5話目 メモリィウィッチ

「『身体偽装』」

ルルフェンに戻ってきた私は裏路地に素早く隠れて早速スキルを使う。そろそろ気絶させた大人たちが起きてくるころだろう。フィーナが私に気づいたりしたら大変だ。

金色の光の粒子が私を包む。温かくて柔らかい、なにかに撫でられているような感触が気持ちよくて、思わず目を閉じる。


しばらくして裏路地がもとの暗さに戻り、そっと目を開ける。

本当に偽装できてるのかな……?!

試しに髪を目の前まで持ってきてみる。

月のない夜のように真っ黒だった髪が、艶のある白銀に変化していた。

白銀………かわいいっ……!!

自分の髪を全力で肌に擦り付ける。こんなところを誰にも見られてなくて良かった!

しばらくして興奮が収まる。

他の変化を探してみることにした。

手から魔力で水を放出し、鏡のように平らに張る。

試しに覗き込んでみると、まるで本物の鏡のように正確な自分の姿が写っていた。

うん。鏡っぽいな。これで自分の全身が見れるぞ!



───────



しばらく『身体偽装』での自分の姿を観察した結果、偽装前と違うところがかなりあった。

白銀の髪。見た目は年上を想像していたせいか、中学生くらいになっている。闇のように濃い紫色の瞳は太陽の光のような黄色に染まり────なんというか、ゲームのヒロインになった気分だ。

一応変装はしたけど……フィーナに会いませんように…!



───────



「失礼しま────」

「フィールを探して!!さっさと見つけろよ!!」

私の声をかき消すように女性の金切り声がした。

…………はぁ。この声は、確実にフィーナだ。

私、運悪い?嫌だなぁとか思ったら確実にそれ起こっちゃうんだけど??

「依頼に登録なさいますか…?」

「さっさとしろ!!あいつは高額で売るんだよ!」

───目の前で本性晒されてるんだけど……。

本当のフィーナ義母の姿に落第する。

依頼とかで探されても面倒くさい。適当に止めるか。

「あの───」

「何?!」

もの凄い形相で睨まれる。

フィーナ……そんな顔できたんだね。

「フィールさんは探しても無駄だと思いますよ。」

「何であなたにそんなこと分かるのよ。」

少し興奮が収まってきたのか、声に冷静さが混じってきた。

「え、えっと…フィールさんは神の子だからです!」

言ってまず思ったこと。「私、なにを言っているんだ?」

かなり突拍子もないことを言ってしまった。

しかも私、どちらかというと「神の子」というか「呪いの子」なんだけど!

フィーナのこちらを見る目には、思った通り疑いしか込められていなかった。

「何であの子が神の子なのでしょう?」

予想通りの返事が返ってくる。

な、なんて言ったら納得してくれるだろう……?

冷や汗が一筋頬を滑り落ちる。

「だ、だって、他の奴隷もいなくなっていたでしょう?!しかもその時の記憶はない。それはきっと神の子の能力なんですよ!」

大分盛った発言をしたが、奴隷たちを助けたのも記憶をなくさせたのも事実だ。

お願い…!信じて…!

「…確かにそうね。」

目を伏せ、考えるように腕を組んだフィーナ。

よっしゃあ!!心の中で大きくガッツポーズをする。

「だけど」

え?だけど?

「なぜあなたがそんなことを知っているの?そんなことは言ってないはずなのですが。」

全てを探ろうとする瞳が私に向けられる。

あ!しまった!そんなこと確かにフィーナは言ってなかった!

ここで「私がフィールだからです!」といって正体を明かすのも手だけれど、こんなに誤魔化したあとだとあの時間が無駄になってしまう。

なら─────

「───フィーナさん。ちょっと来てくれませんか?」

有無も聞かぬ間にフィーナの腕を掴み、ギルドを出ようとする私。

だが、フィーナは大人なので、力で負けてしまった。

逆に引っ張られてなんにも無いところでつんのめる。

「どこに私を連れて行くのよ?しかもなんで私の名前を知っているのかしら?」

勝ち誇ったような笑みを浮かべるフィーナに面倒くささを覚えた。

早くやっちゃいたいんだけど……はぁ。

使えそうなスキル使ってみるか。

「『魔王の威厳ルシファーニティ』」

唱えた瞬間、空気が揺れた。時間が止まったと錯覚するほどギルド内が静寂に包まれる。

誰も動かない。動けない。

中学生ほどに見える彼女から発される威圧感は、まるでのようだった。

冷や汗を流すことしかできない。フィーナの勝ち誇ったような顔は一瞬のうちにして消え失せ、蒼白になる。

その時の私は────

(あれ?みんな、どうしたの??)

この状況を全く理解できていなかった。

空気の揺れも、圧倒的な威圧感が自分から発せられている事すら気づいていなかった。

「フィーナ?おーいフィーナぁ?」

フィーナの肩を叩いたりしているのにフィーナは反応しない。唯一の反応といえば、肩に触れるたびに、フィーナが壊れたロボットのように震えるくらいだ。

スキルが効いてるのかな?自分にそのスキルの効力が効いてないせいで威力が全く分からん…!

