第十四話 彼らはアーミーと名乗った
『ギュシュルルルル!!!』
砂浜の上に降り立った三メートルほどの蛙型ワクナーイが吠えた。
「はぁッ!」
カミリアが上からワクナーイの体を切り裂くと少し離れた場所からそれを見つめるギャラリーの歓声が響いた。
『ギュゥウウン! ギギ!』
「すぅ……」
ワクナーイが悲鳴を上げるのとワクナーイに向かって火の矢が飛んでいくのが重なった。
夜の風景に真っ赤な軌跡を残して、矢がワクナーイの背中に命中。
「プレイヤー!」「カミリア!!!」
二人の魔法少女をまるでアイドルのライブのように叫ぶ。そして次に暗闇から漆黒の魔法少女が飛び出す。
「ナイトぉぉおおおお!!!!」
黒い剣を携えて、ナイトが走る。
『ギュビィッ!!!』
ワクナーイの舌が鞭のようにしなってナイトを打つべく暴れる。砂浜をたたき、空を切り、そして水飛沫を上げる。ソレは攻撃が一度たりとも当たっていないことを意味していた。
「っし!」
まるで風のように、ナイトは回転しながらワクナーイに迫る。何度も切り裂かれたワクナーイの舌が粉みじんになって霧散する。
「ナイトインパクト!」
ワクナーイの口元に藍色の光が生じて、爆発。巨体は吹き飛ばされて落ちる前に煙になって消える。
圧倒的勝利、まさに圧勝。それを目にしてギャラリーは夜中とは思えないほどの声を上げた。
「だいぶ増えてきましたね、人」
「それほど注目されてるんだね。僕たち、ちょっと複雑」
「まぁまぁ、わからなくもねぇけどこうやって注目されてるってことはそれだけ希望も与えてるんだろ? いじゃねぇか」
ナイトは自分の正体を隠そうともせず、サヨに戻ってそういいながらバシっとポーズを決めた。
声がさらに盛り上がる魔法少女フィーバーはさらに続く。ツバキとユウマですらやれやれといいつつ手を振った。
「大変だ! あっちにも化け物が出たぞ!」
「あっちにもだ!」
全く別々の個所で人が叫んだ。
「な!?」
「同時出現!?」
「こんな事……」
ワクナーイの同時出現に三人は動揺して顔を見合わせた。
「俺があっちを引き受ける。お前たちはあっちを」
「ひとりで行けますか?」
ユウマが心配そうにサヨを見つめる。
「おいおい、俺、お前らよりも年期は言ってるんだぜ? ま、ココは任せろって!」
「グッドラックだよ!」
三人はこぶしを合わせて、それぞれの方向に駆け出した。
『ギュルッシィィイイイ!!』
ワクナーイが羽を広げて叫んだ。鋭い羽根を持つワクナーイの外見を言い表すならばコウモリ、羽根を羽ばたかせるワクナーイが上空から広場を見下ろしていた。
「コウモリですか」
「皆さんは離れていてください!」
『ギィ!!』
「魔法少女が来たぞ!!」
ワクナーイが吠えて、観衆が大きな声を上げた。
「合わせます」
「わかった。リードする」
横に並び立って二人はうなずきあう。
「「マジカルチェンジ!」」
光が重なり合って二人の姿が魔法少女に変化した。更に歓声が大きくなって先ずはカミリアが飛んだ。
床を踏んで新体操のように軽やかに飛ぶ。
『ギガァッ!』
「はぁッ!」
ワクナーイの鋭くかたい翼と、カミリアのレイピアがぶつかり合って火花が飛び散った。カミリアが屋根に飛び乗った瞬間、心地よい笛の音色が響く。プレイヤーだ。
「今です!」
「了解!」
跳躍、先ほどよりも素早く今度は翼とぶつかる前にカミリアのレイピアがワクナーイのほほを切り裂いた。
『ギャォオオオオオ!』
「すぅ」
カミリアがワクナーイの横を潜り抜けた直後、どこからか飛来した雷撃がワクナーイに突き刺さる。
『ギュガァアアア!!』
「はぁッ!」
ワクナーイが大勢を崩した瞬間、カミリアがさらに追撃するべくレイピアを抱えてとびかかった。
『ギィン!』
ワクナーイが羽ばたいてカミリアの体を軽々と吹き飛ばした。
「ッ!」
「大丈夫ですか?」
「当然」
クルっと回って、カミリアはプレイヤーの隣に着地する。
