第二十三話 本当の終わり
サヨは、外で振り続ける雨の音を聞いていた。自室のベッドの上で丸くなり。壁にもたれながら目を閉じる。
何も聞きたくない、何も見たくない。しかし、そうして目を閉じていると聞こえた来るのは男の言葉「人型破壊兵器」自分のルーツがワクナーイと同じ、魔法少女の力だけでなく自分という個人のルーツすら怪物のそれと同じという事実は、自分の存在自体が揺るがされるほどに重大なものであった。
「……サヨ君。いる?」
外からアサヒの声がした。大切な、兄の声だ……答えなくては……しかし、兄のルーツも自分と同じなら。
いや、もういい、もう嫌だ、何も見なくていい、何も知りたくない。
サヨは、うずくまって俯いた。
そうしているとガチャという音がして扉が開いた。そのすぐ後に自分の体に寄りかかられるのを感じた。アサヒだ。
「なん……だよ」
「……聞いたんだよね」
アサヒがぽつっと呟いた。
「なんで……」
「なんで言ってくれなかったんだよ!」
激しく叫んでサヨは勢い良く立ち上がったベッドの上でアサヒがはじかれるように倒れた。
「俺が……化け物だって! お前は正義の魔法少女なんかじゃなくて生物兵器なんだよって! 何で!」
八つ当たりだと、自分でもわかっていた。目から熱いものを伝う。
「……」
「知ってたら……俺は、俺は……」
「この街を、守ろうとはしなかった?」
アサヒは、俯きながらそう尋ねた。
「え……?」
「……僕は、確かに化け物かもしれない。でも、サヨ君は違う。その在り方は、その存在は間違いなく、悪夢の兵器なんかじゃなくて、正義の魔法少女だよ」
「にい……ちゃん」
「大切なのは、生まれじゃない。何をするかなんだよ。自分が何をしたいか。よく考えてみて」
「お、おれは……守りたい。この街……を」
「例え、周りが君をヒーローと呼んでくれなくても?」
一時期の、魔法少女人気は一転して今は魔法少女をたたこうとする声が多い。
ソウジの一連の言葉が近隣住民によって拡散された結果だ。
それ故に、今までの事象を魔法少女たちの自作自演とする声が強くなってきている。それでも戦うのか? と、アサヒは訪ねる。
「……うん。そう、だった。うん。そうだよ。俺……忘れてた」
「うん」
サヨは涙を拭って腕をつかんだ。
「来たんでしょ?」
「……俺、戦うよ。兄ちゃん」「フフ、続きはサヨ君が帰ってきてから聞こうかな?」
「兄ちゃん」
「お料理作ってもらったり、後はお買い物に付き合ってもらったり……」
「兄ちゃん……」
「……行っといで。サヨ君」
「うん……行ってくるよ、兄ちゃん」
サヨは、ナイトに変身して、窓から飛び立つ。その背中をサヨは静かに見送った。
「……サヨ君」
アサヒは静かにつぶやいた。
リンリンと、店に備え付けられた鈴の音に、ソウイチはそちらを見た。
「お願いがあります……」
ピンク色のブレスレットを握りしめて、レイジはそれを差し出した。
「コレは……しかし……。いや、わかった。やろう。ほかでもない君の頼みだ」
「ありがとうございます。できるだけ早く……」
「わかった。その代わりと言っては何だが……」
「はい……」
「サヨを頼む。君が、アサヒのように、サヨを見守ってやってくれ」
雨が、外で激しさを増していた。
「マジカルストライク!」
「プレイエレメント!」
滝のような大雨の中で、一瞬雨が蒸発するほどの衝撃波が迸る。
カミリアとプレイヤーは、戦っていた。この街を守るためではない、サヨの心を守るためにだ。そのために戦う二人であったが無限とも思われるほど湧いて出るアーミーたちに苦戦を強いられていた。
『ハハハハハ! 無駄だァ!!!』
