第29話 亡命

左腕が折れていて使えない、その上、泳いでいる途中に魔石が切れ、義足の動きが悪くなって、バタ足が出来ず、何度も溺れかけた。だが、何とか川を渡る事が出来た。そして、目の前には、武装をしたリンデンの兵士達が武器を構えて、警戒している。

「すみません、亡命し・・・」

あっそうか、日本語は通じないか。

兵士の中から一人の男が前に進み出てきた。

「お前、日本人だな!」

兜を取ると、年配の日本人らしき人だった。武器を下げ、手を差し出す。

「良く国境を越えてきた、歓迎する望郷の同志よ!」

言葉の言い回しが妙に芝居がかった人だなと思いながら、差し出された手を取る。何とか助かった事に安堵した。


ここは、国境付近の出城近くにある国境都市コーム。その都市にある軍施設の医療室に居る。外国の教会にある部屋の様な古いレンガ造りで、そのベッドの上で自分は横になっていた。左手は完治しており、手が動く事を確かめている。昨日、聞かされた話しでは、魔力を持たない日本人は治癒魔法が効かないという事らしい。ただ、自分が川の所で戦っている所を兵士に見られており、魔法を使ったのも認識されている。本当の事を言わないと解放されないらしいので、自分が知っている事を話し、魔石をもらって、体内に魔力を行き渡らせた。そしたら、治癒魔法が効き、左腕も回復した。


アリーサ、この事が秘密だったらすみません。これから、自分が研究される事も含め、心の中で謝っておく。


今日は、どういう原理で魔法を使える様になるのか、色々と見させて欲しいとの事だ。そして、非人道的な行いは絶対しないと約束してくれた。反故にするなら、すぐ逃げ出そう。そんな事を思い出しながら、天井を見つめていると、研究者と警護らしき人々がぞろぞろと入ってきた。色々な種族がおり、エルフ、ドワーフらしき人、耳と尻尾がついている人は獣人か、中には一目見て分からない種族の人もいる。その中に一人の日本人らしき人物に声をかけられる。

「おはよう。」

「あっおはようございます。」

挨拶を返しただけだが、嬉しそうな顔をしている。

「いやー、この国に居る日本人は少ないからねぇ、日本語で話す機会も少ないんだよぉ。最近だと、妻と勝則かつのりさん夫婦ぐらいだから、嬉しくってね。勝喜かつき君は、仕事で中々会わないし、久美くみは、色々な所に飛び回って冒険してるしね。久美くみっていうのは、私の娘でね。可愛いんだよ!妻に似たんだね。それでね、妻とは、こっちで出会って。うん、恋愛結婚、それで子供も生まれるなんて」

話しが全く終わらず、後ろにいる人達はイライラしている様だ。

「あっすみません、そちらの話しはまた今度でも・・・」

「あぁ、ごめん。久しぶりだから、夢中で話しちゃったね。私は幸田久こうだひさしと言います。ここ、リンデン王国で医者兼研究者として働いています。宜しく。」

手を差し出されたので、握手する。歳は、どれくらいだろう、自分と同じくらいか?

「私、佐藤公彦さとうきみひこと申します。すみませんが、幸田こうださんは、日本人ですよね。いつぐらい来たんですか?」

「あぁ、1999年の時。これがノストラダムスの予言か!と思ったよ。その時、28歳で、こう見えて医者やってたんだよ。ちっちゃい医院で親父と一緒に。」

という事は自分が転移したのが、2023年だから、50超えてるのか、何か若々しい人だな。後ろの研究者から咳払いが聞こえ、幸田こうださんに後ろの人達に頭を下げている。

佐藤さとうさん、後ろの人達を待たしてるんで、早速見させて頂いてもいいですか?」

それからは、服を脱いで入れ墨を見せ、魔石を使って魔法を披露した。また、手術により魔法を使える石を入れた事など、自分が知っている事も話す。幸田こうださんが他の研究者に通訳すると、感嘆の声を漏らす。どうやら、リンデンでは、昔から魔力枯渇症が問題になっているらしい。様は、魔力を使い過ぎると使えなくなるという事。その治療解決の為、この技術に期待している様だ。そして、両足についている義足についても質問される。こちらも魔力が動きを良くしており、その技術に関心を持ち、興味深々で皆が自分の両足を見ていた。


まだ、解放はしてくれない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る