第3話:ハルの成長。
猫がふつうに服を着て部屋を歩いて「おはよう」とかってしゃべってる
光景は奇妙なものだった。
ハルの首から下は猫の体型じゃなく、ちゃんとした人間の体型なのだ。
だから手のひらや指も、足も足の指も、人間と同じになっていた。
とうぜん尻尾もなくなっていた。
まるで猫が進化したみたいに。
見慣れない光景というものは慣れるまで時間がかかるものだ。
慶彦さんも麻美さんも頭では分かっていたが、時々 ぼ〜っとしてて家の中でハルと鉢合わせになるとゴキブリとでも 遭遇したかのように驚いた。
その間もいろいろ教育しなきゃならないこともあった。
ちゃんと自分一人でトイレができるようにお箸もちゃんと持って自分でご飯が
食べられるように。
その頃にはもうキャットフードは食べなくなっていて、普通にキッチンテーブルの
椅子に腰掛けて、みんなと同じ食事を取っていた。
もちろんハルは外に出てマーキングとかもしなくなっていた。
あと基本的な勉強や、常識的な知識まで・・・陽菜はハルの面倒をよく見た。
二人が机に向かって楽しそうに、しゃべってるところを誰かが背後から見たら
普通に恋人同士のように見えただろう。
そしてハルは見る間に陽菜と同じ身長になった。
ある夜、陽菜は夢を見た。
それは自分が居間のソファーに座っている時だった。
後ろから誰かの気配がしたと思うと、ハルが陽菜の肩を叩いた。
ハルは「いいもの見せてあげるよ」そう言って猫の被り物を取った。
そこには顔が無くのっぺらぼうの人物がいた。
陽菜は、怖くなって、それで飛び起きた。
「ああびっくりした・・・夢だったの・・・よかった〜」
それからしばらく、そのことが脳裏を離れず、なかなか寝付けなかった。
ほんとのところハルの正体は分からないままなのだ・・。
そんな夢を見たってことは陽菜の心理の中にハルが何者なのかという疑問が
あったからだろう。
それからは同じ夢は見なくなったが陽菜にはなんだか最近ハルがいい青年に
成長してるように見えた。
猫なのにだ。
容姿はたしかに猫なんだけど、立ち振る舞い言葉は人間の男となんら変わりない。
頭は猫だったけど首から下は人間そのものなのだ。
体にはふわふわの毛も生えていない・・・。
でも問題もあった。
今はハルを外に連れ出せないってことだった。
近所の人に見られたら、何て言われるか分かったもんじゃない。
最近は狼の顔の着ぐるみを着たバンドなんかもいるから、 知ってる人は、
そのたぐいのものだと思ってくれるかもしれないけど・・・。
若い人ならいざしらず、お年寄りには分かってもらえそうになかった。
だからなるべくハルを窓際に近ずけないようにして外からはハルが見えない
ようにした。
隣近所からしてみれば桜井家に男の子が急に現れたらおかしいって思うだろう。
まあ、養子にもらったって言えば、いい話なのだが・・・。
ハルは猫だったけど、瞳は吸い込まれそうなブルーで顔立ちも整っていて 猫の中でも超イケメンだった。
そしてとうとうハルの存在が「美紀」にも知れることになった。
滅多にこない美紀が暇だからと言って桜井家に遊びに来たのだ。
最初はなるべくハルを見せないよう努力したが、ハルを縛っておくわけにはいかず なし崩しにバレてしまった。
ハルは客が来てようが、来てなかろうが関係なく家の中をうろうろしていた。
人間と変わらないハルを目の当たりにした美紀は、鳩が豆鉄砲でも食らった
ような顔をして驚いた。
しかたなくことの詳細を説明してようやく納得を得た。
美紀は、子猫の時のハルしか知らない。
陽菜からスマホのハルの写真を見せてもらっていたからだ。
「このこと、絶対広めないでね」
「分かってるけど・・・言っても誰も信じないと思うよ、 私だってまだ
信じられないんだから・・・」
「でもハルってイケメンの猫だね、人間の男なんかより、よっぽど良くない?」
「ん〜まあ、角度を変えて見ればね」
「なにそれ?」
「つまり猫だって思わずに人間の男の子だって思って見たらってこと・・・」
「どっちしても猫でも人間でもないでしょ、ハルって」
美紀がそう言った。
「まあいいわ、私また来るわ・・・ハルに興味津々」
「絶対、信じられないよ・・・」
「私、ハルは猫じゃない気がする・・・」
「猫の姿してるけど、進化した未来人とか・・」
「猿の惑星みたいに・・・たとえば、たまたま猫に似た人たちが住む惑星から
来たとか・・・」
陽菜が一番思っていて口に出さなかったことを美紀はあっさり口にした。
勝手なことを言って美紀は帰って行った。
それからも、ちょくちょく美紀は陽菜にじゃなくハルに会いに来た。
ハルも、もう何年も友達だったように美紀と仲良くなった。
そして一年でハルは人間の歳で言うと18歳になっていた。
陽菜や美紀と同い年。 もし人間なら充分、陽菜の恋愛対象になるわけ
だけど・・・。
なんせ猫だから・・・実は猫じゃないんだけど・・・。
陽菜もハルが何者なのか詮索することは止めた。
もう、猫と言うよりひとりの青年としてハルを見ていた。
ある日、ふっとハルに対する思いが、ただ可愛い飼い猫、普通に好きという
感情とは違う別の感情が自分に芽生えていることに陽菜は気づきはじめていた。
それは、つまり「恋」
「ありえないから・・・私、おかしいのかな?」
「待って、相手はハルだよ・・・人間じゃないかもしれないんだよ
なのに・・・私って・・・ハルに恋してるの?」
つづく。
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