ゲラゲラと笑いながらアーミーの軍団が前に出る。二人は逃げださない。毎日戦いながらも、何故ならば。
「ナイトインパクト!!」
「!」「全く、遅いんですよ!」
この時が来ると、信じていたからだ。
青い光をまといながら飛来してアーミーたちを吹き飛ばしたナイトは二人を見ると軽く頭を下げた。
「ごめん。待たせた」
「簡単には許せませんね、せめて限定パフェでもおごってもらわねば」
「そうそう、遅れたんだし服とか買ってもらわなきゃね」
「わかった。コレは借りだ。必ず返す」
『ひゅぅ! 見ろよ! 俺たちのお兄様がとうじょうだ!』
「誰がお兄様だ! お前らの兄になったつもりはない!」
『アハハハ! いいじゃねぇか俺達はナンバー2のお兄様の後に作られた弟なんだからよ!』
「うるせぇ! 弟だっていうなら俺の言うこと聞いて大人しく仕上がれ!」
『断る! お兄ちゃんなら弟のために我慢してもらおうか!』
「ということらしいですが?」
「はん、遠慮なくブッ倒してもいいってことだよな!」
「違いないね」
「行くぞ!」
三人は叫んで走り出した。守りぬく。確かな決意を胸に。
「「「恋連乱!」」」
三人の声が響いて、アーミーたちの最後の部隊を撃破した。それぞれ着地した魔法少女達はある一か所をにらみつけた。
「おや、まさか気が付いたのかい?」
建物と建物の隙間から、ソウジは姿を現して笑った。ニタニタした男はうつろな瞳で三人を見た。
「化け物が。まだヒーロー気取りか? 笑わせるなぁ!」
「気取りじゃない……俺達は。守り抜いて本物のヒーローになる! それに生まれや始まりは関係ない!」
「守りぬく! ハハハハハ! なるほど。それは実に素晴らしい正義の心だなぁ!」
ソウジは一通りゲラゲラと笑った。後……スンと、真顔に戻った。
「だったら……守り抜いて見せろよ」
ソウジは真っ黒なブレスレットを取り出して、腕につけた。
「!」
「あれは……」
「俺やレイジのにそっくり……」
異様な雰囲気に三人はたじろいだ。
「見せてやろう。これが、NOVUシステムだ。レイジとかいうカスのおかげで完成した……な」
ブレスレットから黒い何かがほとばしりあたりに広がった。
粘液に流されるような錯覚を浴びせられながら三人はその場にとどまり続けて、変化を後から見た。
髪の毛をかき上げて、美しい素顔をさらした姿は美青年そのもの。女性と見間違えるほどに美しい顔。細身ながらも引き締まった体は蠢くような黒いコートに覆われている。
「生物型兵器NOVUを身にまとい人間を超越する力……今までは動きを止めるのがせいぜいだったが……ようやく完全な制御下に置いたぞ……!」
「なんて……」
「禍々しい……」
蛇に睨まれたように、三人は体を一瞬硬直させた。
「……俺は、ひるまない! お前のようなやつは、ここで倒す!」
「息子にも理解を得られないか。悲しいねぇ、俺はただ平和のために……」
「その平和ってのはあなたが支配する自分勝手なものでしょう……!」
「それに、貴方、いや。お前は言った! 事故はお前が引き起こしたって……」
つまり、この男はサヨの親とも呼べる人物であり、同時にツバキの仇だ。白と黒の魔法少女達が同時に武器を構えてプレイヤーが笛をくわえた。
「こい。成功例ども」
ソウジはわざとらしく大きく腕を広げた。その体を引き裂くべく、刃に炎をまとったナイトと、雷をまとったカミリアが飛びかかる。
「カスが!」
ソウジが、両手を下に下げて何かを地面に叩き付けるようなしぐさを取った。
「「ッ!」」
爆発のように大きな音を立てて、ナイトとカミリアは地面にたたきつけられた。
衝撃を受けた二人が必死に体を起こそうとしているがそこだけに強力な力が発生しているように二人は体を動かせない。
「ぐぅ……ッ!」
