第二十五話 四人の魔法少女が光を束ねて

 空は分厚い雲に覆われていて、光は驚くほど少なかった。CMタワーにつながる大通りを三人は歩く。


 レイジ、ユウマ、ツバキ。三人に建物の中から突き刺さるのは疑心の目。


「やっぱり疑惑は解けてないね」


「仕方ありませんよ……」


「だけど、それであきらめるわけにはいかないよな」


「だね」


 三人はゆっくりと決戦の舞台に足を進める。


「ちょっと待てよ」


 裏手から、ゆっくりと姿を現して三人の行く手を遮ったのはサヨだった。


 黒いパーカーに赤いスカート。そんな恰好のサヨはゆっくりと三人の顔を順番に見た。


「ツバキ……信じてる、お前が俺を守ってくれるって」


「ユウマ、俺もお前に救われた、だから、光を一番隣で見せてくれ」


「レイジ。ありがとう。全部終わったら一緒に服とか見に行こう。お前にめっちゃ似合うのを見繕ってやんよ」


「サヨちゃん」


「サヨ」


「……サヨ」


 三人が順番にうなずく。


「俺、戦うよ。例え、石を投げられて、何をされても。お前たちのために、この街のために、それが俺の、やりたいことだから」


 四人は同時に頷いて、歩き出す。目指すはCMタワー。決戦の舞台。




「きたか……」


 黒い何かをまとったソウジがゆっくりと顔を動かした。


 長い道を四人は歩く。真ん中に立ったサヨは、ハッキリと悪魔のように笑うソウジを睨む。




 この世は残酷で。


 世界は悪意に満ちていて、人は時に光にすら毒牙を向ける。人は弱くて未熟で、残酷なことに自分達の凶暴性にすら気が付かない。




 邪悪で愚か、無知で無力、それでいて、人を愛し、何かをいたわる心を、烈しく揺れる感情を持っている。




 理不尽なまでに邪悪で、息をのむほどに美しい。完全には程遠い、不完全で不揃いな生き物。




 そんな彼らを、守りたいと、救いたいと願うのは間違っているだろうか?




 きっとそれは、偽善に過ぎず、愚かな行為なのであろう。




 しかし、愚かでもいい。石を投げられてもいい。たとえ守りたかったものたちに敵意を向けられようとも、彼らは戦いに赴く。




 風が吹いた。サヨたちは悪魔と相対する……。


「行くぞ!!!」


 サヨが大きく叫んだ。


「「「「マジカルチェンジッ!」」」」




 声と光が重なって、深夜の世界に太陽のような光が満ちる。


 夜の魔法少女ナイト。


 花の魔法少女カミリア。


 祈りの魔法少女プレイヤー。


 真の魔法少女ネオン。


 相対するのはソウジ。




 風が吹き抜ける。四人は同時に武器を構えて、駆け出した。




「マジカルストライク!」


「ふん!」


 カミリアの一閃がソウジに襲い掛かる。鋭く光を巻き起こして、襲い掛かる一閃は黒いものに易々と受け止められてはじかれる。目隠しのように散らばった光と黒の隙間から飛び上がったのはネオンであった。


 空中で軽やかに踊るように足を回してソウジに蹴り掛かる。ピンク色が鋭くソウジをのけぞらせてそのすきに電をまとったナイトの剣がソウジに襲い掛かる。


「! くぅ!」


 ソウジは虚空から剣を取り出してそれを迎え撃った。


 火花と雷がはじけあって二人は何度も切り結ぶ。


「ふん!」


 ソウジが腕を大きく叩き付けるようなしぐさを取った。


 パキンという音を立てて透明な壁がナイトを守る。


「!」


「はぁぁぁあああ!」


 黒い剣が薙ぎ払われてソウジの足を切断した。


「ネオンビーム!」「マジカルストライク!」


 ピンクと白の光が重なって、ソウジを打ち抜いて、ソウジは地面を転がった。


「ぐぅ……! バカな! ありえん!」


 四人の魔法少女と、その力をもとに生み出した力を使い、言わば魔法少女の進化系とも呼べるソウジ、その間には絶対的で超えられない壁が存在する。


「はぁぁぁあああ!」


 雷が竜のようにうねって、剣と共にソウジに切りかかる。


「ぐぅ!!」


 間一髪、蠢く黒がソウジの体を守ってナイトを弾き飛ばした。


「!」


「大丈夫か?」


「誰に聞いてるんだ!」


 駆け寄ってくるネオンにナイトは堂々と答えた。


「くそがぁ! 忌々しい! ゴミみたいに死んだモルモットも……こびりつくみたいに復帰するお前も!」


「こいつは……」


「俺も……兄ちゃんも! お前に好き勝手されるだけじゃない! その程度のことしか言えない凡才がガチャガチャわめくな!」


「くぅぅっ!!!! 誰に向かって口をきいて!」


「お前以外!」


「いないでしょう!!」


「!」


 白い光と炎の渦が飛んでいき、勢いを壁でも殺されなかった二つはソウジの体を軽く焦がした。


「ふんツバキィ……俺に生かされたお前が随分と勇ましくなったなぁ! ユウマ! 体内を化け物と同じに侵食されたお前が良くもまぁ……!」


「うるさい! お前が僕に何をしてようが今の僕を作ってくれたのはサヨちゃんたちだ! そしてサヨちゃんを作ったのはアサヒさんとソウイチさんだ! お前なんか知るもんか!」


