6話目 魔王様

「えっえええええええ?!?!」

「タダで済むと思った?」

「い、いえいえいえ!!そんなことは!思っておりません!」

少ししか!

「───白き空間よ。私達を包み込め」

メモリィがそう唱えると、目の前の景色がぐにゃりと曲がった。気持ち悪いと思う暇もなく私はいつの間にか真っ白な空間へと移動していた。

足元も真っ白。どこまでも続く「白」がこの空間を埋め尽くしていた。

「な、何ここ?!」

「私が召喚した空間よ。ここなら何も気にせず戦いに集中できるでしょう?」

フフン、と得意そうに笑うメモリィ。可愛い。

「準備はいいかしら?か弱い子供と戦うのは大人気ないけど、許してね」

駄目です。ずっと駄目です。だけど戦う以外にメモリィと以後会う接点がないのなら───

「はい」

戦ってやる!絶対メモリィを私の召喚魔女にするぞ!

「よぉい、START!」

「『知力上昇』!『攻撃力上昇』!フィジアビリーアップうううう!!」

とにかく守りを固める!

私の体は黄色く光り、次に青く光り、次に虹色に輝いた。体中から力が湧き出てくる。早く攻撃をしないと溢れそうなくらいに。

「そんな魔法使えたのね!!でもMP大丈夫?」

褒め言葉か挑発か分からない言葉を投げかけてくるメモリィ。

「サモン」

大剣魔王の証を取り出し構えた。

メモリィとの距離を詰める。

「っ……?!あなたその武器って────」

さっと顔色を変えたメモリィの言葉を遮り力任せに一振り。

空気の揺れと共に衝撃音が辺りに広がった。

メモリィが紙一重で避ける。距離を開けたメモリィの額には微かに汗が滲んでいた。

さすがにこれくらいは避けられるか。

「『能力値透視』」

ステータスを見て戦い方を決めようと、スキルを使う。

ぼやぁとメモリィのステータスらしきものが浮かび上がる。ぼやぼやとしていた文字が整っていく。

『メモリィウィッチ  Lv.562


HP 47480

MP 8700』

読み取れた文字はそれだけ。後はぼやぼやとしていて読めなかった。が、それどころではない。

「レベルが100超え?!」

思わず大剣を放り投げ、メモリィのステータスを凝視する。

HPの桁がおかしいんだけど?!ボス並みになってる?!

当の本人メモリィは、私を凝視しながら突っ立っていた。口を開けたり閉じたりする動作を繰り返して出てきたのは声にもならない掠れた音だった。

「魔、王様」

ビクッと私の心臓が跳ね上がった。メモリィのステータスが溶けるように消える。

え?今魔王様って言った?気のせいかな。そっか!気のせいだ!空耳だ!

「魔王様」

ハッキリと耳に届いた言葉。つうっと頬に冷や汗が滑り落ちる。

えー……と。なぜ魔王ということがバレた?というか、まだ私魔王じゃないんだけど。

「ま、魔王とは誰の事でしょう?」

一応確認。もしかしたら私を見て急激に以前の魔王との思い出が浮かんできたという可能性はある。

───かなり低いけど。

冷や汗をダラダラと垂らす私を見て、メモリィはすっと腰を下ろし、片足の膝を地面につけひざまずき、うつむいた。

「えっえっ何?!」

「魔王様。お会いすることが出来て誠に光栄でございます。今までの無礼な態度、お許し下さい。」

………………?

……え?ちょ、今何が起きてるの?

えっと、メモリィのレベルが100を超えてて驚いていたらメモリィが私のことを魔王とか言いながらなぜか跪いている、というのが今の状況……か。

────状況に対する理解力が乏しいことを今初めて知ったよ。

「なんでメモリィウィッチさんは突然こんな態度に?」

「メモリィとお呼びください。魔王様。魔王様にはこの様な態度ではないと、掟に反することになってしまいますので。」

───私が未来の魔王ということは決定らしい。いや、魔王にはならないけどね?

