閑話 アマミヤレイジ
アマミヤ レイジは歴史ある武家の長男として育てられた。
男たるもの強くなれ。そう教えられてきたし、レイジも幼いうちはそう努めようとして来た。
しかしソレは成長するにつれて変わっていった。
かわいいものが好き。レイジがそう自覚したのはサヨと出会ってからだった。
最初はそれをごまかそうとしていた。しかしいつの間にかレイジはいつかサヨとみたアニメ『魔法少女ネオン』に夢中になっていた。
かわいい服で、かわいく敵を倒す。
ピンク色の彩も、かわいい声も、ソレは正しくレイジの理想の在り方そのものであった。
しかし、それに興味を示すことは父が、母が、周りが、環境が許さなかった。
「男らしくあれ。軟弱に育つな」
そう言って育てられて、望まないように育てられてレイジは、一般的に美しいとされる体に強制された。
しかし、プロのような筋肉も、リンゴすら粉砕できる握力も、レイジには必要のないものだった。
しなやかで、細くて、小さくて可愛い。まるで魔法少女のような、そんな姿に。彼はずっとあこがれていた。
「やべぇ……ついにやっちまった……」
レイジはその日、深夜のスズラン市を歩いていた。見慣れたものが特別に感じた。
頭はをうさ耳のついたピンク色パーカーで隠して、口元はマスクで覆い、首まで覆うフリルのあしらわれたブラウスにはリボンが付いている。
白いプリーツスカートにはフリルがあしらわれて足は白いタイツに覆われている、足元は運動靴で男物だが、それ以外は完全に女装姿。
「……スースーするな……」
足元を吹き抜けるのは、初めてのスカートの感覚。
心臓を高鳴らせながらレイジは散歩を続ける。かわいいものが好きという押さえ続けられた感情が爆破してこのような姿で出歩く。
月の監視すら避けるようにレイジは歩く
パーカーを目深にかぶり、自分を隠すように人目につかないところを。
レイジはサヨの影響で人目につかない小道や裏路地をよく知っていた。
昼間でさえ人の少ない路地は深夜ともなると完全に人の気配が消える。それでも少年は人目につかぬように細心の注意を払いながら歩く。だから。
「やぁ初めまして」
後ろから話しかけられて、レイジは心臓をはねさせた。
「こんなタイミングで失礼するよ、アマミヤくん。それともレイちゃん。とでもよばれたいかな?」
レイジは冷や汗を流しながら振り返った、レイジのスカートが、風に揺れた。
「!?」
その青年に話しかけられて、レイジはたじろいだ。
「落ち着いてくれたまえよ何も取って食おうってわけじゃあないんだよ」
逃げ出そうとするレイジの肩を青年は掴んで動きを止めた。
「や、やめ……」
「年頃少女見たくおびえることはないじゃないか? レイちゃん」
あざけるような言葉にレイジは俯きながら言い訳を考える。どうするべきか、どうしたらいいのかわからない。
感じたこともないような恐怖が全身を包み駆け抜ける。
「あ、あなたは……いったい?」
「僕の名前はハレノソウジ……サヨがお世話になっているねぇ」
その名前を聞いて、レイジの心臓はさらにはねた。熱ももはや冷めて、レイジは震えながらその顔を見た。
だらしない印象を受けるほどの容姿だが、しっかりと身なりを整えれば化けるであろう美青年の気配。そこにレイジは幼馴染の面影を感じ取った。
「あなたは、いったい……」
「魔法少女の開発者……そう名乗るべきかな?」
魔法少女、開発者。その二つの言葉は鋭くレイジに突き刺さって浸透する。
「レイジくん、キミと話がしたかった」
ソウジは一歩距離を取ると笑顔のままでそう言った。
「話……? 俺と……?」
「君にしか頼めない大切な話……世界と大切な息子、サヨを救いたいんだ」
訳の分からない言葉を並べるソウジはレイジの瞳をまっすぐいぬく。
始まり、これが、アマミヤ レイジの、魔法少女ネオンとしての始まりであった。
スズラン市の地下深くには果てしなく巨大な空間があった。
ソウジに連れられて、白い空間をレイジは歩いていた。もう何分間まっすぐと歩いただろうか?
スズラン市の廃屋から下って入った隠された地下空間はそれがスズラン市の全土に張り巡らされていると理解できるほど広大であった。
「こっちだ」
廊下の突き当り、大きな扉は恐らくCMタワーのすぐ真下であろうということはがわかった。
灰色の扉が音を立てて重々しく開く。
光がこぼれるその空間はそこからさらに地下を見渡せるようになっていて、レイジは、その光景を見た瞬間……それを悟った。
「!?!?」
ドサッと床にしりもちを付いて目の前の事実を否定しようとする……。
「こ、これって……」
「これが、魔法少女の正体だ」
「あ、あいつらは……」
「……………………」
レイジの耳元で、真実が語られる。
「これを生み出した科学者は……冒涜の責任を放棄して逃げ出した。私の息子を連れだしてね」
「と……止める……方法は……?」
「ない……彼らを全滅させるほかには、しかし」
「あいつらは……きっとここに……たどり着く」
その光景を目の当たりにしてレイジは、藁にもすがるように隣を見た。
「止めたいか? 魔法少女たちを……それにそれができなくとも近い内にこいつらは……」
「ど、どうしたらいいんですか……?」
「君が戦うんだ……」
その言葉に、レイジは心臓が跳ねる感覚を覚えた。
「で、でも」「君を……魔法少女にしてあげる。君にも……戦える力を上げる……それに、なりたいんだろ? あの子たちみたいに」
ソウジはレイジのスカートの端をつかむと耳元でそんな風に囁いた。
「お、俺は……」
「こいつらは殲滅できる、奴らが真実にたどり着かない為の抑止力になれる、そして君は、君の望む姿になれる……断る理由なんてないと思うけどねぇ?」
断る理由ならば、ある……男の言うことは信じられるのか? 相談は? それに自分は……。
理性は、簡単に消し飛んだ。
少なくとも目の前にあるその恐ろしい光景は真実。ならばそれを見せるわけにはいかない。
かつてのユウマの言葉が線でつながった。
魔法少女の真実。ソレは何としても、隠さねばならない。
「……」
空を見上げる。近くに倒れるサヨ、ナイトの小さな笑顔を視界に写しながら、ネオンもまた笑った。
二人が駆け寄ってくるのを感じて、ネオンは無理やり体を起こした。
そして三人が、向かってくるのとは反対側に、その景色を見た。
「!」
白衣の青年。長く伸びた髪の奥から濁った瞳でこちらを見つめている。
口にたたえた無精ひげや目元のくまは不健康そうな印象を受けるがその奥には確実に磨けば光るであろう美青年の顔立ちがあった。
「魔法少女諸君! 御機嫌よう!」
その青年はニヤリと笑った。両手を大げさに掲げて笑う男は、その背後におびただしい数の魔法少女アーミーを引き連れていた。
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