけかと思ったリョウタ。もっと詳しく聞いてみたかったが、失礼になりそうでこれ以上口を開かなかった。ただ、アイマチの記憶力が良いと受け入れた。
「とにかくよろしく、長谷川くん。そして、あなたに起こったことは心から残念だと思っている。 同じ隊員になったので助けが必要なことがあれば言ってね」
「…ありがとう、アイマチ」
「話は終わった? 俺も資料を見てすでに知っていたけど、二人が同じ学校を出たなんて。俺も言いたくてもどかしかったけど、アイマチはそれ以外だよなぁ」
二人の話が終わるのを待っていたニコラス。 本論に進みたかったが、2人の姿が可愛くてて話が終わるのをおとなしく待っていた。
「…そこまでじゃないです」
「そうか?冷たいなぁ。とにかくミヤワキとアイマチ。 二人がしばらく長谷川と一緒に行動してくれ。彼はまだクリスマスの余波も残っているだろう。だから二人に頼むよ」
「はい、分かりました」
「そして長谷川」
「はい」
「これから君は騎士団の一員だ。これからは責任感を持って侵食者たちに対抗して戦い、人々を守らなければならない。さっきの君の覚悟はよく聞いた。そして、君が今まで見せてくれた姿もよく見てきた。俺は君を信じている。しかし、侵食者は侵食者。いざという時、君が暴走したら俺たちは君を全力で止める。だから俺たちの信頼が破れないように頑張ってくれ」
「分かりました。信頼が維持されるように頑張ります」
「それじゃあ、話はこの辺で仕上げよう。 長谷川、君は明日から本格的に活動するぞ。もちろん最初から大きな活躍は期待していないのでゆっくり学べよ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
部屋に戻ったリョウタ。依然としてベッドと机、そして数冊の本以外は何もなかった。複雑な気持ちでベッドに横になったリョウタ。 頭の中を整理するのが難しかった。
「これから侵食者たちと戦うことになるんだ.. 彼らにまた向き合った時、恐怖に震えないかな? 攻撃できるかな? 何も予想できない。 ところで僕ももう隊員だから、この部屋でずっと過ごすのかな? でも、僕はもう帰るところがないから···」
崩れた孤児院と火炎に包まれた街が思い浮かぶ。サトウが浮かぶ。勇者遊びという名の拷問、そして体を貫通された記憶まで。その時を思い出すと怒りがこみ上げてくるようだった。
「悔しい、悔しくてたまらない。 復讐したい。 彼らに同じように苦痛を与えたい。 僕がやられた分、同じようにしてあげたい!」
侵食者になる直前に言った言葉が思い浮かぶ。リョウタはそれが本当に自分だったのか、まだ疑問に思った。 もちろん、状況だけ見れば理解できないわけではない。 誰でもあり得ると思う。それでもリョウタは自分が言ったセリフなのか、それともそれが自分の本質なのか分からなかった。 まるでまた別の自我があるように感じられた。
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