「メモリィ。私は魔王ではありませんよ?ただの幼女です。」

「その見た目で幼女なんですか?」

じっと私を見つめるメモリィに私が今変装中だと言うことに気がついた。

「『身体偽装』解除!………ほら。幼女でしょう?」

慌ててもとの姿に戻す。背が大分小さくなったので、跪いているメモリィと目線の高さが変わらなくなる。

「確かに幼女らしき見た目ですね。ですけれど、貴方様が魔王であることに変わりはありません。」

「それはなぜ?」

「魔王様がつい今しがた放り投げた剣。「魔王の証」ですよね。」

私は硬直した。

────未来の魔王ということを自分で示してた!!これは確実に自分の失態だ!だから分かったんだな、メモリィは。

自分の行動があまりにも馬鹿すぎて、恥ずかしさのあまり顔が真っ赤になる。

「───その反応ということは、あれは「魔王の証」で間違いないようです。」

メモリィは安堵のため息をついた後、私を見つめ直した。今さっきより目線が鋭い。

「魔王様」

「はいっ」

思わず声が裏返る。

「今までは反抗的でしたが、今はこちらからお願い致します。」

一度言葉を切って、続けた。

「私を貴方様の召喚魔女にさせていただけないでしょうか。」

メモリィの言葉と目が私に突き刺さる。

今までの私を見下していた色はなく、逆に地中から空の上を見ているような色が瞳に写っていた。

地中から引き上げてあげるように私は手を差し伸べた。

「喜んで」

偉そうな口調だったかも?と思ったが、メモリィの目が輝いていたので気にしてはいないようだ。

「ありがとうございます!魔王様!」

「敬語やめて。あと私は魔王じゃないから。ヴェラディンって呼んでよ。」

メモリィに今更敬語を使われるとなんだか気持ち悪い。

「………敬語をやめることはいくら魔王様の命令だとしてもできません。それと魔王様は魔王の後継者なので魔王様なのです。」

少し迷った後、メモリィはそう言った。

後継者うんぬんは置いといて、魔王様という呼び名はせめて変えてほしい!私は魔王になる気などこれっぽっちもないのだ!

「ヴェラディンって呼んでって。そ、れ、と。私は魔王になる気はないから。」

そう言うと、メモリィは信じられないと言わんばかりの顔になった。

「何故ですか?!」

「嫌だからだよ。そんなに魔王が好きならメモリィがなればいいじゃん。そんなに強いんだし─────メモリィ!」

「はい!!」

少し声を大きくしてメモリィの名を叫ぶ。そう言えば、疑問がまだ疑問のままだった!

「メモリィのレベルさ。100超えしてるのなんで?」

真剣な顔でメモリィにそう訪ねたら、メモリィはこてん、と首を傾げた。

「魔物のレベルが100を超えるのは当たり前ですよ?人間じゃあありませんし。」

常識ですよ?と不思議そうにメモリィは言った。

───へ?

いやいやいや、あり得ないんだけど?魔物のレベルが100超えちゃったら人間が倒せるわけないじゃん。そしたらもうそのゲーム可笑しいから!主人公が負けるために作ってるようなものだから!



色々と講義した結果、ゲームとは設定が少し変わっていることが分かった。

メモリィが言っていたことは本当で、魔物がレベル100を超すことは常識らしい。でも、レベルが100になった途端、全くレベルが上がらなくなる。具体的に言うと1年間戦い続けて5上がることが最高みたいな感じだ。

「へー。魔物いいなぁ。」

私も魔物だったら主人公に勝てそうだな……。

すると、またメモリィは不思議そうな顔で告げた。

「? 魔王は魔人ですので魔物の1人ですよ?」

え?そうなの?私って人間じゃないの?

新たな事実に混乱する。

「はい。ヴェラディン様は魔王の痣をお持ちでしょう?その痣を持った者は皆魔人なんですよ。だから弱い人間たちはそのような者を殺そうとするのですよね。」

私の疑問に答えるようにメモリィはそう言いため息をついた。

私は魔物なんだ…ゴブリンなんかと一緒にされるのは嫌だけどレベルが100を超えられるって凄く良いじゃん!

思わず

「ふふふっ」

と声が漏れる。

「あぁ、すみません。このようなところで長居させてしまいましたね。今戻します。」

メモリィがハッとしたように手を口にあて、何やら呟いた。

途端、真っ白だった視界が明るくなり、目を開けたときにはルルフェンの裏道に戻っていた。

何度体験しても不思議だ。───まだ一回目だけど。

「魔王さ…いや、ヴェラディン様。召喚空間を……」

「あぁうん。これに入って。」

「感謝いたします。」

召喚空間にメモリィを入れ、召喚空間を閉じる。

かなりの大事おおごとだったけど無事に終わって安心だ。

それにしても魔物の新たな設定にびっくりしたなぁ。

子供達に食料魔力を与えつつ思い出に浸る。

「あの……」

「ん?どうしたの?チルフェ」

私と同い年くらいの可愛い男の子がおずおずと声をかけた。

「ランカウ討伐…でしたっけ?その依頼はどうするんですか?忘れているわけないですし……」

「忘れてた!」

「ええっ」

チルフェが驚いた顔を見せた。

そうだ!そんな依頼あったな!あんな重要なイベント依頼を忘れるとは…

「ありがとうチルフェ!お陰で思い出したよ!」

お礼も兼ねて精一杯の笑顔と少しの魔力をチルフェにおくる。

「いえ、こんなことで……ありがとうございます。」

チルフェは顔を赤らめ、子供達の方へと逃げるように走っていった。

うふふ……これから大金が貰えそう……♡

楽しみだなぁ。

私は顔を緩ませまくり、ランカウの匹数を数え始めたのだった。

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