第二十四話 魔法少女という名の怪物

 大雨が振り続ける。誰かが言った。止まない雨はない。しかし雨の中にいる時はそれが永遠に思えるものだ。


『一人にしてくれ』


 サヨはようやくその言葉を絞り出してあてもなく歩き続けた。




「あ、……」


 サヨは歩くうちにそこにたどり着いた。学校。がれきの山となった学校からは悲痛な叫びが聞こえ続ける。


 導かれるように、そこに足を運んだのは誰かを救うことで自分が救われようとしたからか。


 壊れた門を通り抜けて崩壊した校舎を歩く。


 校庭にはテントが張られて何人かの生徒の影が見える。校庭に踏み込む前にいくつもの瞳がサヨに向けられた。


 敵意、憎悪、殺意。悪意に満ち満ちた瞳がサヨに一斉に注がれる。


「ぁ……」


「何しにきあがった! 何も守れないヒーロー擬きが!」


 誰かが叫ぶ。


「ぉ……俺はただ!」


「帰れ化け物! お前のせいで……お前のせいで!」


「……ぉれは……ただ」


 大雨に打たれながらサヨはうつむいた。


「くたばれ! お前のせいで、俺の親友は、アキラは死んだんだ! 何であれだけの力があるのにここを守れなかったんだ!」


 サヨの心臓が激しく脈打って、サヨは顔を上げた。


「死ね!」「くたばれ」「みんなで追い返すんだ!」「そもそも魔法少女の活躍は全部自作自演って聞いたぞ!」「じゃあこいつは敵だ!」


「俺は!」


 サヨが顔を上げたと同時に、サヨは頭に走った鋭い痛みに顔をしかめた。地面に石が落ちる。投げられたそれが頭に衝突したのだ。


「ぅ……おれは……」


 ぽたぽたと、黒い粘着質の液体が石に垂れた。


「キャアァァァァァァアアアアア!」「おいコイツ!」「血が黒いぞ!」


 その言葉でサヨはようやくそれに気が付いた。


「な、なんだよ。これ……」


 頭部を抑えた右手には黒い液体がべったりと張り付いている。


 人間に流れる真っ赤な血ではない、まるでワクナーイのような真っ黒な何か。


「はぁ……はぁ……はぁッ!」


 呼吸が荒くなっていく。今にも吐きそうな眩暈に襲われて、サヨは後退した。


「消えろ!」「くたばれ!」「化け物を殺せ!」「この街から出てけ!」


 石が、泥が、ペットボトルが雨に混ざって飛んでくる。


「い、いたっ……や。やめて……」


 震えた声は、雨と怒号にかき消されて、誰にも届かない。


「ご、ごめん……なさい……ごめんなさい……ッ」


 頭を抱えて後退するサヨに、罵倒と暴虐が降り注ぐ。黒い液体がほほを伝いサヨはそれに背を向けて走り出した。


 飛んできた空き缶に足を引っ掛けて転ぶ。その時、何かが折れたような音がした。肺をつぶされるような痛みと泥の味を感じながらサヨは走る。なおも飛んでくる異物はサヨの細い体を傷つけていく。


 化け物。サヨの歩く後にぽたぽたと黒い液体が落ちていく。


 守れない。救えない。化け物には何も。


「ははは……ハハハハハ」


 乾いた笑いをこぼしながら、サヨはスズラン市の闇の中に姿を消した。泥まみれで、真っ黒な血を流すスズラン市の元ヒーローの末路、ソレは実に哀れで、滑稽なものだった。


 人は醜く、残酷で、時に光にすら牙をむく。人を守り続けた壁も朽ちて壊れればただの巨大な残骸に過ぎない。人の残酷さその犠牲。魔法少女ナイト。夜を照らす光は、搔き消えてしまった。




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