7話目 魔獣人国エシュレメント

──────ヴェラディンとメモリィが出会った日の夜。

一人の女が夜の暗い廊下を歩いていた。

「失礼致します。ファルド様。少しだけお時間頂いても宜しいでしょうか?」

「許す。入れ。」

女が背丈の2倍ほどの巨大な扉を開いた。キイッと軽く扉のきしむ音が静かな廊下に響く。

「要件は何だ?」

扉の先には熊のような巨大な体と肉体を持った男、ファルドが堂々と座っていた。手には顔つきに似合わぬ可愛らしい兎のぬいぐるみが掴まれている。

きっと現在入院中の娘から貰ったものだろう。

親バカにも困ったもんだ、と女はため息をついた。ファルドに睨まれ、慌てて気を取り直す。

「呪いの子についてです。」

「新しい情報でも入ったか?!」

ファルドが机を勢いよく叩き、身を乗り出した。

呪いの子の情報となるとファルドはいつもこの反応になる。女はもう一度呆れたため息をつき、

「情報を伝えるので座ってくださいませ。」

と言った。ファルドは素直に座り直したが、上半身がやや前へと出ている。

「私の者たちがルルフェンと呼ばれる町で呪いの子らしき少女を見つけたそうです。」

「なぜ呪いの子だと分かった?」

ファルドは興奮を抑え冷静にそう言った。

「その少女が何かを召喚していた時、風にあおられて服の中が少し見えたそうです。その時、脇腹に魔王の痣のようなものが赤く光っていたと言っていました。」

「ほう……痣が赤く光っていたと……それは興味深いな。」

ファルドは顎に手をあて面白そうに言った。

「それで……俺が言いたいこと、分かるか?」

ニヤッと笑い、ファルドが女へと視線を向ける。そこで女は本日3回目のため息を吐いた。ため息が癖になってしまったと思い、女はもう一度ため息をつき、

「分かってますよ」

と一言告げた。

「じゃあよろしくな。」

ファルドはひらひらと手を振り、疲れたように部屋を後にした女を見送った。







翌日。

「おじさーん。いますかー?」

「だからおじさんって呼ぶな!ボス!」

「無理です」

私とおじさんの騒ぎ声が朝の少し静かなギルドに響き渡る。

「で、何だ?ボス。朝早くに。」

「依頼を達成した報告です!」

満面の笑みを浮かべる私。そんな私とは裏腹におじさんは信じられないとでも言わんばかりの険しい顔を見せてきた。

「────見せてみろ。」

え、でもここでおじさんの等身大くらいのランカウを出したら……

「ギルドの中がランカウで埋め尽くされちゃうんですけど…それでも良いならいいですよ。」

「はぁ?!」

眉間によったシワがどんどん増えていく。もう眉間だけ見たら立派なお爺ちゃんだ。

「おじさん、そんな顔したら老けるよ?」

「黙れ!」

善意で言ったのに突っぱねられると悲しい。

「………ボス」

「はい?」

突然話しかけられて顔をあげると諦めたような顔をしているおじさんと目があった。

「その依頼の支払いは別の国なんだが大丈夫か?」

「はい。全然平気ですよ!」

「それじゃあ安心だ。その国の名はな───」

「エシュレメントですよね?!」

「おぉ。よく分かったな。そう、そこだ。そこに住んでるロデフっていう貴族が支払いをしてくれる。」

エシュレメント…!魔獣人国エシュレメントだ!

魔獣人国エシュレメント。

獣人、魔人などと「人外」の者達が集まる国で、このゲームの国のなかでもかなり栄えている国だ。ちなみにそこが一番ギルドの規模が大きいし依頼数が多い。

なのでもちろんそこに関わるイベントも多いというわけだ。

「はい!分かりました!では今から行ってきます!」

「今からか?!」

ギルドを飛び出してすぐさまヴェラディーを呼び出した。

(オ呼ビデショウカ ヴェラディン様)

すると、闇から飛び出してきたヴェラディーが突然(思念伝達で)喋りだしたではないか。

「ヴェラディーが喋れるようになってる…!」

(ハイ 子供達ニ教ワリマシタ ヴェラハ 思念伝達ヲ使ワズトモ 話スコトガデキルヨウニナッテイマシタヨ 私モ『思念伝達』ガナクトモ会話ガデキルヨウニ頑張リマス)

そう言って胸を張るヴェラディーはいつもより何倍も凛々しくカッコよく見えた。

「カッコいい!カッコいいよ!ヴェラディー!」

言葉がなくても大体の意思疎通が出来ていたけど、言葉があるとより分かりやすい!