「すぅ……!」
大きく息を吸い込んで笛を鳴らす。
綺麗な音色が響いて雷が、炎か、流水が、風が、破壊のみを目的としてソウジに襲い掛かる。
「無駄だと……言っているだろう?」
瞬きほどの一瞬の間、その次にプレイヤーはとんでもないものを見た、先ほど放った炎が、風が、雷が、水が、自分に向かって帰ってくる。
「ぐはぁッ!!!」
息を吐きだして、地面を転がる。勢いよく地面を転がってプレイヤーはあえぐようにソウジを見た。
「弱いねぇ……悲しいほどに。鍛えたんだったか? でもなぁ! お前たちなんか所詮その程度なんだよ!」
ソウジは両腕を広げて大きく笑う。大雨の中で空を抱きしめるように大きく笑う。ナイトたちから見える横顔は狂気に満ち満ちていた。
「ァ?」
その時、ソウジは何かにつかまれて下を見た。ナイトは、ソウジのズボンの裾をつかんでいた。その瞳には光を宿して、倒すべき敵をにらみ上げる。
「おぉぉぉぉ……かっこいいねぇ! それでこそ破壊のし甲斐がある!」
ソウジがナイトの体をつかむとその体はあっさりと浮かび上がった。
「う……ぐぅ……」
重たかった体があっさりと持ち上がりナイトはもがく。
「見ろ」
ソウジがもう片方の手で指さす先にあったのは、学校だった。
「お前に教えてやるよ……お前の力では。何も守れないって」
「何を……! あぐぅあぁぁぁあああああああッ!!!!!!!!!!!」
ナイトの芯を稲妻のような衝撃が駆け抜けて、全身を小さな虫が這いまわるような不快感が襲い来る。
体をじたばたさせながら、地獄のような感覚の中で、ナイトは自分の力が吸い出されていく感覚を味わった。
にじむ視界にナイトはソウジの腕に何かが集まっていくのを見た。
黒いエネルギー。それが自分、ナイトの力だと、はっきりとわかるのはなぜだろうか。嫌、理由なんかどうでもいい。これから何が行われるのか、それを止めるためにナイトはもがく。何もできないと、心の底で分かりながらももがく、自分がサヨに戻っていることにも気が付けないほどに気が動転していた。ソレは、ソウジは腕を学校に向けたことによって何が起きるかを理解したからだ。
「この時間だ。きっと人も多いだろうなぁ!」
「やめろぉぉぉぉぉォオオオオオオオオオ!!!!!」
「無様な三人は、何もできずにそこで見ていろ!」
サヨの絶叫が、ユウマの悲痛な叫びが、ツバキの嗚咽交じりの声が響いて重なった。
黒くうごめくものが、鈍い音を立てながら、空中を滑った。黒い球体が、学校に着弾して、凄まじい轟音を響かせた。
サヨの声をかき消すほどの破滅が響き渡って芸術品のように美しかった学校を見るも無残な瓦礫の残骸に変えていく。
「あ……ぁぁ……」
「フハハハハハっはアッハハハハハハハ!!!!!!! 見たか! すごいじゃあないか! あの程度の建物なら簡単に吹き飛ばしてそこにある命は蹂躙する! 素晴らしい! これこそ兵器の力! ハハハハハ! アハハハハハハハハハハハハハ! アヒュゥアアアアハハハハッハアッハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!!!」
体を地面に投げ飛ばされながらサヨは目の前で起きた現実を受け止めきれないでいた。
「ぁ……ぁぁあ……」
「そん……な……」
「魔法少女ごっこはもう終わりだ! ナンバー三十四万一! お前のヒーローごっこももう終わりだ……」
「よくも……!」
「サヨを……!」
茫然自失のサヨの代わりに叫んだのはユウマとツバキだった。ボロボロになった体を起こして構える。しかしソレは全くの無駄だった。
ソウジが腕を掲げて発生した衝撃波によって二人は簡単に地面にたたきつけられる。