「いまさらその程度で俺たちの自己が揺らぐとでも? お前みたいな空っぽの男に何を言われ所でなにも響きませんよ!」


「ほざくなぁ!!!」


 ソウジは叫んで腕を掲げる。黒い針が虚空の中より出現し、四人に向かって飛んでいく。


「ネオンビーム!」


「すぅ」


 しかし、半分はネオンの閃光に阻まれて、もう半分はプレイヤーが生み出した障壁に阻まれる。


「ナイト……」


「マジカル……」


「インパクト!」「ストライク!」


 白と黒の力がはじけてソウジの体を空中に吹き飛ばした。


「この……! バカな民は俺みたいな天才が支配してやらないと滅びる! それがなぜ分からない!」


「質の悪い妄想に付き合うほど俺達は暇じゃないんでな!」


 ソウジからコウモリのように鋭い翼が生えてきて、空中に制止した。下界に向かって腕を向けて、そこに禍々しいものが蓄積されていく。




「行くぜ!」


「了解!」


 ネオンとナイトが同時に跳躍する。黒とピンクの軌跡を描きながら空に向かって落ちていくように。


「吹き飛べ!!!」


「「はぁぁぁあああああああ!!!」」


 禍々しいオーラと二人の魔法少女の力がぶつかり合った。互角、いやむしろソウジの方が上。


「!!」


 大きく弾けて、二人の拳がソウジを射抜いた。


「くたばれ!!」


 ソウジの体がさらに持ち上がって、次の瞬間には地面にたたきつけられた。


「あぁぁあ!!! よくもぉおおお!!!」


 体を起こして腕をわなわなとさせながらソウジが怒りをあらわに叫ぶ。


「行くぜ……!」


 四人は横に並んで頷いた。ナイト、カミリア、プレイヤーが手をつなぎ、ネオンがステッキを取り出してそれを掲げた。


「死ね!!!」


「「「恋連乱!」」」「ネオン……インパクト!!」


 ソウジが放った邪悪で黒い一撃と四つの光が重なった黒い暖かい力がぶつかり合って……。


「!!!!!!」


 邪悪を塗りつぶし、悪魔がごとき敵を穿つのは四人が力を、色を交えて放った真の黒、ソウジの体をはるかまで吹き飛ばして、分厚い雲をも消し飛ばす。雲が退いて見えた空は、青く染まり始めていた。


 美しい朝日がスズラン市に光をともした。


「がはッ!」


 少し遅れて、ソウジの体が落ちてくる。黒い靄に覆われた体を大の字に広げて、ソウジは浅い呼吸を繰り返す。


「ぐぅう……」


 ソウジがゆっくり体を起こす。血走った目で四人を睨みソウジは黒い液体を吐き出した。


「お前は、これで終わりだ」


「……だ」


「? なんだ?」


『まだ……だ』


 金属音が混じったような異様な声が、響いた。


「!」


 ソウジの体の靄が大きく広がっていく。まるで生き物のように唸るそれが。


「! よけろ!!」


 ナイトの叫びが響くのとほぼ同時であった。うごめくものが四人を吹き飛ばした。


「ぐ!!」


 衣装がほどけてなおサヨ達はソウジのことを視線で追った。


 人の体が消えていく。靄が大きく体を包み、ソレは晴れ空を覆い隠す。


『まだ!! 終わらぬぞォォォオオオオオオオオ!!!!』


 叫び声を上げて、ソウジだったものはさらに巨大に、ソレはケタケタと笑って空に消えた。




「あ、あれ……は……」


 空を覆い隠してしまったのは、雲ではない、黒い何かが空を覆い隠して、ソレは生き物のように、それでうごめいている。


『ウゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……』


 落石のように鈍い音が響く。


「エンド」


 聞こえてきた声の方を見る。ソウイチだ。ゆっくりと歩いてくるソウイチは空を見上げてぼやく。


「なんだよ。エンドって……」


「……ソウジと、弟と考えた、NOVUのもう一つの到達点」


「つまり?」


「めちゃくちゃ強いワクナーイってことでしょう? ……どうするんですか? あれ……」


「勝てそうに、ない相手だった」


「俺たちを、一瞬で……」


三人は忌々し気に空を見上げる。何かが……降ってくる。


「……アーミー」


 目を細めてユウマがそうつぶやく。空からアーミーが降ってきている。


「どうしたら……」


「……方法ならばある」


「ほんとか?」


 ソウイチの言葉を、早くしてくれとサヨは促す。


「スズラン市の地下、そこには、魔法少女の、NOVUの起源がある。それを魔法少女が取り込めればもしかすれば……」「俺が行く」


 割り込むような形でサヨはそう言った。そこに至るまでの危険さ、未知数さ、それを理由にサヨを止めるものはいない。それが無駄だと、知っているから。


「止めても行くのですから。近くにいるものの身にもなってほしいですね」


「ほんとほんと。その辺のことちゃんとわかってるの?」


「ほんと、ほんと、コイツ、昔からそうなんだよな」


「お、お前ら……」


「まぁ、けど」


「信じていますよ」


「全部終わったら、また遊びに行こう」


 三人はサヨの肩を叩いた。


「……お前ら」


 サヨは俯き、誰にも見られないように目元をこすった。


「……すまない。結果的に。色々なことを押し付けてしまった……」


「……」


「……悪いな父ちゃんに思うことは色々あると思うけど……、いろいろぶつけるのは後にしてやってくれ」


「……」


「あー! ともかく、そっちは二人に任せていいんだね?」


「あぁ……」


「だったら」


「あぁ、そうだな、俺達は……」


「アーミーを倒しに、行きましょうか」


 三人とサヨはお互いの目を見てうなずく。


 かくして、三人とサヨは別々の方向に走る。ソウイチの案内の元、それぞれが一つの目的のために、違う方向にかけていった。




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