後でご褒美に子供達に魔力いっぱいあげよう。ふふふ。

ヴェラディーに飛び乗ってたてがみを乱暴に撫でる。

「じゃあ行こっか!目的地はエシュレメントだよ。」

(了解シマシタ)



───────



「はあ……中々見つからないなあ……」

女が疲れたような声を出した。

(そもそも隊長から逃げきって6年経っても生き残ってる人間なんて子供でもそう簡単に殺せるわけないんだよ。)

そしてふと空を見上げる。

空を飛ぶヴェラディーとヴェラディンの姿が目に入った。

(何か不思議な子がいるな。まあ、あの子は呪いの子とは関係な─────)

い、と言おうとして、女は驚愕した。

少女ヴェラディンの左脇腹に、赤い何かがあることに気がついたのだ。

(まさか………あれは?!)

あの瞬間を脳裏で描いてみれば見るほどアレは魔王の痣に見えてくる。

呆気にとられている合間にヴェラディーとヴェラディンが見えなくなった。

(あの方角は…エシュレメントに向かっているのか?)

女の口角が自然と吊り上がっていく。

「フフフフフ………見つけちゃった」

女は一人、静かな朝のルルフェンの町で笑い声を漏らし続けた。



───────



「ん?アレかな?」

ぼんやりとだが高い建物が見えてきた。

(ハイ アチラガ「魔獣人国エシュレメント」デゴザイマス)

「ふああああ……!!ゲームで見るより綺麗で素敵……!!」

(「ゲエム」? ゲエムトハナンデスカ?)

「ふふ。気にしないで」

(……?)

頭の上にハテナマークを浮かべるヴェラディーの上で私は興奮で顔を赤くする。

楽しみすぎる………っ!!



───────



(デハ失礼致シマス)

ヴェラディーがエシュレメントの前にある林の中で降り、召喚空間へ帰っていった。私が持っている召喚空間をいつでも行き来出来ると言っていたので子供達への魔力食料も渡しておいた。

(こんな姿じゃあまた絡まれそうだな)

「『身体偽装』『能力値偽装』」

『身体偽装』で高校生くらいに偽装し、ついでに『能力値偽装』で自分のレベルを低く偽装する。レベルで舐められるのは嫌だが、『能力値透視』で勝手にステータスプライバシーを覗き見されるのも何だか嫌だからだ。

「あの……すみません。この国って入るのに証明書とか要りますか?」

エシュレメントの入口らしき門の端に立っている門番らしき人に声をかける。

ゲームだとなにもいらずに入れるはずなんだけど─────

「いや。1000フィル払ってもらえれば誰でも入ることができるぞ。」

その言葉に私の目の前が真っ暗になった気がした。

や、ヤバい!戦ってたモンスターは金持ってないのばっかだったし食材とかで金使っちゃったよ……!

残額は────

「250フィル………」

ガクリ、と項垂うなだれる。

「金がないのか?なら帰った帰った」

しょんぼりしながら仕方なく帰ろうと振り向くと。

(『身体偽装』している)私と同じくらい年の女性が立っていた。

その女性のキリッと吊り上がった目と私の視線がぶつかる。

誰だろう?ゲームではこんなキャラ見たことないはずなんだけど……

「ごめんね!待ち合わせ遅れちゃって」

その女性はまるで親友に話しかけるように私に喋りかけてきた。

「?人違いじゃ────」

「はい、おじさん。2000フィル!入っていい?」

「ああ。ようこそエシュレメントへ。」

「行こ!」

女性に手をひかれ、私はされるがままに門をくぐった。



「あ、ありがとうございます!」

少し経って、私がその人に助けられたということに気がつく。

すると女性はニカッと愛想よく笑った。オレンジ色の瞳が細められる。

「いいっていいって!」

あぁ、本当にいい人だ。こんな人がゲームに出てこないキャラだなんて思えない。

「今度ちゃんと支払いますので貴方の名前を教えてください。」

「フィリス、だよ。」

フィリス…!可愛い名前…!

本当にゲームに登場しないキャラだとは思えないなぁ………でも覚えてないはずないんだよね。

「私大体ここにいるからここに来てね」

と言ってフィリスさんは簡易な地図を私に渡した。丸で囲まれた場所がフィリスさんのよくいる場所なのだろう。

「ありがとうございます!ではまた!」

そう言って私はフィリスさんと別れた。

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