2話目 時は過ぎ

あれから数十分間ほど経った。もう周りの景色はガラッと変わっていて、今は暗い森の中を走っている。この森は「迷宮の森」と呼ばれていて、名前の通りまるで迷宮のような森だ。しかも小さい国1つ分くらい広い。1つ道を間違えただけで迷子になって野垂れ死ぬことから「死の森」とも呼ばれている。夜だからより一層暗くて、しかも肌寒い。産まれたばかりの体にかなり堪える。早めにぬけないと最悪凍え死ぬ。

森を越えたところに町があるはずだ。名前は確か……「ルルフェン」とか言ったっけ。立派な町だ。道の端っこで横たわっていれば誰か助けてくれると思う。一応魔王の痣は、炭のようなものを痣のまわりに貼りつけて怪我の後遺症ような形にしてある。これで私が魔王の痣がある子供だとバレることはしばらくないだろう。

これで町に出たときの対策はバッチリだ。

ヒュウウッ

夜の風が私の体を撫でて通り過ぎた。

ぶるぶると体が小刻みに震え始める。

────寒い。

前世ならこんなの寒くもないのに。赤ちゃんだとこんなに寒いのか。不便な体だ。

あおんサモン

バサッ

巨大な羽を羽ばたかせ、闇から出てきた黒い鳥。名前は「ヴェラ」。この鳥の名前もやっぱり魔王の名前からつけられている。このゲームの制作者、魔王の召喚する魔獣の名前、適当すぎない?

という不満を夜の闇にぶつけていると、ヴェラがヴェラディーの頭の上に乗って私を覗き込んだ。我に返る。

(ヴェラ。このまま進んだらどれくらいで森を出る?)

バサッ

ヴェラが目にも見えぬ速さで飛んでいく。ヴェラが目の前からいなくなったのは一瞬で、次の瞬間には私の頭の上にヴェラが座っていた。

(アト3ジカンホドデス)

さっ……!3時間…!!多分着いた頃には私死んでる!

(ワタシノセナカニノッテイキマスカ?トベルノデヴェラディーヨリモハヤクツケマスヨ)

ヴェラディーを目を細くして見つめながら言ったヴェラ。

ヴェラディーよりも上の位置から見ていたためか、見下すような感じになっている。

「ヒヒーンッ」

突然、ヴェラディーが帯径おびみちらへんから真っ黒な羽を生やした。羽はどんどん大きくなり、ヴェラより3、4倍ほど大きい、立派な羽が出来上がった。

大きな羽音と共に飛び上がる。

えあいーすおいヴェラディー凄い!」

私は目を輝かせて遠くなる地面を見下ろす。

ちょ、ちょっと怖いな。今私ヴェラディーにまたがっているというよりベタッとしがみついてる感じだから、少しでもヴェラディーが体を傾けたら落ちる!そして寒さが尋常じゃない。

(チッヴェラディーノヤツメ………。)

(ヴェラ、寒いの。あっためて?)

(ハイッ───エット、アナタサマノナマエハ……。)

(ヴェラディンよ。)

魔王の名前を名乗るのは嫌だが、他の名前といえば、前世の私の名前くらいしかないため仕方がない。名前だけはゲームと同じにしてやろうじゃないか。

(ヴェラディンサマ!)

背中にヴェラが乗る。ふわふわな毛から熱が伝わって体があたたまる。気持ちがいい。

そうしていると、光が見えてきた。

ううえんあルルフェンだ!」

ルルフェンの人達がみんな優しくありますように……。そう願った私であった。



───────



地面に降りる。

(ここらへんでいいかな。ヴェラディー、ヴェラ、一旦バイバイだね。)

すると、ヴェラディーが頭をこっちに向けてきた。ん?なんだろう。

(ヴェラディンサマ。マリョクヲチョウダイシタクゾンジマス。)

あっそっか。忘れてた。

召喚魔獣が食料としているのは自分を召喚した者の魔力。召喚魔獣が魔力を食べるときは、大体召喚をやめる時。稀に召喚魔獣が自身のMPを使い切ってしまった時に主人にMPをもらうこともあるが、魔法を使う召喚魔獣はあまりいないのでこういうことはあまり聞かない。

あい、おーおはい、どうぞ

小さな手から黒いモヤが出てくる。これが私の魔力だ。光の魔法を使う者なら魔力が白く輝いていたりするのだが……私の黒く濁った魔力に思わずため息をつく。

私の魔力を食べて満足したのか、ヴェラディーとヴェラの姿が闇に溶けて消えた。

どこかの家の角に腰掛ける。

───誰か私を拾ってくれ…!目をつぶって祈っていると。

「あなた……どうしたの?」

声がした。目を開けるとしゃがみ込んでこちらを見ている女の人がいた。

「あう」

適当に可愛い声を出して興味をひこうとする。

「捨てられたの?可哀想ね。おいで。」

ふわっと私の体が持ち上がる。

「あう!」

作戦成功だ!こんなにあっさり成功するとは…!そんな私は浮かれすぎて気づかなかった。

あんなに優しそうに微笑んでいた女性が、

「大きくなったら売ってあげるわ。」

と言って歪な笑みを浮かべていたことに。



───────



「おはようございます!母様!」

「おはよう。フィール。」

カチャカチャと食器の音が狭い部屋に響く。

あの時拾われた後、私はこの家で9年の時を過ごした。9年間魔王の痣があることを隠し通せていることは凄いと思う。ちなみに、「フィール」とはフィーナが勝手につけた私の名前。そして、私を拾った女性の名前はフィーナ。

いつも笑っていて、優しくて、少し怖いくらいな女性。一人暮らしらしくて、ボロボロな家に住んでいる。服もボロボロだ。こんなに貧乏なのに、捨てられていた赤子を拾って育てるとは……感動的だな。

「フィール。今日はお出かけよ。」

「やった!お出かけ大好き!」

この町の場所確認が出来るし!

