第一章4 『正当な暴力』
リョウタが目覚めたとき、体を動かすことができなかった。 顔には酸素マスクを着用した感じがする。 目以外は身体のどの部位も反応しなかった。 自分が今どんな状態なのか全く分からなかった。 とても狭いところに入っていることは感じられた。 外から足音が聞こえてくる。 そして、謎の男がリョウタを見下ろした。
「可憐な子達。でも心配しなくていいよ、人生という自分だけの物語はこれからだからね。私はその物語が素敵な話になることを心から応援している。君たちだけの翼を広げるんだ」
肯定的で慰める言葉だが、なぜか男の声から楽しさが感じられた。男の顔は暗闇の中でよく見えなかった。かすかに微笑んでいる口が見えるだけだった。その瞬間、目の前に別の場面が繰り広げられた。廃墟となった街、そこから長い黒髪に金眼をしている少女が見下ろした。少女の体のあちこちに血がついていた。場面は大体ノイズがかかったようにぼやけていた。
「あなたを見るほど自分がどんなに情けないか感じてしまう。あなたは輝きすぎる。だから私のような闇はむしろ届く考えをあきらめてしまう。 光の明るさに影はもっと濃くなる。だからあなたが嫌い、嫌いでたまらないよ長谷川くん。 いっそ会わなかったら··· 希望という光を全く知らなかったら…」
その後、目の前が暗くなった。 暗闇の中で性別がわかりにくい、まるでノイズのかかったような声が聞こえてきた
「人は結局死ぬという事実、あなたを知った瞬間からとても嫌だった。 しかし、あなたが王座につく日が残りわずか。そして私たちだけの王国で永遠に生きていこう、リョウくん。 いや、OOO」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ハッ!」
リョウタが目覚めたとき、周りは真っ白な部屋だった。 部屋の中にはベッドと机以外には物がなかった。 誰が着せたのか分からないが、リョウタは患者服を着ている。 両腕にはブレスレットに見えるものがあった。
「…夢だったのか」
冷や汗をかいているリョウタ。今まで見ていたものが何なのか予想すらできなかった。そして自分の服装と部屋の中を見回す。明らかに隔離のための場所。テレビでしか見たことのない場所にいることに気付く。
「僕、本当に侵食者になったんだ...」
両手で顔を覆うリョウタ。自分の境遇に深い絶望感を感じる。しかし、縁を結んだ人々が頭の中に浮かぶ。リョウタはやがて再び元気が出てきた。
「そうだ、僕はまだ生きている。生きている間に僕にできることをしよう」
リョウタはベッドから立ち上がり、部屋を見回した。部屋はあまり広くなかった。 ちょうど一人で使いやすい空間。 部屋の外側は透明なガラスで塞がれていた。そのため、外部でも内部でもお互いに見ることができた 部屋の外は研究所に見えた。
「ここは何をする所だろう.. 実験でもするのかな··· アユムは安全なところにいるかな」
リョウタはベッドに腰を下ろした。そして1時間ほど経って仮面をかぶった男女2人が研究所の中に入ってきた。昨夜会った人たちに見えた。 男が口を開いた。
「よく眠たか、長谷川良太。お前をここに運んだのは俺たちだ」
「・・はい」
「今からドアを開けるから、無駄なこと考えずに素直について来い。どうせお前の手にあるブレスレットのせいで侵食化するのも難しいぞ」
「…分かりました」
男がドアを開けて、リョウタは部屋の中から出てきた。そして女性がリョウタの手に手錠をかけた。自分の扱いに悲しむが納得するリョウタ。そして素直に二人について行った。当初からリョウタの心は侵食化する前とあまり変わらなかった。ちょっと歩いて、ある部屋の前で止まる。
「隊長、長谷川良太を連れてきました」
「入っていいぞ」
3人がドアを開けて入った。そこには丈夫な体格で短い金髪、青い目の男が座っていた。二人と違って仮面をかぶっていなかった。
「隊長、仮面をかぶらなくても大丈夫ですか?」
「いいよ、いいよ。今回の対象は仮面はいらないと判断した」
「…そうですか。分かりました」
「お疲れ様。君たちはもう下がっていいよ」
「はい、分かりました」
男女二人が同時に答え、部屋の中を出た。リョウタはどうすればいいのか迷いながら立っていた。 隊長と呼ばれた男はリョウタを見て軽く笑った。
「なんでそうやって立ってるんだ? 緊張しなくてここに座れよ」
「あ、はい!」