『ギュギィィイィイイイイ!』
「まだ来るよ!」
「かしこまりました! すぅ」
急降下してワクナーイが大きな体で二人を叩き潰そうとする。しかしソレは生じた白い壁にさえぎられる。
「すぅ!」
さらに笛が重なる。甲高い音を立てて壁砕けて煙になった。はじかれたワクナーイが煙の中で動揺する。
「!」
『ギィ!』
ワクナーイは、煙の中でカミリアを捉えた。音波。それが魔法少女をとらえたのだ。
「マジカルストライク!」
カミリアの魔法がワクナーイの顔で爆発した。轟音は、ワクナーイの体を直接揺さぶる。
「プレイヤー!」
「祈りのために消えろ!」
プレイヤーが握る笛が光に包まれて剣のように伸びてワクナーイの体を真っ二つにした。
風圧が煙を吹き飛ばして、ワクナーイの体が霧散する。
二人は無言で見つめあって互いの手のひらを叩いた。子気味いい音が響いて二人を歓声が祝福する。
「圧勝でしたね」
「僕らも慣れてきてるからねぇ」
ナイトほどじゃないけど。とカミリアは付け加えた。
「さ、それではナイトの……ところに」
ピタッと言葉がやむ。プレイヤーの視線はある一点に注がれていた。
「あれって……」
視線の先にあるものを見てカミリアもまた驚愕した。
闇の中から、それが進み出てくる。その見覚えぼある姿に二人は息をのんだ。
『よぉ、また会えたな』
ソレは、かつて倒したはずの魔法少女アーミーそのものであった。
『ウジュルルルゥァァアアアア!』
ワクナーイが咆哮を挙げたのはスズラン市にある公園だった。八本の足を持ったワクナーイは四メートルほどの体を持ち上げて叫ぶ。その見た目は
「クモか! ひぃ! おっかね!」
サヨはその見た目にわざとらしく体を震わせた。
「魔法少女が来たぞ!」
誰かが叫んだ。もう安心と言わんばかりにギャラリーが少し離れたところから歓声を上げる。
「大人気だぜ俺!」
『ギュシュイィイイイイイ!』
ワクナーイが金属をこすり合わせたような不快な音を上げる。それと同時にサヨは叫ぶ。
「マジカルチェンジ!」
藍色の光がほとばしり、光の中から魔法少女が姿を現す。
「行くぜ!」
『ギュガガガガガ!』
ナイトは虚空から剣を取り出して走った。持ち上げられた一本の足と、剣がぶつかり合って、ガキン! と鋭い音が響いた。
火花を散らしながらにらみ合ったワクナーイとナイトはしばらくその状態を保つと双方後ろに飛んだ。
「く……」
『ギチィ……』
ワクナーイはキバのような気管を鳴らして、ナイトは剣を握って腰を落として構える。
にらみ合ったのは僅か数秒、次の瞬間にはワクナーイが体を持ち上げてお尻のような部分から糸を吐き出す。飛んでくる糸を交わしながら駆け抜けて、剣を頭に向かって滑らせる。
軌跡を描いた刃が頭に向かって飛んでいき、ソレは、受け止められた。
『ググギギ』
牙が剣をつかんでいる。しかしナイトは意に介さず、ワクナーイの頭を蹴り上げる。細く、戦うことを知らなそうな足から繰り出される蹴りは轟音を起こしてワクナーイの体を吹き飛ばした。
グルンと回って勢い良く背中から地面にたたきつけられたワクナーイにはどうしても好きが生じる。
「ナイト……」
こぶしに青い光があつまっていく。キィィィンと、耳を裂くような悲鳴が反響してやんだ。
それと同時に飛び上がったナイトは次の瞬間には拳を隕石のようなスピードでワクナーイにたたきつけた。
「インパクトッ!!!」
『ギャッギィィイイイイ!!!』
ワクナーイの悲鳴と爆発のような轟音が重なってそのままワクナーイは消え失せた。
声援が上がってナイトはその場で拳を天高く突き上げた。さらに声が大きくなってヒーローをたたえる波が大きくなっていく。
「魔法少女万歳!」
誰かが叫んだのをきっかけに、一気にナイト、魔法少女をたたえるコールが響く。
そして、うるさいほどの歓喜の中でナイトは足音を聞いた。異様で、不気味な。はじかれたように振り向く。
