閑話 ハレノサヨ


『スズラン市に住まう皆様。御機嫌よう。私の名前はハレノソウジ。私は、この世界の統治者となる男です』


『皆様が魔法少女とワクナーイと呼ぶ存在の制作者です。私が支配しなくては滅びる哀れな諸君。もう安心したまえ。私が支配してあげよう。そしてその始まりとして一週間後の深夜。魔法少女を蹂躙して見せよう。CMタワー見たければ集まれ……魔法少女よその日会おう、最も、服従を選ぶならば受け入れてあげるがね』


 CMタワーから、ソウジの声が拡散されて数日が過ぎただろうか?


 曇った空の下、サヨはうつむいていた。


 数日間何も食べていない、何も飲んでいない、なのに不思議と腹は減らない、不思議とのどは乾かない。(ほんとに人間じゃないんだ)そんなことを考えるのは何回目か。裏路地の暗闇の中でサヨは膝を抱えてうずくまった。




「……ようやく見つけた」


 聞き覚えのある声、ツバキだ。しかし、サヨにとってはもうどうでもいい話だ。俯きながらサヨはツバキがどこかに行くのを待つ。


「……覚えてる? 初めてあた時のこと。サヨちゃんったら僕を無理やり連れだして……それからも色々なところに行ったよね」


「……」


「ねぇ、サヨちゃん。僕はさ……正直、サヨちゃんはもう戦わなくていいと思うんだ」


「……」


「君は、もう十分すぎるほどに傷ついて、戦った。だから……もう、何もしなくてもいいんだと思う。だから、サヨちゃんは好きなように生きて」


「たとえ君が戦うとしても、戦わないとしても、君のことは、絶対に僕が守るよ、それが僕の戦う理由だから」


 ツバキは最後にそう言った。遠ざかっていく足音を聞きながら、サヨは自分の膝を抱きしめた。




「……見つけましたよ。サヨ」


 翌日聞こえてきたユウマの声に、サヨは体をはねさせた。


「少し話せ……いえ、話さなくともいいです。聞いてください」


「サヨ……貴方は、俺にとってのヒーロー何です。あなたがいたから。俺の空っぽの祈りは意味を持った。全部、あなたのおかげです。だから、先ずはありがとう。コレは、真っ先に伝えたかった……」


「……」


「あなたを否定するこの街を、守ってくれとは言いません。ただ、我々だけは、あなたの味方であり、ともでありたい……」


「俺は貴方に救われた。だから、待っていてください、今度は、俺たちが貴方を救います。絶対に……」


「ぁー……言いたいことはそれだけです……。せめて、顔を上げてみていてくださいね。俺たちの光を」


 ユウマの足音が遠ざかっていく。歩き去るユウマの足元を、サヨは黙って見つめていた。




「少し、話せるか?」


 翌日、消えてきた声は、サヨにとって最も聴きなじみのある声であった。レイジ。


 スカートに首までを隠すブラウス、そしてパーカー。可愛らしい衣服をまとったレイジをサヨは横目で見つめた。


「どう思う? これが、、ほんとの俺だ」


 レイジはサヨの近くに座って、続ける。


「ぶん殴られたよ、親父から。破門だとさ、傑作だよな。俺まだ高校生なのにな」


「……」


「俺、お前が怒ってくれてうれしかった。すごい勝手に振る舞って、お前心配とかかけたのに、お前が怒ってくれて……」


「俺さ、これからは自分の生きたい道を行こうと思う。周りの目なんか関係ない。やりたい。これがほんとの俺なんだ」


「……」


「ソウイチさんに、ブレスレットを直してもらった。サヨ、俺、今更遅いかもだけど、ちゃんと戦うよ。立ち向かうよ。サヨを守るために、前に進むその一歩目として……俺は戦う」


「はは、わけわかんねぇよな。悪い」


「サヨ、ありがとう。お前は、ソウイチさんと遠くまで逃げてくれ。お前はもう傷つくべきじゃない。どっか、遠い場所で、アイドルとかどうだ? お前は俺と違って可愛いからな……。俺と違って……」


「もしも、もしも戦うなら、一緒に戦って……勝とう……」


 レイジは少し黙った後、立ち上がった。


「言いたいことはそれだけだ。サヨ、最後に一つだけ言っとくぜ。ありがとう。お前が近くにいたから、こうやって自分の好きなことに気が付けた」


レイジの背中を、サヨは黙って見送った。








 入店を告げるベルが、サヨの耳に入った。


「サヨ……!」


 カウンター席で頭を抱えていたソウイチが振り向いてサヨに駆け寄った。


「……ソウ……イチさん。ごめん、ただいま」


「無事で、良かった」


 ソウイチはギュッとサヨの泥だらけの体を抱きしめた。


「ソウイチさん……兄ちゃんは」


「何も言わなくていい……あぁ、分かっている、全部……あぁ……」


「ソウイチさん。俺……」


「……」


「……戦うよ」


 永い間を開けて、サヨははっきりと口にした。ソウイチは離れて真剣にサヨを見つめる。


「例え、命を懸けてでも」


 戦う。最後まで言い切る前に、鋭い音が響いた。サヨの頬をソウイチがはたいた音であった。


「……ふざけるな。お前を否定するこの街のために命を懸けるだと! そんなことを……許せると思うか! 俺は……俺は……失いたくない。サヨ……お前のことを」


「はは……家族にぶたれたのって、初めてかもな」


 頬を抑えてサヨはソウイチを見つめた。その瞳には強い意志を宿していた。


「俺、戦いに行くよ、でも、絶対帰ってくる……」


「約束、できるのか?」


「俺を誰だと思ってるんだよ……父さん」


「ッ……お、おれは」


 ソウイチの口に手を当てて、サヨは言葉を遮った。


「俺の親父はあいつじゃなくて父さんだよ」


「……」


「なぁ、晩飯」


「?」


「楽しみにしてるから。レイジと、サヨとユウマも来るから……ちゃんと、いっぱい作ってくれよ?」


「あぁ……そうだな。あぁ。腕によりをふるおう。楽しみにしておけ」


 二人はしばし見つめ合った。


 決戦の日の朝。サヨはおのが内に決意を宿した。


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