「俺の名前はニコラス·ジェラード。 よろしく」
「長谷川良太です」
自信と余裕が感じられるニコラス。 それに比べてリョウタはこれから起こることに不安を感じている。
「ここが何をする所か知ってる?」
「そうですね…、どうやら白光騎士団の建物ではないでしょうか?」
「そうだ、正解だ。ここは白光騎士団日本支部本部だ」
「本部…!」
一生行くことがないと思ったところにいるのが不思議なリョウタ。しかし、このような形で来ることになったのが残念だった。
「君を呼んだのは毎回ある形式的な過程だ。普通、侵食者が捕まってきたらこうやって話をすることになるんだ」
「はい…」
「君もその現場にいて知っているが、昨日は本当にすごいことが起きた。ニュースには報道されないだけで、侵食者たちは思ったより多くの被害を及ぼしている。でも昨日あったことはここ数年あったことの中で一番大きい」
「…僕もそう思います」
一夜にして家族や知人を失い、侵食者となったリョウタは誰よりもそれを感じていた。
「だから今、世界全体がこれに注目している。一体誰が何の目的で起こしたのかリアルタイムで調査中だ。総理大臣は責任を感じて辞任するという話が出るほどだ」
「そんなにですか?」
「君はニュースを見ることができなくて知らなかっただろう。更に侵食者をもっと強圧的な方法で捕まえなければならないという世論がますます形成されている。 それで、うちの白光騎士団では夜明けから今まで眠らずに活動する隊員もいるぞ。上層部の圧迫がひどいので」
「…それでは僕が経験したことを全てお話しすればいいですか?」
ニコラスはリョウタの言葉を聞いて驚いたた表情を浮かべた。
「まあ、そうだけど···.. これは本当に困惑した」
「どうしたんですか?」
「いや、普通侵食者がこんなに協力的に出てくる場合は極めてないんだ。欲望に素直になったせいか自尊心が強い場合が多い。それに聞いたところによると、君は素直に捕まったそうだ」
「はい…、そうです」
「君はどうしてそんなに行動するんだ? 俺を油断させるための計画なのか?それとも侵食初期だからまだ大きな影響がないのか?」
「そうおっしゃっても···」
リョウタは自分で感じるにも侵食される前とあまり変わらないので不思議に思った。ニコラスの話によると、今頃何か変化を感じていたはずなのに、そんなことは全く感じられなかった。
「ふむ…なんでも俺にはよかった。それではゆっくり君の話を聞かせてくれ」
リョウタはクリスマスにあったことについて詳しく説明した。老人ホームでボランティア活動をしたことから、その後孤児院でパーティーをしたこと。突然のテロにサトウとの戦いまで。もれなく全部説明した。リョウタは話をしながら記憶を思い出し、涙が出そうとした。
「…そうか、話はよく聞いた。クリスマスにそんなことを経験して侵食者になったなんて本当に残念だ。これは本気だ」
「…ありがとうございます」
「そしてあらかじめ君に関する資料を読んでおいた。元々はボランティアを希望するんだよな? 成績と運動能力は平凡だが利他心だけは優れているという評価が書かれている。良くない過去があるにもかかわらず、 こういう評価をもらえるのはすごいことだ」
「あはは、ありがとうございます。でも僕は平凡です」
ニコラスはそのため、リョウタを不思議に思った。今まで見たどんな姿からも到底侵食者という感じを受けなかったためだ。
「最初は資料を読んで信じられなかった。普通侵食者はその前から症状が見えるんだ。主に信念が弱かったり醜悪な欲望に満ちた人々がなりやすい。もちろん、皆が侵食者に変わるわけではない。望んでいなかったのに、変わった君のようなケースもあるし。特に君は暗い過去があるが、その後10年間目に見える症状が記録されなかった。 反面、昨夜君が戦闘をしたサトウという男はミュージカル俳優という夢が挫折し小説作家に転向したが、それさえもうまくいかなかった。その後、生活苦と劣等感によって侵食者になったと推測中だ」
「サトウさん…あの方は大丈夫ですか?」
リョウタは自分の発言に対して良心の呵責を感じた。サトウは多くの人を殺害した明白な悪人。しかし、それでもすでに戦いをあきらめた相手に無差別的な暴力を振るった事実が気になった。
「君がそんなに攻撃しておいて心配するのか? ハハハ、君は見れば見るほど不思議だな。騎士団にも君のような人はほとんどいない。いや、社会全体を見ても見つけるのが大変だと思う。サトウは施設にいる。もしかして罪悪感を感じるのか?」
