第十三話 家族は魔法少女の正体を知っている

 青年は、一人テレビを見ながらコーヒーの入ったカップを傾けた。


 テレビの電気を消すと部屋は暗闇に落ちた。パッと光がともる。


 研究室だ。真っ白だが床に資料の散乱したお世辞にもきれいとは言えない部屋。無数の本や正体不明の液体が入った試験管やフラスコ。それらのある机から少し離れた場所で座り心地のよさそうな椅子に腰かけて、モニターを目の前に男はコーヒーを飲み干す。


 黒い髪をした青年だった。細身な体を白衣に包んでおり、ズボンもシャツもシワだらけ、神も伸びっぱなしだがその顔立ちは美青年の気配を漂わせている。


「準備が整いました」


 その青年に声をかけるのは黒髪の少女だった。きゃしゃな体の細い少女。


「直ぐに行こう」


 青年は静かにそう返した。その手の名にはピンク色のブレスレットが握られていた。








「ただいまー」


 カフェの二階にある自宅はとても静まり返っていた。その静寂は数日前に新しい根城を見つけて無事巣立ったツバキがかけたもの悲しさからくるものではないように感じた。何かもっと別のものに思える。


(二人とも下か?)


 強盗のこともあって手続きには時間もかかった、それ故に店はもう閉めているはず。


 裏口から入った自分にはわからなかったが想像以上に人であふれかえっているのか?


 そんなことを思いながら廊下を歩く。


「あれ? 電気ついてるじゃん」


 廊下は真っ暗ではあったものの、リビングの電気はついているようでサヨは先程まで漠然と感じていた不安を杞憂だと断ち切った。


「なんだよ~。いるなら返事くらいしてくれても……」


 軽くそういうと同時に扉を開ける。テーブルの隣同士に座っていた。ただ事ではない雰囲気にサヨは一瞬ぎょっとした。


「どうしたんだよ二人とも……?」


 返事はなかった。しかしその代わりとしてソウイチは無言である動画を突き付けた。それにサヨはさらに目を見開いた。


 つい先ほど起きたことが動画としてそこに映っていた。


(ネットに挙げるなよ! リテラシーがねぇな! じゃなくて……!)


「えっと、ん……俺じゃない」


「まだ何も聞いていないと思うが?」


 目元を隠すためのサングラスの奥で目が鋭くなった気がしてサヨはぐぅ……とのけぞった。


「まさか魔法少女が本当にお前だったとはな」


「本当にって、まさかばれてた……」「わからないわけ無いでしょ?」


 食い気味の兄の言葉にサヨはさらにたじろいだ。サヨは必死に思考を巡らせる。


(さすがにこの二人にばれるのはまじぃよなぁ……。危険だって言われてもうさせてもらえないかも、いやでもこれはどう見ても……)


「あぁー……あぁ」


 いえることはない、サヨはため息をついて肩を落とした。どんなことも受け入れる。そういった意味でサヨは口を閉ざした。


「何をうなだれている? 俺はお前が誇らしいんだぞ?」


「へ?」


 ポカンと口を開くサヨにソウイチは続ける。


「お前のことだ。怒られるかもとかなんとか色々思ったんだろう。しかし、人助けをしているお前に説教かますような真似はしない」


「危険なことしてそうなのは気になるけどね」


 ふわっとした口調でアサヒが付け足した。


「お前が噂の魔法少女であることは知っていた。だがお前が言うまで知らないふりをしようとしていた。お前のことだ、そっちのほうがヒーローっぽいと思っていたのだろうからな」


「そこまでわかってるのかよ……」


「しかし今日、改めてお前の活躍を見てこれだけは言わなければと思った。本当によくやったな。お前はすごい」


「……あ、あり……ななんだよ! いきなし! 照れるだろ!」


 顔を真っ赤にしてサヨは慌ててそう言った。なんだか照れ臭くって素直にお礼が言えない。それでもサヨは思う


(褒められるのっていいな)


 もちろんそれが目的になってはいけない。ソレはわかりつつもサヨは耳まで真っ赤になった顔を隠すために俯いた。




夜風がサヨのほほを撫でた。時刻はとうに十二時を回った深夜帯であるがサヨは寝付けないでいた。


「夜更かしは美容の敵、でしょ? サヨ君」


「兄ちゃん」


 微笑むアサヒが後ろに立っていた。ふわっとした笑顔のアサヒはそっとサヨの隣に歩み寄った。


「なぁ、兄ちゃん、やっぱり兄ちゃんも気が付いてたのか?」


「気が付かないわけないじゃん? これでもサヨ君のお兄ちゃんだよ? それに……」


 フフフ、と上品に笑うアサヒは何かを言いかけて、辞めた。しかしサヨはそこに言及しない。


 すべきでないと、そう思ったから。サヨはそこに関しては何も聞かない。


「ねぇ、サヨ君はさ、どうして戦うの?」


 ぽつっと、つぶやくようにアサヒが問いかけた。


「俺はさ、みんながいるスズラン市を守りたい。だから戦ってる」


「ソレは、例えこの街が、貴方を淘汰しようとしても?」「それでも」


「それでも俺は戦う。兄ちゃんはソウイチさん。ユウマやツバキ、レイジを守るために。それに」


「それに?」


「たとえそうなっても、あいつらは俺のことを守ってくれるから。それが俺の戦う理由かな?」


 少し照れくさいけど、とサヨは頬をほんのり赤くしつつ笑った。


「強いね」


 ポンっと、アサヒが優しくサヨの頭を撫でた。


「兄ちゃん、俺実は寝れなくてさ……」


「ふふ。一緒に寝る?」


「! おう!」


 アサヒの言葉に待っていたといわんばかりに手を打った。二人のやり取りを月が静かに見守っていた。






 ほとんど同時刻、月の監視すら避けるように一人の少年が歩いていた。


 パーカーを目深にかぶり、自分を隠すように人目につかないところを歩く。その少年は友人の影響で人目につかない小道や裏路地をよく知っていた。


 昼間でさえ人の少ない路地だ、深夜ともなると完全に人の気配が消える。それでも少年は人目につかぬように細心の注意を払いながら歩く。だから。


「やぁ初めまして」


 後ろから話しかけられて、心臓をはねさせた。


「こんなタイミングで失礼するよ、アマミヤくん。それともレイちゃん。とでもよばれたいかな?」


 少年、レイジは冷や汗を流しながら振り返った、レイジの服が、風に揺れた。






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