「───とっても楽しいところよ。」

にっこりと笑顔を浮かべるフィーナ。その笑顔に、私はなぜか胸騒ぎがした。

「さ、行きましょう。」

「………はい。」



───────



「───着いたわよ、フィール。」

「ここは?」

手をひかれて連れてかれた場所は、とても楽しい場所とは思えなかった。

広場のような場所に荒い作りの長椅子がたくさん並んでおり、ボロボロの服を着た、私より少し下くらいの年齢の子供たちが座っている。30人ほどだろうか。みんな生気がなく、うつむいている。よく見ると手首に巻かれている鎖が長椅子に繋がっていた。

────あ、これから何されるか分かったかも。そういやこの町、が盛んだったな。

フィーナに握られている手を振り払おうとすると。

「ダメよ。」

力が込められた。痛いくらいに。

マッマズい!これは売られるパターンだ!

えっと、これも多分ゲームの展開だよね。記憶を必死で探る。

『私は6歳ほどのころ、母親だと本気で思い慕っていた女に奴隷として売られた。闇の力で逃げようともしたが、そうすると魔王の痣を持つ者と疑われてしまう。と思い、私は抵抗せずにそのまま売られた。地獄の日々だった。ある日、闇の力が勝手に暴走しだした。そのお陰で奴隷生活は終わったが、私はしばらく追われ続けた。』

そんな魔王のセリフが頭の中に響いた。そうだ。これはゲームの展開なんだ。じゃあ、このまま進むと私は売られる。そして闇の力が暴走して追われる日々となる………。

────どっちにしろ追われる?今闇の力を使っても、売られた後に闇の力を暴走させても結果は一緒?耐え続ければ大丈夫だよね?

これからどうすればいいのかが分からない。


ガチャッ


鎖のような音がして我に返る。私は、いつの間にか手首に鎖が巻かれ、椅子に座らされていた。

あ、売られる。

その時私は決めた。

「サモン!」

目の前に真っ黒な空間が現れ、その中からヴェラが飛び出してくる。

私の姿を見て、すぐさま鎖をつついて切ってくれたヴェラ。

すぐに立ち上がる。

決めた。ここで逃げる。でも追われるのはごめんだから、ここにいるみんなの記憶をなくしてから逃げる。

「なんだコイツ!」

「逃げようとも無駄だぞ!」

誰かの護衛らしき男たちが剣を構える。その中には鞭を構えている人もいた。武器を構えている人は合計で7人。いけるな。

「フィジアビリーアップ!」

呪文を叫ぶと共に体から赤い蒸気がふき出してきた。これは身体能力が全体的にかなり上がる魔法だ。これでこんなに小さくても戦えるはず。

「ヴェラ。子供たちの鎖を切ってあげて。」

(リョウカイ!)

ヴェラが鎖をつつく音を聞いた瞬間、私の足が動いた。6歳とは思えない速さで男たちの前まで移動する。

「うおっ───」

「コンシャスディプ」

「何、が、起き、た……。」

「おいっお前どうしたんだ!ぐあっ───」

この場にいる大人たちを目にも止まらぬ速さで気絶させていく。

そして、最後の一人になった。

「フィール……。」

フィーナがつぶやく。相当驚いたのか、腰が抜けて立ち上がれないようだ。

「短い間でしたけど、ありがとうございます。母様。」

しゃがみ、フィーナの膝にのった手に自分の手を重ねた。

「フィール───」

「コンシャスディプ。」

ゆっくりと後ろへ倒れていくフィーナ。

完全に気絶していることを確認する。

「コンシャスディプ」は部分的にしか記憶が消せないからなぁ。後で一人で騒いでそうだ。

(カンリョウシマシタ、ヴェラディンサマ。)

「あぁ。ありがとうヴェラ。はい、どうぞ。」

黒いモヤ(魔力)をヴェラに渡す。ヴェラはそれを受け取ると、満足気に闇の空間へと帰っていった。

「みんな、無事?」

くるり、と振り返って子供たちに話しかける。

子供たちは相変わらず暗い顔をしていた。

「は、い。」

「ありがとうございます。」

「でも───これからどこに行けばいい……?」

「確かに…。」

「また捕まったら……。」

不安の声がたくさん聞こえてくる。確かにこの子たちは一人で生きていくスキルがない。うーん。どうにかして救ってあげたいなぁ。

あ、そうだ!

「あなたたちは、みんな私が守ってあげる!だから捕まる心配はないわ!」

両手を広げ、みんなに伝わるように大きな声で言う。

途端、子供たちの暗かった表情がみるみる明るくなった。

「本当ですか!」

「ありがとうございますっ!」

「何でもします!」

「嬉しいっ……。」

たくさんの感謝の言葉を聞き、私は、今さっきとんでもないことを言ったことに気がついた。

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