「こんなこと言うのは恥ずかしいですが、正直そうです…」
「恥ずかしがる必要はない。その状況でそうしなかったら、君とアユムはきっと死んでいただろう。生存のための当然の闘争だ。だからこそ、その結果、侵食者になったのが残念だ」
「…当然の闘争。ニコラスさんは侵食者を制圧して殺したことがありますか?」
ニコラスはしばらく考え込んでからまた口を開いた。
「急に重い質問をするな··· ないと言ったら嘘だ。君のように素直についてくる場合は本当に少ないから。そもそも処刑も許されてるし」
リョウタは深く考え、口を開いた。
「僕は前から気になっていました。どんなに悪い人でも殺すのが正しいのか。処刑の権限は誰がどんな資格で付与するのか」
「侵食者がこんなことを言うのは驚くべきことだ。 まあ、それはその通りだよ。俺たちは白い制服を着ているが、いつも赤い血で濡らしている。血がついたのが分かりやすいから罪悪感を感じるにもいいと思う。しかし、時間が経つにつれて制服につく血に対する拒否感が少なくなっていく。 だんだん暴力に対して慣れてきているんだ。そのうち殺したりもする。実際に過剰鎮圧という話も出るしな。 仕方なかったと言ったら言い訳に聞こえるか? 相手は明白な悪人だから構わないと思うだろうか? 正当な暴力と殺人は果たして存在するのか? 俺もやはり何が正解なのか分からない。ただ人を守るという義務で動いているから。とにかく彼らは多くの人々に被害を与えるから。まあ、君の話を聞いて俺が一番恥ずかしがったのは、このような悩みを止めた事実だろう。 騎士団には君のような人が一番必要かもしれない。少なくとも自分の行動を振り返ることができる人がね」
「…よく聞きました」
ニコラスは深くため息をつき,考え込んで再び口を開いた。
「これはむしろ俺が尋問されている気分だ。実際、君は特に大きな罪もないし、侵食者という理由だけでここにいるからな。むしろ罪があるなら俺の方だ。相手がいくら怪物だとしても、俺もやはり多くの命を奪ってるから。だからもっと暴くのが大変なんだよ。俺もこの仕事を長くしてきたが、こんなケースは初めてだ」
「それでは僕はこれからどうなるでしょうか?」
「気持ちとしては社会に復帰させてあげたいけど、そういうことはできない。侵食は緩和できるけど、時間が長くかかって完全に治療した事例はまだ聞いたことがない。だから完全な復帰は不可能に近い。そして昨日の出来事によって侵食者に対する警戒がさらに強化されたし」
リョウタはもう二度と民間人に戻れないことに大きな悲しみを感じた。不本意ながら自由を奪われた事実があまりにも悔しかった。
「まあ、今日はここまでにしよう。今すぐ変化があるには難しい。けど、後で特異ケースができるかも知れないぞ」
「そう言ってくださってありがとうございます」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
リョウタは自分の部屋に戻り、同じ席にまだ座っているニコラス。その時、白いガウンを着た短い黒髪の女性がノックをする。
「ニコラス、ちょっといい?」
「橘か?いいぞ」
タチバナと呼ばれた女性は手に書類を持っていた。
「長谷川良太の面談は終わった?」
「30分前に終わった」
「どうだった?」
「正直、侵食者だなんて信じられない。むしろ普通の人よりもっと優しい子だ。ここに閉じ込める必要もないと思うぐらいだ」
「そういう言葉、上層部が聞いたら放っておかないよ」
「知ってるよ。ところで、どうした?」
「これを見て」
書類にはただリョウタの情報が書かれていた。特に変わったことはなさそうだった。
「これがどうした?俺もすでに見た資料だぞ」
「こっちを見て。長谷川良太は5歳で孤児院に入った。でも、両親が殺されたのは4歳の時のこと。1年間の空白がある」
「まあ…どこか一時保護所にでも入ったんじゃないか? 侵食者による被害者はよくあるから。それとも書類作業で単純なミスをしたかもしれないし。あまり気にすることではないと思うんだけど」
「一時保護所に入ったら、その記録も残るのが原則だよ。特に子供たちの場合は大人より集中的な観察のために細かく書いておくし」
「それはそうだけど…」
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