暗闇の中から、何かがやってくる。それにナイトの次に気が付いたのは誰か。声援が次第にやんでいき、今度は不気味な静寂があたりを支配した。
「魔法少女ナイトがもう一人……」
誰かがあえぐように呟いた。黒いドレスを身にまとったナイト、サヨにそっくりな魔法少女。見覚えがある。その姿には。
「どうしてお前が」
魔法少女アーミー。かつて倒した魔法少女型ワクナーイとでもいうべき存在。その存在は口元を邪悪にゆがめて笑った。
『いっただろ? アーミー。軍隊だって』
「ッ!」
アーミーが取り出したものにサヨは戦慄した。どこから出てきたのか、真っ黒なマシンガンのような何か。
黒い影のような弾丸がナイトに向かって飛んでいく。黒い弾丸を、黒い剣ではたきおとしながら飛びのいて木の裏に隠れる。
『ハハハハハ! 逃げんなよ!』
笑い声が響いて木が粉々になった。しかしその裏にはもうすでにナイトは闇に紛れて木の上からアーミーにとびかかった。
アーミーが銃口を空に向けるのが少し遅れる。ナイトは素早く剣を振った、しかしソレはアーミーには届かない。
虚空から生み出された盾がナイトの攻撃を防いだ。
「何ッ!?」
アーミーが笑った気がした。銃口がナイトにむく。かつてないほどの危機に、ナイトは思考を加速させる。
(ヤバい! 何か!)
ナイトはとっさに体を捻って銃口から逃れた。無理な動きをした体は地面にたたきつけられて、ナイト地面に転がるも、これまた無理矢理地面をけって対比してアーミーと向き合った。
「!」
「え!?」
ナイトは背中に誰かがぶつかった感覚に驚愕した。振り向くとそこには同じように驚愕するカミリアとプレイヤーがいる。そしてその向こうには、魔法少女アーミー。
理解不能な状況だが、互いが追い詰められたという状況であることは理解した。
『仕留めそこなってんじゃねぇよ』
『それはお前もだろ』
二人のアーミーは目を見合わせてそんな話をしている。
「一人でも三人でやっとだったのに……」
カミリアが弱気につぶやいた。
「ギリギリでもないだろ、余裕の圧勝だったろ三人だったら」
「二人だとどうなりますかね」
プレイヤーとナイトは冷や汗を浮かべながら冗談を飛ばす。
震えるような緊張感の中でいつもと変わらぬ様子をみて、カミリアは頷いてレイピアを持つ手に力を込めた。
『何勘違いしてるんだ?』
ニヤついた顔で、アーミーは真っ赤な瞳を三人に向けて、あざけるようにそう言った。
「なに?」
『俺らが二人ッて……いつそういった?』
三人はその言葉に背筋を凍らせてあたりを注視した。
屋根の上で、路地の陰で、木の上で、至る所で赤い光がともる。
「うそ、だろ……まさか。そんなことって」
『名乗ろう。俺は……俺達は、魔法少女アーミーだ』
闇の中から、魔法少女アーミーたちが現れる。同じような顔がいくつも並び、それらはすべてドレスのような衣装をまとっている。
異様なその姿はナイトたちの恐怖心に十分すぎる影響をもたらした。
「ばかな……こんな……」
『三人でやっと一人。そうだよな?』
アーミーのうちの一人がそう言って、屋根の上からそういった。
『ここにるのはお前たち何人ぶんだろうな?』
アーミーのうちの一人がそう言って。木の上から飛び降りた。
十は超える軍団が三人を囲んで詰め寄っていく。
「どうしよ……サヨちゃん」
小声でカミリアが問い掛ける。
「どうしようじゃありません、戦って勝つんです」
ナイトに代わってプレイヤーは答える。その間にも悪夢の軍団は三人を取り囲んで笑った。
『行くぜ!』
アーミーたちが武器を構える。剣を、銃を、鎌を、それぞれが構える。三人はそれに相対すべくそれぞれ武器を構えた。
「来るぞ!」
うるさかったギャラリーはもはやかたずをのんで見守っている。その刹那、爆発音があたりに響いた
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