────ってか早くしないと!いつスキルの効力が切れるか分からない。

もう一度フィーナの腕を掴み、ギルドを出ようとする。今度はすんなりとフィーナがついてきてくれた。そのまま近くにあった裏路地に入る。

(誰も見てないよね…?)

そっと、まだ震えているフィーナの両目を両手で包む。

びくん、とフィーナが震える。

囁くように私は呪文を呟いた。

「───ヴェラディンに関するフィーナの記憶を授ける。記憶の支配者 メモリィウィッチ 召喚サモン

唱え終わった直後、コンクリートの地面から紫紺の禍々しい霧が吹き出し始めた。

やがてその霧は人状にまとまる。

しばらくして霧が晴れ、姿を現したのは────

「こんにちわ!メモリィウィッチ、人呼んで記憶の支配者でぇす!」

───禍々しいオーラを放って登場したとは思えないほど明るく美しい女性だった。

雪のように白い肌。同じく白くて長いまつげ。ぱっちりと開かれた瞳には太陽の光を秘めたような黄金の煌めきがあり、思わず見惚れてしまう。

真紅の小さな唇。薄紅色の綿のようにふわふわとした髪は2つに束ねられていてとても似合っている。

膝まで伸びた漆黒のローブを纏い、頭には魔女の帽子の代わりに杖の形をしたピンをつけている。

見た目の年齢は14歳ほどに見える。

「んで?この子の記憶貰っちゃっていいのぉ?」

軽く浮き、フィーナの頭を人差し指でつつく。

その声に私は反応しない。うつむいてじっとする。

「おーい?」

私の目の前で手を上下するメモリィウィッチ。

黄金の瞳が私のを覗き込む。

「───あなた、私のファンなの?頭の中ヤバいんだけど。」

小さな可愛い顔を歪ませ、数歩私から離れる。

その時に私が思っていたことは────

「可愛い……」

ただ、それだけ。

私はすでにメモリィウィッチ、略してメモリィの虜となっていた。

実際に見てみるとこんなにも可愛いとは!!このゲームの人気度3位だっただけあるな!

メモリィは、はじめは敵だった。

敵、というより、敵に召喚された魔女。

そして主人公と戦っているうちに、主人公の自分を殺さない優しさに興味をよせられた。その後の行動は素早く、主人公の召喚魔女となり、元召喚主人を倒す。

───と、まぁこれだけ聞いたら手のひら返しが上手い卑怯な奴みたいだが、敵はウザい奴だったし、メモリィの実力は想像を絶する。なのでこのゲームをプレイしている人たちはメモリィに対しての不満などは微塵もない(はずだ)!

「メモリィウィッチさん!」

「う、うん。何?」

「私の召喚魔女になってくれませんか?!」

「はぁ?!?!」

声を荒らげ、メモリィが更に私から離れる。

「あのですね─────」

「というかあなた!あの子の記憶くれる、って話、どうなったの?!」

「あ、そうだった!」

フィーナのことをやっと思い出し、目をフィーナの方にやる。

フィーナは世界から追い出されたようにただただぽつん、と立っていた。開いた目は私とメモリィの間を彷徨っている。

「はい。私に関する記憶、全部喰っちゃってください。」

「「私に関する記憶」って…あなたこの子に何したのよ?」

「どちらかというとフィーナのほうが……」

「ま、知ったこっちゃないけどね。」

フィーナの頭上まで浮き、小さな手のひらをフィーナの頭にのせる。

途端、メモリィがのせた手のひらから光り輝く蒸気のような霧がふき出した。

その霧は、メモリィが登場してきたときのように段々と整っていく。

そして、フィーナと同じくらいの大きさの白銀で染まった人型の霧の塊ができた。

おそらくこれはフィーナの記憶の塊なのだろう。

ちらり、とフィーナを見ると、虚ろな目で虚空を見据えていた。まるで中身がなくなったように。

「あなたに関する記憶があるところは───ここかな。」

メモリィが霧でできた人型の左腕を千切る。

千切られたところからは水状の霧のようなものが地面に滴り落ちていた。それはまるで本当に腕が千切れた時のようで、思わず目をそらす。

「いただきまぁす!」

華奢な手足で白銀の腕を抱きしめ、指の部分をしゃぶる。


食事をしている時のメモリィの姿はとても愛らしかった。────食べているものがそれじゃなかったらな……



───────



その後、私の記憶を完全になくし、混乱してパニックになったフィーナを何とか家に帰らせ、メモリィと私の二人きりの状況をつくる。

「ええと………あなたは、私があなたの召喚魔女になることを望んでいるのよね?」

「はい!そうです!……駄目ですか?」

ピシッと姿勢を正し、同じくらいの身長のメモリィに上目遣いをする。

私の精一杯のお願いアピールは効いたのか、

「うーん…どうせ暇だし、いいよ。」

メモリィはそう答えてくれた。

「ありがとうございます!メモリィウィッチさ─────」

「ただし」

私の言葉を遮り、メモリィが笑みをつくり、指をピシッと私に向ける。

「私に勝ったらね」

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