「お前たちは……誰も救えない」
ソウジがゆっくりとサヨに近づいた。
「魔法少女は終わりだ! さて! 先ずはお前の力からもらうとしようか!!」
ソウジは虚空から剣を生み出してそれを握った。
ゆっくりとサヨに向かっていき。それが……振り下ろされた。
「サヨちゃん……!」
「サヨ……!」
二人のかすれるような声は大雨の音にかき消された。
雨は激しく振り続ける。ユウマとツバキは、海をひっくり返したような豪雨の中で、恩人の終わりを見た、はずだった。
「はぁ?」
ソウジの刃は、シスター服、アサヒによって受け止められて、サヨはそれをただ見ていた。
「にいちゃ……」
ようやく絞り出した声はすぐに搔き消えそうなほどに小さく、悲痛さに満ちていた。
「ハハハハハ……驚いた。出来立てだった三十四万一を持ち出して逃げた三十四万、モルモットのお出ましか……」
「僕は、モルモットじゃない……僕は、サヨ君のお兄ちゃん……だ!」
「ハハハハハ! 傑作だなぁ!!!」
ソウジはアサヒの腹を横から殴り飛ばすと再びサヨを睨んだ。
「今度こそ終わりだな」
ゆっくりと腕が掲げられる。それを打ち抜いたのは、光の束。
今にも崩れ落ちそうなアサヒから放たれたその一撃、恋連乱。それがソウジの腕を消し飛ばした。
「はぁ……はぁ……」
「ちぃ! いい気になるなよ! モルモット風情が!」
消し飛んだ腕を抑えてソウジは忌々しそうに呻く。
「……まぁいい、こいつの心は完全にへし折った。もう戦えない。精々、最後の時間を楽しむといい」
そう吐き捨てるとソウジはその場から煙となって消えた。追尾しなくては、そんな考えはサヨにはもう浮かんでこなかった。
「兄ちゃん……?」
力の入らない両足に無理やり力を込めて、アサヒに駆け寄る。アサヒの体からは光がこぼれていた。
消える、消滅する、居なくなる。そんな言葉が直感で浮かんでくるほど弱々しく、サヨは何とかアサヒのもとにたどり着く。
「サヨ……くん……? はは……ごめん」
力なく謝って、アサヒはガクッと膝を付いた。瞳は虚空を見つめて体から漏れる光は無慈悲にもアサヒの体を消していっていた。
「なんで……なんで謝るんだよ! 何でだよ! 兄ちゃん!!」
その出来事を目の前にサヨは涙すら流せず、兄に触れることもできない。
触れれば、消えそうだったから、泣けば消滅を受け入れそうだったから。
触れるか触れないか、そんな所で手をわなわなとしているとアサヒは、そっとサヨの体を抱きしめた。
「ごめんね……最後まで……何もできなくて……ごめんね、守るって、誓ったのに……」
「兄ちゃん……」
「サヨくん……大好き。愛してるよ……だから、自分の、信じる道を行って」
「あ、ぁあ……」
「君は……兵器なんかじゃない……僕の、たった一人の弟」
アサヒは消えそうな体でサヨを抱きしめた。
「に、兄ちゃん!おれ、も!」
「ソウイチさんを、お父さんを、よろしくね」
サヨが消えそうなアサヒの体を抱き返そうとしたその時だった。フワッと、すり抜けて、アサヒは……消滅した。光の粒子が、ほどけるように消えていく。雨の中で、ぬくもりの残り香だけを存在の根拠として消えた。
「ぁ……あぁ……」
「あぁぁぁ……」
「うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁっぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!!!!!!!」
サヨは叫んだ。世界を呪うような、何もかもを吐き出すような絶叫。サヨの頬を雨が伝い続けた。
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